一月の契約とアークル
一悶着あった翌日は、ウェンズたちは極力固まって行動した。
青年に撃退された大人たちはこそこそと現場に向かったし、他の者もなんとなく察して近づいてきたりはしなかった。
「…なんだか、リーダーがいないのにお前らといるのって気持ちわりーな」
サンドが頭をかきながら言うと、サタも大きく頷いた。
「全くだな。コーシ、身体はどうだ?」
マンドにおぶられながら、コーシは不満そうにふくれて言った。
「動けるなら歩いてるよ。俺一人なら隠れてるって言ったのに…」
「バカ言え。それで見つかったらどうすんだよ。この体でなんとかできるってーのか?」
ライがコーシの頬をびよんと伸ばすと、皆はその顔に吹き出した。
「よく伸びる頬だな」
「そうやって見るとやっぱただのガキだな」
ウェンズとサタがつられてコーシを突っつくと、少年は暴れ出した。
「やーめーろっ!!お前ら覚えとけよ!?」
マンドは少年が暴れるので、身をよじって皆からコーシを離した。
「マンド…えらくチビのこと気に入ったんだな」
サンドが冷やかしても、マンドは相変わらず無言でちらりと見ただけだった。
「なぁ皆。仕事場に行く前にちょっと寄って欲しい所があるんだ…」
コーシは思い出したように言うと遠くを指差した。
察したのはユーズだ。
「お前、あんな目にあったのにまだ構うか?」
「あのまま放ってはおけないよ」
ユーズは舌打ちするとシャベルを片手にさっさと歩き出した。
着いた先はあのぐちゃぐちゃにされた墓の前だった。
「なんだ?ここ…」
ライが首を傾げながら穴を掘るユーズを見た。
コーシはうつむきながら言った。
「ここで働いてるじいさんの孫の墓だ。俺が余計なことしたから、こんなことに…」
「余計なタネを蒔いたのは俺だ!!!」
ユーズは苛立たし気に言うと後は黙って遺体を埋め直した。
最後に転がっていた石を元の場所へ戻すと、コーシを睨みあげた。
「これで満足かよ!!ったく人の墓守る為にぼこぼこにされやがって…このお人好しが!!」
ウェンズはコーシを見るとその顔をほころばせた。
「…なるほど」
コーシの頭をくしゃりと撫でると、墓に視線を落とす。
「お前を見ていると、忘れていたものを色々思い出すな。なぜウォヌたちがお前を受け入れたのかが分かった気がするよ」
コーシは首を傾げるとウェンズを見上げた。
「…俺にはよく分からないけど」
ウェンズはきょとんとする少年の頭を乱暴にもう一撫ですると、その髪をかきあげた。
「そのあどけなさとしたたかさの合わせ技は卑怯だぞコーシ。可愛がりたくなるじゃないか」
「確かに…」
思わず同調したライは慌てて口を塞いだ。
サタは再び吹き出すとこちらも慌てて口元を隠した。
昨日からこんなに笑った日はちょっと覚えがない。
サンドはふと視線を上げると急に表情をきつくした。
「おい、監視役だ。こっちへ来るぞ」
ユーズは急いで歩き出した。
「墓から離れろ。また壊されちゃ意味がねぇ!!」
青年たちは怪しくない程度の速度で仕事場の方へ歩き出した。
監視役はマンドにおぶられたコーシに近付くとにやにやしながら鞭をちらつかせた。
「おいお前!!そこのガキだよ!!お前昨日勝手な理由で職場の和を乱したんだ。今日は俺の元で一日体罰が待ってるぞ!!」
「なんだと!?なんでこいつが体罰くらわにゃならんのだ!!」
サンドが食いついたが監視役は鼻であしらった。
「これは必要な見せしめの為の体罰だ。
こういう奴がいると後から後から真似する輩が増えるからな。来い!!」
「ふざけるなよ!?誰が渡すか!!」
ライが監視役の前に立ち塞がる。
そのサイドにはウェンズとサンドが立った。
「なるほど…お前らも相応の処罰が欲しいわけだな?」
監視役が嫌な笑みを浮かべていると、その後ろから声がした。
「コーシの契約は今日で最後のはずだ。そいつは連れて帰る」
監視役は驚いて振り返ったが、それ以上に青年たちが声を上げた。
「リーダー!!」
「リーダー!!今まで何処にいたんだ!?」
アークルはじっと監視役を見下ろすと低い声で言った。
「こいつは一ヶ月ここで働ききった。お前はさっさと一ヶ月分の給料をきっちり払ってコーシを解放しろっ」
監視役はなおも食い下がろうとしたが、アークルの方が早かった。
「ここではルールは絶対だ。それを破ればお前だってどうなるかは知っているだろう?
さっさと金を用意しないか!!」
監視役は苦々しく舌打ちをすると背を向けて離れて行った。
コーシはマンドの背から降りると真っ直ぐにアークルを見上げた。
「アークル、俺は一ヶ月生き延びたぞ」
「…あぁ」
リーダーは琥珀色の瞳を細めると、コーシを見つめた。
「約束通り、無条件でお前を認めてやる。お前は俺たちの一員だ」
青年たちがざわめきに揺れた。
「り、リーダー!!本気っすか!?」
「こいつが俺たちと対等って意味っすよね!?」
ライとサンドは詰め寄ったが、ウェンズは違う意味で顔をしかめた。
「アークル、本気でコーシを戦地で共にさせる気か?」
「場合によっては、そうするさ」
意味深に言うと、リーダーは戻ってきた監視役の方を向いた。
「ほらよ!!そいつの給料だ!!出て行くならそいつを持ってとっとと失せろ!!」
アークルの足元にどさりと袋を投げ渡すと、監視役はさっさと戻って行った。
アークルはそれを取ると自分の懐にしまった。
「とりあえずアジトに帰るぞ。お前らもちゃんと手当てしろ。酷い顔してるぜ」
ライは慌てて手を振った。
「俺たちはまだ数日しかここで働いてないぜ?さっきリーダーが言ってた一ヶ月はいなきゃならねーんじゃねーか?」
ウェンズはライに向き直ると首を振った。
「いや、俺たちは一月の契約はしていないはずだ。あれは強制じゃない。
契約者は一ヶ月何があっても逃げることは許されないが、働ききったらその分倍給料が貰える」
コーシは目を見張った。
「…そうなんだ。もしかしてアークルは勝手に俺の契約したのか?」
アークルは何も言わずに踵を返した。
「行くぞ」
短く言うとさっさと歩き出す。
青年たちはまだまだ聞きたいことがあったが、とりあえずこの衛生上よくない環境から出るのが先だ。
リーダーに続いてぞろぞろと歩き出した。
コーシも後に続こうとしたが、その体がふわりと担ぎ上げられる。
マンドは器用に抵抗するコーシをおぶりなおすと、黙って歩き始めた。