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暴君と女神様  作者: maruisu
またまた王宮編
46/69

火種

 初めは小さな、本当に小さないざこざだった。

 とある地方の領内で起きた土地境界線のもめ事だ。


 近接している二つの所領の境界線は川だった。その年は雨が少なく、川の水量が少なくなり、今まで境界だった川はその位置を変えた。それまでよりも東の領内に入り込むことになった。そして、今まで川の底だった土地は水が干上がり、肥沃な土があらわになり、そこに自然と野草が生えた。その野草が薬草で、庶民の生活に密接している薬草だったので、買い手が引く手数多だったことから、その諍いは勃発したのだ。


 東の領主は革新派だった。そして、西の領主は保守派だった。西の領主は境界線は川なのだから、自分の土地が増えて、なおかつ薬草というおまけまでついて来て、役得だと喜んだ。

 となると、面白くないのは東の領主である。土地が狭くなったうえに、それまで自分の土地だった場所に生えた薬草をさっさと西の領主に持って行かれた。

 東の領主が怒らないはずはない。散々話し合いが進められたが、西の領主は妥協しない。

 

 諍いがとうとう本格的な騒乱に発展しかねなかったため、王が自ら解決に乗り出した。

 その解決策とは以前の境界線と、今の境界線の間の土地を国有地とし、二つの境界線に堤を築くことだった。


 これで争いはなくなるかと思ったが、そうはいかなかった。西の領主は自分の取り分が少なくなると考え、不満の種が残った。


 この種は始めは小さな燻ぶりだった。しかし、やがて大きな炎となる――。


   ※    ※    ※



 明け方未明、王都パルムールは、腹を突き上げるような振動で街全体が目を覚ました。

 何が起きたのか、誰にもわかるわけがなかった。


 寝台から飛び起きると、隣で眠っているトゥヤを驚かすまいと跳ね起きた自分の体を落ち着ける。しかし、トゥヤはもうすでに目を覚まして、体を起こし青い顔をしてこちらを見ていた。

「王様……これ」

 彼女はこの地揺れが何かを知っている。「地震」というのだそうだ。

「かなり大きいな。余は執務の間に行く。そなたは部屋に居よ」

 眠るときに寝台の上に放っておいた上着を羽織る。


 トゥヤも起き上がって上着を羽織る。

「あ、私も……」

 真っ青になりながら余を見つめるその瞳を見て、彼女が何を言いたいのか察し、その先を遮った。

「駄目だ。外では何が起きているかわからぬ。もしも住民たちが混乱していたら、そなたではどうも出来ぬ。状況が分かるまでは、ここで待っておれ。パルムールの中で一番安全なのはここだ」

 諭すように瞳を見つめ、そう告げる。納得していないように視線をそらしながら、憂い顔で思案している。

「いいか? 飛び出してはならぬ」

 妾妃である彼女は、自分の立場を全く理解していない。まして、神殿と王宮を行き来し、彼女しか知りえない地震の対策の任に当たっているため、今すぐにでも城下へ降り、街の被害状況を確認したいというのが、彼女の本音だろう。

 しかし、状況もわからぬまま彼女を外へ出せば、きっとこの混乱に巻き込まれる。とんだ厄介ごとに自ら首を突っ込んでいきそうで、他になすべきことが山積するであろう今、それに煩わされるわけにはいかない。


 しかし、震えながら彼女はまっすぐに余を見つめる。

「駄目です。王様はこの王宮を空けるわけにはいかないでしょう? 代わりに、私が城下を見回り、被害状況を報告します」

 あくまでも気丈に、自分の役目のことを考えるトゥヤを見つめる。

 確かに、余がいなければ指揮系統は機能しない。


 それでも、やはり彼女を城下へ送ることなど頷けない。

「駄目だ。そなたが行く必要はない。他の者を遣わそう。そなたは大人しくここで待っておれ。妃は、部屋の奥で余の戻るのを大人しく待ってればよい」

 震えるトゥヤの額にそっと口づけを残す。いつもならとっさに真っ赤になり、後ずさるところだが、今日はそんな余裕もないようだった。

 トゥヤは首を横に振る。眉をしかめて、何かを考え込んでいるようだった。

「これは、想定しているよりもひどい事態かもしれません。お願い、行かせてください」

 懇願する彼女の顔を見ると、ひどく焦っているようだった。


 実際、彼女と言い争いをしている時間はなかった。だめだ、と一蹴すればトゥヤもわがままは言えまいと思いつつ、このところの避難所の建設の指揮を執っていたのは彼女なのだから、行かせるべきかとも思えた。


