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神馬さまとおやつ、そしてふんわり(二)

「よくあることじゃない」

「そのとおり。我が家もそうだし」


 ルイスはうなずいた。

 コドー・ソウも養子である。もとは聖都で金物屋を営む夫婦の長子だった。体術も手習いもずば抜けてよくできるので他家からも養子の引きがあった。そのたびに丁寧に断りを入れていた金物屋夫婦だったが、しばらくして事情が変わった。長くコドーひとりのみだった子どもが立て続けに生まれ、時を同じくして金物屋の経営が傾いてしまったのである。

 弟妹が何人もできてコドーが店を継がなくてもよくなり、その上金物屋の経営と暮らしが立ち行かなくなったところにソウ公爵家から養子縁組の申し込みがあった。


――ぶっちゃけちまえば金が必要になったわけです。


 ソウ公爵家は五十代半ばの当主とその妻の間に男子ばかり四人の子がある。高い身分に甘んじることなく総領を筆頭にそれぞれ才能を開花させ、特に神学を修める末子ユージーンは現法王の叔父と同じ道を進むことを期待されている。

 家柄よく、優れた子を幾人も擁するソウ公爵家がこれ以上名誉を必要としていようか。大金を積んでまで平民を養子に迎えるのはなぜか――。噂好きな聖都雀があることないこと、かしましく囁き交わし詮索したが結局


――名家でもやっぱり、養子に巡礼させておいて名誉は自分らでいただきたいってことさ。


 そんな結論に落ち着いたのだとか。



「先代巡礼騎士サスバは就任当初、それは熱心に巡礼と神馬さまのお世話に励んだそうだよ」


 一年経ち、二年経ち、サスバは少しずつ変わっていった。巡礼騎士就任後しばらくして酒を覚えた。巡礼先で接待されそこでちやほやされるのに味を占めた。サスバは神馬の世話を、巡礼を煩わしく思うようになった。夜遊びにうつつを抜かすようになった。法教会の中心で神の教えを厳しく守る地であっても聖都は人の多く集まる場所だ。盛り場も多い。紅灯の巷に入り浸るようになった。神馬の世話も巡礼の旅も人任せにして聖都に残り、遊び回っていた先代巡礼騎士は郭で喧嘩騒ぎを起こした。相手が平民ならば抱き込み口止めもできたかもしれないが、相手がよくなかった。サスバが殴り倒したのは信徒国の王族、しかも巡礼に訪れているはずの国の王族だった。本来、聖都の郭で出くわすはずのない相手である。


「表向き、被害者である王族の国元に巡礼に行っていることになってたから――」


 当然サスバ子爵は弟の不祥事をもみ消そうと躍起になった。しかしただ喧嘩をしたというだけでなく誉れ高い仕事を放り出して他人に押しつけていたという事実は隠すことができない。面目だけでなく巡礼騎士の職も失う羽目になった。


「先代がそんな感じだったから、コドーに対する世間の目も厳しいんだよね」

「コドーにいさまはちゃんとしていらっしゃるのに」


 自分が責められでもしたように、ユージーンが傷ついた表情を浮かべた。


「おまえはほんとにコドーが好きなんだねえ」

「当たり前だよ。僕らは家族だもの」


 ルイスの上体がびくりと震えた。弟はいつも通りの天使のような愛くるしく光り輝く笑顔を見せている。


――自分には後ろ暗いことなどない。


 それでもときどき、神童と呼ばれる末弟が怖くなる。何もかも見透かされているのではないか、と。ルイスは弟のまぶしい笑顔から目を逸らし、神馬と巡礼騎士のもとへ向かった。




 ひとしきり噛みついて気が済んだのか、神馬はコドーの手に載った干苹果(りんご)をもしゃもしゃと食べた。おかわりを取り出そうとすると神馬がコドーから顔を離した。しかし未練が残るのかふんふんと鼻を鳴らしている。


「もうよろしいんですか?」


 掌に干苹果を載せるとちらりちらり、神馬の視線がおやつとコドーを行き来する。


「いかがですか? ――もうひとつだけ」


 ぶっふううう、鼻を鳴らし掌へ顔を寄せる神馬に巡礼騎士が目を細める。


「コドー、わたしたちはそろそろ戻るよ」

「すみません。わざわざおいでくださいまして」

「いいんだよ! コドーにいさま、いつでも呼んで」

「そういうわけにも……」


 コドーが苦笑いすると、ユージーンがぱたぱたと地団駄を踏んだ。


「もおおおお、遠慮ばっかり! 僕、もっと頼りにされたい!」

「こらこら」


 ルイスがユージーンの肩に手を置いた。


「神馬さまが驚かれるじゃないか。――そうだ、コドー」

「はい」

「近く知らせがあるけど、聖都に呼び出されることになりそうだよ。巡礼地が変更されるみたい。――新大陸のことは知っているね」

「ええ、一通り存じています。拠点はあるが近頃異教徒の流入が多くなっているとか」


 しばらく前まで世界には三つの大陸しかないと思われていた。央大陸と左大陸、右大陸である。央大陸は法教圏の中心地。右大陸は央大陸の西側に位置する。大陸の名は法王玉座から見て右手にあることから名付けられた。こちらは法教圏で、貴族の領地や法教を奉ずる王の治める国々がある。左大陸は央大陸の東側、法王玉座から見て左にある。こちらは異宗教信徒国ばかりだ。地続きだが間に広大な砂漠があるだけでなく何よりも過去に大きな異宗教間戦争が起きたため、行き来は盛んでない。

 新大陸は右大陸南方の常に風の吹き荒れる海域を越えたところにある。近年の航海技術発展により発見された。今のところ先住民はいないとされているが、全容はまだ解明されていない。この新大陸は比較的近くにある右大陸の領主国が法教国から資金援助を得て開拓に乗り出しているのだが、もともと航海技術に長けていた異教徒たちが地理上の不利をものともせず頻々とやってくるようになったのだという。当然軋轢(あつれき)が生じる。


「またぞろ戦争など起きては――ね」


 左大陸との戦争終結は百年以上昔のことだが、長期にわたり続いた戦争は世界を疲弊させた。同じことがあってはならない。


「しかし左大陸の連中にみすみす新大陸を取られるわけにもいかない」

「確かに……」


 ただでさえ左大陸の国々は物資、技術両面で法教圏の優位に立っている。


「それでは姫とわたくしは新大陸へ巡礼に――?」

「まだ何も決まっていないが場合によってはね」

「新大陸かあ。――どんなところなんだろう」


 ユージーンが目を輝かせた。コドーはルイスと目を見合わせた。

 新大陸は別名、暗黒大陸とも呼ばれている。発見されてしばらく、とはいえ昨日今日の話ではない。全容が解明されないのは険しい地形だけでなく、かの地独特の生態系が探検する者の行く手を阻むからだ。妖怪やら幽霊やらが出るの、人を食う化け物が出るの、といろいろな噂が飛び交っている。

 コドーは気づかなかった。神馬がじっとソウ公爵家の兄弟三人の会話に耳を傾けていたことに。


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