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Saki & Koshi  作者: ゆいき
それぞれの結末
127/176

第一地域

第一関門は自然の地形を利用した南区への入り口だ。


渓谷と渓谷の切れ目でできた道は狭く、狙い撃ちでもされたら甚大な被害が出る。

ザリーガはこの渓谷の高みから、眼前に広がる敵陣を見下ろしていた。

その隣にはジーバル、ゼプ、バリィが取り巻き、さらにその周りには二百人もの手下達が整然と構えている。


「五百以上…いや、千はいるか」

「まるで軍隊ですね」


ジーバルは武者震いしながら指を鳴らした。


「グランディオンは、サキはどこだ…」

「最前線、中央右寄り。あれだ」


ザリーガが顎でしゃくると同時に、サキが一人ザリーガのいる渓谷に歩み寄って来た。

適度な距離で止まると、サキは声を張り上げた。


「久しいなザリーガ!!!以前は直接お前と対峙できなくて物足りなかったんだぜ」


ザリーガは恐ろしい笑みを浮かべるとサキに応えた。


「何をしに来た西区のサキ!!内戦に横槍を入れたお前を俺は許しはしまいぞ!!この南区に貴様の血肉を雨のように降らせてやろう!!」


サキはナイフを二本取り出すと、右手で持った刃をザリーガに向けた。


「お前はスラムを喰い物にし過ぎた…。その座を空けてもらうぞザリーガ!!!」

「おもしろい。第四地域まで上り詰めたら少しは相手してやろうじゃないか!!待っているぞサキ!!」


ザリーガは高らかに笑うと取り巻きを連れて姿を消した。

一人残ったジーバルはザリーガの居た場所に進み出ると大音量で吠えた。


「まずはこのジーバルが相手だサキ!!入ってこいよ南区へ!!!」


手を上げて合図を送ると、渓谷の中腹に潜んでいた男たちが揃ってボーガンの矢をサキ達に構えた。

サキは自陣に戻ると各隊のリーダーに大音量で命令を下した。


「各隊司令通りのルートで進撃開始!!行くぞ!!」


サキが引き連れる中央区三百人はそのまま真っ直ぐ南区の入り口に進んだ。

ジーバルはもちろんそれに向けて矢を構えさせたが、射程範囲に入る前にサキの後方に控えていた西区と東区の隊が一斉に動き出した。


前方の中央区隊に追いつく勢いで前進したかと思うとそのまま左右に割れる。

あらかじめ足場を確かめていたルートで渓谷を駆け上がると先にジーバルが構えさせていた男たちに矢を浴びせ始めた。


「出始めから全隊を投入だと!?」


ジーバルはこの思い切った動きに目を見張った。

すぐに身を翻すと命令を下す。


「後ろは気にするな!!サキの率いる隊だけに的を絞り矢を放ち続けろ!!」


言い放つと自らはその場を後にした。

それは身を守ることを放棄して死ぬまで矢を放ち続けろという非道な命令だった。


サキは中央区の者たちに持たせていた簡易な鉄板で矢を防がせながら前進を続ける。


「お前たちは振り返るな!!このまま前進!!第一地域までを突破する!!」


渓谷を半ばまで登っていたユカンの部隊は攻撃を仕掛けながらじりじりと南区の男たちに迫った。


「南区の者よ!!攻撃をやめろ!!お前たちを全滅させることが我々の目的ではない!!」


数の差が歴然としている以上、このまま攻めれば無駄な殺戮になる。

ユカンは声の限り降伏を言い渡した。


だがジーバルに残された男たちは半狂乱になりながら前方に矢を放ち続けている。

特別な訓練をしたわけでもないただの荒くれ者たちでは、状況を正しく把握したり判断することなどとても出来ない。


「お、俺はここでサキもグランも打ち取って…ざ、ザリーガ様に引き立ててもらうんだ!!」

「ジーバル様はここで矢を放ち続けろと言ったんだ!!」


自らに言い聞かせるように叫びながら矢を放つ。

ユカンは舌打ちしながら部隊を進めた。