「わかった。好きにするといい。護衛を付ける。危険な目に合いそうならば、すぐに帰城するように。護衛の龍騎隊の者にも言い含めておく。決して無理はするな」



 とりあえず、現況の把握とこれからの対策を考えなければならない。上着を着て一言二言トゥヤとかわすと、すぐに妾妃付きの侍女であるイゾルが姿を現す。

「陛下、お支度を」

 すぐにただ事ではないと悟ったようで、イゾルが身の回りの支度を整える。

 後宮内の控えの間にいたクアンが姿を現したのですぐに「諸侯の招集だ」と命じた。

 そして、後宮、王宮内の被害の状況を龍騎隊に確認させるように命じておいた。


 とりあえず、被害の状況が分からなければ対策の立てようがない。報告を待ちながら、出来得る対策を考えなければならないだろう。

 これからのことを考えると、頭が痛かった。


 後宮からすぐに会議室に行くと、主だった諸侯たちが集まっている。そこで今回の地震の対策をすぐに立てる。

 まずはこの王宮内の被害状況の確認と安全確保。

 またパルムール内の、状況確認と避難経路の確保をそれぞれ確認しなければならない。

 


 パルムールには妾妃が姿を現せば、王自らが被害の確認を采配したと市民たちは考えるだろう。気乗りしないながらもトゥヤを城下へ送り出したのはその目的もあった。

 もしも混乱しているのなら、民を一方向へまとめなければならない。それには、権威のある者が方向を指し示すのが一番だ。トゥヤならば、妾妃として王の名代として民に施しを与えるだろう。


 一通り対策の方向が見えてきて、いったん会議を終了する。諸侯たちはそれぞれの対策や通常の政務に戻っていった。

 戻ってきた龍騎隊の報告を受ける。

 やはり、城下では下町に大きな被害が出ているという。先日崩れた下町の石造りの家がほとんど倒壊したという。

 ――幸いだったというべきだろうか。

 トゥヤが言うとおり避難小屋を建てておいて。

 龍騎隊の報告を受けた後、家が崩れた民に対する救援物資を施すべきかと考え、財源の策を練った。

 

 考えていると、外が騒がしいことに気が付き、ふと顔を上げた。

 今、考えなければならないことが山積しており、王宮の中も慌ただしいのもうなずけた。しかし、それにしても騒がしく、落ち着かない様子だった。

「何ご――」

 何事かと、声を上げようとしたしたとき、部屋の扉のすぐ向こうで、何かがぶつかる音が派手に響いた。

 すぐに立ち上がると、執務室の右側に掛けられている剣に手をかける。

 そのまま扉の方へ歩こうと一歩踏み出した時に、派手な音を立てて扉が開かれた。

「ウラヌス・カーリ! お逃げください!!」

 音とともに入ってきたのは、龍騎隊の一人だった。常に余の護衛をしている兵士だ。

 それだけ言うと、足元から崩れるようにその場に倒れた。


 床に突っ伏して倒れたその背中が血に濡れていた。もう、何が起きたかは一目瞭然だった。

 開かれた扉の先を睨みつける。

「王宮と知って剣をふるうとは、何事か!」

 声を上げると、後ろの玻璃窓が震えて音を立てる。

 剣を構える。外にいた兵士たちがとととと、足音を立てずに中へ駆けてきた。

 剣を構えるその姿。

 その姿を見て、驚いた。

「おのれ! 龍騎隊の分際で!」

 

 剣を構え、部屋に踏み込んできたのは龍騎隊の3番隊だった。

 龍騎隊は竜人で構成されている軍隊の一つで、1~5番隊まである。1番隊は王直属の精鋭隊である。3番隊は主に街の警備や警護を行う隊のはずだ。隊長は確か、保守派の人物だ。


