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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第3章 狩るもの狩られるもの
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第3話 宣戦布告は突然に -ベルンの受難-

 射撃大会の前日、町の大通りではパレードが催された。

 竜や巨大生物を模した張り子をのせた派手な荷車が、にぎやかな音楽に合わせて大通りを行交った。

 パレードの一番の見せ場では、アヴィナスの国王が、この国の兵士たちによって狩られたという巨大な古竜のはく製を従えて登場し、人々の称賛と拍手をあびた。

 それは朝から夕刻まで続き、町中が祭りの雰囲気に酔っているようだった。

 夕刻、ベルンがようやく定食屋に四人分の席を確保した時には、その店も既に満席状態だった。


「人だらけもいいところですね」


 ベルンは少し疲れた様子で席についた。

 今日はアレクとソフィアの他に、ティナも一緒だ。猫のテイルは人混みを嫌い、今頃は家でのんびりしている。


「だが、なかなかの見ものだったな。古竜のはく製は見事だった」


 疲れを感じさせない様子で、ティナは嬉しそうに語る。


「わたし、古竜というものを初めて見ました。古竜はとても大きいのですね」


 ソフィアは首をかしげた。


「あれは古竜のなかでも大きい方だ。あれを狩るのに、どれほどの人数を投入したのやら」


 皆が話している間に、ベルンは店員に適当に料理を注文した。

 店員はベルンの注文を聞くと、客の間を器用にすり抜けて、他の客の空になった皿を片手に、足早に厨房に下がっていく。


「ソフィア、古竜は大きいだけじゃないんだ。古竜というのには、ちゃんと定義がある」


 アレクがテーブルに肘をつきながら、したり顔でソフィアに話しかけた。


「そうなのですか? 古竜って、長く生きた竜……のことですよね?」


「まあ、そうなんだけど。古竜は一般的に百年以上生きている竜だ。だけど、寿命なんていうのは、外見ではほとんど分からないだろう? 普通の竜でも、大きいものは古竜に近い大きさのものもいるしね。一番の外見的な特徴は角だね。ふつうの竜には角がない。それから眉間の模様。古竜にもいろんな体の色のものがいるけど、ひたいの模様は必ずある。遠目からじゃ、少し分かりにくいけどね」


