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暴君と女神様  作者: maruisu
神殿編
36/69

第三十一話

 んで、今私がどこにいるかというと……えーと、やたらと大きな机の前に座っているお歴々を前にして、端っこの方で小っちゃくなっております。


 カフド博士の言葉にお母さんの顔を思い出して、気分が悪くなったけど、カフド博士が落ちつけてくれて、特に何もならずに心は回復した。

 たまにある。

 自分のことを考えると、自分がいなくなるような感覚があったり。

 小さいころからだから、そんなものだと思って過ごしていた。


 で、元に戻った私は、二人の先生に心配されながらも、時間ということで報告会へ連れて行かれた。

 その時に、みんなに掛け合ってくれるらしい。


 神殿の礼拝所の奥には、神官たちの執務スペースがあって、その中に神官たちが会議に使う大きな広間がある。その真ん中には木枠にいくつものタイルを嵌めて造られている凝った造りだけど、すごくシンプルで美しい机が置かれている。


 そこに座っているのは、どえらい神官方ばかりだそうだ。

 神去りされたことになっている大神官(ケペリ・ラー)はもちろん姿を現すことはないが、それ以下の神子(ウラヌス・ラー)を中心として、神官長(マーホル・ラー)正神官(カムル・ラー)……以下略、と、十名くらいの神官団が座っていた。

 いちいち官名を教えてもらったけど、当然覚えられるわけがない。


 ファン先生曰く、ウラヌス・ラー以外のこの人たちは長老と言われる、神官の中でもかなりい偉い人たちだそうだ。

 長老なのに、若い人がいる~とお約束の質問をして、ファン先生を苦笑させた。


 まずは昨日の地震の報告だった。それから先日出た解析値をもとに、これから起こるであろう大厄災について報告した。

 カフド博士が図を用いて説明すると、神官達がざわめきだした。

 その中で、一番初めに声を張り上げたのは、若い猿人の男性だった。


「しかし、竜紋火山が爆発するなど、今まであり得ませんでしたぞ」

「星だとて、今までも流れておりましたではないか? ケペリにぶつかったことなど、ついぞありますまい」

 神官達はお互いに顔を見合わせて、苦笑している。

 やはり、長い年月安穏と過ごしていたせいで、実感はないらしかった。


「経験に勝る知識……ね」

 ため息交じりにつぶやく。すると、それを聞いていたファン先生がまた苦笑した。


「地が揺れるというのも、この大地が生きていれば当たり前のことなのです。幸いケペリのプレートはそれほど分断されていないようだ。だから、今まで我々は地揺れを経験しないで済んだのですぞ」

 カフド博士が言う。

 神官達はのんびりとカフド博士の言葉を聞いている。


 やっぱり、あんまり実感ないみたいだな……。


「この厄災は必ずわれらの身の上に降りかかるんです!」

 いらいらと、カフド博士が机を叩いた。


 静かに口を開いたのは、神官長だった。


「驚くことは、ありますまい。(ケペリ・ラー)はそれを神託としてウラヌス・ラーに授けました。即位の大祭の時には、民へのご信託もございましょう。すべてはケペリの意のままに……」

 立ち上がると優雅に手を広げて、みんなを見回している。

 一瞬目が合って、ドキッとした。

 神官長は長ってだけあって、結構なおっさんの竜人だった。もともと白髪なので、一定より年上の人はみんな老人に見えて辛い。

 想像だけど40以上の白髪の人は、みんな結構なおじさんに見えてしまうからダメだね。


「神託は、民が大厄災から逃れる術を提示できますかな!?」

 ファン先生が強い口調で言う。

「神託を授けるということは、神殿が民を救わなければならないのですぞ。

 今生の生に別れを告げ、来世に生きよとケペリの民に告げるか、命ある限り、ケペリによる生を全うせよと告げるのでしょうか!? それによって、神殿の取るべき道はおのずと変わってくる……」

 ファン先生は今まで見たこともない、険しい顔をしている。


 神官長はそんなファン先生を顔色一つ変えずに見下ろしていた。


「世は流れる時の中にのみ、存在しましょう。

 時に身を任せるは、古からの(ケペリ・ラー)の教え……。

 

 何を迷うことがあるのでしょうか」

 

 神官長の言葉に、皆が押し黙った。


 訪れる出来事は自然の摂理。それに身を任せ、なるようになるしかない。


 無常ってやつだね。

 

 すると、シャランと金属の擦れる音が聞こえた。立ち上がったのは、ウラヌス・ラーだった。ウラヌス・ラーが持っている錫杖に付いている金属が擦りあって楽器のような音を立てていた。


(ケペリ・ラー)は創世神話で述べられました。


 この星に大きな厄災が現れるとき、私はこの地に足を下すだろう。

 それは、この星の定め。

 見よ、我の姿を。

 聞け、我の声を。


 我の意に従え。


 ――と。我らにそれを生き述べる術はありません。持ち得るとするならば、(ケペリ・ラー)のみでございましょう」


 ウラヌス・ラーが流れるようなきれいな声で、そういうと、部屋の中はしんと静まり返った。誰も、何も言葉を発しない。

 静寂の中で、聞こえるのはその綺麗な声だけだった。


 やっぱりいつ聞いても、きれいな声だな……。


 うっとりと聞いていると、ウラヌス・ラーと目が合った。目が合うと、ウラヌス・ラーは少し口角を上げて微笑んで見せた。

 わわ、きれいだ、と眺めていたのがばれてしまった。


 ごほん、と咳ばらいをしたのはカフド博士だった。


「ご信託の是非は、この際置いておかれるといい。これは、科学的見地に基づくデータなのですよ。厄災はあるのです。それがどのような規模で、どれだけ人々に被害を与えるのかは予測に基づく想像でしかないが、その想像ですら、我らの理解の上を行きます。

 それを、民にどのように告げるというのでしょうか!?

