第2話 来訪者
その日、ソフィアとともに昼食をすませてから、アレクは一人、また町に向かった。
預けておいた銃の手入れがそろそろ終わっているはずだったからだ。
石畳を軽快に歩き、大通りから細い路地に入ると、ほどなく目的の看板が見えてくる。
古びた看板に描かれた金色の文字は、くっきりと描かれすぎていて、妙に浮いて見える。
かすれているぐらいの方が、味があってよかったのにと思いながら、アレクは店に入った。
「いらっしゃい……と。ああ、ちょっと待ってくれ」
店にはあいにくと数人の先客がいた。
射撃大会が近いので、皆、銃の調整や手入れに訪れているのだろう。
「やあ、少年」
突然聞き覚えのある声に呼ばれて、アレクはおどろく。
ティナだった。
「ああ、お姉さん。何か買いに来たの?」
「それもあるが……。きみを待っていたのだ。もう登録はすませたのか?」
「何の?」
アレクが聞き返すと、ティナは眉間にしわを寄せた。
「射撃大会に決まっているだろう? 先日の約束を忘れたのか?」
「そういうわけじゃないけど……。まだだよ。これからついでに行こうと
思って」
「ならば、ともに行かないか? 約束もあるからな。同じ競技に出なければ」
そういえば、賭けをしたのはいいけれど、何も細かいことまでは決めていなかったのだった。
射撃大会といっても、いくつかの種目がある。同じ種目に出なければ、賭けにはならないだろう。
「わかった。ちょっと待ってて」
数人の客を待って、アレクはようやく自分の銃を受け取ることができた。
「ちゃんと手入れはしておいた。間違いないと思うが、もし万が一、違和感があったら言ってくれ」
店主は正直に言った。アレクはうなずく。
三日ぶりに手にする自分のライフル銃は、受け取ると、しっくりと手になじんだ。
しばらくその感覚を確かめてから、アレクはそれを袋の中にしまった。
「行こうか」
ティナにうながされ、アレクは店を出る。
射撃大会の受付は、町のギルドで行われていた。二人は同じ、一般射撃の部に申込むことにした。
「これでよし。大会まであと一週間だ。それまで少年は、どうしている?」
「のんびりしてるよ。そういえば、何かあった時の連絡手段がないな。ぼく、郊外に家を借りてるんだけど、お姉さんは?」
「家を借りているとはまた、優雅だな。私は宿に部屋をとっている」
「ふうん。良かったら、これからちょっと遊びに来ない?」
「良いのか?」
「もちろん。ぼくの連れも紹介するよ」
家までの道々、二人は自分たちのことについて、少し話した。
「そっか。ティナは狩人なんだ」
「竜狩りっていうのに、ハマってしまってな。他の狩人たちと組んで竜を狩っている。まあ、この前まで組んでいた狩人たちとは、この町で別れたのだが」
「どうして?」
「合わなかったのさ。狩人に男も女もないが、竜狩りに行くような狩人となると、また別だ。男が多い世界だからな。私にその気はないのだが、向こうがいろいろと厄介事を持ち込んでくる」
「なるほど。お姉さんは美人だからね」
分かるような気はする。ティナは口調やふるまいこそ男っぽいが、見た目はきりっとした美人だ。
彼女の均整のとれた体に惑わされる男も多いことだろう。
「きみほどではない」
「ぼくは男でしょ。そういうのは関係ない」
ティナは何か言おうと口を開いたが、思いなおしたように言うのをやめ、代わりに肩をすくめた。
「まあいいさ。ところできみは、その大そうな銃を使って、何をしているんだ?」
アレクはいたずらっぽく笑ってみせる。
「お姉さんが、好きなコト」
「私が、か? それはつまり……。まさかとは思うが、竜狩りを?」
「ご名答」
突然ティナが立ち止まったので、アレクも止まった。
「それは冗談か? ――それとも仲間が?」
「もちろん。だから、連れを紹介するって言っただろう?」
少し納得したようにティナはうなずいた。再び二人は歩きだす。
「仲間は何人だ?」
「ぼくを入れて、四人。いや、三人と一匹か。猫がいるんだ。黒いの」
「猫は頭数に入らん。まったく冗談が過ぎるぞ? とすると、三人だな。しかし、それだけで竜は狩れんだろう? 獲物にもよるが、普通は三十人かそこらの大所帯でやるものだ。それとも他の狩人たちと一時的に組むのか?」
「いや。ぼくたちだけで狩る。だから今、メンバー絶賛募集中」
ティナは眉をひそめた。
「ちょっと待て。それではまだ、竜を狩ったことがないのか?」