「では、ひたいを見れば、古竜かどうかわかるのですね」


 ソフィアは尊敬のまなざしでアレクを見ている。相変わらず、素直で良い子だと、ベルンは思う。

 そこでティナがひとつうなずいて、口を開いた。


「古竜にはもうひとつ、大きな違いがある。それが、我々狩人にとっては曲者なんだが」


「なんですか?」


「古竜になると"特別な力"を持つんだ。力は竜の種類にもよるんだけど、火をふいたり、風を起こしたり、雷を呼んだり」


「精霊魔法みたいですね」


「そうだね。それに近いかな」


 四人が料理を待ちながら談笑している時、ベルンはふと、一人の男がこちらを見ているのに気がついた。

 細身だが、狩人風の格好をした若い男だ。背中に背負っているのは銃だろう。

 全く見覚えのない顔だったが、男はベルンを鋭い目でにらみながら、こちらに近づいてくる。

 そうして男は、とうとうベルンたちのいるテーブルまでやって来た。

 厄介事は御免だが、料理を待っている手前、ここから立ち去ることもできない。


「おいっ!」


 男は悪意むきだしで、ベルンに向かって声をかけてきた。


「何かご用でしょうか?」


 ベルンが代表して応える。どう見ても、良い用事ではないようだ。


「お前か……」


 男はしぼり出すような声で、確かにそう言った。ベルンをにらみながら。


「は?」


「お前だな! ティナの新しい男は!」


 思わずベルンは、口を閉じることを忘れそうになった。


「はあ?」


 状況が飲み込めず、ティナの方を見ると、ティナはおどろいた顔で男を見ている。


「トルノフ……?」


「ティナ、オレは闘う。闘ってお前を取り戻してやる」


「トルノフ、何を言って……」


 ティナの制止も聞かず、トルノフと呼ばれた男はついにベルンを指さして、大声を張り上げた。


「おいっ。お前! オレと勝負しろ!」


 どう応えていいのやら、ベルンは一瞬、返事に困った。

 しかし、それを見ていた周囲の客が「ケンカか?」「女の取り合いか?」と、物珍しげにこちらを見ている。


 ――なんということだ。


 どうやら、ベルンはティナの恋人か何かと勘違いされているらしい。


「ちょっと待ってください! あなたは勘違いをして――」


 そう言いかけたところに、先ほど注文を取りに来た店のお姉さんがすばやく割り込んできた。


「あー、はいはい。店内でのあらそい事はご遠慮くださいねー。白黒つけるなら、腕相撲でお願いしますー。この時期、多いんですよねー」


 店員のお姉さんは慣れた様子で勝手にまくし立て、二人を追いたてた。


「あちらに"腕相撲専用のテーブル"を出しますからねー。他のお客さんにご迷惑にならないようにお願いしますよー」


 あまりに手慣れた様子にベルンはおどろき、そして否定するタイミングを失してしまった。

 店のお姉さんはちゃきちゃきと店内のすみに除けられていた古びたバーテーブルを出してきて、置いた。


「はい、どうぞー。これで決着をつけたらもう、文句無しですからねー」


 もはや「違うんです」と言えるような雰囲気ではなくなってしまった。

 周囲の客たちがやんやとはやし立てながら、彼とベルンを取り囲み、バーテーブルのある方へと押し出してゆく。

 全く、なんということだ。

 アレクは面白がってニヤニヤしているし、ソフィアはどうしていいか分からないといった顔をしている。

 ティナは決まりが悪そうに頭をかいているが、こちらに助け船を出す様子はない。

 トルノフとかいう男はやる気満々だし、店内の客たちも、いい余興だといわんばかりに騒ぎ立てている。

 ふーっとベルンはひとつ、大きなため息をついた。

 腕相撲ひとつでこの場が収まるなら、仕方あるまい。さっさと勝負をつけて、食事に戻ろう。


「勝負は一回きりですよ。いいですね?」


 これで「もう一回やらせろ」などと駄々をこねられたら、たまったものではない。

 先にクギをさしておかなければ。


「もちろんだ。お前を倒して、オレはティナと……!」


 いや、それは全く関係ないのだが。

 二人はそれぞれの思いを抱きつつ、手をにぎった。

 細身に見えたが、腕まくりをしたトルノフの腕は、意外に筋肉質だった。

 だが、負ける気はしない。


「レディ……、ゴーッ!」


 どこの誰だか知らない男が、審判よろしく、かけ声をかけた。

 ぐっと腕に力を込める。

 「それいけ!」だの、「兄さん、がんばれ!」だの、「ヒゲさん、負けるな!」だのと、観客は好き放題に言っている。

 しかし、所詮人間の力だ。腕力勝負で、魔族であるベルンにかなうはずがない。

 あまり勝ちすぎて逆恨みされてもバカらしいので、少し我慢するふりをして相手に気を持たせる。

 そして、それから一気に力を入れた。


「ヒゲさんの勝ちー!」


 どこの誰だか分らない男の声が叫ぶ。

 店中から、わーっと歓声があがった。

 これでやっとゆっくり食事ができる。そう思い、ベルンがため息をついたとき。


「おうっ! 次はオレだ。トルノフの仇は、オレがとってやるぜっ」


 客席から別の男が名乗り出た。


――いやいやいやいや。


 いつから勝ち抜きバトルになったのだ?

 ベルンの心の中の抵抗も空しく、男は客席からの歓声に片手をあげて応えながら、ベルンの前に進み出た。


「あなたは……、どこのどなたなのです?」


 うんざりした気分でベルンが聞くと、男は胸を張って答えた。


「トルノフの狩り仲間だ。いざっ! 尋常に勝負しろっ」


 男はぐっと腕まくりをする。先ほどのトルノフよりは、力がありそうだ。

 仕方ない。


「勝負は、一回きりですからね」


「無論、一発勝負! かかってきやがれっ!」


 威勢のいい男はぐっと足をふん張って、バーテーブルにひじをつけた。

 これで終わりだ、と自分に言い聞かせながら、ベルンは男の手をつかんだ。


「レディー……、ゴー!」


 さっきの審判おじさんの声に合わせて、二人はぐっと力を込めた。

 こうなったら、手加減などするものか。

 ベルンは一気に相手の腕をねじ伏せてやった。「おおお……っ!」と、どよめきがあがる。

 だが、ちっとも嬉しくない。

(私は食事に来ただけだというのに、ここで一体何をしているんだ?)

 今度こそと、声をかけられる前にベルンはバーテーブルから離れようとした。

 その腕を、むんずと誰かがつかむ。


「おいおい、勝ち逃げできるとでも思っているのか? 今度はオレが相手だ」


 ふり返ったベルンは、体格のいい男たちが十人ほどもずらりと並んでいるという、恐ろしい光景を目にした。

(一体全体、何だというんだ……)


