怒りのM-A
コーシのケガに、M-Aは激怒した。
「ほれみい!!街なんか連れ出すからやないか!いつか怪我さす思たわ!!コーシ、ちょっと手見せてみ」
M-Aは手を伸ばしたが、当のコーシは首を振り部屋の中を逃亡した。
「こらコーシ!!またんか!!」
ひょいと高く抱え上げられると、コーシはM-Aを睨みつけながら以前と全く同じセリフを吐いた。
「ざけんなっ!」
首をすくめたのはもちろんサキである。
M-Aはたっぷり十秒は沈黙すると、コーシを降ろしてサキに向き直った。
ぼきぼきと腕を鳴らしながら、座った目で近づいて来る。
サキが反射的に飛びのいた直後、M-Aの鉄板をも歪める強烈なパンチがそこに炸裂した。
「逃げるなや!!」
「逃げるわ!!そんなもんくらったら顔が変形しちまうだろーが!!」
「コーシに何教えとんねん!!よりによってなんであんな可愛げないセリフが初めての言葉やねん!!あぁ!?」
「俺のせーかよ!?」
コーシは突然始まった突つかみ合いの殴り合いにきょとんとしたが、鍵の開く音を聞きつけると二人をかいくぐって玄関に歩いて行った。
「ただいま…って、コーちゃん。あの二人どうしたの…?」
コーシはサナの足に絡みつくと、離れなくなった。
「あれ?手、ケガしてるの?一緒にシャワー入って一回洗おうか」
サナは取り込み中の二人をおいて、先にお湯で体とコーシの傷を洗い流した。
着替えが済んでリビングに入ると、肩で息をする二人が床に転がっていた。
「サキ、M-Aさん、大丈夫?」
サキは転がったまま右手だけを上げた。
「おぅ、お帰り。サナ、悪いけどコーの奴が…」
「ケガしちゃったんだね。洗い流したから今から消毒しとくね」
サナは大人しく腕におさまっているコーシをあやしながら部屋の奥へ入って行った。
M-Aはため息をつくと体を起こし、煙草を取り出した。
「…サナは相変わらずええ子やな。あの落ち着きで十て…いやもう十一か。あと五年もしたらええ女になるな」
「そうだな。でもちょっと人に気使いすぎだぜサナは。…苦労してるんだろうな」
サキはふとサナの痣を思い出した。
「なぁ、最近一般市街で出回り始めたゴム弾の銃ってどれくらい威力があるんだ?」
M-Aは急な話に眉を潜めたが、聞いた話を思い出しながら口を開いた。
「あの護身用のめちゃくちゃ高いやつやろ?うーん…骨折るほどではないけど当たりどころによっちゃ軽く気絶するくらいて聞いたことあるなぁ」
「…もし至近距離で狙って腕に打ったら?」
M-Aは嫌そうに顔をしかめた。
「とっ捕まえて縛り上げてわざとやる以外そんなことなれへんやろーけど、まぁピンポイントでどす黒く変色するくらいの痣はできるんちゃうか?」
サキは低く唸ると顎に手を乗せた。
「なんやねん。なんの話やねん?」
「いや、一般市街に出稼ぎに行くのも苦労するよなと思って」
M-Aは目を細めると煙草をゆっくり吸った。
「…サナの話なんか」
「…」
サキはもう一度床に転がると天井を見つめた。
「スラムが街として機能したら、働ける場所が増える。わざわざ市街まで行かなくてもな」
「…サキ」
「俺は、もう嫌なんだよ。スラムが荒れているせいで、犠牲になる奴が出るのは」
懐の拳銃に触れながら、サキは目を閉じた。M-Aは煙草の火を消すと立ち上がった。
「そやな。じゃあその為に早くカヲルと話つけやなな」
声のトーンを上げると少しわざとらしく伸びをする。
サキは苦笑すると思い出したかのように言った。
「あ、カヲルに今日あったぜ。手を組めないか話をしたんだがコーがケガしちまったから返事は聞けてない」
M-Aは脱力するとまだ転がってるサキの頭を軽く蹴飛ばした。
「今日先に話さなあかん話はそれやないか!会っとんねん」
「お前が殴りかかって来るからだろ!」
サキは腹筋だけで飛び起きるとにやりと笑った。
「なかなかいい手応えだったぜ?明日また行って来る」
「おぅ、朗報期待してるで。俺は引き続き他の溜まり場やら酒場もめぐってみるわ」
暴れ疲れたM-Aは水を飲もうと流しに視線を向けた。
するとそこに、冷えた水が入ったコップが二つ用意されて並んでいるのを見つけた。
二人が気付かぬ間に、そっと用意されていたようだ。
「…サナのこと、よう見ててやれや。あいつ、死んでも弱音はかなさそうやからな」
サキは頭をかくと一つコップを受け取った。
「そうだな…」
冷たい水が喉を潤す。
サキはため息をこぼすとコーシの様子を見る為に部屋の奥へ向かった。