 彼らは、知識を持ちません。

 いたずらに騒げば暴徒と化すかもしれません。

 

 そうなったら、目に見えない神では、役に立たないかもしれない!!」

 バンと机を叩いた。そのカフド博士の迫力に、みんなが一斉に目を瞠った。

 カフド博士は息を整えてからまたみんなを見た。


「いいですか?

 民の知識を封じたのは、我々神殿です。

 それが、神の意思だったからだ。

 だからこの世界は2000年の時を経て、人々から厄災から逃げる術を取り上げた。


 たった2000年ですぞ。われらの先祖がはるかな故国からこの地に降り立って。

 その間の衰退を意味しているものはなんだというのです!


 なんのために神は人々から「知識」、「知恵」を取り上げた!?

 

 その(ケペリ・ラー)が、本当に神託だけで民を救うとお思いか!?


 しかし、神殿が神の信託としてこの星とともに民に滅びよというのならば、神殿はもう信仰を与える対象を失うのですぞ!


 人は生物としての本能で、死の最後の瞬間まで「生きたい」と願う種です。

 

 一見、ケペリ・ラーは矛盾した神託を与えているように思われる。

 しかし、それは己の運命を「民に選ばせよ」という事ではないのですか?

 

 生に対する本能を信仰だけで抑えるには、今の神殿には力がなさすぎる!! そうなれば、神殿は瓦解する……」


 カフド博士の最後の言葉に、皆は鎮まった。


 神は人々から逃れる術を取り上げて、それでも厄災の時に自分が降り立つと説いた。

 その意味は一体、なんなのだろう……。


 神官長は、無常の中で人々の命が尽きる瞬間を待つべきだという。

 ウラヌス・ラーは神がお救いになると信じている。

 カフド博士は……神の言う矛盾と、生命の矛盾を知っている。私たちは、己の命の責任を自分で決めるのが、人として正しいことだと、言っているんだ。


「民が滅びを受け入れるのなら、それもまた一興。しかし、一人でも生きたいと願うのなら、そのための道を神殿は開くべきなのではないでしょうか? 我々学問所は、一人でも民がこの厄災から逃れることができるように、避難するべきだと考えます。そのためには、彼女の知識が必要になる」

 すっと、私の方を見る。

 みんなの視線が集まって、緊張する。


「彼女は地震と火山のある国で生活していました。そのための備えを多少知っている。その知恵をわれらは借り、民に与えることをお許しいただきたい」


「民に、知識を施すというのですか!?」

 叫んだのは、神官長だった。


「知識を施すとは、大罪ですよ! ケペリが戒められた、この星の禁忌! それを神殿自らが破ることなど、出来ましょうか!!」

 神官長の意見に、長老さんたちが賛同する。


「だまらっしゃい!」

 大きな声を出したのは、ファン先生だった。

「われらの種の存続の危機に、禁忌も何もありますまい! 手をこまねいて厄災を待つだけならば、それこそ神殿など必要あるまい!!」

 

 二人の博士がこれだけ激昂するなんて、やっぱりとんでもないことが起こりつつあるんだ。

 私は、私がいる世界なのに、やっぱり実感が乏しい。

 この星の人間だという、感覚がないからかな……。


「われらが(ケペリ・ラー)の御意志がそこにあるのならば、我らはそれに従いましょうぞ」

 ウラヌス・ラーが立ち上がる。

 そして、足音もしない優雅な足取りでこちらに向かうと、私の前で左手の手のひらを向けてすっと頭を下げた。

 突然、目の前でお辞儀をされたので、私は固まって動けなかった。


 途端に、会場がざわつく。


「やはり、ウラヌス・ラーがおっしゃる(ケペリ。ラー)のお姿なのですね」

「この方が……」

「おお、ケペリよ……」

 神官達がウラヌス・ラーに倣って頭を下げようとする。


 ちょ、待って、待って。

 やめて下さーい!!

 私は今日、宿貸して下さいって言いに来ただけなんですから――!!


 おろおろしていると、カフド博士が舌打ちした。


「待ってください。ウラヌス・ラーよ。

 この者はただの『人』です。(ケペリ・ラー)の化身ではない。

 彼女がどう生きるかも、彼女が選択することです。


 彼女の意思をもぎ取ることは、人が生きることを無視することです」


 さっと私とウラヌス・ラーの前に立ちふさがる。


 ウラヌス・ラーは天井を仰ぎ見る。


「いいえ。

 今、この時に彼女が現れたということが肝心なのです。

 

 (わたくし)には、やはりそこには(ケペリ・ラー)の御意志があるように思えてなりません……」


 シャラランと錫杖の音が流れた。

 ウラヌス・ラーの声は天井に反響して、消えていった。


 誰も、言葉を発することができず、その場はただ静寂に包まれた……。


 えーっと、私の宿はどうなるのでしょうか……?




 

  

  

 



 

 




 


 


 

 

 


 

 


  

 

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