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竜を喰らう者  作者: ヨクイ
第3章 狩るもの狩られるもの
17/33

第1話 賭け

 果断な王は、そこで一気に勢力を拡大した。

 その手腕に兵士たちの誰もが感心し、王に全幅の信頼をおくこととなった。

 特に『アルバレッタの戦い』では、その斬新な戦略に、誰もが度肝を抜かれたものである。

 今でも、かの有名な演出家コモリアによる同名の劇『アルバレッタの戦い』が、劇場で見られるほどだ。

 「時は満ちた。いざゆかん」という名台詞は、『アルバレッタの戦い』のクライマックスシーンで用いられる、有名な一節である。

 しかし、それが本当に王が発した言葉であったかどうかは、定かではない。


   『帝国の光と影』より抜粋






 アヴィナスの首都、トレヴィナは大きな町だ。

 主要な大通りは敷石で整えられていたし、街路樹はきれいな葉を茂らせ、色とりどりの花が美しく咲いていた。

 街道沿いには、赤れんがの屋根が印象的な家屋や店がずらりと立ち並び、人通りも多く、にぎやかだ。

 まもなく開かれる射撃大会のポスターはいたるところに貼られ、銃を背中にかついだ男たちがあちらこちらで見られた。

 町全体がこれだけのにぎわいを見せているのにも関わらず、どこか整然とした雰囲気を失っていないのは、この町のギルドがしっかりしているせいだろう。

 そんなにぎやかな大通りを抜けて、アレクたちは、郊外の民家がぽつりぽつりと立ち並ぶ、のどかな場所へと足をふみ入れていた。


「このあたりのはずなんですがね」


 渡されたメモを見ながら、ベルンがつぶやく。

 メモには、線と丸だけで描かれた大ざっぱな地図と、いくつかの目印が走り書きされていた。


「あれじゃないの?」


 小麦畑の先にある、レンガ造りの小さな家。家の周りを細長い木がまばらに取り囲んでいる。


「ああ、そうですな。確かに」


 さくさくと歩いて行くベルンの後を、ソフィアとテイルがはねるように楽しげについて行く。

 そのあとをアレクはのんびりと歩いた。

 小麦畑が夕日に照らされて、黄金色にきらきらと輝いている。


「ここです、ここです。良かった。日が暮れる前に見つかって」


 小麦と同じ色のれんができた壁に、色あせたオレンジ色の屋根。

 これが、この町でアレクたちがしばらく住むために選んだ家だった。

 町中にもたくさんの宿泊施設はあったけれど、射撃大会まではまだしばらく日数がある。

 その間に、ソフィアの精霊魔法をきたえることもしたかったし、テイルは猫の姿でよくしゃべる。さらに、宿屋にいたのではソフィアのお菓子も味わえない――ということで、アレクたちは町の郊外に、小さな家を借りることにしたのだった。

 このあたりでは射撃大会の時期だけ、小遣い稼ぎのために、部屋や家を一時的に貸し出す人が少なくない。


「なかなかよさそうなところですな」


 仲介ギルドの女性から受け取ったカギを、カギ穴に差し込みながら、ベルンが言った。

 ギギギ――と、大きな音を立ててドアが開く。


「あ! ねずみっ!」


 テイルが叫んで、真っ先に家の中にかけ込んだ。

 チュ、チュ、という声が確かに聞こえる。


「少々手入れが必要なようですな」


 ため息をつきながら、ベルンが窓を開けるために、家の奥へと入って行く。

 下手に動くと、バタバタとそこらじゅうを走り回るテイルを踏みつけそうだったので、アレクはそのまま戸口に立っていた。


「テイル! 可哀そうだから、殺しちゃダメよ。捕まえて!」


 ほおを赤くそめて、テイルとねずみの攻防を、ソフィアは手をにぎりしめて見つめている。

(捕まえて、一体どうするんだ?)