「下っ端を早々に切り捨てて司令を出す奴が誰も残らないとはなんと無残な!!これがあいつらのやり方か!!」


憤怒の形相で渓谷を登ると、早々にこの場を終わらせるためにユカンは更に足を早めた。


サキは第一地域に入ると隊列を組換えた。

百人ずつに分けると縦並びに配置する。


居住地に入る道の前には、ジーバルの側近ハンズが南区の民間人と共に待ち構えていた。


「来たな西区のサキよ!!このスラムを騒がす不埒ものが!!ザリーガ様の手を煩わすまでもない。俺がお前を片付けてやるさ!!」


サキは手に武器を持った南区の男たちをざっと見渡した。

この場での数はこちらが断然有利だが、奴らの後ろの居住地に戦地が移ればたちまちゲリラ戦を仕掛けられる。


「M-A…あいつどこにいるんだよ…」


サキが第一地域に入ったことに気付かぬわけはない。

ということは何かのタイミングを測っているのだろう。


サキは後ろ百人を残すと、二百人を前進させた。


「敵は恐らく合戦が始まっても前には攻め出てこない。勢い付いても決して深入りはするなよ」


まんまとゲリラ戦に絡められたらかなりの痛手となる。

敵が目の前の男達から、更に倍ほどの女や子供に増えるはずだ。

密集する建物から縦横無尽に煮えた油やお湯、石などが降り注がれるのは想像以上に厄介だ。


ハンズは司令塔であるはずのサキが前線にまで出て来たことに目を見張ったが、充分引きつけた辺りで踊り上がらんばかりに叫んだ。


「あれがサキだ!!あれを打ち取れば早々にザリーガ様の勝利が確定する!!手柄を立てたいものは行け!!!」


ハンズに乗せられたように、手柄を夢見た男たちがまず雄叫びを上げながらサキに向けて全速前進した。


サキは二本刃をすらりと抜くと壮絶に笑んだ。


「お前らにくれてやるほどこの命安くはない!!行けっ!!!」


サキの咆哮に中央区の者たちは同調して走り出した。

その勢いのままサキを追い抜くと、闘志をみなぎらせ南区の者を迎え打った。


激しい激突が第一地域で繰り広げられた。

後方に構えていたファイアは、舌打ちしながらも前に続く。


「始まっちまったぜM-A!!!どうすりゃいいってんだよっ!!!」


ファイアがまとめていた男たちも、何度か視線を送ってくる。

そうこうしているうちにハンズの合図が下った。


「全員そのまま後退!!自陣に引け!!」


サキが後方に控えていた者たちと前線を入れ替えると、戦況は一気にサキに有利に流れた。

ハンズの後退のタイミングは全く不自然ではなく、普通なら当たり前の命令だ。


中央区部隊は勝機を見出し、下がる男たちに猛攻をかけようとした。

ハンズは炯々と光る目を細めるとにやりと笑った。


「いいぞ…来い…!!」


サキは勢いに乗る男たちに怒号を上げた。


「全隊止まれ!!深追いをするなと言ったはずだ!!」


まさに居住地に足を踏み入れる手前で中央区部隊は辛うじて止まった。

同時に居住地の反対側から凄まじい声が上がった。


「な、なんだ!?」


ハンズは後ろから迫る男の集団に目を剥いた。

数はそれほど多くない。

精々百人程度だ。

だが前後を挟まれたハンズは狼狽して居住地に響き渡るように叫んだ。


「お前たち!!目の前を通るものは皆敵だ!!躊躇わずに仕掛けよ!!!」


窓から顔を出していた女たちは蒼白な顔をしながらも手に石や煮え湯を構えた。


「女子供を戦に巻き込むなこのど阿呆が!!」


ハンズの声を掻き消す勢いで、後方から現れた男たちの中から怒声が響き渡った。


「M-A!!!」


サキは意外な場所から現れた腹心の友の名を呼んだ。

M-Aは合流したエンビエンスと共に更に増やした同志を引き連れながらこの機をじっと待っていた。


「よう来たなサキ!!待ちくたびれたやないか!!」


M-Aはハンズたちの退路をぴたりと防ぐと第一地域の住人に向かって声を上げた。


「南区を守りたい一心で武器を手に取るお前らに言いたいことがある!!」


