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暴君と女神様  作者: maruisu
またまた王宮編
42/69

第三十六話

「……あのう、王様……」

 ふっかふかの絨毯に座り込んだ私は、腰が抜けて立てない。恐る恐る声をかけても、王様は右眉を上げるだけだった。


「立てないんですけど……」

 いやあ、恥ずかしすぎる!

 恥ずかしくて、死ねる!!


 キスされて、腰を抜かしてしまうとは! 恋愛スキル低っ、私!!


 王様は見ていた書類から視線を外すと、こちらを見た。目が合ったので、えへっと笑顔を作ってみた。

 すると、あきれたようにため息を一つ吐かれて終わりました。


 無反応っすか!!

「クアンさん呼んで下さーい!」

 手をメガホン状にして、外に聞こえるように叫んでみる。

 王様はそれでもガン無視で一生懸命お仕事に励んでおられます……。


 ちょっと、こんな時ぐらい手を止めておくれよ……。


 分かりました。分かってます。もう、散々身に染みてます。

 自分でなんとかしなきゃダメなんでしょ。


「治ったら勝手に帰るので、放っておいてください」

 言わなくても、放置だろうけどね。いいんだけどね。

 少し歩けるようになったら、イゾルに肩を借りて、お部屋に帰ります。


 ふうと息を吐いて気合を入れる。

 痛みはないし、いけるんでない!?

 手に力を入れて立ち上がろうとしたら、つっとその腕を引っ張られた。王様の銀髪の頭が目の前に見えたと思ったら、ひょいっと私の脇の下に首を差し入れる。


 え?

 何するの!?

 顔を上げようとしたら、そのまま持ち上げられていともあっさりと肩に担がれた。


「ええ! 何この技!?」

 肩に担いだ後、私の太ももあたりを左腕で支える。私のセリフにふっと笑いながら、そのまますたすた歩きだした。


「私、重いからやめてー!」

 ちょっと、優男っぽい外見で、何そのバカ力! 普通の人は、人なんて持ち上げられないでしょ!?

 慌ててのけぞり、王様の背中をばしばし叩いた。

「降ろしてー! 大丈夫、もう大丈夫だからやめてー!!」


 扉を開けるとクアンさんとイゾルが驚いた顔をしてこちらを見る。二人は一瞬動きを止めたけど、すぐに真顔になって私たちの後を追った。

 王様はまっすぐ歩いて行ってるからいいけど、後ろの二人と目が合ってしまう私はどんな顔をしていればいいんですか!?


 またまた羞恥プレイですか~!!

 恥ずかしいですーー。


「余は、王になる前は龍騎隊にいたのだ。だから、これ位は訳ない」

 王様はまっすぐ歩きながら少し笑う。さっきより少し、柔らかい声をしている。


 訳がなくても、恥ずかしいんですよ、私は!

「暴れると重いだけだから、少し大人しくしてろ」

 王様に言われてのけぞっている背中の力を抜いた。そしたら、甘い香りがふわっと香った。王様の服からふんわりと淡い甘い香りがする。これ、なんの香りだろう。現代版ザ・香水っていうのとは全然違う。バラとか百合とか匂いのある花ではなさそうだけど、花の香りのようだ。ほんのりと漂う香りは心地よかった。


 きっと、この香りを嗅ぐたびに、今日のことを思い出すんだろうな……。

 

 そう思ったら、ちょっぴり鼓動が早くなった。


 連れて行かれたのはもちろん私の部屋で、廊下に落ちてるゴミ(懲りないね)を一瞥すると、クアンさんに何事かを告げていた。

「畏まりました。処理しておきます」

 静かにクアンさんが告げる。

 イゾルが慌てて扉を開けると、シャナヤとイコが驚いて仕事の手を止めた。シャナヤは敬礼し、イコは平伏した。王様はイゾルに「誰も入ってこないように」と告げると、私を抱きかかえたまま寝室に入っていった。


 ちょっと、待った!!

 この展開は……喰われますか!?


