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暴君と女神様  作者: maruisu
神様編
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第四十五話

 二人の博士を引っ張って、来た道を戻る。迷子になったらどうしようかと思っていたが、単純な道のりだったらしく、難なく着くことができた。


「あのね、これ、これなの」

 開いた自動ドアの中に入る。いったんすべてを語り終わったのか、ホログラムの彼はゆらゆらとぼんやり揺れながら、真正面を見つめていた。


「何だ!? こりゃ!」

 カフド博士が叫んだ。

 ファン先生も息を殺したように驚き、ただ正面の人を見つめている。

 かすかに指先が震えているようだった。


「こりゃ……トゥヤと同じ人種か?」

 カフド博士が驚き色を持った声を上げた。


「あ、あのね、これ聞いて」

 私は慌ててさっきの引き出しのようなパネルをもう一度押した。赤いランプが点いたので、もう一度それを押してみた。すると、さっきと同じように『彼』が話し始めた。


 さっきと同じ下りまで聞いた二人は驚いている。

 そりゃそうだ。

 太古の人類が聖船でこの星に来たのは知っているかもしれないけど、猿人と竜人の由来なんて考えたこともなかっただろう。

 それに、本星の太古の人類が私にそっくりだったことも。


「……これで、全部がはっきりした……」

 ファン先生が呻くように言う。


「全部って?」

 尋ねると、ファン先生は額に手を当てて、彼の様子をまじまじと見つめてからこちらを振り返った。


「……以前、君に伝えたことがあっただろう? 君が何者かについて。あの時、君の血液サンプルを取って、遺伝子解析をした結果、あることが分かったんだ」

「そういえば、血を取ったことがあったっけ……」


「我々は太古の人類の遺伝子サンプルを保持していた。そのサンプルと君の遺伝子がほぼ共通していたんだよ。したがって君は、猿人種に限りなく近く、竜人種との交配可能な遺伝子を持っていることが分かったんだ。

 ……それが、こういう事だったなんて……」


 ファン先生が愕然とした表情で私を見る。

「トゥヤが、失われた太古のヒト原種という事か……」


 ファン先生の言葉に、私は首を横に振る。

「違う! 私はズノ星なんて知らないし! 私が生まれたのは地球で、確かに人はいたけど、こんなに進んだ世界じゃない! 遺伝子操作なんて、遺伝子組み換え作物でしか知らないし、竜人なんていなかったもの!!」

 叫んだ。

 確かに姿かたちは似ている。同じ人なんだっていうのは分かる。でも、彼らの使う言語はやっぱり私の知らない言葉だったし、理解できるのは感応力のおかげだってわかる。

 っていうことは、やっぱり私と彼らは違う星の人たちだ!


 二人の先生はそれでも私の顔を見て、首を横に振った。

「それでも君は、我々を作った太古の人類と共通しているということだ」


 カフド博士が一度息を飲みこんだ。

「我々からしてみれば、君は我々の人種を産んだ『創造主』という事なんだ……」

 その一言に、ファン先生は何も言わなかった。


 創造主って……。


 いや、それはズノ星人のことでしょ?! 私はただ、同じ遺伝情報を持つだけで。

 でも、その違いを説明できる人はこの星にはいない。 

「そう考えると、すべての辻褄が合うんだ……」

 ファン先生が独り言のように呟いた。



 それから私たちはその先の話を聞くことにした。

 そこからも、私たちはまた驚くことになる。


「――幸い彼らは幻知覚能力に長けている。

 幻知覚能力をエネルギーと変え、振動電力へ変換する。この振動電力が打ち上げのブースターとなる。この聖船に持ち込むヘムオニウムを電圧素子とすれば、幻知覚能力が引き起こす思考の振動の力を最大限の電力とし、打ち上げの力を補うだろう。ただし、幻知覚能力は限りがある。従って、メインエンジンは他の推力を必要とする。

 いったん打ち上げられたガニメデ号は核融合エンジンの力によって、ほぼ永久に近い時を駆けていく事だろう。

 進路は惑星ケペリ。第五銀河系の向こうにある太陽系の一つの星である。

 到着には、数百年の日数を要する。

 

 われらはその時間を生き抜くことはできない。

 あとは、亜人種である竜人と猿人に託すのみである。


 本星では亜人種として不遇な立場に立たされていた彼らが、彼らだけの星を見つけ、繁殖していくのは種としての本能かもしれない。

 そこに、絶滅した私たち(ズノ星人)の面影はいらない。

 

 しかし私たちは逡巡する。われらの文明は、我らが築いたものだ。

 それを彼らが使いこなすことの是非を。

 ヒト原種がこの文明のせいで破滅を迎えたのならば、我らが持つ文明の叡智を与えることの是非を考えなくてはならない。


 われらの意見は分かれた。


 一つは我々の文明を再び築き上げるために叡智を与えること。

 もう一つは、文明の叡智を封印し、彼ら独自の文明を興させること。

 そのためには、ヒトが持つ知恵を封印しなければならない。

 その果てにヒト種の絶滅することがあっても、それが種の寿命だったということだ。


 十人の意見はほぼ、半数だった。我々の文明を残すべきだという意見は根強かったが、亜人種の未来は亜人種に任せることとした。そのために、この船を封印する。

 本船がケペリ星に到着した後、船は地中に封印する。我らの文明の一切を残してはならない。

 我らズノ星人はこの星の地下で永い眠りにつくことになるだろう。

 

