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暴君と女神様  作者: maruisu
神殿編
39/69

第三十三話

 学問所での生活は、わりと楽しかった。

 性に合ってるとでもいうのかな。

 いや、なんでもやらされたんだけどさ。


 ほんと人使い荒いです……先生たち。


 ある日はパルムールに行って、石造りの建物の調査をして、入り組んでいるところや災害時に封鎖した方がいい地区などを歩いて見て回った。

 ある日は竜紋火山に上って、河口付近の確認をしたり、溶岩の流れを把握するための調査に同行した。

 

 そりゃさ、ただ飯ぐらいでさ、勉強もできなければ、世間知らずで何にもできないけどさ。これじゃあ先生たちの付き人じゃん。

 で、思いっきり授業のための資料作りとかもやらされちゃってね、字が読めませんもので、ため息つかれちゃったりして、悔しいから今字を覚えている。

 くそ、しゃべれれば何とかなると思ってたんだけど、……こちらでも勉強か。

 結局高校生は高校生らしく、勉強してろってことなのか――!

 世界は変わっても、日常が変わってない気がする(涙)


 で、今日はカフド博士が使っていた棚が抜けたので、その補修をさせられた。


 ……なんか、私、いいように使われてます。


 サイスさんちで用意されてる服も、初めは町娘さんといった可愛い赤いワンピースだったりしたのに、今じゃ小姓さんが着るような格好になっている。シャツに半ズボンだよ。私はどこの小僧かっての。

 ……まあ、動きやすいからいいんだけどさ。


 先生たち、私がうら若き乙女だってこと、忘れてるでしょ!!


 悪態付きながら、今年入学したばかりだという学徒の人と一緒にぎこぎこ棚板を切る。のこぎりだって渡されたのは、元の世界で使用のビヨンと長い四角にギザギザが付いているやつではなく、刀身の短い刀の内側が深いギザギザになっている奴だ。

 時間かかるっちゅうの。


「そっち押さえてー!」

 だとか、

「やばいー! 切りすぎた~~!」

 なんて言ってたら、どっかで聞き覚えのある声がした。


 イゾルさん……?

 まさかね。

 そう思いながらも声のする方を横目で見てみると、――見覚えのある人が立っていた。


 その姿を見て、驚いた。驚いたなんてものじゃなく、人間びっくりすると目が丸くなるっていうけど、こういう事なんだなっていうのを体感させていただきました。

 自分でも驚くほど目が見開かれた。


「イゾル!」

 中庭に立っていたのは、確かにイゾルだった。

「イゾルじゃない!」

 何でイゾルがいるの!?

 と思いながらも、見知った顔が訪ねてきてくれたことに嬉しくて、駆け寄った。


 イゾルも私を見て微笑んでいる。


 イゾルのところへ行くと、イゾルは気が付かれないようにそっと目じりを拭っていた。

 後宮を出たのはたった一か月くらい前なのに、もう何年も離れていた気がするほど、懐かしい。


「トゥヤ様、何て恰好をなさっているのですか!?」

 開口一番、怒られた。


 え、ええー!!


 そこはほら、元気でよかったとか、会いたかったとか、そういうことを言う場面じゃないの?


「イゾル……、いきなり怒らないでよ~」

 そういう自分も、なんだか情けないんだけど。

「怒られるような格好をなさっているからではございませんか!!」

 ぎゃ、拍車がかかった!


 イゾルさん、相変わらずコワ!!


 さすが、後宮監督官を辞職に追いやった女(勝手に認定)。


「ご妾妃ともあろうお方が、このような場所で、このような格好をなさって、何をしておられるのですか!?」

 イゾルさん、角、生えてます……。

 お説教をばしばしくらって、小さくなっている私を見て、イゾルがため息をついている。


「……ご心配、いたしました……」

 ふとイゾルの目元が緩んで、微笑んだ。

「後宮からお姿を消して、どのようにお過ごしになっているか、イゾルは気が気ではありませんでした。陛下からトゥヤさまの行く先を聞いて、ひとまず安堵は致しましたが、どのようにお過ごしでいらっしゃるか、本当に心配いたしました。ご無事で何よりでございます……」

 すっと、イゾルがスカートのすそをつまんで頭を下げる。女性の敬礼の仕方だ。


 ……心配してくれてたんだ。

 何も言わずにできてきちゃった私を、心配してくれていた。

 私がいなくなった後は、私が来る前に付いていた仕事に戻ったのだろうなと勝手に思っていた。あの王様が、いなくなった私に頓着するとは思えないし、二人とも有能だったから、きっといい職場に戻っているのだろうって、思ってた。


「シャナヤもイコも、心配しておりますよ……」

 イゾルが笑う。みんな、心配してくれていたなんて。


「……勝手に出てきてごめんなさい」

 迷惑かけるつもりはなかったけど、突然姿を消したら驚くよね。私の言葉に、イゾルは微笑みながら首を横に振った。

「もう、よろしゅうございます。ですが、そろそろお戻りいただけませんでしょうか?」

 イゾルが私の顔を覗き込むようにして言う。


 ……戻る?