 王様は何も言わずに人の体を寝台の上に投げ出した。ちょっと待って、ここの寝台ってマットがないから痛いんだよー。

 寝台は天蓋付きだけど、マットがないのが辛い。この世界のベッドは寝台の上に厚めの布を何層にも重ねて、シーツのような大きな布をその上にかける。中には綿を詰めたクッションのような大きな背当てがあって、これに背をもたらせて眠る。だから、結構背中が痛いんだけど。

 とこんな感じの私のベッドは人が3~4人くらい眠れる大きなもの。王様も休むことが前提で置かれているので広い。で、その寝台に投げ出された。


 痛いです……。

 布の下は板なんでね、バウンドはしないので痛いです。


 王様が当たり前のように私の横に座る。

 

「……なぜ、戻った?」

 落ち着いた静かな声で、王様が問いかける。


「……」

 えっと、本人目の前にして言うのは、ちょっと恥ずかしいのですが……。

 もぞもぞと体を起こしながら、言葉にしてみた。


「あのですね、学問所の先生たちに言われたんです。私がどうしたいのか、自分で決めなさいって。神殿から王宮に連れてこられて、何も知らなかったから。王様と離れてみて、王様は迷惑だったろうけど、やっぱり色々私によくしてくれたんだなって思ったから、やっぱりお世話になって、帰りたいって言うのは失礼だったなって。

 それに、ウラヌス・ラーが言うんです。イゾルが迎えに来てくれて、帰ろうか悩んでいた時に話を聞いて下さったんですけど、、私は王様の役に立ちたいって思ってるんですねって。そう言われたら、そうかもしれないなって……思いました」

 一気に捲くし立てて、言い終わったら自分が何を言いたかったのか自分でもわからなくて、ちょっと困った。これじゃ、王様も訳が分からないだろう。


「とりあえず、もう一度、会いたかったんです……」

 俯いてさっきよりもトーンダウンした声で言うと、王様の表情がふっと緩くなった。

 

「そうか」

 一言、王様が答える。

 

 ……それだけ?

 顔を見上げると、王様と目が合った。こちらを見ていた。ちょっと真顔なので、緊張してしまう。顔が近づいてきたので、慌てて手を出した。


「ちょー!! ストップ! ストップ!! だめです! 彼氏いない歴16年なので、ほんっとそういうこと無理です!」

 王様の顔の前で手を止めると、王様はそのまま腕を掴んだ。


 腕を取られた!

 だめだ、このまま負ける……。


 王様は人の腕を掴んで、ぷっと笑い出した。

 

 あんまり唐突に笑いだすから、こっちはきょとんとする。


「これだから、そなたはからかうと面白い」

 くっと口に手を当てて笑っている。


 か、からかわれている……。

 

「余が嫌になったのではないのか?」

「それは……ないです」

 即答した。……したけど、待てよ、と考える。


 いや、ないかな……。

 私がいないときの話は、とても聞いてはいられなかったけど……。

 それが目の前で繰り広げられたら、ちょっと嫌になっちゃうかもしれないけど……。


 私の言葉に王様は微笑む。

「ならば、よい。神殿での話をせよ」

 突然お仕事モードになって真面目な顔をするので、少し残念な気持ちになった。


 いや、ちょっとだけだけどね!


「神殿って言っても、私は学問所にいたのであんまり知りませんけど……」

 神殿の中に学問所はあったけど、学問部門は冷遇されているようで、神殿と学問所の交流はほとんどと言っていいほどなかった。もちろん学問所の人間がこののち神官としての位を極めていくのだけど、そういう人達は貴族の中でも名門の人たちだったから、まじめに講師として残っている学問所の講師陣とは相容れない部分があった。


「神殿に行った日に地震があったんで、お手伝いをしたりしてましたけど、そのほかは具体的に報告できることはないです。なんせ、下働きだったので」

 半ズボン姿でしたからね。ほんっと何でも屋の扱いだったので、学問所の学徒さんよりもレベル的には下だと思うな。


「あ! 王様、報告ひとつあります!」

 はい、はいっと右手を高く上げる。

「何だ?」 

「学問所の先生から、明日からも通えって言われているので、神殿に通ってもいいですか? ちゃんと、帰ってくるので」

 王様の顔色をうかがいながら言うと、王様は右手で自分の顔を押さえた。


「……え!?」

 王様の顔を見て言った自分の顔が、ちょっと情けない状態になっているのが分かる。眉が下がって、悲しい表情になっていると思う。だって、王様のこの仕草はちょっと呆れている時だから。

