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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第4章 立ふさがるもの
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第2話 マルボル遺跡

 フォルの案内で、アレクたちは王立資料館を訪れていた。

 建物は立派な造りではあったが、看板も標識もなく、それと言われなければ資料館だとは分からない。


「ここですわ」


 慣れた足取りで、フォルはスタスタと先に進む。

 資料館は研究所と同じく、専用の身分証明証がないと入館できない仕組みになっていた。

 フォルの身分証で入館したアレクたちは、物珍しそうに周囲を見回しながらも、黙って彼女に遅れないようについて行く。

 同じような装飾のない無骨な棚がズラリと並び、アレクは自分が保有する図書館の蔵書を思い出していた。


(ここにある資料には、どれほどの価値があるだろう?)


 ジクレステスが大災咎の情報を他国に提供していた時期もあったが、それはごくわずかだった。

 資料をひっくり返してでも見てみたいという好奇心がふつふつと湧いたが、アレクはそれをぐっとこらえていた。

 今この資料館から、たった一人つまみだされるようなことは、したくない。


「確か、この辺りに資料が……」


 フォルがおもむろに立ち止まり、一か所の棚に目をやった。

 資料はどれも似たような背表紙が貼られ、どこに何があるのかさっぱり分からない。

 フォルが大きな資料棚の中に詰め込まれた資料の背表紙に指を走らせていると、メガネをかけた一人の男性が近付いてきた。


「君たちはここで何を……」


 そう言いかけた男性がフォルに目を留める。


「やあ、フォルじゃないか。久しぶりだなあ」


「――ロンメル。貴方まだこんな寂れた資料館に勤めていましたの?」


 ロンメルはフォルの容赦ない言葉に苦笑した。色白な彼は、頼りなさそうな容貌だが、ザハドと違って人柄はよさそうだ。


「随分なご挨拶だな、フォル。何か探しものかい? このあたりの資料についてなら、僕もお役に立てると思うけど」


「マルボル遺跡の資料がこの辺りにあったと思うのですけれど……」


「マルボル遺跡か。それならこっちだ」


 その外見とは裏腹に、ロンメルは確かな足取りでフォルとアレクたちを案内してくれた。


「この辺りになるけど……。マルボル遺跡の資料はそれほど多くないよ? あそこの奥地は危険地域として立ち入りが禁止されているからね。研究もまるで進んでいない」


「一般的な資料ではないの。古文書の中に、あそこの記述があったと思うのよ。古代魔法王国時代の――」


「ああ。それなら、僕も読んだことがある。過去の遺物を埋蔵したというやつだね。だけど、それは結局見つかっていない。国が立ち入りを禁止したからね」


「あそこに何がありますの? そんなに危険なものですの?」


 ロンメルは肩をすくめた。


「それは僕も知らない。出入り口付近は観光地になっているけど、奥地は随分昔に立ち入りが禁止されている。とても危険な古代生物も出るというし。そもそも国が立ち入りを許可していないんだ。調査対象の申請をあげても、許可がおりない」


 フォルは苛立たしげにため息をついた。


「国、国。結局は国の上層部が全てをにぎっているというわけですわね」


「そうだなあ……」


 天井を仰ぎながら、ロンメルは腕を組んだ。

 アレクはそれを横目に、フォルに尋ねた。


「そこに何があるの? フォル」


 重要な資料を見せたいからとフォルが言うのでここまで付いてきたが、どんなものを見せてもらえるのかはまだ、アレクたちは聞いていなかった。


「私の調べでは、あのあたりには王国の武器工房があったはずなのですわ。確かな証拠があるわけではないですけれど……。大災咎より前の古代魔法王国には、魔法と武器を融合させた特殊な技術が存在していました。それが未だそこにあるかどうかはわかりませんけれど、何か手掛かりになるようなものが残っているかもしれませんの。その技術があれば、あなたたちもかなり有利に戦えるようになるのではないかと……。そう思ったのですけれど」

「それだけ分かっていれば、十分じゃない? 直接そこに行ってみればいい」


 アレクは事もなげに言ったが、フォルは首を横にふる。


「あのあたりは危険地域というだけではなくて、奥地はとても入り組んでいますの。地図や何か手掛かりがないと、その資料までたどり着くのは難しいと思いますわ。いくら腕に自信があっても、古代生物がうようよする場所を何日もさまようなんて、自殺行為ですわ」


「そうかな?」


 あくまで軽い調子のアレクに、フォルは思いきり顔をしかめた。


「自信過剰も大概にしておいた方がよろしくてよ?」


 アレクとフォルの言い合いを気にする様子もなく、ロンメルは一人考え込んでいた。

 そして、ぼそっとつぶやく。


「――地図、か。それなら、なんとかなるかもしれないな」


 思わずアレクとフォルが同時に言った。


「本当ですの!?」「本当なの!?」


 そしてお互いに顔を見合わせる。


「まるで双子のようですな……」


 ベルンがぼそっと呟く。


「うん。確か、別の資料にあそこの遺跡の地図も載っていたような記憶があるんだ。さすがに細部までは書き込まれてないけど、それなりに役には立つだろう。――だけど、このことは内緒だからね? あそこはあくまで立ち入り禁止なんだ。下手をすると捕まってしまう」


