荒らされた墓
取り巻きが現れてから、コーシは昼間も大人たちに嫌がらせをされる回数が増えた。
理由は簡単で、自分の居場所を見つけられやすくなったからだ。
「ついてくんなよ!!お前らのせいで俺がどこにいるのかバレバレじゃねーか!!」
サンドに怒鳴り散らすと、コーシは血で汚れた腕を拭った。
今までコーシはうまく死角を利用したり、比較的自分に無関心な大人の影で働いたりと、なんとかしながら切り抜けていた。
それがこの頃じゃちっともうまくいかない。
コーシと一緒にバラバラ死体を浴びせられたサンドは、真っ青になりながら固まっていた。
「ぼけっとしてたら血がとれなくなるぜ?
早く砂でこすり落としとけよ」
コーシは手早く血を落とすと散らばった死体を片付け始めた。
サンドは真っ青なままコーシを見つめた。
「おま…お前なんで平気な顔してんだよ!?それっ…それは人の腕なんだぜ!?」
コーシが袋に入れる物体をサンドは指差した。
「分かってるから早く処理してんだろ?ほっといたら半日で腐っちまう」
淡々と作業しながら、コーシは無表情でサンドを見返した。
「自分が麻痺している自覚はある。でも震えるばかりじゃ、生き抜けない」
サンドはふらつく足を殴りつけると、腹に力を込めた。
「…そう、だな。このスラムじゃそんなこと当たり前だ。袋を一つ寄越せ。こっちは俺が片付ける」
脂汗を流しながらも、サンドはなんとかコーシの手伝いをした。
どこから出てきたのか、マンドもひょっこり顔を出すと黙ってサンドを手伝い始める。
コーシは呆れながら腕を組んだ。
「だから、なんで俺に寄ってくるんだよ!
昨日はサタとライがちょろちょろしやがるから三人揃って馬鹿でかい穴に蹴落とされたんだぞ!?」
「でかい穴…?」
「…戦用の、墓穴さ」
コーシは眉間にシワを寄せたまま、重くなった袋を引きずった。
マンドは後ろからその袋をひったくると、肩に担いで歩き出した。
「お、おいマンド…」
コーシは驚きに目を見張ったが、それ以上にサンドが顎が落っこちそうな顔をした。
「…マンドが、お前を認めた…!?」
「え?」
「あいつ、自分から他人に関わるなんて滅多にないのに…」
コーシは小首を傾げた。
「よく分からないけど、これ以上俺のそばに来ない方がいいぜ。俺はここでは絶好の標的だからな」
コーシは背を向けるとすたすたと行ってしまった。
残されたサンドは小さな背中を見送りながら頭をかいた。
「標的だから、か。簡単に言うぜ」
それは想像以上のプレッシャーなはずだ。
常に気を張り、頭を使う。
神経はすり減り疑心暗鬼になっても無理はない。
「…なんであいつ、平気な顔してんだ…?」
「すごい図太い神経だろ?」
いつから見ていたのかウェンズが隣に立った。
「ウェンズ、あいつ…一体なんなんだ?」
「さぁ…。ただコーシはリーダーが一目置くくらいの何かを持ってる。とりあえずあのしたたかさは尋常じゃないな」
面白そうに笑うと、ウェンズはサンドを見下ろした。
「そろそろ認めてやってもいいんじゃないか?年齢が引っかかるんだろうが、あいつは俺たちよりリーダーに近い」
サンドは顔をしかめたが、以前のように頭ごなしに否定は出来なかった。
コーシは一通り仕事を終えると、いつもの場所に向かった。
手にはその辺に咲いていた小さな花を一つ持っている。
「よぅじいさん。来てたのか」
「坊主…お前が毎日花を供えてくれてたのか」
そこは以前この壮年の男が作った墓の前だった。
コーシは適当な花を見つけてはなんとなくここに置いていた。
「飴の、お礼だよ」
石の隣に一輪の花を置く。
男は嬉しそうに目を細めた。
「悪るいな。お前は、優しい子だな」
「べつに…そんなんじゃないよ」
コーシは顔をしかめたが、男はにこにこと笑っていた。
男とコーシがたわいない会話をしていると、取り巻きのユーズがずかずかと近付いて来た。
