第七話
イゾルに教えてもらったところ、
こちらの一日は25時間で、一か月は28日で、
一年は24か月だという。
地球に似ているようで、本当に違う星に来ちゃったんだな。
こちらにも暦があって、神殿礼拝の日を一週間の始まり
として、7日が四週でちょうど一か月になるらしい。
そして、この後宮に連れてこられてちょうど一か月目の
今日、突然女官の訪問があった。
「トゥヤ様、あの……」
女官が帰ってから、シャナヤが非常に言いづらそうに
顎に指先を当てながら声をかけてきた。
困った時に顎に指先を当てるのは、シャナヤの癖だ。
「どしたの?」
「あの……、王より、
今日のパーティに出席するようにとのことです」
「はあ? なにそれ?」
はっきり言って、ここに連れてこられて、
いきなり王様の訪問があってから一か月、
一度も顔を合わせたことはない。
それが、突然、どういうこと?
何はともあれ、イゾルとシャナヤに正装をさせられ、
王宮の大広間に連れて行かれた。
「おお、トゥヤよ、来たな」
誰かと話していた王様は、私の顔を見ると
まっすぐに私のところへやってきた。
近づいてきた王様は緋色のマントが
白に近い透き通るプラチナブロンドを引き立てている。
その優美な顔立ち、王宮の主にふさわしい
堂々としたしぐさで、見ているこっちがうっとりとしてしまうほどだった。
「あ、あの……」
「皆が見ている、私に合わせろ」
私の手を取るふりをして、王様が耳打ちする。
「そなたは今日も、美しい。
余の黒い宝石よ」
うっとりとした眼差しで、私の手のひらに王様が口づけする。
ギャー――!! 突然、何してるの、この人っ!!
驚いて、石のように固まっている私を見て、王様は微笑む。
その笑顔が私を慈しむような慈愛に溢れる笑顔だった。
なんで?
だって、この人、人のこと何とも思ってない発言
した人だよ。
それが、なんでこんなことに!?
「合わせろと言っている」
さっきとは打って変わって耳打ちする声は低くて冷たい。
言われて、やっと気づいた。
これって、演技なんだ。
そっか。そうだよね。
分かっているけど、さっきの笑顔があんまりにも
優しそうで、もうちょっとこのままでいてほしいと
思ってしまう。
「あ、あの……、光栄にございます。陛下」
「うむ」
王様は満足そうに微笑む。
「トゥヤよ、今日はそなたも楽しむとよい。
もう少しそなたと一緒にいたいが、そうは言ってられぬ。
今日はそなたを皆に顔合わせするために開いた会だ。
存分に楽しめ。あとで、皆を引き合わせようぞ」
皆に聞こえるように私に話しかける言葉は、
本当に優しい労わりに満ちている。
「はい」
小さく頷くと、王様は笑顔をこちらに向けてから、
踵を返した。
……で、わかっていましたとも。この展開も。
王様が離れてから、私は一つため息をついた。
みなさん、あからさますぎます。その視線。
部屋にいた女性たちは、こちらを見て
声を落として話している。
こちらを見ていることは遠慮しないのに、
話している声は潜めている。
分かります。
疾しいことをおっしゃってるんですよね。皆さん。
なんで、王があんな小娘に!?
とか、
罪人の娘が王に取り入って!!
とか、話しているわけでしょ?
分かりますとも。
……わかるんだけど、やっぱりへこみます……。
知り合いもいない王宮のパーティーで、あからさまに
非難の色を浮かべて、聞こえるように陰口を叩かれたら、
人間誰だってへこむんですよ。
「あれが、王の心を捉えていらっしゃる
方だそうよ」
「王もよっぽど物好きな。
竜族でもない姫を後宮に引っ張り込むとは」
「龍族どころか、猿族でもありませんよ。
それどころか、あんな毛色の違う娘なんて、
この星のどこを探してもいるわけないでしょう。
獣の娘なのではないの?」
きれいに着飾った女性たちが、小声だけど
聞こえるように私を見ながら囁く。
「『端麗王』との呼び声の高い陛下を
たぶらかして、あれは魔女の類ではないの?」
「おお嫌だ。
悪魔が王宮に入り込むとは、この『白の王宮』も
堕ちたものですわ」
悪意の塊だった。
目が合うと、当然ふんって声が聞こえてきそうなほどの勢いで
目を逸らされる。
こんな知らない場所で、知ってるのは、何の目的で私をここに連れてきたのか
分からない王様だけ。
その王様だって、初めに話しかけて来ただけで、あとは知らんぷり。
こんなところで何をすればいいのよ。
「トゥヤ、トゥヤではないか?」
いきなり声をかけられて、声のする方を探す。
だって、こんなところで誰が……。
すると、右側から竜人の男の人が駆け寄ってきた。
「サイスさん!」
初めて知ってる顔があった。
「やはり、トゥヤか。お前、無事だったのだな」
これを無事というのならば……。
「はい。おかげさまで牢には入れられずに済んだんですけど……
どういうことかわからないまま、後宮に入れられてしまって」
「は?!」
サイスさんが固まった。
そうですよね、そりゃそうですよね。
「でも、サイスさんはどうしてここに?」
「ああ、私の家は竜族の中でも位のある貴族なんだ。
王宮のパーティーに呼ばれるくらいのね」
普通に話してくれるサイスさんに、思わず涙があふれた。
「トゥヤ! どうした?」
いきなり泣き出した私に驚いたようで、サイスさんが
おろおろと戸惑っている。
そして、胸ポケットから布を出すと、差し出した。
「……すみません。
なんか、普通に声をかけていただいて嬉しくて……」
「このようなところで泣くな。
これでは私が泣かせているようではないか」
サイスさんは泣いている私を落ち着けようと、
バルコニーへ連れて行ってくれた。
ろうそくが数限りなく灯されている広間は熱気を帯びていたから、
外の空気はありがたい。
「王宮に引き立てられてから、お前の身柄を王宮へさんざん
問い合わせていたのだが、返事が一向になかったのは、
このためだったのか」
手すりに寄りかかり、サイスさんがため息交じりに言う。
「私の事を?」
「ああ。神殿が匿っていたために、お前が牢につながれるのは
やはり不憫だったからな。
ウラヌス・ラーも気にかけておられ、再三王宮へ身柄の引き渡しを
申し入れていたのだが、まさかこのようなことになっているとは
思わなかった」
ウラヌス・ラー、あのきれいな神子様だっけ。
「……サイスさん」
また涙が溢れてくる。
「トゥヤ!」
「……ごめんなさい。
なんか、嬉しくて。誰も知っている人がいないと思っていた
この国で、私の事を心配してくれる人がいるなんて……」
この国で初めて暖かい涙を流した。