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暴君と女神様  作者: maruisu
王宮編
9/69

第九話

気が付いたら、自分の部屋のベッドだった。

「トゥヤ様、お気づきになられましたか!?」

目の前で、人の顔を覗き込んでいたのはシャナヤとイゾルだった。

体を起こそうとすると、肩から背中がずきずきと痛む。


「……私」

「ウラヌス・カーリが傷ついているトゥヤ様を

お抱きになって、こちらへお運びになったのです」

イゾルが脇の下を支えて、体を起こすのを手伝ってくれた。


そうだ。パーティで、王様の不興を買って叩かれたんだ。

それで、私は気を失った……?


あの時、王様に叩かれたときに

起きたのは、フラッシュバックだ。

昔の、怖かった記憶。


虐待の……。


「大丈夫でございますか?

お顔の色が……」

シャナヤが顔を覗き込む。

顔が真っ青なんだろう。フラッシュバックが起きると、

いつもそうだ。

真っ青になって、視界が狭くなった感じがするんだ。


「私、ずっと気を失ってたの?」

「半日ほどです。昨夜にお倒れになって、

今は朝でございますから」

そっか。フラッシュバックで気を失ったことは

今までなかった。

きっともう、心も体も悲鳴を上げてるんだ。

こんなわけのわからない状況。


ん?

王宮から、私をここに運んできた?

今、ウラヌス・カーリって言わなかった?

ウラヌス・カーリって、王様の事だよね。


「ウラヌス・カーリが運んだの?

ここまで?」

「左様でございます」

「サイスさんじゃなくて?」

「バルコニーでお倒れになったトゥヤ様を

抱いて、私たちのもとへ現れたのはウラヌス・カーリでございます。

すぐに、侍従をお呼びしたのですが、陛下は

そのままトゥヤ様をお運びになって」

シャナヤが説明をしてくれる。


は?

はああ?


あの、王様が?


だって、覚えてる。

つりあがった眼で睨みつけていた。

振り上げたあれは、細い剣じゃなかった?

怒りにまかせて、私を剣で叩いた王様が、私を運んで来たの?


頭の中がこんがらがる。

王様の考えていることが、私にはわからない。


一体、どういう事なんだろうか……。



お昼まで体を休めるようにシャナヤとイゾルに言われ、

ベッドで横になった。少し遅い昼食を食べてから、

気分転換に外を散歩したいと言ったら、2人とも

賛成してくれた。

イゾルが、王宮内の事を案内してくれるという。

考えてみると、部屋を出るのは昨夜が初めてだった。


いろんなことが分からない。

私の置かれている状況も、何もかもが。

もっとそれに早くに気づいて何とかしなきゃいけなかったのに。


外に出ると、緑色の空が広がっていた。

イゾルが今の季節、中庭に花が咲いていると教えてくれた。

見に行きたいというと、案内するつもりでしたと、

笑って答えた。

「不思議。私の国では、空は青かったの。

それに、太陽はもっと眩しかったし。

ここからだと、太陽はとても小さく見える」

中庭を歩きながら、空を見上げる。

その太陽が、私の知ってる太陽と同じかどうかはさておき、

昨夜のフラッシュバックのせいで、故郷を思い出すとは、

なんだか皮肉だ。

「ああ、太陽(ラー・ヌダス)ですね。あの白い星は、

ケペリの兄弟星だったのですが、驕り高ぶり、

遠い空に昇って行ったのです。

そのため、孤独になったという神話がありますよ」

「神話って、どこの星にもあるんだね。面白い」

「では、トゥヤ様のお国にもあるのですか?」

「もちろんだよ。太陽は、天照大神って言われてるし、

月は月読尊でしょ。スサノオに……」

言ってて、ふと思った。

考えてみたら、私、日本の神話なんてほとんど知らないな。

アマテラスなんて、岩屋に隠れた話しか知らないや。

「ごめん、あんまり詳しく知らないかも。

教えてほしいって言われても、ちゃんと知らないかな」

えへへと笑ってごまかす。

ごめん、イゾル。


イゾルが案内してくれた中庭には、

白い花が一面に咲き乱れてる。

確かに、花畑のようでとてもきれいだ。

整えられた花壇ではなく、まるで自然に生えている野原のようだった。


白い花は花弁の内側がかすかに銀色に光っているように見える。

花弁が重なって陰になっているかと思ったけど、違う。

一枚花弁を取ってみると、内側が確かに銀色になっていた。

「この花、不思議。きれいだね」

「ニミルダ草ですね。割とどこにでも咲いている花なのですが、

先代の猿王の姫君、今のウラヌス・ラーですね、

ウラヌス・ラーがお好きな花だったので、猿王が庭に植え付けたのですよ」

「ウラヌス・ラーって、あの神殿にいた人でしょ?」

「神殿にいた人……、先代の王の王女殿下でございます。

そして、先王が崩御なさり、当代竜王陛下が御即位してからは、

ウラヌス・ラーの地位におなりでございます。

いずれ(ケペリ・ラー)の花嫁になる、尊いお方なのですよ」


「ケペリ・ラーって神様でしょ?

