第4話 立ちふさがるもの
古代魔法国家の武器に関する資料を手に、アレクたちは再び地上へと戻った。
洞窟にいたのはそれほど長い時間ではなかったはずだが、久しぶりに日の光を浴びたような錯覚に陥る。
「ううーん。外の空気が気持ちいいな」
エドがのびをして言った。
「貴重な体験をしたな。あんな化物と闘う機会が得られるとは」
嬉しそうに言うティナに、エドが苦笑いする。
「オレは、ああいう生き物に出会わない方が嬉しいけどね」
「そうか? それに、ベルンの変容ぶりを初めて見たが、すごかったじゃないか」
「あまり見せたい姿ではないですけどね」
これまた、ベルンもティナの言葉に苦笑する。
「遠慮することはない。私はなかなか格好良いと思うぞ? ずっと見ていたいくらいだ」
妙なところで無邪気なティナに、今度はその場にいた全員が苦笑した。
森の開けた場所まで、全員で歩いて戻る。
宙に放した竜を呼び寄せようとした、ちょうどその時だった。
馬に乗った兵士の一団が、こちらに向かってくるのが見えた。
「なんでしょう? こちらに向かって来ますね」
ベルンの言葉に、アレクはハッとした。
(――ジクレステスの兵士だ!)
服装に見覚えがある。
フォルを見ると、彼女も表情を硬くしていた。
「まずいですわね……。ここは立入禁止区域。下手をすれば捕まるかもしれませんわ」
「厄介だな。兵士相手に戦うわけにもいかないし。すきを見て、竜に乗ってそのまま逃げよう」
アレクの指示に、全員が黙ってうなずいた。
「おい! そこの者! とまれ!」
指揮官らしき男が、こちらに声をかけてきた。
兵士はざっと見て、二十人ほど。
彼らのすきを見て逃げるのは、なかなか難しそうだ。
「どこからもれたのかしら……」
フォルが小さく呟く。
「おい! そこ、無駄口を叩くな!」
指揮官は威圧的に、声を張り上げる。
「お前たちがここで手に入れた物、全部置いて行け! そうすれば見逃してやる」
指揮官のその言葉に、アレクは「おや?」と思った。
「立入禁止区域に入ったので、捕まえる」というのなら、分かる。
だが、彼らは手に入れた物を置いて行けと言う。
「フォル、あれは本物の兵士なのか?」
アレクは小声でフォルに言った。
「分かりませんわ。でも……」
「おい! 無駄口を叩くなと言っただろう!」
威嚇するためだろう。
指揮官は構えていた銃で、地面を一発撃った。
乾いた銃声が森に響く。
(こいつらは本物の兵士じゃないかもしれない)
フォルも同じような違和感を覚えているようだ。
本物の兵士でないのなら、多少手出しをしても問題ないだろう。
アレクは、手早く唱えられる魔法をいくつか頭に巡らせていた時。
背後ですーっと冷たい風が通り過ぎたかと思うと、次の瞬間、ゴーッと音が鳴るほどの突風が吹いた。
葉や草を巻き上げて正面から吹きつけてくる風に、兵士たちは思わず腕で顔を覆う。
「な、なんだ……?」
(今だ!)