 そう思いながら、アレクは黙ったまま、その様子を見守っていた。


「捕まえて――、ここで飼いましょう!」


 力強くソフィアが宣言する。

 ベルンはあんぐりと口を開けてふり返り、アレクはガクッと肩を落とした。


「ソフィアさん……」


「ソフィア。そのねずみは飼えないよ。ねずみはいろんな病原菌を持ってる

。見た目は可愛いかもしれないし、ねずみに悪意はなくても、そのねずみの体に寄生しているかもしれない病原菌は、僕たちをどうにかしようとするかもしれないからね」


「そうなのですか!? 知りませんでした……。こんなに可愛いのに」


 さも残念そうに、ソフィアはねずみを見つめる。ねずみにとっては、いい迷惑だろう。

 ソフィアはこんな調子で、よく病床の養父を支えていたものだ。どこか抜けているとしか思えない。

 そもそもこの家にいるねずみを、どうしてわざわざ飼おうという発想になるのか、アレクにはさっぱり理解できなかった。


「ねえ、これ、どうしたらいいのかなあ?」


 とうとう捕まえられてしまった灰色の小さなねずみは、テイルの右足の下で激しくもがいている。

 生死の境目というやつだ。


「それは、仕留めるべきでしょう」


 あっさりというベルンに、ソフィアがはっと息をのむ。

 これでねずみを目の前でどうにかしようものなら、ソフィアが泣いて怒るかもしれない。

 竜を目の前で仕留めても問題ないのに、どうしてねずみはダメなのだろうか。


「いいよ、テイル。とりあえず、外に――」


 アレクがそう言いかけた時、すきをついたねずみが、テイルの足の下から素早く抜け出し、ものすごい勢いで部屋の隅へと走って行った。


「あ」


 テイルはあわてて追いかけたが、ねずみは壁にあいた小さな穴の中へするりと姿を消した。


「あの穴は今すぐ、何かでふさいでおかなければなりませんね」


 「すぐ」のところをやたらと強調して、ベルンが冷たく言い放つ。

 その後ろで秘かにソフィアがため息をついているのを、アレクは聞き逃さなかった。




 家が落ち着くと、アレクは一人で町へ出た。

 トレヴィナはもともと大きな町だが、射撃大会のために集まった参加者と見物人、それをあてにして集まっている露天商のおかげで、町は一際にぎわいを見せている。

 ソフィアと出会ったバンダルの町とは比べ物にならない。

 いくつか露店をのぞいてまわって、それからふと思い立ち、老舗の銃専門店へと足を運んだ。

 その店を前回訪れたのはもう、三、四十年ほど前になる。店主はそろそろ代替わりしている頃だろう。

 古びた木製の看板に描かれた金色の字は、最近書き換えられたと見えて、アレクの記憶にあるものよりも、くっきりときれいになっていた。

 重厚な扉を押して入ると、ヒゲの立派なおじさんがアレクを出迎える。


「いらっしゃい……と、なんだ、子どもか」


 カウンターで銃を受け取っていた客の男が、鼻で笑った。


「つくづくもうからない店だな」


「余計なお世話だよ。うちにはあんたみたいな常連のお客がいれば、十分だ」


 店主は無愛想に応えた。


「そうかい、そうかい。わしも、この店がつぶれると困っちまうからな」


 なじみの客らしい男は豪快に笑って、銃を受け取ると店を出て行った。

 店内には、アレクひとり残された。


「見るのはかまわんが、手はふれるなよ」


 この店の店主が代々無愛想なのは、どうやら遺伝らしいとアレクは一人、肩をすくめた。

 背中に背負ってきたライフル銃の入っている袋を肩からおろすと、それをカウンターに置く。


「簡単でいいから、手入れしてほしいんだけど」


 銃を袋から取り出した店主の顔色が変わる。

 銃身に彫りこまれた細かい細工。木造部分の握把と銃床は、特殊なニスであかね色に染められている。

 銃のあちこちに、構えるときに生じる独特のすり傷があった。

 使いこまれている銃であることは、一目ですぐわかる。


「これは……、誰の銃だ?」


 手にとって、あちこち見た店主が、少し緊張した面持ちで顔をあげた。


「ぼくのだよ。手入れできる? ここには腕のいい職人がいるよね?」


 アレクが知っている、前の店主のこだわりを、この店主がそのまま受け継いでいれば、だけど。

 店主はしばらく、アレクと銃を見比べていたが、やがてひとつうなずいた。


「手入れはできるだろう。オレの知っている銃なら、な。しかし、こんな高度な技術が使われた銃をどこで……」


 見る者が見ればわかる。アレクのライフル銃には一般には普及していない技術がたくさん使われている。

 外見は少し変わった風にしか見えないが、内部の構造はかなり違う。