「兵士がいたりする?」


「うーん……さすがにそこまでは、僕も知らないなあ」


 そう言いながら、ロンメルが用意してくれたのは、遺跡のざっくりした地図だった。

 確かに"無いよりはマシ"という程度の。


「ありがとう。これだけあればなんとかなると思う」


 そう言って、アレクが地図を受取ろうとすると、それをフォルが横から奪い取った。


「何を言っていますの!? 本当に自信過剰ですのね? 遺跡までどのくらいの距離か、どうやって行くのかも分からないくせに。遺跡まで私が案内しますわ」


 アレクはむっとして、地図を奪い返そうとしたが、フォルはさらにそれを背中に隠した。


「いいよ。フォルは研究所の仕事があるだろう?」


「――研究所には助手のエディッサがいますから、『使い』をやっておけば大丈夫ですわ」


 そう言って憤慨するフォルの顔を、アレクはじっとのぞきこむ。


「――ホントは、行ってみたいだけでしょ? 研究がほとんど進んでいない遺跡の中の資料とかを見たいだけ……」


「いけませんの!? 案内する報酬みたいなものですわ! 戦闘にはさぞかし自信があるようですから、きっちり私のことも守ってくださるでしょう?」


 あっさりとフォルは認めた。そして、さらに開き直った。

 ふーっとアレクはため息をつく。


「……それなら別にいいけど。初対面の相手をよくそこまで信用できるね? 僕たちの実力、知らないでしょ?」


 アレクがそう言うと、フォルはにっこりとほほ笑んだ。


「ご心配なく。いざとなったら、私だけ逃げますわ。そのくらいなら、私にもできますもの」




 遺跡に向かう前に、アレクたちはフォルの案内で、騎乗できる竜を扱っている店に向かった。


「いらっしゃい。竜が御入用で?」


 出迎えたのは愛想の良い青年だった。


「マルボル遺跡まで飛ぶの。人数分の竜を用意してちょうだい」


「ええと……、六人……六名様ですね」


 連れてこられた竜は、ちょうど馬より少し大きいくらいの、色鮮やかな竜だった。


「こちらが竜を操るための笛になります。今から合図をお教えしますからね。良く仕込んでありますから、大人しいですよ」


 ティナは物珍しそうに、竜をしげしげと眺めて呟いた。


「竜に乗るなんて、はじめてだ。アレクは乗ったことがあるのか?」


「うん。だけど、どこでも行けるようなものでもないからね」


 どこでも乗りまわせるのなら、竜は空も飛べるし、地上での移動も速く、小回りが利くから、これほど便利なものはない。

 ただ、町中に竜を乗り入れることは禁止されている上、調教と飼育が難しいので、町外れにある専門の店で借りるのが普通だ。


「待たせるのであれば、空に放してやってくださいね。呼び笛を吹けばまたすぐ飛んできますから」


 青年の説明をフォルとアレク、ベルン以外の全員が、熱心に聞いた。


「ソフィア、大丈夫?」


 アレクが声をかけると、意外とソフィアはうなずいた。


「え、ええ。多分……」


 小型の竜とはいえ、やはり近くで見ると迫力がある。


「こんな風に飼われている竜がいるなんて、知りませんでした」


「人間って生き物は、たくましいよね。人一人じゃ絶対勝てないような自分より強い竜でも、こうやって利用するんだから」


 竜の口には、くつわがはめられている。


「この竜は飛ぶのですよね?」


「そう。翼竜だからね」


「いろんな竜が――、いるのですね」


 ソフィアは感慨深げに竜の顔をのぞきこんだ。

 すると、竜がブルルっと身震いしたので、ソフィアは驚いて転びそうになる。

 アレクは笑って、ソフィアを後ろから支えた。


「大丈夫? 飼われていても、竜は竜だからね」


「は、はい。すみません……。なんだか、竜って怖いだけのものだと思っていたのですけれど、こうやってみると身近に感じられて……。でも、ちょっとびっくりしました」


 少し頬を染めながら、ソフィアは服のすそをはらった。


「飼っている者は愛着もわくだろうね。それはどんな生き物でも同じことだよ。だけどそれは、この竜たちとあの飼育員との間だけのことだ。人間と竜の間でのことじゃない」


「――どうして、大災咎は起こるのでしょうか? 竜と人間は敵同士なのですか?」


 ソフィアの問いに、アレクは首をひねった。

 何故、大災咎が起こるのか。

 それが分かれば、対処の方法も変わるのかもしれないが、今は"自然災害"としかとらえられていない。


「どうしてだろうね? いろんな説があるけど……。どれも確証が得られたものじゃない。推測にすぎないものばかりだ」


「戦わずに、仲直りできる方法があればいいのに……」


 ソフィアは目の前の竜を見つめながら言った。

