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暴君と女神様  作者: maruisu
またまた王宮編
43/69

閑話~王様の休日~

 

 事の始まりは、私の部屋のベッドの中だった。

 この頃は当たり前のように私の部屋で休んでいく王様は(もちろん清い関係です)、

 私が今日城下へ降りた時の話を聞きたがった。


 この頃は、私が昼間何をしていたのか、私の口から聞きたがる。もちろん私に付いている護衛の面々が何をしていたのかは詳細に報告しているはずなのだけど。

 王様は私の口から聞くのが面白いらしい。


「今日は、子どもたちと遊んできました。スラムの子どもたちに鬼ごっことか、教えてあげたりして。私も、クムッカという遊びを教えてもらったんです」

 素直に話すと、王様は目を丸くする。

 クムッカというのは、サッカーに似ていて丸くしたボールを足で蹴ってどこに落ちたかで、点数を競うゲームだった。


「そなたは勉学をしに学問所へ行っているのではないのか?」

 クッションに肘をついている王様に問われ、答えに困る。

「私はそうなんですけどね……。今日はカフド博士が子ども達と一緒に遊びだしてしまったので、仕方なく付き合ったんです」

 本当はスラムの避難経路の確認にカフド博士とパルムールへ行ったのに、いつのまにか子どもが集まって、仕事にならんと言ってカフド博士が遊びだした。そのまま結局仕事はしないで子どもたちと遊んでいた。


「では、また城下へ行くのか?」 

 王様が舌打ちする。

「まあ、仕事ですからね」

 王様が心配するのも知っている。帰ってからは学問所へ行くのも護衛の人が付くようになって、街では必ず付かず離れずのところにいる。その護衛から報告を聞いているのが、気が気ではないらしい。


 ところで、あれから後宮はいったん平和を取り戻した。

 というのも、私の部屋の前にごみを撒いた室妃が一人、翌朝には後宮からいなくなっていた。


 えっと……私のせいじゃないですよ。

 

 それからは、王様は他の妃の部屋に行くことがなくなり、とりあえずは誰も相手をしてもらえていないので、またみんなで一致団結してまとまったらしい。


 だけど、王様が後宮に渡るたびに自分が召されるのではないかと期待している妃の方たちを見ると、ほんっとにいたたまれないので……やめてほしい。特に、幼い側妃がうるんだ目で王様を見ているときと言ったら、ほんっとに罪悪感なんです。私……。


 いや、私とは清い関係なので、ほんとに何にもないですよ。

 何にもないんだけど……王様は落ち着いちゃったんですよねー。


 七不思議……。


 王様がどさっとクッションに靠れかかる。

「明日は、余も城下へ視察に行く。そなたも視察に付き合え」

 突然王様に言われて、振り返る。

「明日?」

「そうだ。神殿には断ってある。明日は行政の調査業務を任せることになったので、一日借りると。否やは述べてはいなかったそうだぞ」

 

 そ、そりゃそうでしょ。最高権力者に言われて、ダメって言える人がどこにいるっていうのさ。

 

「久々に、城下を見て回ることにいたそう」

 王様がそういうと、私の腕を引き寄せた。


 こうして、翌日王様と私は城下へ行くことになった。

 

 朝、イゾルとクアンさんが二人の準備を整えてくれた。王様の視察としていくのかと思ってたので、龍騎隊の人たちを引き連れて、行政官の人と一緒に行くのかと思っていたら、王様と私の二人だけだという。

 え? それ視察なんですか?


 王様曰く、視察に行くのに大仰な人数で行くと、有りのままが分からないから二人の方がいいそうだ。そういうものなのかな。王様は私に、城下をきちんと把握するようにと命じると、王宮の門から外に出た。もちろんいつも私に付いている護衛の人はいる。ほんっとに二人きりってことはない。

 だけど、王様、不用心すぎませんか……。

 何かあったら、どうするのよ。


 で、当の王様は心配ないという。

「先日申したであろう? 余は龍騎隊にいたのだ。王族は皆、剣を学び軍職に就く。龍騎隊長や猿騎隊長も王族だ。余も王太子時代は軍に所属して、腕を鳴らしたのだ」

 知ってます。だからあんなに人を軽々持ち上げられたんですね。

 それにしても……こんな王様と一緒に配属されていた人たちは、さぞ嫌だっただろうな。

 未来の王と一緒に働くなんて、気が気じゃなかっただろうに。


 ……いろんな意味で。


「そうだ。私も王様に習おうかな。剣とか。自分の身は自分で守るっていうのは、結構お約束でしょ?」 ポンと手を叩いて言うと、王様はさも嫌そうに片眉を上げてこちらを見た。