 後宮に??


 そういえば、さっき「ご妾妃が」って言ってたけど、私、まだ妾妃なの……?

 王様のことだから、いなくなったらかんかんになって私の事なんて抹消していると思ってたんだけど……。


「えっと、私の帰る場所、あるの?」

 恐る恐る聞いてみると、イゾルは「まあ」と口元に手を当てて驚いた。


「当たり前ではございませんか! トゥヤ様は陛下の一の寵姫であらせられます。陛下も、それはそれはトゥヤ様のお帰りを待ちわびておりますよ」

 イゾルの言葉に、ちくんと胸が痛くなった。

 王様が帰りを待ちわびてたら、私を引っさらってきたときのように兵でもなんでもよこして連れ帰ったはずだ。それをしないということは、王様は私には用はないってことだ。

 イゾルが気を使っているのが分かって、ありがたかったけれど、淋しかった。


 イゾルは目を細めると、困ったように頬に手を当てる。

「それに、シャナヤとイコも部屋の主がおられなくて、とても寂しそうでございますよ?」

 イゾルの言葉につっと顔を上げる。

「部屋、まだそのままなの!?」

 これには、驚いた。部屋なんて全部引き払われていると思ってた。まさか、そのままなんて。


「もちろんでございますよ。トゥヤ様のお部屋は全てそのままでございます」

 イゾルが私の顔を見て安心させるように微笑んだ。


 ……嘘、嘘……。

 だって、あの日、どこへなりと行けって王様が言ったんじゃない。私は、王様にとって必要なくなったという事じゃないの……?

 だから、あの日手を振り払ったんじゃないの……?


「それにですね……」

 急にイゾルが言いにくそうに口ごもった。

 な、なんか嫌な予感。


「イコが、淋しさのあまりにモウモウにトゥヤ様、と語りかけるようになってしまいまして……」

 やだな、イコってば。私がいなくて淋しいなんて、殊勝なところがあるじゃん。へへ、っと顔が綻ぶ。


「……あんまりにもイコがトゥヤ様と語りかけるものですから、モウモウが自分の名前を「トゥヤ様」だと認識してしまって、トゥヤ様というと、返事をするようになってしまいました……」

 

 ……ちょっとイコ、何教え込んでんのよ(怒)。


「ほんとうに、皆でトゥヤ様のお帰りを待ちわびているのですよ」

 イゾルの口調が、ふんわりと優しくなる。見上げると、顔もやさしい笑顔だった。


 ……涙が溢れた。



 イゾルは私の涙を、持っていたハンカチでぬぐってくれた。

「それにですね、陛下もきっと、お帰りを待ちわびていらっしゃいます」

 イゾルが続ける。

「トゥヤ様がいらっしゃらなくなってから、陛下は荒れていらっしゃって……。見ておられません」

 さっきまでのホンワカ笑顔から、イゾルの顔が険しくなった。


 え、ええ!

 どういうこと!?


「えー? 王様が……??」

 本当に? と疑うように見ると、イゾルが頷いた。

 いや、にわかには信じられないんだけどな……。あの王様が、私がいなくなったぐらいで荒れるって……いや、ないでしょ。


「左様でございます――」

 言いかけて、イゾルは口ごもった。顎に手を当ててどうしようか逡巡している。

「ええ……それはもう、後宮中が困っておりまして……」

 床を見つめながら、イゾルが言う。


 な、何が起きてるわけ……?

 そんな、イゾルが困るくらい?


「何があったの!?」

 ばっとイゾルの腕を掴むと、イゾルはこちらを一瞬見て、ふと目をそらした。


「ええ、それが……。

 陛下はトゥヤ様がいらっしゃらなくなってから、後宮の女性たちすべてに手を出されまして。

 ご正妃候補のフィナ姫は別ですが、室妃、側妃、誰彼かまわず夜を共にされました――」


 は?

 

「従いまして、後宮中はもう誰が陛下の一の寵を得ているかでそれはもう、とんでもない騒ぎとなっておりまして、諍いが絶えません。

 先日は、一番お歳の下のご側妃候補……いえ、夜を共になされたので、もうご側妃ですね。と寝所を共にされまして……まだ幼い姫だったので、本当にもう痛ましいほどで……」

 ……イゾルが言うのも憚られるように、視線を逸らしたまま告げる。イゾルの腕は震えていた。


 王様の推定年齢って、22~25くらいでしたよね。はっきりと年齢を聞いたことはありませんけど。

 で、一番幼いご側妃候補って……確か見た目小学生くらいじゃなかった? 推定地球年齢12、13くらいかな~ってお茶会の時に思ったもん……。


 ……。

 鬼畜

 ――頭の中にその単語が浮かんだ。


 そりゃ、王様いかんでしょ……。


「あの、イゾルさん。その状況の中で、王様が私の帰りを待っていると思えるところがすごいんですけど……」

 イゾルさんの思考回路ハンパないっす。

 普通、そういう思考回路にはならないと思うんですけれど。


 王様、後宮ライフを堪能してらっしゃるというんじゃないの……、それ。


「ええ~、帰りたくないな、それ……」

 すみません。

 率直な感想です。


「いえ、もう少しお聞きください、トゥヤ様……。それが、妃だけでは飽き足らず、後宮の侍女にまで手を出す始末で……」


 い~や~!!

