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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第1章 エルフの娘
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第1話 群れをなすもの

 そこで王様は、王子様に魔法をかけることに決めたのです。

 それはとてもむずかしい魔法だったので、おきさき様や、王様の家来たちは反対しました。

 それでも王さまは聞き入れませんでした。

 魔法をかけられた王子様は、かしこくて、とても勇気のある人間になりました。

 これまでのおくびょうで、はずかしがり屋だった、かわいい王子様ではなくなったのです。

 王様はそれをとてもよろこびましたが、おきさき様は「まるで自分の子どもじゃないみたい」と、なげき悲しみました。


    『子どものための帝国記』より抜粋 



 ガタガタと大きな音を立てながら、馬車は荒れ地を進んでいた。

 空気は乾いていたが、ちりちりと焼けるような強い日差しが地面を照りつけている。

 その日差しに焼かれたかのような真っ赤な大地には、熱帯地方でしか見られない草が風に揺れている。


「それでねえ、その時のうちの息子といったら――」


 おばさんの声が一段と大きくなった。

 馬車が出発してからずっと、乗り合わせたおばさんの話は留まる事を知らなかった。

 さらに悪いことには、人の往来が増え、街道がにぎやかになってきたせいか、アレクのとなりに座っているおばさんは、だんだんと大きくなってくる。

 アレクはそっと、お尻の位置をずらした。

 長く馬車に乗っているせいで、お尻が痛かったせいもあるけれど、それ以上に、少しでもおばさんから離れられないか、と思ったからだ。


「そりゃあ、うちの息子には負けるね。うちの息子のバカっぷりといきたら――」


 おばさんの話に調子良く答えているのは、商人風のおじさんだった。

 アレクはこの二人の話を聞きたかったわけではないけれど、自然と耳に入ってきた話を総合すると、どうやらこの二人は全くの他人で、この馬車でたまたま乗り合わせただけのようだった。

 それなのに、まるで生まれた頃からの仲良しででもあるかのように、二人は意気投合、延々と話し続けている。

 となりの町から、ちょうどタイミング良く出ていた、この乗合馬車に乗れたまではよかった。でも、同じ馬車に乗り合わせた、この二人のおしゃべりは休むということを知らないようで、おかげでアレクは、ちっとも気が休まらない。

 少し前には、「幼い頃、自分の息子が何に似ていたか」について二人は熱く語っていたが、今は「息子のバカっぷりが、いかにひどいか」について、話題がうつったようだった。

 自分の反対側に座っているベルンにちらりと目を向むけると、彼は彼で、相変わらず、こっくりこっくりと居眠りをしている。

 馬車はガタガタと激しく揺れているし、おばさんの声もますます大きくなっているというのに、眠っている彼には、そんなことは全く関係ないようだ。


(どうやったらこの環境で、居眠りができるんだろう?)


 アレクはベルンの鼻の下にある、ちょっと気取ったヒゲをひっぱって起こしてやろうかと本気で思案した。

 だが、それを行動にうつす前に、にこにこ顔のおばさんに、突然話しかけられた。


「そうね、ちょうどその子ぐらいの年の頃だったかしら」


 何かの話の続きなのだろうが、ベルンのヒゲをひっぱろうと思案していたアレクには、話の流れがさっぱり分からない。


「おじょうちゃん、年はいくつだい?」


 商人風のおじさんが、楽しげに笑いかけてきた。


「ああ……あの、ぼく、一応男なんです。十二才です」


 アレクは軽く愛想笑いを浮かべながら、答えた。

 目鼻立ちが整っていて、色白なアレクは、女の子と間違えられることも、めずらしくない。


「こりゃあ、悪かったね」


 頭をぽりぽりかきながら、おじさんは、ちっとも悪びれた様子もなく笑った。


「あらまあ。きれいな顔立ちをしているから、私もてっきり、女の子だと思っていたわ」


「そちらのお連れさんは、お父さんかい……? いや、それにしちゃあ、似てないなあ」


(――ベルンが、お父さん!?)