なんですかー、その顔。


「何を言ってるのだ?」

「いや、よく物語のお姫様が自分の身を守るために剣を習って、そしたら筋がいい! とか言われて、すっごい強くなるとかってあるでしょ。それです!」

 ピシッと決めて言ったけど、王様は白けたまんまだった。それから私の頭のてっぺんから足先まで一通りじろじろ見ると、笑い出した。

「そなたが、剣!?」

 さもおかしそうに笑っている。


「剣! 剣を使う?」

 ハハハ、と声を上げて笑い続ける。

 そんなに笑わなくてもいいんじゃないですかー。


 異世界に行ったら、女剣士になりましたとか、よくあるじゃないですかー。

「もう私じゃ相手になりませんね」とかお付きの人に言われたりとか、あるじゃないですかー。


 そういうの、いいじゃないですかー。

 100万乙女(誰だよ!?)の夢じゃないんですかー(棒)。


 とか心の中で唱えていたら、王様がどうやら笑い終わったようだった。

「そなたは真剣に剣が習いたいのか?」

 真面目に問い返されて、うーんと考え込む。

 真剣に――痛いのは嫌だな。当たったら怪我するし。


 思案していると、王様が、

「ならば、やめておけ」

 冷静に返してきた。

「もしも、万が一にも真剣に習いたいというのなら、それは構わぬが……。そなたの細腕では、人を斬るまでには相当かかるだろうな。

 それに、人は、武器を持てばそれに頼るようになる。

 武器があれば、きっと何者かに襲われた時に、自分で倒せると過信するであろう。しかし、武器を持つ人物と対峙して、剣をふるい、相手を倒せるようになるには、並々ならぬ剣技がいる。

 そこまでの剣技を身につけるには、さらに幾年もかかるだろう。

 そなたは、剣士になりたかったのか?

 そうではあるまい?


 護衛は他の者に任せよ。

 そして、そなたは学問をして、これからどうするのかを学ぶのであろう?

 それに専念した方が、よほど有意義だ」

 まったくもっての正論に、反論の余地はなかった。

 そうですよね……元の世界で剣道すらやったこともない、まして、運動なんて体育の時間だけなんて私が、そう簡単に剣を持てるはずがないですね。


 分かりました、と頷いた。

「大丈夫だ。そなたのことは、余もあ奴らも守るであろう」

 後ろにいる護衛さんたちを軽く顎で指し示す。

「――素直に守られます」

 無理だってことを悟らせていただきました。確かに、こっちの女性剣士さんたちも筋肉隆々なんだよね。ムッキムキって程じゃないけど、いかにも鍛えてますって感じのアスリートっぽい感じ。


 そんな話をしながらパルムールを下町に向かって歩く。

 石畳の道は馬が通るたびに赤い砂が舞い上がる。荷馬車の御者が「は、は」と馬に発破を掛けながら通り過ぎて行った。その中を王様は慣れた様子で歩いていく。私が風で帽子が飛んでしまいそうになるのを押さえると、私の少し前を歩いて風よけになってくれた。

 今日は特に風が強いみたいだ。


 城下は王宮の周りは貴族たちの邸宅が並び、少し離れると、商人の屋敷がある。商人の屋敷の区画から少し離れたところに露店を営む市民の街、さらに離れたところに商人たちのギルドで働く雇人の居住地区がある。それらは道を挟んできれいに区画分けがされている。

 商人たちの街がある道路の両脇には露店が並んでいた。

 野菜が種類ごとに高く積まれた八百屋や、鳥や豚を吊るしている肉屋さんや、魚を売っている店もあった。こうした風景は地球とあまり変わりがない。

 人が生活を営むところは、みんなそんなふうになるものなのかもしれない。


「貴族の邸宅や商人の屋敷は崩れる心配はあるまい。しかし、心配なのはこちらから向こうだな」

 王様が足を止めて、左右を見る。街の端にある高い赤レンガの城壁の方を指差した。

「ここら辺は、王宮前の広場へ行くにも少し遠くて、もう少し近くに避難場所があればいいんですけど」

 小さい露店を営む市民は、ギルドを抱える大商人たちに比べると実入りは全然少ない。その日一日が売り上げで暮らせればいい方だ。だから当然、家は貧しい。ここから先の居住区はみんな似たり寄ったりの貧しさだった。


 パルムールはケペル国の中でも最大都市だから、かなり入り組んでいて、空いているスペースはほとんどない。避難場所を作るには、石造りの家を壊さなければならない。そうすると、家を追い出される人が出てくるので、行政官も踏み込むわけにはいかなかった。


「ふむ。城下の避難場所か。これからの課題だな。よし、工部に案を出させよう。その際、避難場所に欠かせないのはどういったところだ? 進言してみよ」

「ある程度の広さがないと困ります。あとは、建物の倒壊が少ないところですね。城下なら、王宮前の広場位の広さがあると助かるんですけどね」

 貧しい地区の建物は、やはり石を積んであるだけなのでいつ崩れてもおかしくない。

 避難場所として、王宮広場一つだけでは、とても追いつかない。

 もっとそうした場所を広げなければいけないのだが、そのためにはすでに立っている家並みが邪魔だった。


「王宮から神殿に続く、円柱道路の両脇の緑の平野を使えるといいんですけど」

 王宮から神殿へ続く道には、円柱道路と呼ばれている。左右に装飾が施された高い円柱が立っている。はるか昔、神と二種族の王が歩いた道だと言われていた。


 その両隣には緑の平野が広がっていた。王宮の周りはもちろん邸宅として使われているのだが、王宮の後ろは後宮と東宮があるので、貴族たちは憚ってあまり邸宅を立てなかった。

