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巡礼騎士(一)

 晩秋。あっという間に暮れてあたりは暗い。山間の宿場街ユムリルでは早々に街道に面した門が閉じられようとしていた。


「待て」


 暗がりから男の声がかかった。


――夜盗か。


 もう門の出入りはないと思い込んでいた番人の肩がびくりと震える。賊であれば声などかけるわけがない、そう思い直し目をこらすと旅人と思われるいくつかの影がぼんやりとした門の灯りに浮かび上がった。


「へい、今開けますんで」


 番人がほとんど閉じていた門を開けると旅人が歩み出た。美しい月毛の馬が一頭、身なりのよい若者がひとり、屈強な男ふたり。馬の額には赤い宝玉が埋まっている。番人は目を(みは)った。


「神馬さまの巡礼である」


 光輪に光芒の紋章をずずいと掲げられ、番人は慌てて頭を下げかしこまった。大きく開いた門を神馬と貴人の一行が通り抜けた。



 客を迎え教会がにわかに活気づいた。法教会の神官服に慌てて着替えたユムリルの司祭長が白髪をなでつけながら駆けつけた。


「これはこれは神馬さま……」


 教会の前に神馬と護衛騎士の一行がいる。


――はて。


 確かに聖都から巡礼一行が訪問する旨、連絡があった。しかし到着はまだ一週間ほど先の予定だったはずだ。徒歩の旅であれば遅れることはあっても予定より到着が早まることはないと踏んでいたが――司祭長は首をかしげた。

 神馬は月毛の牝馬で額に赤い宝玉、と神話の春告げ馬そのものの姿だ。疲れでいらだっているのか、神馬も供の男たちも目つきが鋭く少々怖い。ほこりっぽいが旅のさなかであれば疲れることもあるのだろう。


「夜分遅くすまぬ。神馬さまがユムリルの街を楽しみにされてな、少々急ぎ足になった」


 こちらも疲れた面持ちだが身なりのよい若者がおっとりと口を開いた。明るい髪に明るい色の瞳がいかにも聖都の貴族子弟らしい。


――こちらが護衛の巡礼騎士殿か。


 司祭長は身をかがめ敬意を表した。神馬がこの世に一頭のみであるのは(げん)()たず、法教会に所属する騎士は数多あれど神馬を守る巡礼騎士もまた唯一である。文武に秀でた騎士の中でも特に優れた者が選ばれると聞く。


(うまや)へ案内してくれ」


 供の男のひとりが口をはさんだ。少々荒くれて見えるのはきっと巡礼を無事に過ごすため精鋭のみ選りすぐった結果なのだろう。


「お疲れでしょうに気が利きませんで」


 部下の司祭たちに案内をゆだね、司祭長は巡礼一行から離れ裏手の厩舎へ向かう神馬を見送った。気が立っているのか、神馬は手綱を引かれるのを嫌がっている。灯りを反射して額の宝玉がぎらりと閃いた。



 夜更け。ユムリルの街を囲う壁の上から人が降りてきた。民家の裏庭の土がやわらかく受け止め音を消す。ゆっくりと大きい男が立ち上がった。


「――まったく、ついてないな」


 男がぼやく。しかしすぐに口もとをほろ苦く緩めた。


「仕方ない、惚れた弱みだ」


 物陰を伝い路地へ身を滑らせ寝静まった街を男は走った。



 ユムリルは央大陸北部の宿場街だ。法教国貴族の治める領主国にあるが街道沿いにひらけた商業の街で中心は領主屋敷でない。ユムリルに限らずこうした街は中心部の小高い場所に教会が作られているものだ。男が見当をつけたとおりの場所に教会があった。聖堂は固く扉が閉ざされ、灯りもおちている。男は裏手へ進む途中で足を止めた。司祭たちの居住棟の一角から灯りと――にぎやかな笑い声が漏れている。


