第五話
王様が退席してから、クアンさんに連れられて
案内されたのは、後宮の一番端っこのお部屋だった。
妃には一人一室お部屋を与えられるらしい。
……ちょっと待て! 妃ってなんだ!!
「クアンさん、お願いです。
下働きとかでいいんです。妃なんてやめてください。
無理です。ほんとに無理です。
私、帰りたいんです!」
案内された部屋の中で響いているのは、私の叫び声。
「申し訳ありません。
王の命令は絶対です。私は王の侍従ですので、
王のご命令には逆らえません。
というわけで、王命により御衣裳を整えさせていただきます。
その前に、湯あみの準備をさせましょう。
間もなく侍女が二人参ります。
これから後のことは、すべて侍女と
後宮付きの女官にお申し付けください」
クアンさんは淡々と言うと、では、と頭を下げた。
話し終わると、部屋にいろんな人が
入ってきて、石の箱やら、木箱を置いていく。
入ってきた男たちは、クアンさんを見てから、
ちらりと私を見た。
こちらを見ているので、何かと思い男の人を見ると、
またすっと視線を逸らした。
……感じ悪いな……。
なんで、みんな人の顔を見ると目をそらすのかな。
……って、ああ。この髪と目のせいか。
私だって、街中歩いてて、耳が異様に長い人とか
いたら、驚くだろうしな……。そういう事かな。
「それと、私の事はクアンとお呼びください。
私は陛下付きの侍従ですので、お世話させていただくの
ここまでです。
あとは侍女や女官がいたしまので。
では、恙なく、王の御寵愛を受け入れられませ」
張り付けたような笑顔を始終崩さず、クアンさんは
あくまで丁寧な物腰だった。
そしてクアンさんが部屋を後にすると、
部屋がノックされた。
返事をすると(これがこの国の作法に合ってるかは知らないけど)、
扉が開かれた。
入ってきたのは龍族と猿族の女性が一人づつだった。
扉の前で、右の手のひらを胸の前に差し出す。
2人は一礼してから顔を上げた。
その二人から、表情が消える。
けれどすぐに視線を合わせ、何事もないように笑顔を作った。
2人のうち、まだ若い女の子が一歩前に出た。
「今日からトゥヤ様付きの侍女になりました、
シャナヤと申します。
末永く、よろしくお願いいたします」
シャナヤは金髪に青い瞳の、猿族だった。
背が私よりも低くて、短い金髪を顎のラインで揃えている。
頬に散っているそばかすが、可愛らしい。
そして、その隣に立っていた女性が続けて
「私は、イゾルと申します。
同じく今日からトゥヤ様付きの侍女となりました。
よろしくお願いいたします。
トゥヤ様は、異国のお生まれとのこと。
トゥヤ様の教育係も任されております。
マナーやお振舞い、この国の歴史と文化、
そうしたものを身につけさせてほしいと
女官長より仰せつかりましたので、
私の教えられることをお伝えしたいと思っております。
併せてよろしくお願いいたします」
と、柔らかい口調で言った。
こちらの人は龍族だ。
白い髪の毛に、緑色の瞳をしている。イゾルさんは長い白髪を
一本の三つ編みにして束ねていた。
見た目はハリウッド女優みたいな
いかにも「美人」といった顔立ちだったから、
こんなに穏やかに話すとは思わなかった。
「はあ、あの、よろしくお願いします」
頭を下げる。
「トゥヤ様、頭を下げてはいけません。
私たちは使用人です。主人はトゥヤ様なのですから、
敬語はいりません」
「え、そうなんですか……。
あ、やっ、……そうなの?」
「はい」
満足そうにイゾルさんが頷いた。
こんなやり取りをしているうちに、シャナヤさんは
木箱の中身や石箱の中身を吟味していた。
「トゥヤ様、お召替えをいたします。
陛下から送られたこの衣装は、なんてすばらしいのでしょう」
シャナヤさんがうっとりとした声を出す。
木箱から取り出して見せた衣装は、白い絹の裾の長いワンピースと、
ドレープのたっぷりした毛織物の上着だった。
アクセサリーは赤い宝石。
地球でいうルビーみたいだけど、それで合ってるのかな……。
というか、地球と同じ石があるんだろうか。
それから、さんざん侍女にさんはつけてはいけないとか、
敬語を使ってはいけないとか、教えられながら、湯あみを終えた。
シャナヤが王様が揃えてくれた服を差し出してくれて、
他に着るものがないのでその豪華な服を着ることにした。
「あら、お似合いですね」
シャナヤが一オクターブ高い声を出す。
鏡がないから自分がどんな格好をしているのかさっぱりわからない。
「陛下は、本当にトゥヤ様をお見初めになられたのですね。
トゥヤ様に似合う衣装を揃えられるなんて、さすが陛下です」
ほんのりと頬を染めて、シャナヤが言う。
着替え終わるとイゾルがお茶を入れてくれた。
「お茶を入れました。どうぞ、こちらへ」
イスとテーブルが置かれたリビングに、ティーセットが置かれている。
ティーセットといっても、ポットと取っ手のないカフェオレボウルの
ような器が置かれている。
椅子に座ると、イゾルがお茶を注いでくれた。
こんな年上の人を呼び捨てにするなんてできないと言い張ってたが、
イゾルが「それでは侍女の立場がありません」とさめざめというので、
私が折れて、イゾルもシャナヤも呼び捨てにすることにした。
慣れないけどさ。
着替えて人心地付くと、部屋の扉がノックされた。
シャナヤが応対に出る。
しばらく話し声が聞こえてから、シャナヤが部屋に戻ってきた。
「トゥヤ様、ウラヌス・カーリが
こちらへお渡りになられるそうです」
「え!?」
お、お渡りって……、いや、意味は分かる。
この部屋に来るってことだよね。
い、いきなり!?