「陛下は我々を蔑ろにしすぎた! ここに天下の軌道を変える!!」

 叫んだのは、3番隊の隊長だった。

「なるほど、そういう事か」

 踏み込んでくる兵士たちを睨みつけ、剣を構える。

 剣を水平に構え、走って来る兵士に向かって踏み込んだ。

聖王ウラヌス・カーリである余に剣を向けるとは、謀反とみなすが、よいか!?」

 さすがに精鋭である龍騎隊は優秀だ。踏み込んだ剣を受け止められ、流された。

「さすが、と申し上げるべきですか、ウラヌス・カーリ」

 剣を構えていた男が笑う。


「余も龍騎隊で慣らした。侮られては困る」

 口角を上げると、男は掛け声をかけて打ち込んできた。

 とっさに後ろにとび、剣を交わす。すぐに剣を振り龍騎隊3番隊長の肩めがけて打った。肉を捕えた感触があり、剣を引いた。

 うめき声とともに、男は膝をついた。

 

 それから交互するように、左から「よくも!」と声が上がり、金属がこする音が聞こえる。

 重心を低く取り、剣を横に薙ぎ払うように兵士の膝めがけて叩くように打ち込む。

 膝裏を打ち込まれた兵士はその場でかくりと体を曲げて倒れこんだ。

 

 遠くで悲鳴が聞こえ、足音が響く騒がしい王宮の中で、剣を振り下ろす兵士たちにすかさず剣をふるう。

「保守派の犬め! 反乱を起こしおったな」

 この混乱に乗じて、保守派がとうとう動き出したのだ。地揺れが起きた日を狙うとは、前々から周到に用意してあったに違いない。

 くっと唇をかみしめた。

 

 この頃、不穏な動きは確かにあった。先日の会議で通貨の統一策を強硬に推し進めたことによる地方領主の不満が募っているのも知っていた。


 だが軍まで掌握しているとは。誤算だった。

 部屋の中の兵士を打ち払うと、とりあえずこの部屋を出るのが先決だった。

 この混乱を納めねばらない。

 龍騎隊の一番隊と合流するのが先だ。


 すると、一糸乱れぬ足音がこちらに向かってくるのが聞こえてきた。とっさに身を隠すように壁に背を付けた。

「ここだ! 王はまだ部屋から出てはおられぬぞ!」

 声が聞こえ、剣を構える。

 どれだけの軍が反乱軍と化しているのか、確かめなければならない。

 部屋の外で、剣がぶつかり合う音が聞こえた。


 味方か――。とりあえず、安堵する。

 今はまだ、討ち取られるわけにはいかない。


「陛下、ご無事ですか!?」

 入ってきたのは、クアンだった。

 無事だったのか……。

 ほっと一息つくと、殺気を感じて顔を上げる。

「クアン!!」

 声を上げるのと、余が剣を構えるのはほぼ同時だった。

 クアンは剣を構え、余の声に背後の殺気を感じて、振り返ろうとした。

 しかし、間に合わなかった。クアンからばっと血が飛び散る。

 短い悲鳴を上げたクアンは、鈍い音を立ててその場に倒れこんだ。


「申し訳ございません、ウラヌス・カーリ……」

 倒れたクアンの体を受け止める。クアンが呻くように呟いた。


 怒りで、体が熱くなった。

 正面を睨みつける。怒りが目で見えるのならば、余の怒りは赤い炎となって

 背中から立ち上っているのだろう。そう思えるほど、全身が怒りで満ち溢れた。


「さすがにお強い、ウラヌス・カーリ」

 正面に立っていたその人物を見て目を開いた。

「お前は……!」

 男はすっと片手を上げる。

 まさか……。

「申し訳ありません、これもご命令ゆえ」

 ……命令?

 男の言葉に一瞬気を取られた途端、どんっという音とともに肩に衝撃が走った。

 衝撃とともに殴打され、目の前が暗くなった。



 


  

 



 


 

   

 

 

 

 

 



 




 



 




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