M-Aは全体をざっと見渡すと声の限り叫んだ。


「俺たちは南区を攻めに来たんやない!!南区の者たちを荒ませ苦境に追い込もうとしてるザリーガを倒しに来たんや!!」


ハンズは負けじと声を張り上げた。


「それが南区の崩壊に結局つながるではないか!!」

「やかましいわ!!!おどれらどんな顔してこいつらの前で武器を持てと言えたんや!!」


M-Aの気迫にハンズが僅かに怯んだ。


「俺は数ヶ月この南区で生活していた。

第一地域はほんまスラムという名が相応しい貧困っぷりや。でも、人は悪い奴らばかりやない。こんなんでも守ろうと必死になる奴らがおるくらいやからな」


女は青い顔のまま石を持つ手に力をこめた。ファイアたちも黙ってM-Aを見つめている。


「それやのに第三地域に行けば、なんやねんあれは!!いらんところに湯水のように金を使ってんのが俺でも分かったぞ!?

ザリーガはお前らになんて言うてるかは知らんけどな、これだけでもあいつはお前らのこと蟻のようにしか思っとらんことがはっきりしとるんやぞ!?」

「お前!!やめろぉぉぉ!!」


ハンズは真っ赤になりながらM-Aに突撃をかました。

迎え撃とうとしたエンビエンスを制すと、M-Aは自らハンズに飛びかかった。


突き出したナイフを下から蹴り上げると、背中を取り思い切り締め上げる。

ハンズはみるみる赤黒くなると、泡を吹いて意識を失った。

M-Aは息を乱しもせずに男を捨てると、再び声を上げた。


「もう一度言うぞ。俺らはザリーガを倒しに来ただけや。お前らが大人しく引っ込んどるんやったらここに手出しはせん。無駄な血を、流すことはないんや」


M-Aはじっとファイアを見つめた。

その視線の意味に気付いたファイアははっとして辺りを見回した。

ただ単に争いがしたい者やサキの首を狙っていた者たちはとっくに中央区の者に沈められている。

残っているのは命令のままに武器を持つ者と自分の同志たち、そして女子供ばかりだ。


ファイアはM-Aの前に進み出ると皆に聞こえるように声を張り上げた。


「大人しくここを通せば、ただここを守りたいだけの南区の者たちには手出しはしないと言うのだな!?」


M-Aはにやりと笑うと大きく頷いた。


「その通りや!!街を焼いたり狼藉を行うこともない!!サキの後ろからはまだまだ数百人が控えとる。この街をどうするかは、お前ら次第や!!」


ファイアは仲間に目配せをした。

仲間たちはやや躊躇いながらも頷きあうと端により、道の真ん中を空けた。


するとつられたように他の男たちも動き出した。

ぞろぞろと動いていた男たちが止まると、サキの目の前に、第二地域へ伸びる道が現れた。


女たちを見れば手にしていた物を捨て、ただ祈るように手を組むか、幼い子どもを抱きしめている。

M-Aは全体を見渡すと全てを受け入れるように頷いた。


「約束は、守る。お前らの英断を俺は死ぬまで覚えとくからな」


言うとサキに向かって手を上げた。

サキも一つ頷くと後ろを振り返った。


「第一地域を、このまま突破する!お前ら、M-Aに恥かかすようなことしやがったら俺が直々にその首叩き落としてやるからな!!心して進め!!」


喝を入れるとそのまま足を進める。

サキが隣に来るとM-Aは足並み揃えて歩き出した。


「M-A…」

「なんやねん」


後ろに聞こえない声を出すとサキはにやりと笑った。


「惚れていい?」

「今更かいっ」


つんと頭を上げるとM-Aは前方を指差した。


「ほれ、次が来とるぞ。アホなこと言うとらんとなんとかせいっ」


前方からは凄まじい土煙が上がっているのが見える。

サキは気を引き締め直すとその煙をじっと睨み据え、第三ラウンドに向けて闘志を燃やし始めた。

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