すかさず、竜を呼ぶ笛を吹く。
上空を飛行していた竜が、急降下してこちらに舞い降りた。
「き、貴様ら……!」
指揮官が声をあげたが、風はまだ容赦なく、兵士たちに吹きつけていた。
あまりに不自然すぎるので、ソフィアの方にちらりと目をやると、案の定、風の精霊がソフィアの体の影に隠れるようにして、魔法を操っていた。
(ソフィアもやるようになったな)
そう思ってにやりと笑うと、アレクは背後に合図をかけた。
「いくぞ!」
アレクの掛け声と共に、飛竜は舞い上がる。
みるみるうちに地面が遠くなる。
兵士から遠ざかると、ソフィアが輝くような笑顔を浮かべて寄って来た。
「うまくいきましたね!」
風にかき消されないよう、ソフィアが声を張り上げる。
「ああ! うまくいった! ありがとう!」
ソフィアはアレクにほめられて、殊更嬉しそうな表情になった。
とはいえ、ひとまずはここを離れなければならない。
「心当たりがありますわ! 私の後に続いてください!」
フォルが声を張り上げ、手ぶりで北の方角を指さすと、鮮やかに竜を旋回させた。
アレクたちも、竜の首の向きを変え、それに従う。
ここはジクレステス。
大人しく彼女に従うのが一番いいだろう。
それからかなり飛行し、いい加減体が冷えてきた頃、フォルが手ぶりで下を示した。
指し示す先には広大な草原が広がり、その先に牧場の様な古風な建物が見えた。
どうやらそこが目的地らしい。
竜を降下させることのできる、十分な場所もある。
するとフォルの操る竜が、甲高く一声鳴いた。
それに続くように、アレクたちの乗る竜たちが一斉に声をあげ始める。
「何……?」
状況をよく理解できないままに、竜たちは勝手に列をなし、一列に牧場の一角へと舞い降りた。
ひとまず無事に陸地に戻れたことに、ホッとする。
フォルは竜の口元を撫でると、手綱を放した。
アレクだけじゃない、フォル以外の全員が、竜のその様子に驚いていた。
「突然鳴き出すから、びっくりしたよ」
エドが寒さに体を震わせながら、おどけて言う。
するとフォルが竜の方を見ながら、珍しく表情をゆるめた。
「懐かしかったのですわ。ここは彼らが生まれ育った場所ですもの」
「生まれ育った場所?」
そこへ、一人の男性が小さな竜に乗って、こちらにやってくるのが見えた。
「誰か来るけど、大丈夫なの? フォル」
「問題ありませんわ。彼は私の叔父です」
(叔父?)
「ここは私の叔父が経営する、騎乗竜の繁殖場ですの。この国の騎乗竜の全ては、ここで育成されているのですわ」
「それはすごいな……」
近づいてきた男性は確かに壮年に見えたが、とても小柄だった。
フォルの叔父ということはもちろん、彼もドワーフの血を継ぐ者なのだろう。
ドワーフの血族は総じて小柄なのだ。
「フォル!? 帰ってきたのか」
男性は驚いた表情で、フォルに駆け寄ってきた。
「叔父様。お久しぶりですわ」
「もう何十年ぶりだ。お前がここに顔をだすなんて。こいつらは……、外に送り出した奴だな」
アレクたちが騎乗してきた竜を一目見るなり、彼はそう言った。
「ええ。店で借りたのですけれど、少し事情があって、そのままここまで乗ってきてしまいましたの」
「かまわんさ。仕込んであるから、笛を吹けば勝手に店に戻って行く。――それで、そちらはお客さんだね?」
「ええ……」
どう説明しようかためらったのだろう。
フォルが言いよどんだのを見て、アレクは進んで男性に歩み寄った。
「初めまして。アレクです。フォルさんの研究で、随分のお世話になっています」
「おや、これは、これは。私はルハード。聞いての通り、フォルの叔父だ」
そう言ってアレクの手を握ったルハードは、顔をしかめる。
「随分体が冷えているな。長く飛んできたのだろう? 話は後だ。家に来て早く温まりなさい。体調を崩してはいかん」
ルハードの案内で、アレクたちは彼の家に招かれることになった。
近づいてみると、ルハードの家は質素だったが、かなり大きかった。
隣には竜の繁殖場があるのだろう。これまた大きな木製の建物が見える。
「すぐに暖炉に火を入れるから。早く温まると良い」
ルハードは小柄ながら、よく動いた。
勧められるまま、アレクたちは暖炉の火にあたり、温かい飲み物をもらう。
