サキと赤ん坊
今回はサキが中心人物となります。
でもコーシも沢山絡んできます。
前半は赤ん坊なので全く役に立ちませんが…。
月明かりしかない、暗い夜だった。
聞こえるのはただ寄せては返す波の音。
二本の厚いナイフから滴り落ちるのは、親友の命の色。
足元に転がっているのは、ずっと一緒にいると昨日まで信じていた男だ。
サキは大きく振りかぶるとその男目掛けてナイフを…
「んぎゃーー!!」
突然耳元で泣かれて、サキは飛び起きた。
額からは玉のような汗が大量に流れ落ちている。
荒い呼吸を落ち着けながら、隣で泣き喚いている赤ん坊を見た。
「…なんだよ、コー。腹減ったのか?」
赤ん坊を片手で抱き上げると、サキはリビングへと向かった。
最近やっと慣れてきたミルク作りを済ますと、赤ん坊の口に当てる。
必死で食らいつく様子を見ていると、さっきの悪夢が払拭されてきた。
「しっかし本当可愛げのない顔つきしてるよなお前。この瞳のせいか?」
赤ん坊の瞼を押し上げると、瞳孔が猫か爬虫類のように縦に伸びる瞳が動いていた。
サキが拾った時には痩せこけていた赤ん坊も、今ではだいぶ丸々してきた。
サキは縦抱きに抱え直すと赤ん坊を肩に乗せ、背中をぽんぽんと叩いた。
「飲んだらすぐ寝るし、思ってたより世話かかんねぇよなお前」
どうしてスラムにゴミのように捨てられていた赤ん坊を拾おうと思ったのか、サキ自身にもよく分からない。
拾った時には、育てるつもりは別になかったのかもしれない。
「んぎゃーー!!」
「おっと。悪い。息苦しかったか」
サキは抱え直すと不器用にあやし始めた。
「おい、コー。…コーシ。早く寝てくれよぉ俺明日は六時には行くってM-Aに言っちまったんだよぉ」
あくびを噛み殺しながらサキはコーシの背中を叩き歩き続けた。
翌朝、案の定遅刻してきたサキにM-Aは特大の雷を落とした。
「おまえなぁ!!今日は大事な日やってあれ程念押したやろが!!」
サキは大あくびをしながら赤ん坊を指差した。
「仕方ねーだろ?コーが昨日に限って夜泣きしたんだから」
「だからって…。お?コーシ!お前もうハイハイ出来る様になったんか!?」
大きく着せられた古着を引きずりながら、赤ん坊はなんとか前に進もうと動いている。
「そうなんだ。最近やたらウロウロしだしてさ。おもちゃなんてねーし仕方ないからバイクのエンジン取り外したやつやったら、こいついっちょまえにいじろーとすんの」
サキは楽しそうにコーシの額をつついた。
M-Aはそんなサキを眺めると、腕を組んでため息を一つ落とした。
「お前がコーシ拾ってきた時はどついたろかと思ったけど、まぁ…そんな顔が出来る様になってきたんやったら、ええわ」
サキは大きく肩をすくめるとコーシを抱え上げた。
「…で?今日はこのスラム街をまとめてる奴のツラを拝めるんだろ?」
「サキ、コーシを連れていくつもりか?」
「家に置いてきたらめちゃくちゃにされんじゃねーか」
「…ザリーガは危険な奴やぞ。自ら弱みを持って行くて、アホか」
サキは不敵に笑うとコーシを抱え直した。
「こいつがいるくらいで俺がやられるとでも?」
M-Aは頭をかくと煙草に火をつけた。
「何年つるんでても、やっぱ俺にはお前の神経が分からんわ。行くで」
「あぁ」
二人は、もとい三人は明るくなり始めた路地を横切ると、中央区の裏路地を歩き始めた。