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暴君と女神様  作者: maruisu
またまた王宮編
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火種2

 小さな不満の種はそれを引き金に、保守派と革新派の対立に姿を変えていく。

 

 王が唱える「都市の自由化と、それに伴う貨幣の統一における国家管理と規定通貨の設置に関する法」は今までの封建領主制を覆す、画期的な法案だった。

 一定以上の人数がいる都市で、領主の城下ではない都市を独立自治とさせ、その安全確保を国が行う。その対価として都市は国家に安全警備保障上の税を支払うことになる。この税率は都市と国家の話し合いにより、値を決めることにする。

 その法案は、都市には好意的に受け止められた。また、自治領を持たない若手の官僚や都市の商人上がりの官僚たちには好意的だった。  

 それに共感する一派は革新派と呼ばれ、王の覚えもめでたく出世の道を驀進することになる。


 それに対して、地方に領地を持つ保守派と言われる一派は古くから政治に携わる諸侯であり、権勢もほしいままにしていた。それが革新派の躍進により、地位を脅かされるという内在的な恐怖感から、革新派に対して強硬な姿勢を取るようになった。


 しかし、保守派の反対にもかかわらず、王は新しい制度の検討を議会に提案した。その制度案とは「自治都市における農奴の解放と、都市の自由民すべてにおける市民税の徴収」だった。

 これに領主は憤慨した。都市に逃れた奴隷は農奴身分から自由都市民になるという。それは、領内の労働力の低下を表し、諸侯が弱体化する危険をはらんでいる。諸侯にとってとても受け入れられる案ではなかった。

 そして、市民税を導入するということは国家の力が強くなることである。そうなれば、諸侯の発言力は小さくなる。


 また、王の女性関係にも問題があると保守派は息巻いている。竜人と猿人が交わることは国禁である。これは太古の昔から決して覆してはならないケペリから授けられた十戒の一つだ。

 それを覆し、猿人を後宮へ置いた。

 すると、王はその猿人を瞳の色と髪の色から猿人ではないと、竜人一派の諫言を無視したのである。これは、神をも冒涜する愚行であると、竜人たちは王の暴挙を恐れた。


 ――そして、クーデターが勃発するのである。


 保守派の筆頭ライ家の当主イダンナス・ライは同じ保守派の竜人一派を中心に「領主の権利の獲得と貨幣の鋳造権の確保」を錦の御旗に掲げ、王弟アッシェンを盟主とし、聖王ウラヌス・カーリの譲位を求めた。

 

    ※       ※       ※


 目を覚ました時、部屋の中は薄暗くこもった空気が体にまとわりついてきた。

「ここは……」

 ひとりごちる。しんと静まり返った室内には人の気配は全くない。そして、見覚えのある部屋ではなかった。王宮と後宮の室内は全て把握している。竜殿も同じだ。ということは、猿殿か? しかし、猿殿も他の建物と同じ白石で出来ていたことを考えると猿殿もあり得ない。ここは、レンガ造りの部屋だった。

 窓の位置を確認する。用心深いことに、頭上よりもはるか高くに小窓が設置されているだけだ。手を伸ばしても届かない。この部屋には家具もないので何かに上ることもできない。

 ため息をつきながら、壁に靠れる。動くと肩に痛みが走った。服の上から確認すると、血が固まっていた。そっとその傷を触ってみる。

 ――やはりな。

 もう一度、深く息を吐く。あの時、肩に衝撃が走ったのは剣での一撃ではなかった。どちらかというと、飛び道具に近い物だろう。石でも当てられたかと思ったのだが、打撃の痛みではない。疼くようなじんわりと広がるような痛みだった。


「おや、目覚められましたか?」

 声とともに木戸が開かれた。

「……これは、どういうことだ?」

 入ってきた男を睨みつける。しかし男は全く動じた様子もなく、穏やかな笑顔を浮かべてみせる。

「申し上げましたでしょう。命令なのですよ」

 男はくっくと笑う。


「大丈夫です。玉体を傷つけるような真似は致しません。ほんの少しだけ、ここにいてほしいのです。もう少し王都が混乱するまでで構いませんので」

 男は立ったまま木戸に寄りかかった。

 私を見下ろすと首をすくめた。

「王都が混乱……」

「左様です。陛下がお姿を消して、保守派は息まいております。陛下から王弟殿下への譲位をお求めになるために、皆が血眼で探しております。

 革新派は兵をかき集め、反乱軍の討伐をと気炎を上げておりましたが、後宮の姫を人質に取られ、陛下の姿がお見えにならないので、足踏みしている状態です」

 男はくすくすと忍び笑いを漏らす。


「私自身は、クーデターなど、どうでもいいのですが……」

 男の、クーデターという言葉に体が反応した。執務室に押し入ってきたのは、龍騎隊3番隊だった。龍騎隊であれば、王宮内にいてもおかしくはない。まして王が執務を行う表の間には軍人もよく姿を現すので、不審には思われないだろう。

