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暴君と女神様  作者: maruisu
またまた王宮編
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第三十七話

 王様のやることは、ほんとに早かった。

 街に降りてから二日後には工部という国の建物の建設を監督する部署(他にもいろいろ仕事はあるらしいですけど)に建築案を出させ、円柱道路の脇に王自らが人事の采配を振るって、市民たちのために災害時の収容施設を設置させた。


 神殿側も民の避難場所を探していたから、それを王様に話すと、すぐに神殿側と交渉し、共同事業という名目で作業をすることになった。

 王様は神殿の名を借りることにメリットがあるし、神殿側も名を売ることができるので双方の利害が一致したみたいだ。

 それに私は名目上では神殿では竜騎兵団預かりになっていて、地震対策の端っこを任されている。どっちにも出入りできるので、いつの間にか指揮を任されることになっていた。


 これも事後承諾だったんですけどね。

 王様にやれって言われて、しぶしぶ引き受けました。

 みんなして、人使い荒い。

 

 収容施設はそれまでの石造りと違って、材木で建築することになった。その方が期間が全然早い。

 それに、それまで普段の生活すらもテントのような布で暮らしていた徑民たちからしてみれば、屋根があるだけでありがたいことだと思う。


 このことを任されてから、毎日王様のところに報告へ出張らなければいけない。実際に土木工事に関わる工部の責任者と一緒に今日の報告を済ませた時に、

「――余は類い稀なる妃を持ったそうだぞ」

 と、最後に言われ、私はキョトンと王様の顔を見た。


 えーっと、それは褒め言葉で?


 執務室の大きな机の前に座って、面白そうに人の顔を見ている王さまは、自分の選んだ妾妃がそう言われているのことに満足して微笑んでいるのではなく、人のうわさとは当てにならないを地で行く妾妃が目を丸くしているのを心底楽しんでいる表情だった。


 つまり、例のごとくからわかれているわけです。

 いい加減、行動パターンが読めてきましたよ。


 続けて、王様が言う。


「避難小屋の指揮を執っている人間を見て、誰もが驚いたという。

 先頭に立つ人間が女性だったことも驚いたし、それが何より妾妃だったからだ。


 街の人々はその妾妃の姿を見て驚いた。

 高貴な婦人は必ず帽子をかぶり日よけ布を被り姿を見られないようにするが、この妾妃は素顔を晒す。 なぜなら、民の中に交じるのに、無駄な装飾はいらない。だから、日よけ帽は必要ないという妾妃の理念だからだ。


 しかも妾妃の瞳は黒。髪の色も黒。

 人々は驚き、畏怖したという。

 誰もが持ち得ないその色彩に。


 人であるのに、人であらず。


 しかし、妾妃に接する人はみな口々にこういうのである。


 妾妃は誰をも自分と同じ立場にする――と。


 とまあ、こんな噂だそうだ」


「え、ええ――?」

 妾妃=私は驚きの声を上げる。


 だって、私ですよ。

 あのですね、結構仕事体力仕事なんですよ。指揮してりゃいいから、なんて思ってたんだけど。実際私のできることなんてですね、雑用なんですよ。

 で、半ズボン姿で駆けずり回り、街の人たちとフランクに話さざるを得ない私は、貴婦人然として高価な衣装を着て、日よけ布を被ってる場合じゃないんですよ。

 それに街の女の人達はみんな日よけ布を被ってはいないし。一人で被ってると、ヘンでしょ。やっぱり。

 小姓の様な格好で、みんなと一緒に材木運んで、ご飯の準備して、そんなことしてたら姿を晒さずにはいられないんですよ。

 で、黒髪の私は何者ですかー、と口々に聞かれるので、こういう者ですって説明してたら驚かれた。


 で、炊き出し係のおばちゃんと仲良くなったってのが、真相なんだけどな。


 あ、相変わらず子ども達とも遊んでますけどね。あいつら、仕事中だっていうのに聞かないんだもん。結局邪魔するだけして、ただ飯食べて帰っていきます。

 