「……ダメですか?」

 情けない声で尋ねると、王様はため息を吐く。

 なんだか、一緒にいるとため息ばかり吐かせてしまう。

 私は、やっぱり厄介者なのかも。


「……ダメだと言ったらどうするのだ?」

 ふうっと王様の息が荒くなる。


「……困ります」

 その返答に、王様がもう一度ため息を吐く。

「好きにするといい」

 諦めたような口調だった。


「やった!」

 手放しで喜んでみせると、王は呆れたようにこちらを見る。

 それから両手を組んだ。

「あの日、地揺れがあった日だ。スラム街の徑民を手当てしたのは、そなたか?」

 突然尋ねられて、思い出した。


 あの日、服を脱いで帰った日ね。あの日は、寒かった。マントあるから平気だと思ったけど、結構寒かった。上着一枚あるかないかで体感温度があんなに変わるとは思わなかった。この星は太陽から少し距離があるから、どうしてもどの場所にいても気温が低い。四季はある。今は秋なんだけど、こちらなら結構な冬の気温だと思う。だから厚めの毛織物の上着を羽織るんだと実感した。


 そういえば、王様が視察に来たって騒いでいたんだっけ。見つからないようにさっさと退散したんだけど……。

 すっかりバレてたんですね……。

 どっと冷や汗が出た。


 また徑民に関わってとか、怒られるのかな……。


「そなたは怪我はなかったのか?」

 王様が私の両手を取る。

「はい。私は大丈夫です。私のいた国は地震が結構あったんで。あれくらいなら、慣れてます」

「そうなのか?」

「はい。だから、神殿でもその経験を活かして働いてほしいって言われたんですよ」

「学問所では、大変だったな」

「まあ、半ズボン履いていろんなところ駆けずり回るとは思いませんでしたけど、それなりに楽しかったです。いろんなこと知りましたし」

 思い出すと、カフド博士の無茶苦茶なところとか、ファン先生が意外に抜けているところとかを思い出して、つい思い出し笑いをしてしまった。


「神殿にいても、よかったのだぞ?」

 王様に言われた。

 ……もしかして、やっぱり迷惑だった?


「……あの。やっぱり迷惑でしたか?」

 そりゃ、そうだよね。もともと王様は何の関わりもない私を、神殿への嫌がらせのために浚ってきて、貴族達への嫌がらせになるから後宮に上げたんだもんね。


 ……よくよく考えると、ひどい扱いだ。


 一度出て言った私を引き留めておく必要なんて、本当はない。王様は私が行くところがないから、置いといてくれているようなものだ。


「王様の迷惑になるなら、他のところに行きます。でも、少しでも役に立つなら置いてください……。

 妾妃とかじゃなくても全然構わないです。イコと一緒に働くのだって、全然平気」

 王宮の端っこで、少しでも王様の姿が見られるなら、それで構わない。それだけで少し幸せになれる。


「そなたは帰るのではなかったのか?」

 冷静に突っ込まれて、項垂れた。

「……実は、帰れないみたいです。学問所のカフド博士に言われました」


 私のその言葉に王様は目を開いて私を見た。その眼が、驚いている。そして、力を入れて私の両腕を掴んだ。


「余は、そなたが元の世界に帰るというから手放したのだ! そうでないのなら……」

 王様が私の腕を引き寄せた。バランスを崩して、その胸の中に倒れこむ。私の体を、王様は抱き留めた。

 何が起きているのかわからない私は、ただ王様の腕の中で丸くなっている。びっくりして、声も出せないのが現状です……。

 王様の指が、私の髪の毛に触れた。そっと耳に髪の毛をかける。耳に指が当たるたびに、くすぐったくて体が反応してしまう。

 そんな私をお構いなしに、王様の顔が近づいてきた。


「そなたは私の妃だ」

 耳元で囁かれた。


 



 

   







 

  





 




  

 


 

 




 

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