 聞きたくないですよ!! 


 誰が好きな人の爛れた後宮ライフを聞きたいっていうのよ!

 やめてよー、余計帰りたくないわ~!!


「もう、後宮中の女を食い尽くしちゃえばいいですよ。

 知りませんよ、ほんとカンベンシテクダサイ……」

 そのままくるっと背を向けて部屋に帰ろうかな……と思いました。


  私、ケペル国の性規範がどうなっているのか、心底謎ですわ。

 

「もともと陛下は、女性を女性と思わないところがございましたので、とっかえひっかえなさることは致し方ないことだとは思うのです。

 ですが、トゥヤ様とお過ごしになるようになってからは、トゥヤ様の元にしかいらっしゃいませんでした。そんなこと、これまでございませんでしたのに。

 ですから、トゥヤ様が陛下には必要だと思うのです。どうか、お戻りいただけないでしょうか……」


 イゾルの眉毛が八の字みたいになっていた。ハンカチを握りしめて、こちらに身を乗り出すような格好になっている。

 ほんとに困ってるんだろうな……。


「それで私が帰って、解決するのかな~?」

 王様のただの性癖ってことなら、私、どうしようもできませんけど……。


 それに、あの時、王様私にも手を出そうとしてたもの。

 あの時、私の事が好きだからそういうことをするのかと思ったけど……どうやら、私の勘違いだったらしい……。


 王様は誰にでもそういうことをする。

 

 で、私はお気に召さなかったらしい……。


「私、帰っても役に立たないよ。そういう事なら」

「と申されますと?」

「王様は私に手を出そうとして、やめたの。きっと、そういうことする価値がないからじゃない?」

 イゾルにそれだけ言うと、くるっと踵を返してさっきの作業に戻ろうとした。


「私がトゥヤ様を迎えに行くと申し上げた時に、陛下は『好きにしろ』とおっしゃいました。陛下のことですから、トゥヤ様にご興味がなければ、首を切ってお終いです」

 ここでも、さらっと怖い宣言出た!!

 みなさん、そんなに私の首を切りたいのですか!


「陛下にとって寵愛深い妃が後宮から姿を消すということは、恥辱以外の何者でもございません。斬って捨てるのが、当たり前のことなのです。

 それを、いつお戻りになられてもいいようにお部屋を残しておかれ、迎えに行くと申し上げた時に、反対なさらないなどと……これまでの陛下のご気性からは考えられません」

 イゾルがきっぱりと言い切る。そんなこと断言されちゃう王様って……頭痛いです。


「ですから、トゥヤ様には何としてもお戻りいただかなければならないのです」

 イゾルがハンカチを握りしめてきっと睨みつけるようにこちらを見る。


「あのう……、それって手に負えなくなった王様を、アンタが躾けなさいよって言われてるようにしか思えないんですけど……」

 私の言葉に、イゾルが「まあ」と驚き顔をする。

 そこ、全く驚くとこじゃないでしょ。


「そんなこと、ございませんわ」

 満面の笑みでこちらを見たイゾルさんに、腹の中に何を隠していやがるのか……という感想しか浮かびませんでした、とさ。


 とりあえず今は神殿預かりになっているので、学問所と神殿の許可がないと帰れないことをイゾルに説明する。迎えに来ました、じゃあ帰ります、というわけにはいかないだろう。

 3日間考える猶予を下さい、とイゾルに頼むと、3日後に必ずお帰り下さいませ。と念を押された。


 あんた、あんだけ脅しておいて帰って来いとは、ほんとに腹黒いわ~。ないわー。


 カフド博士に言うと、あっさり「君が帰りたければ、好きにするといい」と言われた。

 とりあえず、引き止める気はないらしい。ただし、引き受けたことは最後までこなしなさい、と言われたので、王宮からここに通ってもいいか尋ねたところ、それは構わないらしい。

 ありがたい。


 神殿の方は、王の帰還命令が出たのなら神殿は引き止められないというので、正式に命令が出るのであれば丁重にお引渡しいたします、との回答だった。

 とりあえず、どっちも帰るのには差し支えなさそうだった。こちらにも通いでいいか尋ねると、カフド博士の許可があれば神殿は黙認するとのことだった。


 で、私は素直に3日間悩むことにした。



  

 




   

 




 







 


 






 

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