第四話
龍騎隊という人たちに引っ立てられ、
あろうことか木の格子に入れられ、
車輪の付いた台車に乗せられ、王宮まで引っ立てられた。
さっきサイスさんに教えてもらった、真っ白いドーム型の建物だ。
どうやら中央に大きな広間があり、その周囲には
たくさんの部屋が並んでいるらしい。
そして、連れて行かれたのはそのドームの地下だった。
階段を下りていくとそれまで風が通り過ぎていた回廊と違い、
じんわりと湿った空気がまとわりついてきた。
龍騎隊の人たちはずっと無言だった。
私はこれからの自分がどうなるかまったく見当もつかなくて、
ただ、黙って格子に収まっているしかなかった。
だって、どこを見まわしても、知らない人たちが
知らない格好をして、知らないところに連れて行かれるんだ。
どうやったって、この先の事なんて想像しようがない。
「出せ」
龍騎隊の中で一番偉そうな人が部下の人たちに命じると、
彼らは格子を開けて、今度は鉄格子の牢に
私を押し込んだ。
背中を押され、よろけながら牢の中に足を踏み入れる。
そこは、がらんどうだった。
石の壁にぐるっと囲まれた、三畳分くらいの部屋。
枯草がほんの少し、隅っこの方に置いてある。
それだけだった。
「沙汰があるまで、大人しくしていろ」
龍騎隊の人たちはそれだけ言うと、いなくなった。
残された私は、ただ途方に暮れるしかなかった。
ずっとそこにいた。
どれくらいの時間がたったのかわからない。
時間が分かるようなものは持っていなかったし、
私の他には誰もいない。
誰かが訪れることもなかった。
いろいろ考えなきゃいけないけど……
どうしていいかわからない。
どうやったら家に帰れるか、
これからどうなるのか、全く想像つかない。
黙ってぼうっと膝を抱えているしかなかった。
そのまま時間が過ぎた。
半日以上たったような気もするけど、
そう感じるだけかもしれない。
人は、暇なときは時間がやけに長く感じるから。
すると、足を踏み鳴らす音が聞こえてきた。
階段を下りる、複数の人の音。
だれか、来た。
取り調べとか、そういうことだろうか。
いくらなんでも、捕まりました。処刑されました。
ってことは、ないだろう……ない……よね?
ざわざわと声が聞こえ、足音が近づいてくる。
足音はぴたりと、私の前で止まった。
鉄格子の中で膝を抱えて座っていた私は顔だけ
上げた。
一番初めに目に入ったのが、その人が着ていた
真っ赤な上着。ガウンみたいなものを羽織っている。
その布はシルクみたいなしっとりとした質感で、
流れるひだがきれいだった。
そして、束ねられた白い髪。
こちらを見つめている瞳は緑色。
まるで、宝石みたいだった。
「龍族……?」
サイスさんと同じ、種族の人だ。
「無礼な!
控えよ!!
罪人の分際で王に直接お声をかけるとは!!」
背後に控えていた、おじさんの目がみるみる吊り上った。
王……?
今、この人なんて言ったの?
王って言った?
王って、王様のこと?
国王ってことだよね??
……いや、待って。
私の知ってる王様と、この星の王様は意味が違うかもしれない……。
ということに、淡い期待を抱こう(願望)。
「待て。これは偽りなく異国人だ。
礼儀を知らぬは、仕方あるまい」
後ろのおじさんを片手で制してはいたが、
王様はぶしつけな視線を隠しもせずに、じろじろと私を見ている。
「ふむ」
なにかを納得したような一言。
「これは、珍しい。そなた、名は?」
「……桐耶・佐藤」
「トゥヤ、と申すのだな?」
この人も、「とうや」は、トゥヤという発音になるらしい。
もう、訂正するのも面倒だ。
こくんと頷くと、男は笑った。
「名前も変わっている。これは、面白い」
純粋掛け値なしの笑顔で、私を見る。
「よし!」
王様は何かを決意したように言うと、
後ろにいたおつきの人たちに耳打ちした。
「王! それはなりません!!
罪人を召し上げるとは、なんということです!」
「王! なんということを……!」
「無理です! 諸侯が反対致します!!」
お付きの人たちが血相を変えている。
口々に反対されるのを黙って聞いていた王様は、
うんうんと頷いて見せている。
「わかっている。
しかし、余を誰だと思っている?
申してみよ」
振り返り、お付きの一人に告げる声は低く、
落ち着いている。
その言葉に口を開いていたお付きの人たちが黙った。
「……我らが偉大なるケペリの
聖王でございます……」
その言葉に、お付きの人たちが一斉に手のひらを正面に向け、
頭を下げた。
やっぱり、ここでも王様は王様なんだ……。
王ってのは、どこでも最高権力者なんだね。
なんて、納得している場合じゃない。
「うむ。その余が言っている。
余はその娘を側に置く。
その旨を後宮侍従に申し付けよ」
それだけ言うと、踵を返して歩き出す。
は、はぁ――!?
今、この人何を言ったの???
「……あ、あの……」
思わず声を上げてしまった。
だけど私の声は届かずに、振り返ることはなかった。
すると、列の最後にいた若い男の人が私に頭を下げた。
「私は、王の侍従でございます。
クアンと申します。
王命により、ここからお出しいたします」
牢から出て、クアンさんに連れて行かれたのは、
大きな広場だった。
さすがに王宮と言っているだけあって、中は絢爛豪華だった。
白い石が敷き詰められている床。
壁には柱とアーチがめぐらされ、青いタイルが
幾何学模様にはめ込まれている。
すごい豪華……。
歩きながら、あたりを見回して、思わずため息をつく。
昔、図鑑で見た中世ヨーロッパのお城の中のようだった。
これはほんと、城砦としてのお城じゃなくて、
国の権力者が住む王宮の方だなとしみじみする。
広間に通されると、一番奥の壁に、玉座が置かれている。
「ここにお控えください」
クアンさんに言われ、跪いた。
しばらくすると、玉座の近くの大扉からさっきの
王様が入ってきた。
「控えなさい!」
クアンさんの声が咎めるようになり、
上げていた顔を慌てて下げる。
「トゥヤ、と申したな。面を上げよ」
頭上から響くような王様の声は、よく通る声だった。
恐る恐る顔を上げる。
「本当に、黒い髪をしているのだな。
それに、その瞳。黒の瞳とは、初めて見たぞ。
本来、異国人を捕えた場合、処刑するか奴隷として
払い下げることになるのだ。
それを神殿がかくまっていると聞いたから、
横からかっさらってみたのだが、本当に珍しい風貌だな。
余は気に入った。
トゥヤ、余のものになれ」
王はそういうと、まるでエメラルドのような濁りもない
輝くような瞳で、こちらを見た。
「は? ……はぁ!?」
さらっと、奴隷宣言ですか!?
「トゥヤ、余を拒むことは許さぬ。
余はこの国の王だ。
余が望めば、思い通りにならないことはない」
さらっと専制君主宣言をして、王様は微笑んでいる。
悪魔だ……。
きれいな花には棘がある。
古今東西言い古されたこのセリフを身を持って
体感するとは思わなかった。
思わなかったよー、誰かー!!
きっとあの人、思いっきり拒みたいようなことをしちゃうんだ。
しちゃうつもりだよ……。
思いっきり、顔にそう書いてあるもん。
こうして私は、王様から後宮に住むことを命じられて、
その後宮の隅っこの方に、放り込まれた。