「お断りすることは……?」
「できません」
イゾルにきっぱりと言われ、項垂れるしかなかった。
だって、考えてみたら私、私、まだ年齢=彼氏いない歴だったのに……。
か、彼氏?
王様が?
無理、無理、無理!!
いや、彼氏ですらないよ!
いきなり旦那様だよ!!
んで、召し上げられた日の夜にお渡りってことは……
突然、初夜ってこと!?
ひょ、ひょえ―――!!
どんな展開よ!! 自殺しようとしたら、助かって、
処女喪失!?
「……」
「……」
「……そなた、何をしている?」
長椅子に置いてあったクッションに顔をうずめて、足をバタバタしていた
私に冷静に突っ込んだのは、さっき玉座でお会いしましたね、な、
王様だった。
上から見下ろしている王様の両眼は、氷のように冷たい。
いつの間に、入っていらしたのですか!?
「トゥヤ様、お控えくださいませ」
イゾルに言われる。
控えるって……
そうだ、昼間も玉座の前で正座して、手をついたっけ。
土下座だ。
ひざを折り、両手をつこうとした。
「よい」
顔をそむけ、片手で私を制した王様は、
頬杖を突きながらため息をつく。
「そなたは神殿の鼻を明かしてやりたいがために
連れてきただけだ。
妃にしたのも、どんな王妃を余にあてがおうかと
画策している諸侯たちの裏をかいてやりたかっただけだ。
余に諂わずともよい」
王様は私に視線を合わせずに、さっきと変わらない姿勢で言う。
諂わなくてもいいと言いながら、王様の声は冷たい。
妃として、気に入った女性に対するものとは
とても思えない口調。
私、王様に望まれて後宮に入ったのではないの?
「余は女には不自由はしてはおらぬ。
この後宮には、他に14人の妃がおり、
ライ家の姫君が王妃となるべく後宮に送り込まれている。
何も毛色の変わった娘を抱こうとは思わぬ」
ちらりとこちらを見る。
王様は、目が合うとまるで床に落ちているごみを見るような目で、
私の顔を見て、すぐに目をそらした。
……
この視線……。
汚いものでも見るような、その目。
王様は決して私に好意を抱いたのではなく、
その逆だったんだ。
私が異国の、どう扱っても問題のない人間だから、
王様は拾ったんだ。
なにかに使えるかもしれないと、踏んで。
私、思い上がっていた……。
王様が私の事を見初めてくれたんだと、
思ってた。
シャナヤに言われて、その気になってた。
……そんなわけないのに。
あるはずないのに!!
肩が震えた。
恥ずかしい……。
羞恥心で、顔が真っ赤になる。
そして、王様の私を見る目つき。
その眼を知ってる。
サイスさんの家の人たち……
神殿の白装束の人たちが私を見る目……
ここに来たときの、人々の目。
みんな、ずっと私の事をそんな目で見ていた。
汚いものを見るように、見てはいけないものを
見てしまったように……。
私だって好きでここに来たわけじゃないのに!
悔しくて涙が出そうになって、
お母さんの顔が浮かんだ。
そうだ、みんなが私を見る目。
お母さんが私を見る目。
おんなじだ。
この国の人も、みんな、私の事を蔑んでいる。
まるで汚いもののように、ゴミみたいに……。
胸が痛くなった。
鼓動が早くなる。
やめて、やめて……。
私はいらない。
誰もいらない。
私のことなんて、誰もいらないんだ……。
私の居場所なんて、もうとっくになかったんだ……。
頬に涙が流れた。