神の花嫁ってどういうこと?」


「王家が二つあることは、以前お教えいたしましたよね?」

イゾルに言われて頷く。

「猿王家と、竜王家だったよね。猿人と竜人のそれぞれの王家」

「左様です。竜族と猿族ははるか昔はいがみ合っていたのです。

二つの種族は激しい戦いを繰り広げておりました。

それを諌めたのはケペリ・ラーなのです。

ケペリは、猿族と竜族のそれぞれの王に、この星を一つにまとめる

ように言いつけました。

二つの種族は力を合わせ、一つの王国を作ったのですが、

どちらがその国の主になるか大変揉めたのです。

ケペリはそれを嘆き悲しみ、竜族と猿族、交互に王になるように申し付けました。

そして、ケペリを祭る神殿を作るように申し付けると、

世俗を武でまとめる「王」と民の信仰をまとめる神殿の「大神官」

をそれぞれ交互に据えるようにと言いました。

これがケペル建国の起こりです。

このケペリ・ラーが作った王家の制度は、今も続いております。


当代の(ウラヌス・カーリ)が竜族の王であり、大神官になるための

神女様は先代の猿王の第一王女なのです。神女様は一年の行が明けると、

大神官として即位されます。

大神官は神と契る、花嫁です。その代わりに神の声を聞き、民に伝える。

誰よりもケペリ・ラーに近い、聖なる御身様なのです。

したがって次の世代は猿王家から王が、竜王家からは大神官が御即位する

ということなのです。

お分かりですか?」

イゾルが確認する。私が頷くと、イゾルも満足そうに微笑みながらうなずいた。


「あの、ケペリ・ラーってどんな神様なの?」

「この星をお創りになった、偉大なる神でございます。

ケペリ・ラーは、その瞳の中にこの星をお創りになられました。

ですから夜は闇なのです。

ケペリが瞳を開けられるとき、光が差し込み朝となるのです。

星々はすべて、ケペリ・ラーの瞳から生まれます。

ですから、星を生むケペリ・ラーは偉大なる闇なのです」


なるほど。だから、あのウラヌス・ラーは黒い瞳を見て

ケペリ・ラーだと言ったんだ。

そしてあの美しいウラヌス・ラーが言っていた言葉を思い出す。

厄災が来るといった言葉を。

私に、厄災から人々を導いてほしいと。


私はなぜ、この星に来たのだろうか。

この星の、この国の人たちはいったい、私に何を望んでいるのだろう。


何もわからない。


だから、私は考えなきゃいけないんだ。

私がこの星でどうやって生きていくのかを。


考えることはまず二つ。

王が私を後宮に連れてきた目的はなんなのか。

そして、私をケペリの化身というウラヌス・ラーの目的はなんなのか。


この二つをはっきりさせないと、私は前に進めない。


「立ち話もお疲れでしょう。

四阿にお茶を運ばせましょう。どうぞ、あちらにお座りくださいませ」

イゾルが右手で、庭の中央にある屋根の付いた小さな建物を指差した。

それも王宮と同じ白い石で出来ていて、屋根を支える支柱をめぐるアーチの

装飾は豪華だった。

四阿の中に置かれているテーブルとベンチは同じ白い石を削り、

装飾が彫られたもので、手が込んでいる。

イゾルはお茶を取りに行き、一人残された私は中庭の花を眺めた。


すると、四阿からそう離れていないところから、子どもの泣く

ような声が聞こえてきた。

声のする方に向かって歩いていく。

何があったか確かめたらすぐに戻ろうと思いながら、歩いて行った。

声は、庭の向こうの建物のそばから聞こえているみたいだ。


歩いてみてわかったけれど、この建物はコの字型になっている。

私がいた部屋がある建物が右側だとすると、中庭の中央に四阿があって、

四阿を挟んだ反対側にはまた壁がある。

「誰か……」

いるの? と声をかけようとしたけれど、住居スペースと中庭の

間にある舗装された通路に人影が見えて声を潜めた。


通路には、子どもが両腕を縄で縛られて、通路の梁に縄がかけられ、

吊るされていた。


なにこれ!?


驚いて声を失っていると、子どもが苦しそうにうめき声をあげた。

腕を縛られて吊るされているのだから、両腕が相当痛いだろう。

声を失っている場合じゃないと、我に返って、急いで子どものもとへ

駆け寄った。


「大丈夫!?」

縄をほどこうとしたけれど、私の力じゃ全然ダメだった。

しかも、梁も私の背丈より高いのでどんなに頑張っても届かない。

踏み台になりそうなものを探したけれど、そんなものなかった。

「誰か!!」

声を上げるけれど、近くには誰もいないようで誰一人姿を現さない。


なんで、なんでこんなことになってるの?