 思わずふき出しそうになったが、アレクはそんな様子も見せずに、代わりに、にっこりほほえんで返した。


「違います。ただの連れです」


 アレクは透けるような色白の肌に銀の髪をしているが、一方、ベルンはといえば、その肌は浅黒く、黒髪。顔立ちも全く似ていない。

 だが、子どもの容姿の自分に比べて、ベルンは大人だ。

 子どものそばにいるのは両親だと考えるのは、自然な流れだろう。

 正しくは、従者――家来なのだが。


「そうかい、そうかい」


 おじさんは、それ以上、深く聞いてこようとはしなかった。


「しっかりしてるねえ。うちの息子があんたぐらいの年の頃なんて、顔に泥くっつけて、近所の悪がきとヤンチャばかりしてたもんけど。家の手伝いなんて、ちっともしなくてさあ。それが今じゃ、店をかまえたっていうじゃない……」


 おばさんはいつの間にか、自分の息子を思って涙ぐんでいた。

 いろいろと忙しい人だ。


「へええ。あんたの息子さん、店をやってんのかい」


 感心したように、おじさんもあいづちを打った。


「一番手を焼いた二番目の息子がね。それで、店が繁盛して忙しいから、手伝ってくれって。家を出る時には、『オレのことは死んだものと思ってくれ』なんて言って、出てったけど……。成長したもんだよ」


 それを聞いて、おじさんも訳知り顔でうなずいた。


「ははあ。なるほど。忙しいってことで、親を呼んで、親孝行しようってんだな。偉そうに言って出て行った手前、なかなかそんなことはできないもんだ。えらいもんだねえ」


 ふんふんとうなずきながら、おじさんの目もうるんでいる。

 アレクにとっては、全く、どうでもいい話だ。

 街道はますます、にぎやかになっていく。商人風の男が背中に大きな荷物を背負って歩いていたり、どっさりと野菜をつんだ荷車を、年配のおばさんが、娘らしき女の子とともに押していたり。

 これから向かう町バンダルは、それほど大きな町ではないが、組合がしっかりしていることで有名で、店も多く、にぎやかだ。

 おじさんとおばさんの長話は、話題を変えてまだ続いていたが、それからしばらくして、馬車はようやく町の入口付近で停まった。入れ違いに別の馬車が、反対方向へと走って行くのが見える。