「おい探したぞこのガキ!!お前今度は一体…。なんだこれ?」
ユーズは明らかに個別に作られた墓を見て鼻を鳴らした。
「馬鹿かお前!!何個別に墓なんか作ってんだよっ。知り合いでも運ばれて来たのか!?どこへ行っても勝手なことしやがるんだなお前は!!」
コーシは慌ててユーズを抑えようとしたが遅かった。
その声を聞きつけた作業中の大人たちがわらわらと集まって来た。
「はーん?どれがその墓だ?」
「あぁ、これか。こんな見えにくいところにわざわざ作ってたのか」
「おい誰か監視役呼んでこいよ」
コーシは毛を逆立てて大人たちに歯向かった。
「やめろっ!!これは俺とは関係ない!!」
壮年の男はコーシの服のすそを引いた。
「坊主、いいんだ。俺はいいから早く逃げなさい」
「じいさん!!だって…!!」
ユーズは事の成り行きに首を傾げながら突っ立っていた。
そうこうしているうちに監視役が怒鳴り散らしながらやって来た。
「どこのどいつが個別に勝手に墓を作ってるだと!?」
男たちはにやにやしながら墓石を指差した。
「ここでーす。このガキがまた勝手なことをやらかしたぜ」
監視役は置かれた花を踏み潰すと、墓石に足を乗せた。
「許可した覚えはない!!お前たち!!掘り起こしてあっちに放り込め」
「やめろっ!!」
コーシは監視役に体当たりすると男たちを睨み上げた。
「これくらい文句つけるほどじゃないだろ!?嫌がらせしてる暇があるなら働けよ!!」
男たちは怒れる少年を面白そうに見ながら、手にしたスコップで土を掘り返し始めた。
「やめろっ!!やめろよ!!」
「うるせーな!!邪魔だどいてろっ!!」
男たちは止めようとするコーシを思い切り蹴り飛ばしながらわざと荒々しく土を掘る。
戻ってきた監視役も手にした鞭でコーシの背中を殴りつけた。
「ここでは勝手は許されない掟なんだよ小僧!!よくも俺様を突き飛ばしたな!?」
「何が掟だ!!この腐った大人どもが!!」
ぼろぼろになりながらも、コーシは最後まで抵抗した。
だがそれははたから見ると明らかにただのリンチだ。
男たちは理由なんてなんでもよかったのだ。
うまく逃げ回るコーシをやっと捕まえ、思いのまま虐げられることに夢中になっていた。
ユーズはことの顛末に青くなった。
まさかこんなことが起こるなんて夢にも思わなかったのだ。
コーシが動かなくなると、男たちは荒らした遺体を結局放置したまま楽しげに戻って行った。
監視役も最後に墓石を蹴り転がすとさっさと帰って行く。
残された壮年の男は必死でコーシを揺さぶった。
「坊主!!坊主しっかりしろ!!すまない…俺のせいで…!!お前まで逝くな坊主!!」
コーシはうっすらと目を開けると口に溜まった血を吐いた。
しばらくむせ続けたが、背をさする男を見上げると懸命に声を出した。
「じ…さん、悪い。おれ…せいで、墓が…」
「お前のせいなわけがあるか!!お前のせいな…わけが…」
男は涙を流しながらコーシの手を握った。
「こんな…こんな街を作った奴が憎い…。お前も、孫も、何も悪くないのに…」
ユーズは恐る恐るコーシに近づくと声を掛けた。
「お、おい。生きてるのかよ…」
「…一応な…」
コーシは痛む体を必死で起こすと、なんとか立ち上がろうと両手を地面についた。
「坊主!!無理だ。ここで休んでろ」
ぜいぜいと上がる息を繰り返しながらも、コーシは首を横に振った。
「こんなところで横になってたら、また違う奴らに、やられる。じいさん、危ないから俺に近付かないでくれ…」
コーシはユーズに向き直ると、その服にしがみついた。
「…悪い、俺の寝床まで、手を貸してくれ」
ユーズは青い顔のままコーシを支えた。
こうなったのは、はっきり言って自分のせいだ。
罪悪感からユーズは手を貸さざるを得なかった。
コーシを引きずるように連れて行ったが、最悪なものを見るはめになったのは、この日の夜になってからだった。