ナイフのようなもので縄が切れないかと思い、あたりを見回した。


「やめて……、やめて……ください」

子どもがかすかに漏れる息のような声でつぶやいた。

「何を言ってるの!?」

子どもがこんな目にあって、放っておけるわけがない。

「……だめです。

監督か……」

子どもは息を吐いた。話すのも辛いらしく、眉間にしわを寄せている。

口元には血が滲み、頬が腫れていた。

「だって、あなた、怪我してるし」

「……降ろされたら……」


子どもが息を整える。


「……僕は


……もっと…ひど


罰を……」

首を横に振りながらそこまで言って、子どもは咽た。


しばらくして、私がいないことに気が付いたイゾルが駆け寄ってきた。

「トゥヤ様、どうしたのです!?」


「ああ、イゾル、この子、助けて!!」

イゾルに言うと、イゾルが息をのんでこちらを見た。

縄に吊るされてる子どもを見て、イゾルが小さなため息をついた。


「トゥヤ様、この子は奴隷です。

直に奴隷頭が降ろしにやって参りますよ」

イゾルが事もなげに言う。


「時期に降ろすって……だって、この子怪我してるじゃない!?」

「梁に吊るされているくらいです。

なにか悪さをしたのでしょう」

「それに、奴隷って、こんな小さな子が」


「奴隷は生まれた時から奴隷ですよ。

小さくても赤ん坊でなければ働きます。

それが奴隷なのですから」

平然とイゾルが言う。


「ダメだよ! この子を下して!」

「今降ろせば、この奴隷は奴隷頭にさらに罰を与えられます。

罰を途中で放棄したのですから、さらに大きな罰になります。

そちらの方が、この奴隷にとっては辛いものですよ」

たしなめられるように言われて、かっとなる。


「こんな小さい子に罰を与えるなんて、おかしいよ!

どんな罰があるっていうのよ。

それに、私の国には奴隷なんていなかった!

こんな小さい子は労働なんてしないよ!」

イゾルに食って掛かったけど、イゾルが悪いわけじゃないのは

もちろんわかってる。


「とりあえず、この子を下してあげて!」

「なりませんよ、トゥヤ様。

奴隷にとって罰は日常の事です。

それをいちいち取り下げていたのでは、キリがありません」

こういう時、落ち着いているイゾルの姿が嫌だ……。


奴隷……。

専制君主がいるんだから、当然奴隷制だってあっても

おかしくない。

ここは、私の知ってる世界とは違う。

それよりももっと、時代的に遅れている世界だ。

私たちの国の歴史で考えると、古代……よくて中世くらい。


「再び罰を与えられれば同じことです。

それならば、初めの一回で終わらせてやる方が、苦痛は少ないでしょう」


「……違う」

そうじゃない。苦痛なんて、ない方がいい。

鞭打たれれば、人が間違いを犯さなくなるわけじゃない。

こんな小さい子どもに、どんな罰が必要だというのだろう。


「イゾル! 

あなたの主人は、私でしょ!?

私がウラヌス・カーリの妃だから!!」

声を上げる。

目の前の子どもを放っておくことはできない。


だったら……。

これは、賭けだ。

私が王の妃だというのなら……。

表面上だけでも、王が私を寵姫扱いするのなら。


王が私を利用するのなら、私だってこの立場を利用する!


「これは、命令です!

私の言葉に従うのなら、今すぐこの子を助けなさい!!」

立ち上がって、子どもの前に立ちふさがった。

まっすぐに、イゾルを見つめる。


私の言葉に、イゾルは一瞬目を見開いた。

それから、静かに頭を下げる。

「奴隷頭を呼んでまいります。しばし、お待ちくださいませ」


それからものの数分もしないうちに、奴隷頭が走ってきて、

私の前に額をこすり付けんばかりに跪いた。

奴隷頭が落ち着きのない様子で頭を下げていたから、

妙に小物っぽさを感じてしまう。

イゾルが奴隷頭に命じると、すぐに子どもの縄をほどく。

地面に放り出された子どもは、力なくその場に転がった。


とりあえず、子どもが下されてよかった。


ほっとしていると、これ以上はだめだとイゾルに言われ、

部屋に戻るように促された。

あの子に、また罰を与えるようなことをしないでというと、

それも奴隷頭に言い含めてきたという。


あんなに小さな子どもが奴隷だなんて。

歴史の中で奴隷というものを知っていた。

だけど、あんなの目の当たりにして平然となんてしてられないよ。


人が人として扱われない世界。

それが当たり前の世界……。


ここはそういう星で、そういう国なんだ……。























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