 以前アレクがこの町を訪れた時よりも、人通りもうんと増えている。


「おっと……。着いたようですな」


 ベルンがようやく起きだした。


「さあさ、あなたたちともここまでね。お元気でね」


 二人に別れの挨拶をすると、おばさんもおじさんも、さっさと馬車を降りて行った。

 それを横目で見ながら、アレクはため息をつく。

 ううーんとベルンが一つ伸びをした。身長が高く、無駄に手足も長いので、座ったままでも、ベルンはとても大きく見える。

 そこへ御者の男が面倒くさそうに声をかけてきた。


「着きましたよ。早く降りてくださいよ」


「ああ。悪いね、すぐに降りるよ」


 アレクの大人びた口調に、御者は一瞬ぎょっとしたような顔をしたが、すぐに馬の方へ行ってしまった。


「ちゃんと起きておりますよ。ちょっと頭がぼうっとしているだけです」


 ベルンはのんびりした声でそう言って、あくびをかみ殺した。そして、手早く荷物をまとめ、肩に背負う。


「よく眠れたものだね」


 アレクはあきれた表情で、ベルンを見た。


「取れるときに休息をとっておきませんと。アレク様はお眠りにならなかったのですか?」


 日除けのフードをかぶりながら、ベルンがしゃあしゃあと言う。


「となりであんな大声でしゃべられたら、休めないに決まっているだろう? そもそも二人で寝てしまったら、何かあった時、困るじゃないか」


 不満顔でアレクは抗議する。

 二人が地面に降り立つと、乾いた風で砂ぼこりが巻き上げられた。


「とりあえず、宿をとりましょう。それから、必要な物を買い足しに行かなければ」


 肩の荷物を担ぎなおしながら、ベルンが言った。


「任せるよ。ぼくは町を見てまわりたい」


「まさか、お一人で、ですか?」


 ベルンが盛大に眉をひそめる。


「危ないことなんてないだろう? これもあるし」


 ポンポンとアレクは自分の腰のところを軽く叩く。腰には愛用の小さな銃が、見えないように収まっている。


「そんなもの、こんなところで使わないで下さいよ? ただでさえ、目立つというのに」


 この辺りで銃器を扱う者は、それほど珍しくはない。

 ただ、それなりに高価なので、銃を持っているのは、どこかの国の兵士や傭兵、護衛の人間や狩人などがほとんどだ。

 つまり、アレクのような"子ども"が持っていると、当然、奇妙に思われる。

 それにしても――と、アレクは思わず苦笑した。ベルンの言葉はすごく矛盾している。


「使わなきゃ、身を守れないでしょ? ――ま、そんなこと、そうそうないよ。人通りも多いしね」


 大きくため息をついたベルンは、背中の荷物を背負いなおした。ベルンは、アレクの荷物の大半も持っているので、荷物が多いのだ。


「とりあえず、宿までは一緒に行ってもらいますぞ」


「わかったよ」


 宿は町の入口に近い所に、数軒並んで建っていた。幸い、それほど混んでおらず、部屋はすぐに見つかった。


「じゃあ、日暮れまでには戻ることにしましょう。よろしいですな?」


「十分だ。それでいいよ」


「これ、持っていかれますか?」


 ベルンは自分の背中の包みを指さした。中にはアレクの特別なライフル銃が入っている。アレクが持つには大きい上に目立つので、いつもはベルンが持っているのだ。

 アレクは思わず吹き出した。目立つことはやめろと言いながら、ライフル銃はいるかと聞くなんて。


「いいよ。目立つって言ったのは、ベルンだろ?」


 二人は宿の前で別れた。

 ベルンは買い出しに。アレクは町の散策に。

 店は建物の中だけではなく、街道に沿って露店もずらりと並んでいた。

 食べ物を売っている店が多く目につくが、生活雑貨や衣類などを扱っている店も少なくない。

 競い合うように客を呼び込む声があちこちから聞こえ、どこからかいい匂いも漂ってくる。

 見ているだけで、なんだかわくわくしてくる。

 アレクは興味深くあちこち覗きこみ、焼き菓子を売っている店で、こんがり焼けた甘い匂いのするお菓子を一袋買った。

 店のおばさんが「かわいいねえ」と言って、五つもおまけしてくれた。

 歩きながら、そのひとつをぽいと口に放り込んだ。甘くて香ばしい味が口いっぱいに広がる。

 器用に人の波をよけて歩きながら、アレクはあてもなく露店をのぞいて回った。そんな自分に、店の人たちが景気良く誘いの声をかけてくる。

 しかし、町のはずれまで来ると、さすがに人がまばらになった。

 そこで、アレクはふと足をとめた。

 異様な雰囲気を放つ店が、目についたのだ。


(――奴隷商か。こんなところにもあるのか……)


 アレクは眉をひそめた。

 鎖につながれた、数人の男女。それぞれ事情があるのだろうが、見ていてあまり気分のいいものではない。

 皆一様に、うなだれていた。中には、アレクより少し背が高いくらいの、まだ幼さの残る女の子もいた。

 奴隷商も、この国では認可の下りたちゃんとした商売だ。

 アレクは正直、奴隷商が好きではなかったが、自分が口をはさんでどうにかなるものでもない。

 ぷいとその店に背を向けた。

 その時だった。

 遠くから人の悲鳴のようなものが、聞こえた気がした。同じように、近くにいた人々が、何事かとざわめきだす。

 ざわめきは次第に、波のようにアレクの元に押し寄せてきた。


「ガンドルーだ! ガンドルーの群れだっ!」


 悲鳴に混じって、そんな声が聞こえた。

 アレクが空に目をやると、確かに、遠くに一陣の鳥の群れが見えた。

 怪鳥ガンドルーは、このあたりの岩山に生息する、大人ひとりが手を広げたほどの、とても大きな鳥だ。

 普段は岩山から町まで降りてくることなどないのだが、産卵期になると気が荒くなり、うかつに手出しでもしようものなら、群れになって人をおそう。


「建物の中に隠れろ!」


 誰かの声で、通行人たちがあわてたように店の軒先や、建物の中に避難していく。ガンドルーはよほどのことがない限り、建物の中にまでは入ってこないのだ。

 町の住人達も慣れた様子で、軒先にお香を焚き始めた。

 甘い香りが漂ってくる。


(ゼフィンティウムの香だな)