「竜は便利だが、長時間空を飛びまわるものじゃない。下手をすると、低体温症になっちまうからな。一体どこから飛んできたんだ?」
フォルはちらりとルハードを見て、それから視線を外し、きまり悪そうにボソッと言った。
「マルボル遺跡ですわ……」
「マルボル遺跡!? お前、あんなところから竜を飛ばしてきたのか!」
「追手がいて……。竜では下手なところに降りられないし、仕方がなかったのですわ」
「相変わらず無茶をする」
ルハードは半ばため息をつくように、そう言った。
「アレクくんたちも、付き合わせて申し訳なかったね。フォルは頭はいいんだが、昔から無茶なところがあってね。研究所に行って、少しは落ちついたのかと思っていたが……」
「いつもじゃありませんわ。言いましたでしょう? ――マルボル遺跡の、危険地域に行きましたの。中から資料は持ち出せたのですけど、外に出たところで変な奴らに見つかって」
「おいおい、ちょっと待て。あそこは立入禁止のはずだ」
「分かっていますわ。だから、こっそり行きましたのに。誰かが密告したとしか思えません」
「そういう問題じゃあ……」
「それも、正規の兵士じゃないようだったね。あれは、兵士のフリをしているだけで、どこかの私兵か、傭兵みたいだった」
アレクが口を挟むと、フォルもうなずく。
「軍の服装そのものでしたけど、よく見たら正規兵がつけているはずの紋章が、微妙に変でしたわ」
「どこかの私兵だってことだね」
そこまで聞いて、ルハードはまたため息をついた。
「無茶なのはお互い様ってとこか。――最初から話してみなさい。一体どういうことなのか」
そこでフォルは、マルボル遺跡に潜入したことをルハードに話した。
アレクたちの正体と目的は伏せたまま、遺跡に保管されているとされていた資料を探しに行ったことだけを告げる
「ヘルハウンド……。そんなものが本当にいたのか。やはり、あの遺跡は国が封鎖していたのだな」
「叔父様、知っていらしたの?」
「兄から……、フォルの父親から昔そういう話をよく聞いた。大災咎を防ぐ術を専門に研究していたからな」
思わずアレクはフォルの方を見るが、彼女は視線を合わそうとはしなかった。
「フォルの父親は国が所有しているいくつかの場所に、そういう類の資料が保管されていると言っていた。だが、国はそれを認めようとはせん。表では『大災咎を防げ』と声高に叫びながら、裏ではそれを妨害しようとしている。フォルの父親がよく言っておったよ」
「フォルのお父さんは、今どこにいらっしゃるのですか?」
ベルンが口を挟む。
「フォルの父親は――、もう随分前に亡くなった。助手だったフォルの母親と一緒に、西にあるヤルハ遺跡で命を落とした。まだフォルが小さかった頃のことだ」
硬い表情のまま、フォルはうつむいていた。
「その遺跡には何が……?」
「さあ……? そこまでは聞いていない。だが、似たようなものがあったのだろう。どうして命を落としたのかも、知らされてはいない。ある日突然、国の兵士たちが来て、二人が死んだことを告げただけだ。一時は国が関与しているかもしれんと考えたこともあったが、証拠も何もない。ヤルハ遺跡自体、それから間もなく閉鎖された。入って遺体を探すことも、調べることも許されなかった」
そこまで語ると、ルハードはこめかみを押さえて、首を振った。
「フォルの口から遺跡の話が出た時、正直背筋が冷えたよ。思い出さずにはいられなかった……。ヘルハウンドを倒すぐらいだから、君たちは腕に自信があるのかもしれん。いや、実際にそれなりの手腕を持っているのだろうな。だが、それでも私はやめてくれと言いたい。親しい者の死を、ある日突然、他人から告げられる苦しみを、もう二度と味わいたくない……」
絞り出すようなルハードの言葉。
それは明らかに、フォルに向けられた言葉だった。
だが、フォルは黙ったまま、応えようとはしない。
部屋に沈黙が流れた。
そこにヒラリと、まるで幽霊のように何かが現れた。
ぼやけたそれは、白い煙をまとい、やがてフォルの目の前で一匹の白猫になった。
「エディッサからの"使い"ですわ」
一瞬アレクは首をかしげたが、フォルの助手の名前だと、すぐに思い出した。
フォルは"使い"の言葉に耳を傾ける。
