意外な人
一週間もすると、コーシはもう吐いたりすることはなくなった。
ただ黙々と運ばれてきた死体を穴に放り込み、土葬する。
作業に集中していると、後ろから蹴りが入った。
気を抜いているとこうやってコーシも穴に落とされることが何度もあった。
大人たちはにやにやと笑うとコーシを指差した。
「見ろよあれ。死体の横にでっかい蛆虫が沸いたぜ」
「あの死体が移り病持ってたらもうアウトだな」
コーシは死臭にまみれながら男たちを見上げた。
「これは切り傷が原因の死体だ。病気跡じゃない。一週間もここにいたら大体の死因くらい俺にも分かんだよ!!」
大人は鬱憤を晴らすようにげらげら笑い続ける。
「蛆虫が吠えたぜ!!」
「くたばれクソガキ」
コーシの上から土をかけると、男たちはその場を離れて行った。
死体と一緒に埋められかけたコーシは、土を掻き分けるとなんとか這い出た。
こんなことはもう日常茶飯事だ。
コーシは毎日を生き抜くこと以外何も考えられなかった。
夜寝静まってからも彼にいたずらを試みる者が何人もいるとなれば、気を抜く暇もない。
食料争いはまさに死活問題で、大人たちは揃ってコーシの邪魔をしてきた。
だが彼も負けてはいない。
箱から貰うのは無理でも、盗めそうな奴から片っ端からかすめとってはさっさと外へ逃げ出した。
南区へ来たばかりなら、コーシはとっくに発狂したか、下手すれば生きてはいなかっただろう。
ウォヌたちに叩き上げるように鍛えられたおかげで、なんとか少年はまだ生き続けている。
純真だった瞳は日に日に荒むが、コーシは大人たちに屈する気は微塵もなかった。
アークルは姿を見せなかったが、その視線は常に感じる。
コーシは乾いた干し肉とパンをかじると、土の上に転がった。
「風呂はいりたいな…」
サキ愛用の柑橘系の泡を思い出すと、コーシは無性に死臭漂う自分が嫌になった。
「呆れたタフさだな。こんな状況で風呂なんて呑気なことを言えるなんて」
コーシは飛び起きるとレンチを抜き取り構えた。
「俺だよコーシ。ウェンズだ」
「ウェンズ?」
アークルの取り巻きの一人で、唯一アークルと同じ二十歳超えの青年だ。
コーシは油断なく構えながらじりじりと距離をとった。
「何しに来た。俺を、嘲笑いにきたのかよっ」
少年が吐き捨てるように言うと、ウェンズは手を腰に置いた。
「驚いた。この数日ですっかりガラが悪くなったな」
「お前らがそうさせたんだろ!?」
コーシは毛を逆立てたが、ウェンズはじっとコーシを見つめ慎重に口を開いた。
「俺はこの一週間お前を見ていた」
「え…ウェンズもいたのか?」
「アークルの命令でお前に見つからないようにしてたからな」
コーシはレンチをしまうとウェンズを見上げた。
「で、俺を観察してて何か言いたいことでもあったわけか?」
「…正直、アークルが何をお前にそこまで求めているのか俺には分からん。
それに、お前はなぜここから逃げ出そうとしない?」
コーシは目を見開くと口もぽかんと開けた。
「…そんなこと、考えもしなかった…」
ウェンズはあまりにもコーシが間の抜けた顔をしているので思わず笑った。
「お前は賢いのか馬鹿なのか、今一分かりにくい。いや、歳の割りにしっかりし過ぎているからアンバランスなのか…」
コーシはむっと眉を寄せると足元の石を蹴った。
「アークルは一ヶ月ここで過ごせと言った。期限があるならなんとか頑張るさ。
ここの大人たちはクソだがアークルは、何か違う」
ここは生き地獄だ。だがそれはそれなりに学ぶこともある。
「俺はここできっと何かを得なければならないんだ。それが何か、考えてる暇もないけどな。アークルはきっとそれを俺に求めてる」
コーシは拳を握るとじっと見つめた。
「とにかく俺はここで生き抜くことに全力を注ぐ。逃げたりなんかするもんかっ!!」
ウェンズはコーシを静かに見つめると一つ頷いた。
「…分かった。好きにしろよ。音を上げたくなれば俺に言え」
「えっ…」
コーシが聞き返す前に、ウェンズは背中を向けるとさっさと姿を消した。
コーシはもう一度拳を見つめると小さく呟く。
「…負けるもんかっ」
そのまま瞳を閉じると、今度こそ人が近付いても見逃さないように意識を張りながら仮眠をとった。