「あるよ、たくさん。ぼくたちのやり方はふつうの狩人とは違うんだ。竜笛手もいないしね」
通常、竜狩りを行う狩人といえば、竜笛手と呼ばれる者たちが必ずいる。
特別な笛を吹いて、竜の意識をかく乱する者たちだ。
かつてはその役割を呪歌使いが担っていたが、呪歌使い自体が激減してからは、竜笛手が一般的になった。
呪歌使いは素質が必要だが、竜笛手は修練を積めば誰でもなることができる。
実際、銃使いでありながら、竜笛手でもあるというケースも少なくない。
「そんな話は聞いたことがないぞ。竜笛手なしで、どうやって竜をかく乱する? まともに戦ってはこちらがダメージを食らう」
「だから、ぼくたちのやり方は、ふつうとは違うんだってば」
「そんな裏技みたいな話、聞いたことがないが……」
ティナは納得いかないようだったが、それでも、それ以上は追及してこなかった。
聞いても無駄だと思ったのだろう。
それからまた二人は他愛ない銃の話をしながら、小麦畑が広がる郊外の道を進んだ。
「ああ、あれだよ。仮住まいだから、あまりきれいではないけれどね」
庭先に出ていたソフィアが、アレクとティナに気づいて手をふった。
「まさかとは思うが、あの子も竜狩りの人数に入っているのか?」
「うん。まあ、まだちょっと危なっかしいけど」
ティナはあり得ないといったように、首を横に振った。
ソフィアは庭先に干した洗濯物をしまっているようだった。彼女は頼んでもいないことまで、いろいろと気をまわしてよくやってくれる。
二人が家に近づくと、ソフィアが戸口で待っていた。
「お帰りなさいませ、アレク様。今日はお客様とご一緒なのですね」
にこやかに二人を迎えるソフィアを見て、ティナは思いきり顔をしかめた。
「彼女はきみのメイドなのか? それとも、これはきみの"趣味"なのか?」
ティナからの予想外の質問に、アレクは一瞬開いた口がふさがらなかった。
妙な決めつけに、アレクはちょっとふくれた。
「どっちも違うよ! ソフィアは連れだ。いろいろ事情があって、こんなことになってるだけ。それに、ぼくには"そういう趣味"もない」
ソフィアはけげんそうな顔をしたが、ティナはまだ納得がいかないようだった。
全く、失礼にもほどがある。
ティナを部屋に通すと、今度はテイルがぱっと飛び出してきた。
「捕った!」
「え?」
テイルの前足の下には、小さなねずみ。
ティナとテイルの目が合った。テイルが固まっている。
「今なにか……」
すかさずアレクがフォローする。
「いやあ。猫がねずみを捕ったなあと思って。思わず『とった!』って言っちゃった。この家、多いんだよねえ、ねずみが。ティナ、座ってよ。今、紅茶でも出すから」
「あ、ああ。すまないな」
テイルは目の前のねずみを口にくわえ、そそくさと部屋から出て行った。
その様子を、ティナが首をかしげながら見ている。
「今日はとっておきのハーブティーがあるんです。ベルンさんが、買っていいっておっしゃったから……。ほら、とてもいい香りでしょう?」
ソフィアが明るい調子で、言った。
柑橘系のさわやかな香りが部屋にただよう。
手慣れた様子で、ソフィアはカップとティーポットをテーブルに並べた。
ソフィアがきれいにカットしてお皿にのせたパウンドケーキを、アレクはおそるおそる運ぶことにした。
普段、こんなことは全くしないのだが、ティナと一緒に座って待っていたら、「やはり彼女はメイドだったのか」と言われそうな気がしたからだ。
「ソフィア、ベルンは?」
「先ほど少し出かけるとおっしゃって、出て行きましたけれど。行先までは聞いていません」
「そうか」
ベルンとティナは、結構気が合いそうだと思ったのに。
「もう一人、いるのだったな?」
「ああ、うん。一番戦力になるのがね。ティナと気が合うと思う」
「そうなのか?」
「多分ね。ティナ、彼女はソフィア。これでも魔法を使う」
ソフィアは少し照れたように、おじぎをした。
「そうなのか。狩人に魔法使いとは珍しい……。私はティナだ。よろしく」
魔法使いは一般的に、どこの国に行っても高給で雇われ、重宝される。そのため、わざわざ好き好んで命を賭けるような狩人になる者は少ない。
「ティナさんは、もしかして、アレク様と賭けをされている方ですか?」
「ん? ああ。賭けの話を聞いたのか。私も銃使いでね」
ティナはそばに置いている、銃を指さした。
(そういえば、ティナの銃は見たけど、ティナ自身の腕前はどれくらいだろう?)
