第六話
――あれは、なんだったのだろうか。
余が異国の娘を拾ったのは気まぐれからだ。
神殿が異国人を拾い、匿っていると報告があった。
異国人は割符を持っていない限り、密入国者とみなされ、
罪人として捕えられ、牢につながれる。
そのまま刑罰を受けるか、奴隷として
王侯貴族に払い下げられるのが普通だ。
その密入国者をかばうのは、いかに神殿と言えど、
許されぬ行為だ。
そうした大義名分の下、異国人を神殿から引き立てた。
神殿よりも王の方がその権力としては上だという
ことを神殿側にわからせなければならない。
その異国人を、王宮で妃に召し上げるといったのは、
気まぐれではない。
私はまだ妻を持つ気がないからだ。
王となった余が、花嫁を迎えねばならぬのは分かっている。
竜王家の血を残すのは、君主の務めである。それは避けられない。
しかし、先王であった猿王が崩御し、
その位に就いたばかりで花嫁を迎えることはできない。
王は猿王家と竜王家と交互に選出されるが、
行政を担う官はそうはいかない。
猿家、竜家の王侯貴族から同数が選ばれる。
その時の王により、どちらかの種族が重要なポストを占めることになる。
私が竜族の王である限り、竜族諸侯が
そうなることは仕方のないことだ。
それが慣例でもある。
しかし、竜族も一枚岩ではない。
王が変わり、行政官も一掃されるこの時に、
外戚付き合いは慎重にしなければならない。
そして、王妃を選出したライ家は
竜王家に次ぐ家柄である。
ライ家が王妃の外戚ということで権力を握れば、
それだけライ家に権力が集中してしまうことになる。
それは避けなければならない。
余は王だ。
たかが一貴族の傀儡になるわけにはいくまい。
しかし、いまだ王宮は荒れ、
国内をまとめるには心もとない。
このまま、余の代で諸侯をのさばらせるわけにはいくまい。
だからまだ、正式に花嫁を迎えるわけにはいかないのだ。
そのためには何のしがらみのない妾が必要だった。
寵姫を据え、他の妃には目もくれないという
体を整えておかなければならない。
そこに現れたのが、あの異国人だった。
黒髪に、黒い瞳の娘。
あれならば申し分ない。
しばらくの間、役に立ってもらうことにしよう。
そのために、あれを寵姫に仕立て上げることにした。
しかし、勘違いしてもらっては困る。
そのことを告げた異国の娘、トゥヤは、
涙を流した。
娘がなぜ泣くのか、余にはわからぬ。
「あの娘は、なぜ涙を流した?」
隣に控えているクアンに尋ねると、
クアンは見えているのかいないのかわからないような
その糸目を、さらに細くして思案している。
「あれは、妃など嫌だと、
下働きにしてくれと言ったのだろう?
ならば、名ばかりの妃でも一向に構わぬではないか。
それなのに、なぜ、あのような顔をする?」
あの時の涙を流した娘は、悲しそうだった。
両目からとめどなく涙を流し、それを隠そうともしなかった。
「陛下。
民は、陛下の偉大なるお心を推し量ることなどできません。
あれらは、そのようには出来てはおりません。
陛下は陛下のお心のままに。
それが偉大なるウラヌス・カーリでございます」
クアンが敬礼をする。
「そうだな。
小娘のことなど、気にすることはあるまい。
この国の民は等しく、余の持ち物であるのだから」
余は小娘一人に関わっている場合ではない。
山積する政務、王宮の人事。
考えなければならないことは、山ほどある。
そうだ。小娘の涙などを気にする必要はないのだ。