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巡礼騎士(三)

 教会から朝の鐘が聞こえてこないことを不審に思い駆けつけた麺麭(パン)屋の小僧は、食堂で司祭たちを発見した。


「くっさ! 司祭様たち、臭いよ!」


 司祭長をはじめ全員が酔いつぶれてしまっている。同じように司祭たちを心配し次々と集まってきた街の人々も鼻をつまんでいる。


「おい、厩舎に――」


 縄で縛り上げられた金髪の若者と中年男ふたり、そしてその前で腕組みをしてたたずむ巨漢と額に宝玉の輝く月毛の馬――。街の人々に叩き起こされた司祭たちがよろよろへろへろと厩舎の前へ駆けつけ腰を抜かした。


「ああっ、巡礼騎士さまに何てことをっ……!」

「ええっ?」


 街の人々も、捕縛された三人の前で仁王立ちしていたコドーも目を剥いて驚いた。



 コドーはユムリルの司祭たちの告発により自警団に捕らえられた。罪状は巡礼騎士になりすました(かた)りである。当然コドーは無実を訴えた。


「いやいやいや、本物はこちらですよ?」

「そ、そんなわけがあるか! 昨夜遅くに到着された巡礼騎士さまご一行はあのお三方だ……うぷ」

「ほら、巡礼騎士の紋章もここに」


 コドーが取り出すと司祭たちは口角泡を飛ばし反論した。


「その紋章はあの貴人の持ち物だ! 取り上げたんだろう……う、きぼぢわるい……」

「取り上げたって……それはもちろんもともとわたしのものですから取り返しましたが」


 コドーも反論し返すが、よそ者であるためいかんせん信用されず分が悪い。取り調べにあたっている自警団の団員も困り顔である。証言はすれ違い、取調室は酒臭い。


「だいたい貴族は金髪碧眼だ。黒髪黒目なんぞいない……うぷ、うぼええええ」


 いろいろな意味で困ったことになった。

 そこで聖都の法王閣に問い合わせることになった。返事を待つ間、司祭たちの執拗な訴えにより偽巡礼一行の三人は自警団の牢から教会へ移された。すっかり司祭たちの信用を得た三人だったが翌朝には姿を消した。その上街の人々のお布施、教会で代々受け継がれてきた宝玉の粒や粉末もきれいさっぱりなくなってしまった。そうなってはじめて司祭たちは自身の誤りを知り真っ青になったが、ひとり司祭長だけは


「あんなみすぼらしい見た目の貴族がいるわけない! 盗賊を手引きしたのもあの偽騎士に違いない、きっとそうだ!」


 意地を張りつづけた。

 法王閣への問い合わせに特急便を利用しても片道四日。返事はどんなに早くても一週間以上かかるだろうと思われた四日目の夜。

 ぶ……ん。

 聖堂に赤い法術陣が浮かび上がった。夜のつとめの後始末をしていた若い司祭がそれを見て腰を抜かした。


「ほ、法術陣……!」


 法術陣の発する赤い光にふたつの人影が浮かび上がった。

 ぶ……ん、ぶうんぶう……ん。

 法術陣の光が消える。一歩、二歩踏み出した少年が鋭く声を上げた。


「にいさま! ……コドーにいさま!」

「落ち着きなさい、ユージーン」


 法衣に身を包んだ少年をたしなめると青年が腰を抜かした司祭を振り返った。少年によく似た面差しをしていて一見して兄弟であると分かる。こちらは渋い色合いの地味ないでたちだが仕立てがよいものを身につけている。伸びた背筋に上品な物腰。ふたりともユムリルのような田舎町ではめったに見かけない貴人だ。

 青年は上着の隠しから美しく輝く紋章を取り出した。光輪に光芒。しかも光芒のすじが多い。法王閣の紋章だ。若い司祭の身体がわなわなと震えた。


「我らは法王閣から派遣された者だ。こちらで巡礼騎士が難儀に遭っていると知らせを受けたのだが」

「――ぴゃあ!」

――本物の貴人だ。確かに司祭長のおっしゃったとおり貴人は金髪碧眼だ。でも最初の巡礼騎士、金髪碧眼でもあれは偽物だ。全然上品じゃなかった。ということは自警団の牢屋にいるのはやっぱり……。


