不利
「つまり、ザリーガの側近のゼプという男なんだね」
アオイは氷のような瞳で男を見下ろしていた。
「そ、そうだ!!確かにその女を一人連れていた!!」
ガタガタと歯の根が合わない男は両手を硬く組みながら命乞いをした。
「知ってることは本当にこれだけなんだ!!頼むっ…どうか助け」
言い切らないうちに男の眉間に穴があいた。
無表情で引き金を引いたアオイは懐に拳銃をなおした。
その顔には、いつものような余裕の笑みは微塵も浮かんでいない。
綺麗に整えられていたオレンジの髪は乱れ、柔和なダークブラウンの瞳はこの上なく冷徹に濁っている。
夜叉のような男は、普段なら考えられない無謀さで一人南区を目指し始めた。
アオイの頭は今この上なく冴えていた。
蓄積した全ての情報がたった一つの目的の為に脳内を駆け巡る。
ただ、冴え渡る頭とは裏腹に感情はひどく不安定だった。
「サナ…」
祈るように瞳を閉じると、アオイは囁くように名を呼んだ。
こんなことなら、サナを生かしてなんておかなければ良かった。
自分の手で、永遠に自分の心に焼き付けて、自分だけのものにすれば良かった。
自分勝手な思いに、アオイの心が大きく軋む。
「…違う…」
サナを手に入れてから、アオイはずっと恐れていた。
サナが、自分から去る日のことを。
ひたむきな母性愛を惜しみなく注ぐ彼女を、手放す日が来ることを。
サナは何も言わなかった。
言わなかったが、真っ直ぐにアオイを理解していた。
だから決して女としてアオイの隣に立とうとはしなかった。
会話の中でさえ、女の自分が出ないようにいつも気を使っていた。
アオイは組んでいた手をゆっくりほどくと、自虐的な笑みを浮かべた。
今更ながら、サナに甘え過ぎていた自分を詰り倒してやりたかった。
様々な計算が頭の中をよぎる。
冷徹な瞳を細めながら、アオイはまた一人歩き始めた。
同じ頃、南区第三地域ではM-Aが辟易しながら探索を続けていた。
「なんやねん…。どう頑張っても第四地域に入られへんやないか」
第四地域は渓谷の地形を生かし、高台にその場を構えている。
そこへ行く為には人工的に岩肌を削って作られた階段を登るしかない。
しかもその階段の先には勿論関所のような物が立てられており、厳つい門が重々しく閉じられていた。
「第四地域はそんなに広くなさそうやし、いったいあの薬の原料のサボテンはどこで栽培しとるんや…?」
聞いた話だとそこそこの大量生産をしているとのことだ。
ということは何処か広い地でサボテンをかなりの量栽培しているはずだ。
「とっかかりくらい見つけてもよさそうやのに、ほんまなんも見つかれへんな…」
煙草を取り出すと火を付ける。
サキからの連絡はまだ何も来ない。
加えて敵の状況は今だ不透明な部分が多い。
「この戦い…俺らが不利やな…」
青くもない空を仰ぐと、M-Aは煙を吐いた。
「それでももう後には引けん。やるだけやらな勝てるもんも勝てんわ」
煙草を踏み消すと、M-Aはひっつめていた髪を久々に解いた。
ばさりとざっくばらんに黒い髪が肩まで落ちる。
それだけでM-Aの印象はがらりと変わった。
踵を返すと、あらかた帰る時の為に目星をつけていた所へ向かう。
心残りはあちこちにあるが、今はこっちから一度戻ってサキと合流することが最優先だ。
M-Aは第四地域の真ん中にそびえ立つ大きな塔を一度だけ振り返ったが、小さく舌打ちを漏らすとまたそれに背を向けて歩き出した。