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暴君と女神様  作者: maruisu
神殿編
38/69

イゾルの憂鬱

 (わたくし)の主のトゥヤ様がお姿を消してから、実にひと月が経過いたしました。私もシャナヤもイコも、妾妃付の任を解かれることなく、トゥヤ様がおられる時と同じように妾妃様のお部屋で過ごしております。

 

 ……ですが、やはりお部屋に主がいないというのは何とも張り合いがございません。


 シャナヤもイコも、心ここにあらずな様子で、寂しげでございます。

 トゥヤ様がいらしてこその、このお部屋でしたのに。


 トゥヤ様がおられなくなって、陛下のご様子もすっかり変わられてしまいました。

 大神殿の即位の大祭を間近に控え、それが済めば、陛下の戴冠式とご結婚式がございます。

 陛下はすでに聖王(ウラヌス・カーリ)として御即位あそばしておりますが、前王の喪が明ける一年は戴冠式を行うことは許されません。間もなくその喪が明け、戴冠式が行われるのですが……。


 陛下は本当にご正妃をお迎えになられるのでしょうか。


 私は、陛下とトゥヤ様がお幸せそうだったのを知っております。

 陛下はトゥヤ様に心を許されておられるご様子でした。


 それが……。


 先日、私は王にお目通りを願いました。本来ならば一介の侍女が王に易々と会えるような立場ではございませんが、女官としても位を頂いておりますので、王はすんなりお目通りを許して下さいました。


 わたくし、トゥヤ様のご帰還を陛下にお願いさせていただきました。

 本来、後宮に納まる妾妃ともあろう方が門限までにお戻りになられずに、姿をお隠しになるということは死罪に値いたします。ご帰還を勧めるなど、本来あってはならないことでございます。


 ですが、トゥヤ様は世間を知りません。いくら神殿にいらっしゃるとはいえ、あの方が心健やかにお暮しであられるか、心配でなりません。

 陛下には重々そのことをお伝えして、トゥヤ様のご帰還を勧めることをお願いさせていただきました。


 この時ばかりは、イゾルは首をはねられても仕方がないと、心を決めておりました。

 ですが、それが私のトゥヤ様に対する忠誠心でございます。断罪されても仕方のないことだと、覚悟は決まっておりました。

 ――ですが、陛下はため息交じりに「好きにするがいい」とおっしゃるだけでございました。


 ――好きにするがいい――という事ならば、私の一存でトゥヤ様をお迎えに上がっても差し支えないという事でしょうから、私はさっそく、お迎えに上がることにいたしました。


 これ以上、後宮内が乱れていては、なりません。

 ご正妃のフィナ様はお心を痛めている様子。

 そして、ご側妃、ご室妃の皆さまは何ともぎすぎすとされて、心穏やかならぬ毎日をお過ごしになられております。

 争いも、以前よりも本当に増えまして……。


 こうなると、トゥヤ様がいた時は、トゥヤ様が姫君方の悪意を一手に引き受けて、それでも笑顔でいらしたから、後宮内が平和だったのだなとしみじみいたします。


 トゥヤ様は決して、みなさまが噂されるような姫君ではありません。

 確かにあの方は、こちらの常識をすべて無視して行動されるような、慎みのない部分もございます。ですが、それはあの方のせいではなく、お育ちのせいですので仕方のないことです。


 私は、他の姫君方のようにお家柄ですとか、ご容姿ですとか、ご教養、お身の回りの品、そのようなことで他者とは張り合わないトゥヤ様を好ましくも思っておりました。

 それに、あの方は割と飲み込みも早いですし。

 

 なんといっても、ご身分をご考慮しない点は賛否両論ありましょうが、私たち侍女や使用人からすると気安く声をかけていただいて、妃の立場にある方からねぎらいの言葉もいただけるなど、そうあることではございません。あの方は位は低いかもしれませんが、心根という点では、妃の資質がおありになるとイゾルは思っておりました。


 あら、いけません。トゥヤ様を思うあまり、あの方を褒めるようなことばかり考えておりました。

 お褒めになると、すぐに増長するようなところもございますから、あまりほめすぎるのも厳禁でございますね。


 考え事はそれぐらいにして、私は一日お暇を頂き、トゥヤ様のお迎えに上がることにいたしました。


 神殿にいらっしゃることは分かっておりましたので、一時間ほどの道のりを歩きました。

 神殿の大門で門番に声をかけますと、王の使いが先に神殿へいらしておりましたようで、すんなりと通していただくことができました。


 本当に、陛下も……私の暇に合わせて神殿へ使いを出すくらいならば、トゥヤ様にご帰還命令をご自分でお出しになればよろしいのに。

 つい、頬に手を当ててため息なぞ出てしまいます。


 本当にお二人とも、素直ではございませんこと。


 通されたのは、神殿の奥でございました。このようなところ、初めて足を踏み入れます。私のような一介の後宮付きの侍女が、このようなところに入れていただいてよろしいのでしょうか。


 おずおずと中に入りますと、私はあまりの光景に驚きました。


 神殿の奥の中庭で、小姓の格好をしたトゥヤ様が、大きなのこぎりを持って板を切っているではありませんか。額に汗をして、それをぬぐっておられて……。


「トゥヤ様!!」

 思わず声を張り上げてしまいました。

 すると、一緒にいた男性と笑いながら何やらお話をされていたトゥヤ様が顔を上げてこちらを向きました。

 私の顔を見ると、それはそれは驚いたご様子で、見る見るうちにくりくりとした黒い瞳が見開かれました。


「イゾル! イゾルじゃない!!」

 トゥヤ様のお顔が、ぱっと笑顔になります。


 離れていたのは一か月ほどですから、大した時間ではございませんのに、出会えたことが本当に嬉しくて、私の視界がほんの少しだけぼやけました。


 トゥヤ様が笑顔でこちらに駆け寄っていらっしゃいます。


 ああ、トゥヤ様。ようやくお会いすることができました。


 トゥヤ様の笑顔を拝見いたしますと、私の主はやはりこの方なのだと、改めて思わざるを得ないのです。  

 

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