竜狩りに行くぐらいだから、それなりの腕前なのは確かだ。
狩りの中でも竜狩りは危険が高く、腕に自信のある者でなければ無理だからだ。
「ティナ、外で軽く撃たないか?」
「今からか?」
持ち上げていたティーカップを、ティナは静かに戻した。
「うん。ぼくたちは賭けをしたけど、お互いの腕までは知らないだろう? 外にぼくが使ってる的がある。銃の調子も確かめたいし、一緒にどう?」
「よかろう」
二人は外に出た。
家の周囲はかなり広い。細長い木が何本か立っているその先は、ずっと小麦畑が続いているばかりだ。
庭先には、納屋にあった古いテーブルを射撃専用に置いている。その上に薪を横並びに置き、的にするのだ。
「悪くないな。町中ではこうはいかない」
「まあね。それもあって、ここを借りたんだ。近い方でとりあえず、撃ってみる? ちょっと待って。薪を並べるから」
テーブルは手前にひとつと、その倍の距離の場所にもうひとつがある。
撃つ場所から見れば、手前の薪でもかなり小さく見える。遠い方になれば、点に近い。
薪はそれぞれのテーブルの上に四つずつ置いた。
「ティナからどうぞ」
「いいだろう」
お手並み拝見と行こう。
「散弾とか、そういうオチはなしだからね」
「分かっている。そもそも竜狩りに、威力のない散弾は使わない」
軽い冗談だったのだが、ティナはこういう冗談が通じるタイプではなかったらしい。
ティナは弾を込め、静かに構えた。
ピンと張りつめた感じが、アレクにも伝わってくる。
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
乾いた銃声が響いた。
四つの薪がすべて、後方に吹き飛ぶ。
(やっぱりか。これだけじゃ、彼女の実力は分からないな)
「あっちも撃ち落としていいのか?」
彼女が指示したのは、今の倍の距離はあるテーブルの薪。
「そうだね。ティナには簡単すぎたかな」
再び彼女は構えた。
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
かなりの距離があるのにも関わらず、今度も全て命中。しかも、ほぼ中心に当たっている。
的が動いていないとはいえ、これだけの距離で真ん中を撃ち抜くのは簡単なことではない。
「――なるほど。これぐらいじゃ、ティナの力は図れない、か」
「そうだな。そもそも獲物は動いている。さて、次はきみの番だが?」
今度は遠いテーブルの上にだけ、薪をならべた。
「ぼくは慣れてるからね」
ティナは片眉だけを器用にあげた。
「では、その銃に見合うだけの腕かどうか、拝見させてもらおうか」
腕を組んで、彼女は微笑んだ。
ライフル銃に弾を込める。今回はもちろん、魔法は"なし"だ。
アレクは構え、ひといき吸って、息を止めた。
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!
遠くのテーブルにならべられた薪が後方に吹き飛んで、地面に落ちた。これぐらいなら魔法なしでも、外すことはない。
火薬のにおいがツンと鼻をつく。
ティナが軽く拍手をした。
「見込んだ通りだ。安定しているな」
「でも、これじゃあ勝負にはならないね」
アレクは銃を下ろして、肩をすくめた。
「勝負は射撃大会でつければいい。今日は試し撃ちだ」
ティナはにやりと笑った。
そこへひょっこりと、家の中からベルンが出てきた。
「銃声がしていると思ったら、お客さんですか」
ベルンの姿を見て、ぱっとティナの表情が変わった。
「あなたが、主戦力という人か」
「は?」
嬉しげにティナはベルンの腕をがっしりとつかんだ。そして、上から下までじっくりと眺めまわす。
「うむ。いい肉付きをしている。細く見えるが、肩幅もあるな。……ふむふむ」
「あ、あの……」
男が女性をじろじろ見るというのはよくあるが、女性がこれだけ男を観察するという場面もなかなかないだろう。
しかもティナは、ベルンの腕までまくって、筋肉を確認している。
アレクは困惑した様子のベルンをニヤニヤと眺めた。
「あなたも銃使いか? それとも剣か、槍か?」
「ええ……? あ、アレク様。ちょっと、どういうことか説明してくださいっ」
ぷぷぷっ。
このまましばらく、ベルンがおそわれる姿を眺めていたいけど――、仕方がない。
「彼女はティナだ。例の"賭けの人"だよ」
ようやく合点がいったというように、ベルンはうなずいた。
「アレク様が賭けをするくらいですから、結構な腕前なのでしょうな……。で、そろそろ手を放していただいて、構いませんか?」
ベルンに言われてようやく我に返り、ティナは少しほおを赤くした。
「え? ああ。すまない。つい習性でな。良い体格の人間を見ると反応してしまうんだ」
彼女でも照れることはあるらしい。
しかし、いつもこんな調子でやっていたのでは、確かに勘違いする男も出てきそうだ。
「ティナも竜狩りをしてるんだって」
「そうなのですか」
「ああ。でも今は、いろいろあって一人になったのだが……。きみたちは本当にこれだけの人数で竜狩りをしているのか?」
「そうです。まさかアレク様、もうティナさんをお誘いになったとか?」
「いや、まだだけど。せっかくだから、今度の賭けにそれもつけちゃおうかな」
それも悪くない。
ティナは今一人だというし、銃の腕は確かだ。
銃はアレク一人でなんとかなると思っていたが、ティナがいれば、アレクは今より魔法に専念できる。
「どういうことだ?」
「うん。今度ぼくが勝ったらティナが銃をどこで手に入れたのかを教えてもらうっていうのに加えて、ぼくたちの仲間になってもらうっていうのはどうかなって」
するとティナはニヤリと笑った。
「まだアレクが勝つと決まったわけではないぞ? だが、いいだろう。きみたちの少人数での竜狩りというのにも興味があるしな」
「よし、決まりだねっ」
そうとなれば、これは断然、本気で勝ちにいかなくては。
ティナが仲間に加われば、さぞかし楽しい旅になるだろう。
オロオロするベルンの様子を頭に思い浮かべながら、アレクはにんまりとほくそ笑んだ。