「これは立派な呑みっぷり! さすがは聖都のやんごとないかたは風格が違いますな」

「司祭長もささ、もっともっと」

「いやいやわたしはもう――おっとっと、こぼれるこぼれる」


 客人を囲んで一席設けているらしい。法教会は司祭の飲酒を禁じていないがそれにしてもなかなかの乱れ振りだ。男の影は敷地の奥へ消えた。



 司祭居住棟の食堂では男たちが賑やかに酒を飲んでいる。和やかに司祭たちと語り合う巡礼騎士を眺めちびりちびり杯の酒をなめていた供の男がふと


「ん?」


 窓へ目をやった。


「誰かいたような……」

「どうかしましたか」


 司祭のひとりが声をかけると供の男は表情を和らげた。


「なんでもありませんよ」

「――ありゃ? そういえばもうおひとりはどちらへ?」


 司祭たちの注目が巡礼騎士から供へ集まりはじめた。窓を見ていた男は「よっこらせ」と腰を上げると


「ヤツは見かけのわりに酒に弱いたちでして。(かわや)からの帰りに伸びていると大変です。探してまいります」


 騎士に目配せして食堂を出て行った。



 食堂から出た供の男は厠の反対方向、居住棟のさらに奥へ進んだ。廊下が明るい。


「雲が切れたか……」


 窓から月の光が射し込んできていた。騎士の供であるはずのこの男の顔が無精髭の(かげ)りで荒んで見える。

 男たちは盗賊である。普段は大盗賊のお頭のもとで活動している。この大盗賊団の掟は「不殺(ころさず)」で、そのために数年がかりで情報を集め二重三重に仕掛けを施す。盗賊団単位でいえば実入りは大きい。「不殺」の掟を守ることで捕縛の危険が大きく減る分、時間も手間もかかるため手下の中には効率を問題にする者もある。ユムリルの教会に現れた偽巡礼の三人もそうした不満分子の一部だ。大仕事が終わった後、「ほとぼりが冷めるまで気楽にしてな」とお頭に休みをもらったはいいがもっとがつがつ稼ぎたい。かといって「不殺」の掟を破り人を傷つけ足がつけばお頭に迷惑をかける羽目になりかねない。そこで巡礼騎士のふりをして教会へ盗みに入ることにしたのだ。まさか神馬一行が盗みを働くとは誰も思いもしない。未来永劫この手が使えるとはとても思えないが、てきぱきこなせば追っ手がかかる前に三、四回は盗みに入れるだろう。

 廊下の先、暗がりからもうひとり、男が姿を現した。背は高くないが筋骨逞しい体つきで、ごつくむさ苦しい見た目のわりに繊細な鍵開けを得意としている。鍵開け男は宴会の続く食堂の方向を顎で指した。


「あっちはどうでい」

「やはりヤツの(たら)しのわざはすさまじいな」

「ほう、女相手だけじゃないんで」

「今のところお貴族様になりきってるぜ。――そっちはどうだ」

「駄目でい。ろくな蓄えがねえ」

「話が違うな。ガセ掴まされたか」


 男が無精髭まみれの顎をさすり唸った。見守る鍵開け男の目に気遣わしげな色が浮かんだ。相手は腕のよい男だが少々短絡的なところがある。


――うまくいっているときぁ、こいつほど頼りになる男も他にないんだが。


 長年張り巡らせた仕掛けがぴたりとはまった大仕事の後に、「休め」と言われてそうそうそのとおりにできるものではない。男たちは仕事の成功に酔っていた。腕が鳴る。うずうずする。そんなときちょうどいい具合に神馬の巡礼がくるという情報を掴んだ。当代の巡礼騎士は腕利きだと言うが何のことはない。街道から外れた森の中でのんびり休憩しているところを襲い、神馬の脚に剣を突きつけたらあっさり脅しに屈し何もかも差し出した。不敵な面構えの騎士だったが所詮聖都のお貴族様だ。甘い、甘い。大盗賊団で中堅どころとして頼りにされる自分たちとはくぐった修羅場の数が違う。顔見知りの(もぐ)り法術師に瞬間移動の術をかけてもらって次の巡礼予定地近くまで飛ばしてもらった。礼金は少々高くついたがこうしておけば簡単に本物の騎士も追いつけまい。

 大きな領主屋敷のある街は活気があって銭が集まるがそれだけに警備が厳しい。ユムリルのような旅の商人が足を休める街であればなにかと開放的で警備もゆるいし、そこそこ活気があるので教会に集まるお布施も期待できる。

 しかしあっさりと騎士から神馬と荷物を奪い巡礼一行になりすました男たちの幸運もそう長くは続かなかった。休みの間の小遣い稼ぎにちょうどいい、と楽々こなせていたはずなのにいざ教会に入ってみたら肝心のおたからがないのである。


「宝玉はどうだ」


 鍵開け男が首を横に振った。


「粉がふた瓶とちっこい粒が三つだけでさ」

「商人の集まる街のわりにショボいな」


 金子だけでなく宝玉も当てが外れ無精髭の男は顔を顰めた。

 宝玉は聖遺物の一種で、法教会の神話によると神の聖骸が変じたもので神の友である一角獣の角と同じ物質とされている。その由来の真偽はともかく宝玉は法術を執行する触媒として利用されている。法術は火のないところから火を、水のないところから水を取り出す人智を超えたわざである。かつては大法術使いがいて、湖の水を丸ごと平らげ干上がらせたうえで嵐を起こし大雨でまた湖を満たして見せたという。現在法術は法教会がその使用を厳しく制限していて、特別な機会でなければ披露されない。

 それでもどんなに厳しく律したところで漏れるものは漏れる。

 表向きは法教会に独占されている法術だが、秘密を持ち出す者、金で釣られる者が後を絶たない。さすがに何年も何十年もかけて学びやっと身につけることのかなう技術だけあって、漏れ出た情報だけで構築できはしない。だが法教会の術修養を中途で放棄した者などが裏で潜りの法術師となることがままある。宝玉はそうした向きに高く売れる。裏法術師に買い取る財力がなくとも連中を雇う輩は金を出す。

 金がなければ宝玉。だから盗賊たちは教会を狙ったのだが完全に当てが外れてしまった。しかし無精髭の男に苛立ちは見えない。今回はあっさり引くことになりそうだ――鍵開け男は少し緊張を緩めた。


「どうするよ?」

「まだあるだろうが、でかい宝玉が」

「どこに?」


 鍵開け男が首をかしげた。聖堂から居住棟まで、自分が教会の中をくまなく探したのだ。でかい宝玉などとんでもないおたからがこの田舎の教会にあるとは思えない。

 無精髭の男はにやりと笑みを浮かべ自身の額に指をあてた。


「あの馬の額からほじくり出すのさ、宝玉を」


 まさか神馬の――。鍵開け男は言葉を失った。


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