 ゼフィンティウムのお香は、通常は虫除けなどに使われるものだが、ガンドルーはこの香りを嫌っている。

 町中の店先で、家で、盛大にお香が焚かれた。煙がどんどん、空に立ちのぼっていく。人体には無害なのだが、さすがに匂いと煙がきつくて、アレクは少しせきこんだ。


「アレク様ーっ!」


 そこへ、すごい形相でベルンが走りこんできた。


「こんなところにおられたのですか! ずいぶんお探ししましたぞ」

「だろうね。待ち合わせは宿屋だったんだから」


 いつもと変わらない調子でアレクは肩をすくめた。


「でかい鳥の群れが近づいております。この町の狩人が猟銃で応戦しているようですが、なにしろ数が多くて」


 やや興奮したように、ベルンは空を見上げた。


「町中でゼフィンティウムのお香を焚いてるみたいだから、そのうち数は減るよ。この町にはガンドルー専門の狩人も多いから、彼らが何とかしてくれるだろ?」


「ゼフィ……なんです?」


「ゼフィンティウム。ガンドルーが苦手な匂いだよ。興奮状態から冷めれば、また山に帰っていくさ。だけど、一体誰がガンドルーを町まで連れてきたんだろう?」


 二人が話している間にも、銃声とけたたましいガンドルーの鳴き声が、辺りに響き渡っていた。


「岩山はすぐそこにあるわけですし、偶然なのでは?」


「ガンドルーには、テリトリーがある。普段は決して町までおりて来たりしない。どこかの愚か者が手だししたりしない限りはね」


 ふっと話していたベルンの視線がそれた。アレクの背後を見つめている。


「あれは……、どう見てもまずいですよね?」


 アレクはつられて振り返った。

 さっきの奴隷商の店。

 お香も焚かれず、店の店主は建物の中へ引っ込んでしまっているが、奴隷たちは鎖につながれたまま、外に置き去りにされていた。

 残された彼らは、おびえたように身をよせ合って、空を仰いでいる。

 お香を嫌ったガンドルーたちは、町の上空を旋回し始めていた。

 町中にお香の臭いと煙が漂っているが、この町はずれでは、それが薄い。

 ガンドルーたちは次第に、風上であるこちらの方に向かって進路を変え始めていた。

 アレクはその様子を見比べて、舌打ちした。


「ベルン。あの人たちの鎖、切れるかな?」


 ベルンが持っている短剣は、そこらにはない古代技術で精錬された特別製だ。硬い物でも、大抵は切れる。


「切れるとは思いますが――。奴隷商に怒られますぞ?」


 そう言いながらも、ベルンはじっと周囲に目を配っていた。ガンドルーの位置と奴隷たちの場所、そして自分が今いる場所からの距離を目で計っているのに違いなかった。


「奴隷商だって、自分の商品が死んじゃったら困ると思うけど」


「それはまあ、そうですな……」


 ベルンは背負っていたライフル銃を、アレクに渡した。


「念のため、これは預けておきます」


「わかった」


 アレクは銃を受け取りながら、もう一度空を仰いだ。

 ガンドルーたちは確実にこちらに向かっている――!


「では」


 言うが早いか、ベルンは風のように走りだした。

 ガンドルーたちは高度を下げ始めている。その先にあるのは、やはりあの店だ。


「最悪だな」


 そう呟くと、アレクは手元のライフル銃を袋から取り出した。周囲にいた人々がぎょっとした顔をしてアレクを見るが、そんなものには構っていられない。

 アレクは人影のない露店にすばやく移動し、ライフル銃をかまえた。ここなら邪魔も入らないし、射撃の場所としても悪くない。


 キィー!


 一匹のガンドルーがけたたましい鳴き声をあげて、急降下を始める。それに気づいた他のガンドルーも、遅れて後に続いた。

 ベルンはなんとか奴隷たちの元に駆け寄り、鎖に短剣を突きたてて、鎖を砕いていた。

 その背後に急降下する、ガンドルー。


「数が多すぎる――!」


 アレクは、一匹のガンドルーに狙いを定めた。そして口の中で小さく呪文を唱える。

 それはほんの数秒の出来事のことだった。


 パーン!