「ティナはオレたちのアイドルなんだぜ? そう簡単に、一人の男に譲ってたまるか」


 そう言いながらも、男たちはニヤニヤ笑っていた。

 悪い奴らではないのだろうが、ベルンはもういい加減、お腹が空いてきてイライラし始めていた。


「これで最後ですね!? あとから出てくるのは無しですからね? 今並んでいる全員と勝負したら、終わりですからね!?」


「おうよっ!」


 視界の片隅で、アレクたちが食事をしているのが見えた。

 ベルンの分も、ちゃんと残しておいてくれるだろうか……。

 ムキムキの男たちに囲まれながら、ベルンはしぶしぶバーテーブルのところまで戻った。


「で、次は誰なんです!?」


 半ばキレ気味にベルンが言うと、腕回りが普通の人間の太ももぐらいはありそうな、男が白い歯を見せてにやりと笑った。


「オレだぜ。なんたって、オレはティナに、この自慢の腕を何度もなでられた男だからな」


――全く。意味が。分からない。


 狩人仲間だというが、これは、一体どういう集まりなんだ……。


「レディイイー、ゴーッ!」


 審判おじさんは、ますます嬉しげに声をはりあげるが、それに反比例するように、ベルンの心は冷めてゆく。

 それでもようやく、最後の一人までねじ伏せた時。


「おう。オレで最後だ」


 白いひげを蓄えた、立派な体格の男がベルンの前に進み出てきた。

 体格は立派だが、年の頃はもう、初老に近い。


「オレが、リーダーのだ。ティナが世話になっているそうだな。だが、ただでは譲れん。ティナはうちの男たちの希望だったからな。ティナが抜けると聞いた時、オレたちがどれほど落胆したか……、分かるか?」


――わからない。わかりたくもない。


 そもそもこの人は、いい歳をして、自分が何を言っているか、分かっているのだろうか。


「ティナを連れて行くなら、オレを倒してから、行くがいい。オレの試練を受けてみよ!」


 もう何だっていいと、ベルンは天井を仰いだ。

 とにかく早くこの筋肉男たちの群れから、抜け出したい。


「待ったなしだぞぉ。準備はいいかぁ?」


 審判おじさんはノリノリで、いかにも楽しそうだ。


「おおっ。来いやあっ」


「レディーイイイ……、ゴーッ!」


 審判おじさんの手が振り下ろされた。

 本来ならここは、ぐっと手に汗にぎる接戦をすべきところなのだろうと、ベルンは思う。

 観客は明らかにそれを求めていて、空気を読むのなら、それに応えるべきなのだろうということぐらいは、分かる。


――しかし。


 しかし、ベルンは"腕相撲ファイター"として、この定食屋に来たのではない。

 ただ、肉料理が食べたかっただけなのに。

 どうして、こうなった?

 アレクたちはもう、食事を済ませて、談笑しているというのに。

 なぜ、ベルンだけが食事にありつけないのだろうか?

 うらみがましく、ベルンはアレクたちの方に視線を送ったが、もはや彼らはベルンのことなど見ていなかった。


――せつない。せつなすぎる。


「ぐおおおおっ」


 リーダーだという初老の男が、顔面を真っ赤にして、腕に力を込めていた。

 もういい。こんなことはどうだっていいのだ。

 ベルンは腕に力を込め、ぐっと男の腕を倒してやった。


「ヒゲさんの、勝ちーっ!」


 どっとわきあがる歓声。

 だが、ベルンが欲しいものは、歓声ではなく、食事だ。肉だ。


「くううっ。悔しいが、オレの負けだ。お前は強いっ。認めてやるぞ。ティナはお前のもんだ。悔しいが、連れて行け! 大事にするんだぞう……」


 リーダーの男が、なぜか男泣きに泣いている。

 他の狩人のメンバーたちも、同じく。

 早々に立ち去ろうとしたベルンの肩を、リーダーが、がっちりつかんだ。


「あの、まだ何か……」


「ティナを大事にしてくれよぉ……」


 この人たちは何を勘違いしているんだろうか。そもそも、ベルンとティナは何の関係もないというのに。

 ベルンがようやく解放された時には、アレクたちはそろそろ帰ろうかとしていた。


「薄情すぎますよ、アレク様」


 うらみがましい目でアレクをにらむと、アレクは軽く肩をすくめただけだった。


「ちゃんとベルンの分の料理は包んでもらったよ。持ち帰り用にしてくれるって」


 ソフィアがお持ち帰り用の料理の包みをかかげて見せる。


「お疲れ様でした。ベルンさん。強いんですね」


 苦笑いを浮かべながら、ソフィアが取りつくろうように言う。

 疲れた。

 しかし、これ以上店にいたら、またいつ捕まることやら分からない。

 四人が外に出ると、もうすっかり日が暮れていた。

 店を出たとたん、ティナが困ったような、照れたような表情で言った。


「その……、ベルン。悪かったな。私のせいで」


 そんなことを言われては、ティナを責めるわけにはいかない。

 そもそもティナのせいでもないような気もするが。


「ティナさん、えらくまた、"濃い"集団にいたんですね?」


「ああ。悪い奴らではないのだ。なんだかんだ言いながら、みんな本気ではない。いや、トルノフだけはちょっと、違っていたのだが……。どうも、私の行動はいろいろと誤解を生むようだ。迷惑をかけた。すまなかった、ベルン」


 ティナは律義に頭を下げた。


「いえ。もういいですよ。――帰って食事にしましょう」


 とにかく、ベルンはお腹がすきすぎて、どうにかなりそうだった。


「ああ、ベルンだけね」


 さらりというアレク。

 ああ、主でなければ、なぐりかかっているところだ。

 今日ほど、ベルンはアレクの家来であることを悔しく思ったことはなかったのだった。


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