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巡礼騎士(二)

 雲間から月が顔を出す。

 こぢんまりと整った庭の、小暗いところを伝い墨色の髪の大男――巡礼騎士コドー・ソウが厩舎へ向かう。聖堂や居住棟から離れた場所にあるそこでは教会の農園ではたらく馬が飼われている。司祭居住棟もなかなかの賑わいだったが、こちらも負けていない。不満げにいななき、(ひづめ)を鳴らす馬たちの(とよ)みで満ちていた。原因は一頭の馬だ。先住馬たちは見知らぬ客が暴れているのに動揺していただけだったらしい。

 厩舎の一角、コドーが目にしたのは馬房で興奮し暴れる馬だった。明かり取りから射し込む冴え冴えとした月光をうつしたように被毛が輝く。その月毛がしなやかな筋肉の躍動につれて生き生きと波打つ。額に埋まった赤い宝玉――神の友であったことの証、角折れの痕がきらめく。怒り狂っていても神馬は美しい。


「姫」


 神馬の前へコドーが進み出た。


「遅くなりまして申し訳ないです」


 暴れていた神馬が駆け寄った。鼻を寄せ甘える。


「まったく、おいたが過ぎるんですから――おっと、説教は後まわしです」


 神馬がおとなしくなって安心したかだんだんと他の馬も鎮まり、厩舎の騒ぎがおさまった。コドーは素早く柵を外し馬房へ入ると神馬の身体をざっと改めた。傷がないことを確かめ安堵のため息をつく。そして馬房の隅に放り出された行李(こうり)を開け中身を確かめた。


「まいったな、紋章がない」


 コドーの肩越しに神馬がずぼっと鼻面を突っ込んできた。暴れていた名残でまだふんかふんかと鼻息が荒い。慣れているのか、コドーは動じない。もの言いたげな神馬を撫でてやりながら


「ええ、姫、同感です。あいつらが持っているのでしょう」


 行李に再び蓋をして紐で縛りながら独りごちた。


「紋章はなくても姫がいらっしゃれば巡礼できなくはないが少々面倒ですね。取り戻しに行くか――」


 神馬がふい、と頭を上げた。厩舎の出口を注視している。他の馬もざわつき始めた。コドーは神馬の頸を軽く撫でるとすす、馬房の闇へ姿を消した。



 厩舎へ男たちが近づいてきた。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。心配ないって司祭どもはちゃんと潰してきたから」

「つぶ……おいおい、まさか」

「何言ってんの。ウチらの掟『不殺』、ちゃんと守ってるよ? 潰すって酒だよ、酒」


 先ほど「誑し」と呼ばれた若い男がきょとんとした声を上げる。神馬の馬房近くまで来て三人は足を止めた。


「じゃあこいつに言ってやってくんな。神馬の額から宝玉をほじくり出すなんぞ、危ねえことできるかってんだ」

「いいじゃねえか。神馬つっても馬だぜ? 人じゃないんだから掟には背くことにはならねえだろう」

「でもよ――神様のお友達だぜ?」

「いいんじゃないの? ぼくは賛成だけど」


 誑し役の男が明るい金色の髪をかき上げた。


「神馬って確か生き返るんだよね?」


 法教会では子どもたちに祭りの春告げ馬について教える。この春告げ馬の由来となったのが神の友、角の折れた一角獣である。世界をめぐり神と似た姿をしたひとびとを祝福する神馬は数十年に一度死に、新しく生まれ変わるという。


「――んなわけねえだろう、ただの馬だぜ?」


 無精髭が素っ頓狂な声を上げた。


「ただの馬じゃない、神馬だよ。――ほんとに生き返るんだったらむしろぼくらに都合いいんじゃない?」

「それもそうか」

「やべえよ。やっぱりやめようぜ」


 無精髭が鍵開けの肩を叩いた。


「おれたちゃ悪党は死んだら地獄行きよ。今更神様なんぞ気にしたって仕方ねえ。ごついわりに気の小さいヤツだな」

「う……」


 信心を腐されたからか、男らしくないとなじられた気持ちになるのか、鍵開けが口ごもった。誑しが仕立てのよい上着を脱いだ。小刀を手にしている。


「さあて――どこからやる?」


 厩舎全体のざわつきが増した。馬たちがいななき、地面を蹄で掻く。ただ誑しの目の前の神馬だけはじっと立ち尽くしている。無精髭も短刀を抜いた。仕方なしという風情で鍵開けも足下に立てかけてあった熊手を掴んだ。膝が震えている。


「なんかおかしいよう、柵外れてるのに神馬、逃げてないし」

「神馬さまはお行儀がいいのさ」


 無精髭がじりじりと月毛の馬に近づく。


「暴れられると困るからね、脚からいく? それとも頸?」


 天井からど、と大きなものが神馬の鼻先に降ってきた。


「それはいやだな」


 温度を感じさせない月光にコドーの姿が照らし出された。短く刈り込まれた墨色の髪に浅黒い肌、鉄黒の瞳が精悍な印象を与える。握った短い棒のようなものにもう片方の手を重ね


「――紫電」


 と低くつぶやく。コドーの背後、神馬の額の宝玉が

 ずくり、ずくり。

 脈動するように点滅しはじめた。そろりと宙を撫でたコドーの手の動きにつれて柄からまばゆい光線が現れる。

 じじ、じじじ……。

 光の刃から紫色の火花が散る。


「ま、まさか法術剣……」


 無精髭が目を瞠った。


「森の中で襲った時には出さなかったのに……」

「あの時は――いやいや、どうでもよかろう」


 もごもごと口ごもったがコドーはすぐにかたちを改めた。腰を低く落とすと顔近くに光の刃を構える。紫色の角が生えたかのようだ。


「姫を害するものはなんぴとたりとも(ゆる)さぬ。――害さんとする意思ごと断ち切ってくれる」


 切れ長の目に鋭い光が凝る。


「ひい――ひゃあ!」


 緊張に耐えかね誑しが小刀を、続いて鍵開けが熊手を手に飛び出してきた。

 びん、び……ん。

 光の刃が閃く。誑しは胸を突かれ、鍵開けは胴を払われ、後ろへ吹き飛んだ。びくりびくりと数回のたうってふたりとも動かなくなった。吹き飛んだ仲間を振り返った無精髭が我に返ったようにびくりとコドーへ視線を戻す。巡礼騎士はまた顔近くに光の剣を構えていた。


「額からほじくり出す、だと?」

「あ……いやその……」

「そんなことされたら痛いだろう」

「す……すみま……せ……」

「姫が痛がるだろう」

「そ、そうですね……」


 じり、とコドーが間合いを詰める。無精髭の短刀を握る手がわなわなと震えた。


「で、でも神馬――さまは生き返るんでしょう?」


 騎士の目に怒りが燃えた。


「生き返りゃあ痛いのが平気だとでも言うのか」


 いきなり聖都下町風にちゃきちゃきたたみかける騎士に違和感を覚える間もなく無精髭の胸を光の刃が貫いた。


――おれたちゃ死んだら生き返らないってのにそれはかまわないのかよう!


 意思と関係なく身体がびくびくと跳ねる。騎士に言い返すこともかなわず無精髭の意識は闇に沈んだ。


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