"使い"の言葉は、指定した相手――つまり、フォルにしか聞こえない。
だが、フォルの表情はみるみる険しくなった。
「何かよくない知らせ?」
「まさしく、ですわ」
フォルの声は少しかすれていた。
「どうやら研究所のザハドがコソコソかぎまわって、私を売ったようですわ。研究所でも私を探しているから、しばらく身を潜めていた方がいいと」
それを聞いて、ルハードは大きなため息をついた。
「とうとうやってしまったようだな? 研究所には戻らないほうがいいだろう。戻ったところで、捕まえられるだけだ」
「そうですわね……」
フォルは首をかしげ、それから、アレクの方を見た。
「でしたら、アレクたちと一緒に行きますわ。どうせこれから国外に出るのでしょう?」
「え? ああ、まあそうだけど。いいの? 僕達と行けば、これからもっと危険な目に合うかもしれないよ?」
ルハードの方をチラリと見て、アレクは答えた。
正直なところ、彼の話を聞いた後でフォルを誘うことは、さすがに気が引けた。
だが、フォルは小さく鼻で笑っただけだった。
「エディッサに"使い"を返さなければ。少し席を外します」
そう言ってフォルは席を立つ。
部屋を出て行ったフォルの背中を視線で追いながら、ルハードはまたひとつ、ため息をついた。
「頑固な子だ。言いだしたら聞かん。血筋だろうな。兄も私も――、フォルも、そういうところだけはよく似ている」
「フォルと少し話をしてきます」
アレクは立ちあがり、フォルを追って部屋を出た。
ぐるりと見回すと、窓からフォルの後ろ姿が見えた。
フォルは何事か"使い"に言付をして、"使い"はまた、フワリと浮き上がっているところだった。
その様子を確認して、アレクはゆっくりと外へ出る。
「フォル」
「術師が欲しかったのでしょう? 私はなかなか優秀ですわ」
フォルは振り向かず、挑むようにそう言った。
「それは知ってる」
確かにフォルは回復の術師としてはかなり優秀な部類に入る。
もともと勧誘しようと思っていたぐらいだ。
「僕とベルンは帝国出身だけど、身寄りはいない。ソフィアも育ての親を亡くしている。ティナはあの通り、元々竜狩りをやっていた銃使いだ。エドのことはまだよく知らないけど……。だけど、君には心配してくれる叔父さんがいる」
「エドはよくて、私はいけませんの?」
「最初に言っておくけど、僕は優しい人間じゃない。これから戦闘を続けていけば、本当に命を落とす可能性もないわけじゃない。僕が思い描いていたメンバーが揃ったら、古竜を狩り、最終的には神竜に手を出そうと思ってる。それでも、フォルは僕たちに付いてきてくれるのか?」
アレクはフォルのそばまでゆっくり近づき、彼女の横顔を見た。
ほおと目が、赤い。
「両親のこと――」
「今さらですわ。もう何十年も前のことですのよ? 確かに叔父様は私の育ての親も同然ですけれど、私の人生は私のものですわ。私の意思に従わなくて人生を終えるなど、ありえませんの」
「フォル……」
どこかすっきりしない思いが、アレクの中にくすぶっていた。
これで本当にいいのか、と。
するとフォルがキッとこちらをにらんだ。
「何を言わせたいのかしら? 必要ないのなら、それで結構。必要だと思うのなら、連れて行きなさい。――薄々気づいていましたわ。これでも研究所生活は結構長くなりますの。私の研究は大災咎のことだというのに、ほとんど進まない。いつも国が何か隠しているのにぶち当たってしまうのですわ。ザハドの魔法開発研究など、馬鹿みたいな予算がついているというのに。これが悪意でなくて何だと言いますの?」
「ジクレステスこそが古代魔法国家の流れをくんでいるのに。いつの間にそんなことになったんだ……? 正直、僕は今までそれを知らなかった。各国はそれぞれ、大災咎への備えをしているものだと思っていた」
この事実は、アレクを困惑させていた。
いつからこんなことになっているのか?
アレクが帝国中枢を離れてからもう、何十年――いや、それ以上になる。
しかし、その間も、そんな話は一度も耳にしなかった。
アレクは嫌な感覚をぬぐえないでいた。
何かが自分の知らないところで動いている。
これまでは世界の多くを把握していたつもりでいたというのに。