 その基盤を、この長い航海の間で築き上げなければならない。それが我々最後の仕事になるだろう。


 ――以上、移民先の星を発見したアルティア・ケペリの子孫であり、このガニメデ号の船長であるティアマナ・ケペリがこのピックを記した。

 ケペリ星の未来が、幸多からんことを祈り――」


 そこで映像がピッと止まった。電子音がピピピとまた鳴り、引き出しの色が青くなる。きっとこれを押すとまた流れ出すんだろう。


「……創世神話だ。

 なぜ十戒があるのか、なぜ神が知恵を封じたのか、

 すべてここにあったんだ。

 

 なんてこった!

 神は、破滅を望んでいたんだ!!

 知恵を封じることによって、種が自然に絶滅していくことを達観しておられた。


 それを……」

 真っ青な顔をして、ファン先生が呟く。


「本当にあったなんて……」

 カフド博士も呟いた。


 私たちは、聖船の秘密を知った――。


 私たちの知る神様は、ただの人間でしかなかった。

 統治のシステムを作り、ケペル国の基盤を作り、きっとこの星の中で眠っている。


 その黒い人物ティアマナ・ケペリの長い記録が終わった後、ピピピという電子音の後に、機械音が流れ始めた。

「コンピューターを起動しました。

 あなたの名前をご入力ください」

 安い電子音声の言葉が流れた。頭上からダイレクトに頭に響くような音に、思わず天井を見回した。

 もちろん、そこに何があるわけじゃなかった。スピーカーのようなものでもあるのかと思ったけど、そんなのも見当たらない。ダウンライトが埋め込まれているだけだった。


 入力っても、キーボードもないし……。

 きょろきょろしていると、機械がしゃべった。

「音声入力をいたします。どうぞ」

 促されて、名前を言ってみた。

「佐藤桐耶です」


「トゥヤ、よく答える度胸があるな……」

 カフド博士があきれ顔をしてみせる。


 だって、やってみなくちゃ先に進まないじゃん。

 

「リョウカイシマシタ。佐藤桐耶サマデスネ。

 これからメインコンピューターを起動します。これにより、音声でのコンピューター起動と、この船のあらゆる設備が利用可能になります。

 コンピューターの利用には、声紋登録が必要となります。

 メイン利用者および、サブ利用者の登録を十名以内でお願いいたします」

 やっすい電子音がサクサクとしゃべっていく。

 えっと、コンピューター起動って、私、引き出しみたいなのに触って変なホログラムが浮かんだだけなんだけど。それだけで、スイッチ入っちゃうの?

 

 なにこれ?

 どうなってるの?


 半分以上、頭がパニックだった。

 追い付いていけない中でも、とりあえずもらった情報を吟味しなければいけない。


「このコンピューターはヒト種の言語中枢エリアのシナプス回路に流れる伝達物質の放出を検知して、言語の自動翻訳がなされます。言語の選択は不要です」

 どうやら私たちが異なる言葉で会話しているのをわかったうえでの説明らしかった。

 私の後に、博士たちが名前を告げる。

 すると、機械は唸り始めた。よく聞く、パソコンの起動音に似ている。


「ナビゲーションシステム稼働。これからはこの船内での案内が必要な際は、ナビゲーションシステムをご利用ください」

 力強く言う。その後今まで鳴らしていた起動音がなくなった。

 どうやらパソコンを常時接続しているのと同じような状態になったみたい。

 これ、メインの電源てどこにあるんだろう。切らなくて、電気食わないのかな?


「先生、ナビシステムって、どうやって起動するのかな?」

「起動しているっていうから、話しかけたら答えるんじゃないか?」

 カフド先生が答える。

 どうやら二人とも、思考がフリーズしたようだった。


 とりあえず、私たちはケペリさんのあまりの衝撃の告白に、なす術もなかった。

 そりゃそうだ。いきなり人類の秘密を知っちゃったんだもん。私より、二人の先生たちの方が顔面蒼白になって驚いている。


 私たち三人は皆一様に何もしゃべることができなくて、無言で教授室に戻った。部屋に入った私たち三人の顔が異様に真っ白だったので、その場にいた学徒たちが皆一斉にぎょっとしてこっちを見る気配が分かった。

 どうしたんですか? と聞かれても答えられずに三人顔を見合わせて、項垂れるように首を横に振る。それが精一杯だった。

 

 このケペリ星の人たちは、はるか昔船で故星から流れてきた。

 そして、今また流れていく。それは自然の摂理なのだろうか。

 それとも種の寿命に逆らっているのだろうか。

 そして、私たちはどこに行くのだろうか……。


 考えれば考えるほど、果ては見えない――。

 

 

  





 


 




  



どうにか矛盾がありませんように……って感じです。

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