 それでも、一般的な職人が手入れするのに困るような仕組みではないはずだ。


「基本的には同じだよ。おじさんは、口がかたいよね? 客の秘密は守るでしょ?」


「そりゃあ、もちろんだ。しかし――」


 そこへカランと店の扉がいい音をたてた。


「いらっしゃい」


 おじさんが再び無愛想な声をあげる。

 店に入ってきたのは、はっと目をひくようなきれいな女性だった。

 細身の美しい女性なのだが、顔以外は女性らしさを感じさせないものがある。


「頼んでおいた銃を取りに来たんだが……」


 女性はよく通る声で、そう言った。

 彼女が歩くたびに、几帳面に磨かれた彼女の黒いブーツが、コツコツといい音を立てる。


「こちらの少年もお客かな?」


 そこで、彼女はちらりとカウンターに目をやって、おどろいた顔をした。


「その銃は、この子の?」


「――ああ、そうだ。……少年、こいつは俺が責任を持って預かるよ。三日たったら来てくれ」


 店主はそう言って、アレクのライフル銃に手をかけた。


「ちょっと待て。その銃、少しでかまわないから、見せてもらえないだろうか?」


 彼女はどれくらいの知識があるだろう――。そう考えながら、アレクは首をかしげた。

 アレクのライフル銃の本質は内部構造にあるが、外見だけでもかなり凝った装飾になっている。

 そのほとんどが魔術的な意味を持つものだけれど。


「……どうぞ。その代わり、お姉さんの銃も見せてくれる?」


 女性はひょいと眉をあげたが、すぐにうなずいた。


「ご主人、私の銃はできているか?」


「ああ。今持ってくるよ」


 店主が店の奥に向かうと、女性はアレクの銃を手にとった。


「こんな銃身は見たことがないな……。帝国ミリエニオや技国ヴィナージでは、市場に出回らないような先進的な銃を開発していると聞いたことがあるが……。これはそういう類のものか?」


 なかなか鋭い。

 だけど、ヴィナージが技術先進国であることは有名な話だが、帝国ミリエニオがこういう銃の技術を隠していることまでは、あまり一般的には知られていない。


「お姉さんは、どこの国の人?」


「ん? ああ、ラゴバスから来た」


 ラゴバス、か。

 ラゴバスは通称、法の国と呼ばれる。アヴィナスのとなりにある国だ。

 厳格な法治国家で、国民性は勤勉だが、技術的な面ではそれほど先進的ではない。

 それなのに、この銃身を見て帝国ミリエニオの名前が出てくる時点で、彼女は少々"特別な立場"にあった人間としか考えられない。


「ふうん……。つまり、お姉さんは、そういう話を耳にする立場にある、もしくはあったということ?」


 女性の顔に、明らかに緊張の色が走った。

 政府内部の、特に軍関係に詳しい者か、あるいは、軍そのものに所属していたか。それも、高官に。

 しかし、女性の表情はすぐに笑顔に変わった。


「この手の話は、裏では有名だ。こういうものに関わる者なら、耳にすることもある。その程度の話だ」


 さらっと受け流した女性は、また視線を銃に戻した。

 女性の言葉をそのまま真に受けるほど、アレクはおろかじゃない。

 アレクが首をかしげたところで、店主が銃を持って戻ってきた。


「お待ちどう」


 まるで無愛想な食堂の店員のようなことを言いながら、店主はカウンターに一丁の銃をそっと置いた。


「これが私の銃だ」


 それを手にとり、アレクは眉をひそめた。

 アレクの銃よりかなり重い。使いこまれた外観。いい味が出ている。

 銃身の内部は、六角形にねじれた特殊な構造をしていた。これこそ、一般的な狩人が持つような銃じゃない。

 そもそも、彼女はラゴバス出身だと言った。あそこにこれほどの銃が普及しているとも思えない。


「お姉さん、これ、どこで手に入れたの?」


 見上げると、女性も目を細めてアレクを見ていた。


「私も質問させてもらおう、少年。きみはあの銃をどこで作ってもらったのだ?」


 奇妙な沈黙が流れる。

(お互い、あまり話したくない事情を抱えているというわけか)

 思わず笑みがこぼれた。

 女性もクスクスと笑う。


「私はティナという。少年、きみの名前は?」


「ぼくは、アレク」


 二人は軽くあく手をかわす。

 そこでふと、女性が何か思いついたというしぐさをした。


「そうだ。きみがあの銃の持ち主だというのなら、それ相応の腕をしているのだろうな? どうだろう。私は今度の射撃大会に出ようと思っているのだが、もし、きみが私に勝つことができたら、私がこの銃をどこで手に入れたのかを教えるというのは。そしてもし、私が勝ったなら、きみがあの銃をどこで手に入れたのか、私に話す」