 乾いた銃声が響き、ガンドルーはぐらりとよろめき、体制を崩した。だが、落ちてはこない。


「首元をねらえ! 首の根元が急所だ!」


 別の場所から誰かの声がする。同時に、複数の銃声がして、ガンドルーを狙い始めた。この町にいる狩人たちだろうが、アレクはそちらを見る余裕がない。ライフル銃に再び弾を込めた。

 再び上空に舞い上がった数匹がまた旋回し、タイミングを狙っている。ガンドルーは身軽で、うまく当たらない。首元をねらうといっても、上空、しかも動いている相手だ。ガンドルーの首は太く長いが、それでも一発で仕留めるのは難しい。

 アレクは再び狙いを定めた。今度は少し長い呪文を唱える。銃の命中率を上げ、さらに破壊力を増す魔法だ。

 ガンドルーの一匹が一声、決意したような鳴き声をあげると、再び急降下してきた。その直線状を狙う。アレクは詠唱が終わるのと同時に、首元めがけて、再びライフル銃の引き金を引いた。


 パーン!


 弾丸が見事にガンドルーの首元に命中する。ガンドルーは、どすんと大きな音を立てて、地面に落ちた。

 周囲から、わあっと歓声が上がる。

 まだ何羽ものガンドルーがいたが、撃ち落とされた仲間の様子にひるんだのか、他の狩人たちの弾をよけて、上空へと舞い上がった。

 そのすきに数人の男たちがばらばらと走ってきて、奴隷商の店の前で、盛大にお香を焚き始めた。

 残った他のガンドルーたちは、上空で旋回しながら、その様子を見ているようだった。


「このまま帰ってくれ」


 いつの間に来たのか、アレクの隣で銃を構えていた男が、空をにらみながらそう呟いた。

 アレクも、空で旋回するガンドルーの様子を見つめた。

 ガンドルーたちは、まるで相談でもしているかのように、しばらく上空を旋回していたが、男の祈りが通じたのか、やがて岩山の方へとその向きを変えた。

 ふうっと男が息を吐き出す。アレクも、そっと構えていた銃を下ろした。

 ふと見ると、奴隷たちはいつの間に逃げたのか、ベルンだけがゆっくりと歩いてくるのが見えた。


「少年、やるなあ。なかなか腕だ。オレのギルドに入らないか?」


 となりにいた男が笑って、アレクの肩を叩いた。


「やめとくよ。まだ旅の途中なんだ」


 そこへ、ベルンが複雑な表情を浮かべて、戻ってきた。


「おけがはありませんか?」


 そう言いながらベルンが、アレクの顔をのぞき込む。


「それはこっちのセリフだよ。みんな無事だったんだね?」


 アレクは奴隷たちがいた場所を見ながら、尋ねた。ベルンが、何とも言えないような表情でうなずく。


「私が鎖を切ったとたん、皆クモの子を散らすように、どこかへ逃げて行ってしまいました」


 ベルンとしては、お礼を言われるとか、そばに一緒に隠れるとか、そういうことを想定していたのだろう。


「まあ、命は助けられたんだから、良かったんじゃないの?」


 奴隷商がこれに気づいたら、激怒するだろうけれど。


「早くここから立ち去った方がいい。奴隷商のドミニクは面倒な奴だ」


 そばで話を聞いていた男が、真剣な面持ちでベルンにそう忠告した。


「オレはトラムだ。ガンドルー専門の狩人なんだが、仲間と一緒にガンドルー専門の料理店もやっていてな。よかったら、来ないか? ガンドルーの卵料理は、絶品だぜ?」


 トラムはがっしりとした体格の、中年の男だった。頭に白髪が混じっているが、笑うととても親しみやすい感じがする。


「本当!? ベルン、ちょうどいいじゃない? 行こう!」


「そうですなあ……。せっかくのご厚意。そのドミニクとかいう男に見つかないうちに、行きましょう」


 ベルンはまだ、不満顔だったが、それでも気を取り直してうなずいた。


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