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神馬さまとおやつ、そしてふんわり(一)

 ユムリル教会での祝福の儀式を無事終えたあと、コドーは聖都へ転移法術でとんぼ返りする兄弟と別れを惜しんでいた。しかし神馬のご機嫌が芳しくない。兄弟が立つ前に神馬のご機嫌を取ろうとコドーは四苦八苦していた。


 がぶがぶ、がっぶがぶがぶ。

 額に赤い宝玉のある月毛の雅やかな馬が――墨色の短髪に噛みついている。


「痛い痛い痛い――姫!」


 何とか神馬の顎から逃げ出したコドーは鉄黒の瞳を潤ませた。


「ハゲちまいます! 勘弁してください! ――ああっ、痛い痛い!」


 また噛みつかれている。


「神馬さまの噛み癖ってまだ治ってなかったの……」


 陽光をそのままかたちにしたような金色の髪をさらさらと揺らしユージーンが呆れ顔をした。

 ルイスとユージーンの視線の先でコドーが


「干苹果(りんご)、以前はお好きだったじゃないですか! 今回のおやつはお気に召さない――痛い痛い痛い!」


 神馬にどつかれている。




 先日、まんまとコドーが盗賊にしてやられたのには理由がある。

 賊から見れば森の中でのんびり休憩していたように見えたろうが、実際の神馬とコドーは


「ぶっふううう」

「駄目です。おやつの食べ過ぎは健康によくありません」

「ぶっふううう」

「糖分を取り過ぎると太っちゃいますよ。姫には今の必要にして十分な筋肉みなぎるすっきりした美しいお姿を保っていただきたい」

「ぶっふっふふううう」

「駄目なものは駄目です。いくら足下の土ほじくり返しても駄目。ほんとに駄目」


 おやつをめぐる冷戦状態にあった。他の馬と同様に神馬も甘いものに目がない。(いさか)いの原因となった菓子は糖蜜を煮詰め干した果物を混ぜ固めたもので、神馬はこれを格別に好んでいる。

 馬という生き物は賢い。馬好きであることにおいて人後に落ちないと自負するコドーは当然馬の賢さに信頼を置いている。しかも神馬は普通の馬とは違う。賢さにおいてそこらの馬とは格段に違いがあるはずだ。何といっても神に認められた賢い一角獣なのである。

 盗賊三人に囲まれる少し前、すでに神馬もコドーも気づいていた。それであれば当然捕まらないよう、問題が長引くのを避けるよう動くはずだ、そのために法術剣で一気に片をつけよう、そう考えていたのに


――ありゃ?


 コドーが法術剣の柄を握っても反応がない。

 法術剣は宝玉と呪文によって柄から光の刃が出る。神馬を護衛する巡礼騎士に与えられる法術剣は光明剣と呼ばれ、使用する者の技量によってさまざまな法術を刃にのせることができる特別なものだ。他の法術剣が小粒な宝玉を触媒にするのに対し、光明剣は神馬の額にある大きな宝玉を触媒とする。光の刃に込められる力の大きさも法術の種類も発動までの速さも他とは段違いなのである。

 強力な法術武具である光明剣だが、神馬と離れすぎたり、神馬に拒絶されたりすると宝玉が触媒の役目を果たさず法術が効かなくなる。そう教えられ、頭では理解していたがまさかそんな由々しい事態に発展するとは。


――たかが糖蜜菓子ひときれふたきれごときで……!


 神馬に目をやるとぷいっとそっぽを向かれた。額の宝玉も無反応のまま。


――姫、()ねていらっしゃるよ……。


 相手は三人といえど常であれば法術剣に頼らずとも体術で撃退できる。それなのに初動の遅れであっという間に神馬を盾にとられ、コドーは歯噛みしながら降参する羽目になった。




「反省しています。自分の姫に対する愛と忠誠は十分ではなかった」


 神馬の噛みつき猛攻をかいくぐりコドーは少し離れた場所で跪いた。


「糖蜜菓子やら干苹果を食べ過ぎた姫がぶくぶく太ってしまわれても自分はかまいません。むしろふんわり育った胴まわりをなでなでするのが楽しみです。さあ、どうぞ! ……いでっ、痛い痛い、姫、そっちじゃありません、菓子を」


 どすどす足を踏み鳴らし歩み寄った神馬がかぶりついたのは捧げられた干苹果でなくコドーの頭だった。


「相手が神馬さまかどうかってところが問題じゃないと思う」

「まったくもって同感だね。でも神馬さまは気をゆるしておられる。コドーは神馬さま第一だから」

「巡礼騎士なんだから当然でしょ」

「本来は、ね。先代の巡礼騎士のことを、おまえはまだ小さかったから覚えていないだろうけど」


 ルイスは神馬に噛みつかれている弟を眺めほろ苦く笑んでいた頬を引き締めた。


「先代の巡礼騎士はサスバ子爵の――表向き弟ということになっていたが実際は養子でね」


 巡礼騎士は法教会騎士団から武術、教養、法術、容姿や人品骨柄すべて優れたただひとりが選ばれる。法教会において重要視される役割で、誉れ高いつとめである。法教国内のみならず時に政治的に繊細な関係にある信徒国へ赴くこともあり、賢く立ち回れる人物でなければ勤まらない。単なる名誉職ではないのだ。

 しかし神馬とともに広く巡礼してまわるのについて行くということは、特別に優秀な人材の、生涯でもっとも脂ののった時期を旅に費やすことでもある。三十年つとめあげた巡礼騎士は次代に引き継いだ後、適性に応じた職種の高い地位を約束されているがいくら適性があっても三十年地道につとめあげた他の者とは実力に差がついてしまう。巡礼騎士は己の力でのし上がろうとする野心家には不向きなつとめでもある。すぐれた人物がすべて野心をうちに秘めているとは限らないが、長期間にわたり献身的に神馬を守りつづけたのち、実の伴わない仕事で満足できる者も少ない。人は衣食足りて名誉を与えられるだけでは満たされない欲深い生き物だ。

 かといってぼんくらをあてがって勤まるお役目でもない。しかし一族から、できれば一族の他家でなく自身の身内から巡礼騎士を輩出したい。こうして名誉を手に入れたい貴族が見込みのある平民の若者を養子として迎えるようになったのである。

 先代巡礼騎士サスバはもともと子爵家領地の騎士だったのだという。武術に優れた青年で、聖都で身を立てたいという本人の希望がかなって主筋の養子となった。名誉は欲しいが子弟を長期間巡礼に出したくないサスバ子爵家と利害が一致したのである。


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