「なるほど」


 おもしろい。大会に出たら目立つとベルンは怒るかもしれないが、こういう話なら、仕方ないと言い訳もたつだろうし。


「わかった。いいよ。お姉さん、なかなかおもしろいこと考えるよね?」


「それは、どうも」


 ティナは笑って応えた。

 彼女とは何か、通じるものを感じるアレクだった。




 ティナと別れた後、懐かしい場所をいくつか回って、アレクは家に戻った。


「今、何と?」


 味わいのあるログテーブルにひじをつきながら、アレクはベルンに答えた。


「ちゃんと聞いてなかったの? だから、大会に出て彼女に勝ったら、それを教えてもらえるってことになってさ」


 ベルンの眉間にしわが入る。


「それは、問題ないのですか? アレク様の存在が――」


「大丈夫、大丈夫。以前大会に参加したのは、もう三十年以上前のことだし。誰も覚えてないでしょ。その頃はまだ、こんなに大きな大会じゃなかったしね。誰もその時の参加者なんて、覚えているはずないよ」


「はあ……」


 二人の会話を聞いていた、テイルがのそりと起き上がってやってきた。


「三十年前ってどういうこと? アレクはいくつなの?」


 そういえば、テイルにはまだ言っていなかった。

 アレクはベルンと顔を見合わせた。


「一緒にいるなら、話をしておいてもいいか。テイルは魔族だし」


 ベルンがうなずく。


「そうですな。――テイル、アレク様は、こう見えてかなり長命なのです」

 テイルはとうとうジャンプして、ログテーブルの上に乗った。


「長命? ベルンが魔族で、ソフィアがエルフっていうのは知ってたけど……。アレクは人間じゃないの?」


「人間だけど、まあいろいろあってね」


 テイルが一族の中で育ったのなら、彼はアレクのことを知っていたとしても不思議ではない。


「おいら、長命な人間っていうのを一人だけ知ってるんだけど……。もしかして、アレクは帝国の人だったりする?」


 猫らしく、テイルは小首をかしげた。

 やはりテイルは、知っているようだ。

 人間以外の種族たち――、いわゆる"追われた種族たち"の間では、彼らを率い、守った『不老の王の話』は長く語り草になっている。


「テイル。おそらくあなたの推測は当たっていると思いますが、事を公にしたくはないので、他言無用に願いますよ」


 わざとおどかすように、ベルンがいつもより一段と低い声でテイルの小さな顔をのぞきこんだ。


「も、もちろんだよっ。おいら、『種族の誓い』はちゃんと守る」


 そこへソフィアが、食後のお茶を運んできた。ふわりと甘い香りもする。

 今日は少し変わったお茶でも入れたのだろう。最近、ソフィアは変わった香りのするお茶をよく入れてくれる。


「なんですか? 『種族の誓い』って」


 おどろいたテイルが、テーブルから飛び降りた。


「ソフィア! まさか知らないの!?」


 ソフィアがあいまいにうなずく。

 そこにベルンが助け船をだした。


「ソフィアさんが知らなくても、おかしくはない。テイル、ソフィアさんは、つい最近まで自らがエルフだということすら、知らなかったのですから」


「――そんなことって、あるのか?」


 信じられないというように、テイルは首を横にふった。


「どうしてそのような経緯になったのかは分かりませんが、ソフィアさんは幼い頃に人間に預けられたそうですから。『種族の誓い』とは代々、それぞれの種族の長から教えられて学ぶもの。その機会がなければ、知らなくて当然でしょう」


「あの……。それは大事なことなのでしょうか?」


 ソフィアが不安そうな顔で聞いた。


「それは私の口からは申せません。口伝はそれぞれの種族によって異なります。エルフの村に行き、ソフィアさん自身が長老に請えば、教えてもらえるでしょう。しかし、今すぐ知らないとどうにかなる、というような類のものでもありません。主に戒めが多いですからな」


「そうなのですか? 気になります……。アレク様もご存知なのですか?」


 急に話をふられたアレクは、顔をあげた。


「んー。まあ、少しはね。さっきベルンも言ったけど、『種族の誓い』は、それぞれの種族が得た教訓を子孫に伝えるためのものだ。ぼくは人間だからね。直接関わってない」


「でも、先ほどの話からすると、アレク様が帝国の人だということと、何か関係があるのでしょう?」


「ちょっと違うかな。ぼくが帝国の人間だから関係あるんじゃなくて、ぼくは長く生きてるから、そういう種族たちとも直接的な関わりがあった。大昔にね。そして、ぼくに関する秘密は、人間にはもらさないということになっている」


「よく……、わかりません」


「まあ、簡単に言えば、ぼくと昔の友人との約束事が『種族の誓い』に入ってる。その程度のことさ」


 ソフィアはなんとなくわかったような、とうなずいた。

 アレクは少し懐かしい気持ちで、その時集まった者たちの顔を思い出そうとした。

 でも、その面影はかなりうすらいでしまっていて、アレクはぼんやりとした情景しか思い出すことができなかった。


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