 そして、表の間を警護する龍騎隊1番隊も同じ龍騎隊同士の気安さで、それほど警戒心をあらわにしなかったはずだ。だから、油断した。あれがきっかけだったのだ。


「軍を掌握したのか……」

 龍騎隊の司令官である将軍はアッシェンだ。王族が軍に所属するのは古からの慣例だから当り前のことだ。王家は力を制しなければならない。それが国家安泰の道だ。従って猿騎隊は猿王家の当主が将軍を務めている。また竜騎兵は神殿の管轄になり、王家からは独立している。軍人でも家格の高い人物が任じられることになっている。

「一部ですがね。さすがに陛下子飼いの一番隊は与しませんでしたよ。猿騎隊も合流したのは一部ですね」

「当たり前だ。あれは余が直々に指揮を執っている。王命以外は聞くまいよ」

「さすが、陛下です。ですが、なかなか健闘しているようですよ。反乱軍は」

「そうか、大儀だな。――ところでそなた、余とこのような世間話がしたいわけではあるまい?」

 饒舌な男を見据えると、男は口元を緩める。


「左様ですね。私も、長話をしている時間はありませんので」

 腕組みをしながら男が考えるように言う。

「イダンナスに引き渡すか?」

 おどけるような口調で言うと、男はわざと驚いたような表情を作った。


「滅相もございません。私は、頼まれたのですよ。フィナ姫に「陛下のお命まではとらないでください」と。ですから、すべてが終わった後に、フィナ姫にお返しいたしますと約束いたしました。

 フィナ姫は、瞳に涙を浮かべて、それはご心配しておりましたよ」

 ため息が漏れる。それを見た男は、さらに続けた。この男がよく後宮にご機嫌伺いと称して姿を現していたのを知っている。

「それでフィナに頼まれて、イダンナスの手から遠ざけているというのか?」

 尋ね返すと、男は静かに笑うだけだった。


「ご心配なさいますな。ほとぼりが冷めたら、必ずお出しいたしますから」

 恭しくありがたくもない礼を取った男の姿が浅ましい。


 サイス・カラル・テズ――

 テズ家は、ライ家の遠縁筋だ。そして、ライ家の娘がテズ家に縁組をしていた。


 ――そういうことか。


 暗い部屋の中に、窓からの一筋の光だけが見えた。そのぼんやりとした淡い光を見つめて、トゥヤを思い出した。

 ――あれは、どうしているだろうか。


 一息ついてから、ようやくトゥヤのことを思い出した。地震があり、城下へしぶしぶ送り出したのだが、こうなった今では城下にいた方が安全だっただろう。トゥヤには手塩にかけて育てた護衛兵を付けている。よほどのことがない限り、安全だと思っていたが……。


 あの男、サイスがトゥヤに何かをしていなければいいが。

 トゥヤのことだから、サイスに何か言われればほいほい信じて付いていくだろう。

 イダンナスが目障りだと思っているのは余と、同様にトゥヤも同じだろう。あれのせいで余が正妃を迎えないとごねていると思っているのだから。――思わせたのは余なのだが……。


 あれに危害が加えられることだけは、何とか阻止しなければならない。

「わかった」

 頷いて、両手を掲げてみせた。

 男が油断して微笑んだときに、飛び起きるようにして立ち上がり、足を踏み出してサイスののど元を腕で壁に押し付けた。サイスは木戸にぶつかり、がたがたと木戸が音を立てた。


「一つ言っておく。あれを巻き込むことだけは、許さん。トゥヤに危害を加えたら、余はたとえ己一人になったとしても、保守派の奴らを許さぬ。必ず、殲滅させる」


 腕に力を込める。サイスは苦しそうに呻きながら、両腕で余の腕を押しどけた。

 サイスは咳き込みながら、のど元を押さえた。


「大丈夫ですよ。陛下がおられなければ、保守派の連中はトゥヤには興味はありますまい。約束いたしますよ。彼女には危害は加えません」

「確かだな?」

「もちろんです」

 と、サイスが言うが早いか、肩を掴まれた。

 痺れるほどの痛みが走り、思わずうめき声を上げる。肩を押さえ、サイスを睨みつける。サイスは顔を顰めた(しかめた)まま、無言で背中を見せないように後ずさり、手探りで木戸の取っ手に手をかけた。

「申し訳ありませんが、少し、大人しくしていてください」

 肩を押さえうずくまる余を尻目に、サイスは木戸の向こうへ姿を消した。






 


 


 


 


 

 


 




 



   


 


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