 若い司祭は滑り転びながら居住棟へ司祭長を呼びに走った。



 ほとんど誤解はとけたも同様だったのだが、司祭長は頑なに同じ証言を繰り返した。しかし次期法王候補のひとりと目されるユージーン・ソウ枢機卿から「コドーはわたくしの兄で当代唯一の巡礼騎士です」と美しい碧眼を潤ませ訴えられやっと態度を改めた。ソウ公爵家の次男で行政府でめきめきと頭角を現していると評判のルイス・ソウは


「貴族が皆金髪碧眼というわけではない。言いがかりはほどほどに――。度が過ぎれば引退を早めることになりかねませんよ」


 と囁きかけ老司祭長を震え上がらせた。

 自警団団員をはじめとする街の人々にとって説得力があったのは貴人でなく神馬だった。日に何度も教会の厩舎から脱走して自警団の建物にやってきては高々と前脚を振り上げ打ち壊さんばかりに扉を蹴りつける。額の宝玉に月毛の雅やかな馬の悍馬のごとき蛮行に人々は恐れをなした。神馬がやってきて暴れるたびにコドーが牢から声をかけ説得する。騎士の声を聞きいったんは落ち着くのか教会へ自分で戻っていくのだがまたすぐに脱け出してくる。


――司祭長様がどうこう喚いたって、ここまで神馬さまがなついておいでなんだから牢の中にいるのが騎士様なんだろうよ。

――なあ。ちんたら知らせるんじゃなくて法術でぴゃっと問い合わせてくれりゃあいいのに。

 コドーが釈放されて安堵したのは本人だけではなかった。



 暖かく晴れた午後。ユムリルの教会で神馬の巡礼式が執り行われた。

 丁寧に梳られた月毛が希少な金属のように輝く。胴にかけられた馬着には儀式用に装飾が施され、聖堂の灯りをうけ神馬の豪奢な月毛に張り合うかのようにきらめいている。粛々と列を作り祭壇へ歩を進める司祭たちに対し、神馬は明らかにやる気がない。暴れはしないものの時折下を向いたまま立ち止まる。そのたびにやはり巡礼騎士の正装に身を包んだコドーにやさしく導かれ渋々歩き出す。


「神馬さまはご機嫌斜めだね」


 ユージーンが隣に座る青年に囁きかけた。白地に金の光輪、光芒の紋章。法教会で定められた位の高い司祭の着る法衣の肩を明るい金色の髪がさらさらと撫でる。


「コドーにいさまはさすがに大人だなあ」


 少年の白い頬が明るく紅潮している。


「僕だったら暴れちゃうかも。ルイスにいさまはどう?」

「ユージーン、めったなことを言うものでないよ」


 ルイスが小声で制した。祭壇の前へ神馬を導く弟の穏やかな表情を見遣り微笑んだ。



 神話の由来、神の恩寵などについて老司祭長は延々と語り続けた。途中神馬が「ぶっふううう」と鼻を鳴らしては首を左右に振る。その「ぶっふううう」が


「それがどうした」

「早よ終われ」


 合いの手に聞こえる絶妙の間合いで繰り出される。こらえきれないのか、参列者の特に年若い者の間から失笑が起きた。そのたびに司祭長の顔が憤りで赤黒くなる。神馬といえど相手は馬だ。人ではない。非礼を咎めても詮ない。困った表情をするコドー、老司祭長からすれば貴族らしくない貴族を睨みつけるのが精一杯だ。



 老司祭長の説教がようやく終わった。神馬と向かい合った巡礼騎士が法術剣を取り出した。こうべを垂れた神馬の額で宝玉が

 ずくり、ずくり……。

 脈動するように点滅する。騎士は柄を握り、もう片方の手で宙を撫でた。


「光明」


 低いつぶやきと手の動きにつれ柄から白金色の光線が伸びる。神馬と騎士は円を描くように踊り始めた。

 かつかつ、かつん。

 蹄と靴を鳴らし刻む律動。かろやかな動きで散る光。彩り豊かな音律が人々の心をふるわせた。


――季節は違うのに、まるで春が来たよう。


 神の似姿をかたどるといわれるひとびとを一角獣は騎士とともに寿(ことほ)ぐ。祝福の音律がユムリルの地に刻まれた。


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