 すると、商人たちも人がいないのなら商売にならないので、前へ前へと街を広げていった。なので、後ろは竜紋火山を正面にした自然のままの景色が広がっているのだそうだ。


 そうしているうちに、神殿へ昇られる神子ウラヌス・ラーたちの心を慰めるために自然のままに残すことになったらしい。今では神殿に向かってまっすぐ延びる円柱を超えて緑の平野に入るものはいない。そんなことをすれば、神子ウラヌス・ラーに対する不敬になるからだ。


「なるほど。検討しよう」

 王様のマントが風にあおられる。今日は少し裕福な貴族のような格好をしている。茶色い丈の短いマントを羽織り、チュニック丈の上着を着ている。どうってない服装だけど、その姿も似合っていた。

 いつも無駄に派手だから目立つのかと思っていたけれど、こうして普通の格好をしていても人の目を引くんものなんだと、素直に感心した。


 オーラですね。


「さ、調査はこれ位でいいだろう。トゥヤ、街を歩くぞ」

 王様に手を引かれて、速足で歩きだした。露店が並んでいる道のどこからか、ダシのようないい香りが漂ってきた。

「そうだ。ファン先生がいつもお酒飲んでいるお店があるんですけど、そこのマレというのがおいしそうなんですよ」

 食べ物の匂いで思い出した。マレはナンのようなもちもちしたパンを半分に切って、開いて、そこに肉団子を入れたものだ。肉団子にかかるたれが甘辛そうな匂いを漂わせていて、食べてみたいと思っていたんだ。

「ほう」

 興味があるようで、王様の声のトーンが高くなる。

「王さ――」

 王様は、と言いかけて口を閉じた。

 

 さすがに、NGワードですよね。


 ちらりと王様の顔を見上げると、王様は苦笑している。

「余の名前はアシュラムだ。アシュラムと呼ぶがいい」


 え! いきなり名前呼びですか!!


「あ――」

 声を出すと、恥ずかしくてそのまま風と一緒に消えていく。

「のですね」

「はい、やり直し」

「アシュ――」

 から先が出てきません……。

 恥ずかしすぎます……。


 王様は人の顔を覗き込んでくる。やめて下さい! 絶対に真っ赤になってますから。


「――っていうか、旦那さまでいんじゃないですか? もう」

 開き直ると、王様は「ふむ」と顎に手を当てて何かを考えている。


「仕方あるまい」

 ふう、とため息を吐く。

 

 なんだか、この頃、王様は人を辱めて楽しんでいるような気がします……。


「っていうか、『余』って言ってたらばれちゃいますよ」

 いじめられたので、恨みがましく王様を見る。王様は人の頭を一つポンと叩いた。

 お、図星だね! 気が付いてなかったね!!

 鬼の首を取ったとばかりに、ちょっと私は胸を張った。

 


「マレというものを買いに行くのだろう。早く来い」

 王様がすたすたと歩いて、振り返る。

 マレの屋台に行くと、隣にかごに入ったラッカが置いてあった。

 王様は隣の露店のラッカを見た。

「あれ? ラッカ?」


「以前、そなたが土産によこしたな」

 マレの屋台から、隣の露店に行くとかごから一つ、ラッカを掴む。露店のおばさんに銀の粒を一つ渡している。ラッカを手に持ってこちらに戻ってくると、王様が私にラッカを渡した。

「ラッカは、子どもの頃によく食べた」

 私の手のひらの中のラッカを愛しそうに見つめる。


「子どもの頃?」

「ああ。まだ王太子にもなる前だ。6つ、8つの頃だったかな」

 王様の顔がいつもと違って柔らかく微笑んでいる。がやがやと人が行き来して騒がしい露店の前で、王様は周りの声をわずらわしそうにしながら、私の手を引いて懐かしそうに昔を思い出している。

 露店の隣の樽を借りて二人で腰をかけた。


「あのころはまだ、王太子も決まっていなかったから気軽なものだった。幼馴染たちと竜殿を抜け出しては、城下を散策したものだ」

 王様の小さい頃って想像ができない。

「その時の思い出なのだよ。このラッカは。皆でラッカを一つ、シェンを出し合って買って食べたのだ。

 ――懐かしいな」

 王様が私の手からラッカを取る。じっと見つめて微笑んでいる。

 この様子は、本当に懐かしいんだろうな。


「なので、そなたが初めて城下に降りた時に、土産にラッカを持ってきたときはずいぶん懐かしかった。久しぶりだった。あの時を思い出すのは。

 ――時間はずいぶん進んでしまって、失ったものばかりだと思っていたが……」

 王様はラッカを私の手のひらに落とすと、手のひらごと包んだ。そして私を見て、微笑んだ。


 王様の笑顔が嬉しくて私も自然と顔が綻んでいた。


 パルムールに渡る風がいつもよりも優しく感じられた。

 これからも二人でこうしていられたらいい。

 ううん。これからもこうして二人でいるんだ、と自然に思った。



 ――王様の休日は、平和です。




 


 


 





 


 



 










 


 

 

 


 


 




 

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