 でも、いいんです。

 子供は遊ぶのが一番です。だから、文句は言いません。炊き出しの費用は王様持ちだしね。

 自腹ならば、子どもは追い出すところですけど。


 実際工事をしてる皆さんに比べれば、雑用なんで、子どもの相手することは余裕です。


「妾妃が半ズボンを履いてても、もう誰も何にも言ってくれなくなりました」

 初めはご妾妃様が――!! とか言われてたんですけどね。最近じゃ、そんなもんだって思われてる。

 まあ、実際そんなもんなんですけどね。

 帽子もやめることにした。だって、そんなことしても無駄なんだもん。黒い瞳は変えられないし、初対面の人は大概ビビるし、何より作業するのに邪魔なもので。

 それに、慣れてもらった方がいいんで、そうしてます。


 最近は、姿かたちが変わってても普通の人でよかったーとおばちゃんたちに言われてね。

 お饅頭くれたりするので、ありがたくいただいてます。


 まあ、こんな私なので、後宮の人達からは倦厭されてますけど、なぜか宮廷の人からはお声がかかるようになりました。

 仲良くしてくれるのでありがたいと思っていたら、みんな、こっち方面でした。

「聖王≪ウラヌス・カーリ≫に口をきいてください」

 えっと、裏口はだめです。

 あんまりにも件数が増えて、権力を持つってことは、こういうことなんだと実感しました。

 私に権力があるわけじゃないんだけど、名目上寵姫の私の言う事なら、王様が聞いてくれるだろうという、すり寄りです。


 私が後宮に帰ってきてからというもの、今回の工事の指揮を執ったり、私の名前でいろいろ王様が手を回してくださいまして、その結果ですね、貴族様が――特に下っ端ですね、口をきいてほしいと恥も外聞もなく言い始めたんですよ。


 まあ、いいんですけど。

 私が何を言っても、王様は一刀両断だし。

 

 ちくわ耳の王様に、一応声だけかけてます。


 なので、私に言っても無駄ですよ。むしろ、私にそんなことを申し出た人の名前を王様は覚えていて、ちゃんと閻魔帳につけていると思います。

 

 王様は臣下に対しては実力主義者なので、自力で頑張ってください。合掌。


「たまには、身づくろいした方が良いのではないか?」

 だんだんと小汚くなっていく妾妃に、王様はそう言いました。

 そして、後ろで聞いていた工部の責任者が吹き出していたのを、聞き逃しはしなかったけどね。


 明日、シメてやる。このやろー。


「しかし、そなたのその髪も瞳も隠しようがない。ならば、民に受け入れてもらった方がよいであろう」

 王様はそう言って、私の外見を晒すことをあんまり気にしていない。

 だけど、実は私は知っている。私が陰で変わり者の妾妃と言われてるのを。

 ……事実だから、反論できないんだけどさ。


「それとだ、そなたの避難場所の案は、民との折衝になかなかよかった。

 今回の避難所を作ったことによって、税の使い道を示すことができ、民の不満の勢いをそぐことができた。何より、そなたのその容貌に皆が驚いて、そんな気概を挫いたという方が正しいか。

 人は、奇妙なものには恐れを抱くからな。下手に手を出さぬ方が良いと民が思えば、重畳だ」


 人を奇妙な者扱いしないで下さいよ。

 

 確かに、王都の気の流れが良くないと、ファン先生は言っていたっけ。

 今まで商人たちは都市の城門をくぐる時に通行税をかけていただけだったのが、都市に住む民から市民税を取るようにしたからだ。

 その不満が澱のように積もっていく。

 

 いや、私、そこまで考えてませんでしたけど――!!


 つうか、王様そこまで考えていたんですね。

 もう私、レベル違いすぎてわかりませんよ。


 その日の報告が終わり、部屋に戻った私はお風呂に入って、イゾルの用意してくれたきれいな衣装に着替えた。

「やっぱり、ちょっとは着飾った方がいいのかな……」

 殊勝にも反省してみました。

 やっぱり半ズボンは、女の子としてはなしだよな。明日から恰好を改めようかな……。


 それから夜には仕事の終わった王様がやってくる。

「ふむ。こうしていると小姓には見えぬな」

 人の姿をまじまじと見て呟く王様に、明日からはワンピースにしようと心に決めた。


 王様はいつものように私のベッドで横になった。

「今日もご苦労だった」

 毎夜、そうして言葉を交わして一日が終わる。

 いつの間にかそうした生活が当たり前になって、一緒にいることが自然になっていた。


「――もうじきか」

 昼間の疲れでうとうとしかけていたときに、王様が小さな声で呟いた。

「もうじき――って、何が?」

 尋ね返すと、王様は私の反応があったことに驚いたようで、右腕をベッドについて体を少し起こした。

「起きていたのか?」

「寝るところだったけど、話しかけているのかと思って……」

「すまない、起こしてしまったか」

 王様の言葉に首を横に振る。実際、起こすというほどの声量でもなかった。普段なら、気が付かずに寝てしまっていたかもしれないくらいだ。

 王様はすまなそうな顔をすると、横になり、私の体に腕を預けた。

 この頃、王様は眠るときにこうして人の体に腕を預けてくるようになった。初めは緊張して動けなかったけど、肌が触れていると安心するものなんだって初めて知った。

「独り言だ、もう休め」

 王様に言われて、頷いた。

 王様の低い声を聞いていると、やっぱり安心する。


 このまま朝にならなくてもいいかもしれない。

 こうしている時間はすごく私にとって大切だから。

 誰かのぬくもりを感じて眠ることなんて初めてだった。 

 穏やかな日常の中で、私はずっとこうして微睡んでいたいと思っていた。


 

 

  



 


 


 



 

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