春告げ馬のゆかり
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むかしむかし、神の庭に一頭の一角獣がおりました。きらびやかな月毛に赤く輝く宝玉の角。美しさ、誇りの高さに見合って賢いその一角獣は神の言葉を解したため話し相手を欲していた神様に愛されました。しかし年月を経て一角獣は変わりました。神の友であることを鼻にかけ、同じく友になりたいと願い神の言葉を学ぶ動物を神から遠ざけるために意地悪をするようになったのです。それで友達が減っても一角獣は平気でした。
「自分は神の友。唯一の存在なのだからほかのやつらと仲良くしない」
木々や草花が茂り、たくさんの動物が集っていた神の庭は、一角獣から邪慳にされたほかの生き物が遠慮するようになったためだんだんと荒んでいきました。
神は悲しみました。誇り高く賢い一角獣を愛していたけれど、神はその愛を唯一でなく広くあまねく注ぎたかったからです。
庭が荒むにつれて、神も病み衰えていきました。はじめは神を独り占めできて喜んでいたけれど、しおしおと潤いをなくすさまを目にして一角獣も自身の妬心が神とその庭によくない影響を及ぼしていることを理解しました。
しかし一角獣が後悔しても遅かったのです。
いよいよ命の火が消えんとするその日、神は枕もとに控える一角獣へ語りかけました。
「誇り高く賢く、さびしがりの友へ贈り物をしよう」
嘆く一角獣へ神は微笑みかけました。そしてふうう、と深く息を吐きました。その息から神に似た生き物が生まれ、庭へ出ました。
「あれらはひとという。お前と同じく我の言葉を解する者どもだ」
神は苦しげに顔を歪めました。
「友よ、悲しまないでおくれ」
荒んだ庭で苦しい時代を生きるひとびとを助けてやってほしい、そう言い残すと神は一角獣の角を折り、息を引き取りました。
かつて神だったものは宝玉へ姿を変えました。その宝玉は一角獣の角と同じ物質でできていて、神の言葉に反応してひとびとを助けました。角の折れた一角獣は神の似姿をもとめ、神の庭をとこしえにさまよっています。ひとびとが長く厳しい冬を乗り越えるとき、一頭の馬がやってきて春を告げると言います。その馬の額には折れた角の痕があり、そこに宝玉が埋まっているそうです。この馬が一角獣で、かつての友を慕いひとびとを訪ねるのだと伝えられています。
この神の喪失と復活の神話にちなみ、冬から春へ季節のめぐるとき祭りが催されます。この祭りの春告げ馬はその地方でもっともうつくしくすぐれた馬が選ばれますが、角の折れた一角獣の姿になぞらえ額に丸く紅をさします。
(春告げ馬のゆかり、古い言い伝えより抜粋)
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