 竜は何も応えることなく、ただ、目を細めている。

 これぐらいの小型の竜の知能は、ふつうの獣と大差ない。

 ただし、古竜よりさらに年月を経た神竜は、人の言葉を理解すると言われているが――。


「そろそろ出発するようですよ、アレク様。ソフィアさんも」


 ベルンの声にアレクは我に返った。


「行こう、ソフィア」


 アレクが差し出した手に、白いソフィアの手が重なった。

 ふわりとやわらかいソフィアの手のぬくもりが伝わってくる。

 これだけ長生きしていても、世界の理には、分からないことが多すぎる。




 観光地域になっている遺跡周辺からさらに少し飛んで、こんもりと茂った林を抜け、ちょっとした平野へとフォルは竜を傾けた。

 アレクたちもそれに従う。

 竜はその手綱に従い、下降してゆったりと地面に降り立った。


「遺跡はこの先?」


 アレクは周囲を見渡したが、それらしきものは見当たらない。

 上空からもよく分からなかった。地面を覆うような広大な森林が広がっていたからだ。


「聞くまでもありませんわ。遺跡は地下ですの。上空からは見えないのですわ」


「ベルン、何かいる感じはする?」


「いいえ、何も。普通の動物の気配はありますが、危険な感じはしませんね」


 ベルンは首をかしげる。


「結界がはってあるのですわ」


「結界?」


「何か危険なものがいるのです。ですから、それが外へ出ないようにという処置でしょう。――それが何かまでは知りませんけれど」


「中には入れるのか?」


 竜から降りたティナが、フォルに言った。


「もちろん。結界はそれを封じるためのものだと聞いています。余計なことをせずに、普通に歩いて入れば問題ありませんわ」


「余計なこと?」


「魔力や魔法を使ったりすると、結果が反応しますの。ですから、普通に歩いて入るのですわ」


「なるほど」


 遺跡の深部への入口はすぐに分かった。

 人が二人横並びでギリギリ通れるぐらいの大きさの古びた扉に、錆びた鎖と鍵。

 もう長い間、誰もここに訪れてはいないのだろう。

 洞窟の様な薄暗い通路が奥まで続き、中からは冷たい風が吹き出ている。


「普通の洞窟みたいだな」


 扉がなければ、ただの洞穴だと思ったのに違いない。


「なるべく不自然にならないように、鍵を壊してくださる?」


 フォルが無茶な注文をした。


「不自然にならないようにと言われても……。なかなか難しいですが」


 そう言いながら、ベルンは素手で、鍵をひっぱった。

 パチンという音がして、鍵の内部が壊れる音がする。

 そのまま鎖をはずし、アレクたちは中へと足を踏み入れた。

 すると、洞窟に数歩入ったところで、気配が急に変わるのが肌で感じられた。


「今……」


「結界を抜けましたわ」


「アレク様、すぐに保護魔法を」


 ベルンの言葉に、アレクはうなずきもせずに、すぐさま保護魔法を全員にかけた。

 エドはすかさず呪歌をつむぎ、さらに防御力を高める。


「――すごい、気配ですね」


 ソフィアが小さく呟いた。

 そう。

 気配が変わったのは、結界を通り抜ける感覚ではない。

 中にいる正体不明の生き物の気配のせいだ。

 竜とは違う、これまで感じたことのないような、奇妙な気配。

 しかしそれは、姿が見えなくても圧倒的な力を誇示していた。


「一体何がいるんだ?」


 アレクは、思わずフォルに聞いた。


「わかりませんわ。そう言ったでしょう?」


「何か――、力の強いものが存在するのだけは感じ取れますがね」


 ベルンも苦笑気味にそう言う。


「本当に、この気配と対峙するだけの価値がある物があるんだろうね?」


「――そのはずですわ。とはいえ、生きて帰れたらの話ですけれど」


 その時。

 おおおお――という、犬のような狼のような咆哮が、遠くから聞こえてきた。


「相手も、我々の気配に気づいているようですね」


 ベルンが暗闇の続く洞窟の先を見つめて言った。


「無理に、とは言いませんわ」


 フォルが最後通告をする。


「まさか。行くに決まってる。こんなことでいちいち逃げ帰っていたら、竜なんか相手にできるものか」


 アレクはニヤリとみんなに笑いかけた。

 ティナが銃を握り締めてうなずく。

 いつもより緊張した様子のエドも、異論はないようだ。

 ソフィアは、小さな明かりを灯してくれている火の精霊に視線をやってから、うなずいた。


「では、行きましょう。あの生き物の気配をたどればいいのなら、もう迷うことはありませんから」


 そう言って、ベルンは先頭に立った。


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