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暴君と女神様  作者: maruisu
神殿編
30/69

第二十六話

 その部屋でしばらく待っていると、私が入ってきたのと同じ扉が開いた。

 ちなみに先生たち二人が出て行ったのは、その扉から左側の壁にある扉。


「トゥヤ!」

 姿を現したのは、サイスさんだった。


 ……いや、そんな気はしてたんだけどね。さっき先生が彼っていったとき。


「サイスさん!

 お久しぶりです!」

 わかっていたけど、知っている人に会えるっていうのはやっぱり嬉しいな。

「王宮のパーティで会って以来ですね。あれから、王宮に足を運んでくれたって聞きました」

 ぺこりと頭を下げる。


 サイスさんは私の方へやってくると、優しい笑顔を浮かべた。

「元気そうだな。よかった」

 ほっと安心したように、私の顔を覗き込む。


「元気ですよ? ヤダな」

 答えると、サイスさんが私の肩をポンと叩いた。


「私、サイスさんが来てくれたの知らなくて。

 言い訳にならないけど、全然会えなくてごめんなさい」


「いや。トゥヤが王宮に連れて行かれた時から、王宮の対応がどうにもおかしかったからな。

 本来後宮は出入りは厳しいが、全く入れないということはないんだ。それが、トゥヤ、お前に関してはなぜか一切取次もしてもらえなかった」

  

 ……知らなかった。

 王様、人の知らないところで、そんなことしてたんだ……。

 

「しかし、突然どうしたんだ? 

 あのウラヌス・カーリが、お前を手放すとは思えないんだが……」

 思案顔のサイスさんに、あははーと乾いた笑いをプレゼントする。


「喧嘩しましたから」

 ……一方的に振られたんですけどね。


「私、飽きられたみたいです……」

 自分で言ってむなしくなった。


 どうやら、顔がものすごく暗くなっていたらしい。サイスさんが心配そうに覗きこんでくる。


「王はトゥヤにかなり執着していたようだが……。

 ならば、私にとっては好都合ということだな」

 サイスさんが笑った。

 元気づけてくれているらしい。

 

 いい人……。


「昨日、トゥヤの話をしていたんだよ。ファン博士と。もう少しファン博士と一緒にいたら、トゥヤに会えたかもしれないな」

 昨日、パルムールでファン先生に怒られた。あの時、そんなに近くにいたのか。

「昨日は、子どもたちと遊んでたら、ファン先生に『お前、蛇か?』って怒られたんです。

 サイスさんがいたら、びっくりして、私の事『蛇』として捕まえたかもしれないですよ」

 私が頭をかくと、サイスさんは声を上げて笑った。

「そんなわけあるまい。

 ――ここで立ち話というのも無粋だな。よし、神殿を案内しよう」

 サイスさんはそういうと、来た扉の前にあるプレートの手を当てた。


 しゅんと音を立てて銀色の扉が開く。


「行こう」

 サイスさんが手を差し伸べた。


 学問所の通路を出て、神殿の廊下に行く。神殿は広かった。もともと竜紋火山がとてつもなく大きいらしい。その山を削って作っているのだからかなりの広さを誇るとのことだ。

  

 ガイドブック欲しいな~。


 そう思ったのは私だけじゃなくて、観光名所にもなっている神殿の見取り図がほしいという申し出は後を絶たないらしい。

 神殿は、礼拝所だけではなく、神の門、霊廟、書物所というところは一般の人たちも観光ができるらしい。

 サイスさんが一つづつ案内してくれた。

 サイスさんは途中で衛兵の人たちに会うと、軽く言葉を交わしたり、向こうが挨拶をしてくるのに答えたりしていた。

 なんか、ずいぶん気安いな。


 私がおなかが減った時を見計らって、神殿の中にある観光客相手の露店でピロシキのような肉餡の入った大きな揚げパンを買ってくれた。なんでも、観光客に人気があるらしい。


「……おいしい!」

「だろう? 私も以前食べたことがあるんだ。若い衛兵たちと一緒に。こういうのは、食べ歩いたほうがおいしいらしい」

 サイスさんて、偉い軍人さんだったよね、確か。神殿の護衛兵の中で一番偉いとかって。

 それなのに、さっきも思ったけどずいぶん気さくだな。


 そんなふうに、二人で一日かけていろいろ見て回った。ちなみに書物所っていうくらいだから、図書館みたいなのかと思ったら、絵画が掛けてある美術館みたいだった。

 

 ……したことないけど、デートってこんな感じなのかな……。

 だって、男の人と二人で街を歩くなんて体験、初めてです。


 うーん、むしろサイスさんからしたら接待か?


 私がボケボケとつまらないことを考えながら歩いていると、突然サイスさんに腕を掴まれた。

「こっちだ」

 弾んだ声で言いながら、振り返る。楽しそうな笑顔で私の腕を引いた。

 神の門の先は一般人は出入り禁止だそうだが、サイスさんは衛兵に一声かけると中に入っていった。この門をくぐると、ずっと上り坂になっている。

 15分くらいして坂を上りきる。


「うわ!」

 思わず声を上げた。登り切った坂の前には、青空が広がっていた。

 ここは、広い崖の上だった。


 王都を見下ろす崖の上。緑色の空が、夕焼けに染まっている。

 地上を見下ろすと、街の建物が夕焼けに照らされてオレンジ色に光っている。

 その中心の白いドーム型の王宮の天井に貼られているガラスにオレンジの光が反射している。


「すごい、きれい……」

「ここは、あまり人が訪れないんだが、きれいな景観で気に入ってるんだ」

 サイスさんが断崖の際に座る。

 その隣に腰を下ろした。


 すると、サイスさんがこちらを向く。少し首をかしげて、私の目の高さに視線を合わせる。ちょうど、顔を正面で見られているような状態だった。


「ここに来たばかりの時は、怯えて震えていたな。

 王宮で見た時も、同じだった。怯えたようにあたりを気にしていた。

 そんなトゥヤがどうなったのか気になっていたが、元気になったようでよかった」

 突然言われて、なんて返せばいいのかわからなくて、ただまじまじとサイスさんの顔を見つめてしまった。


 私があの時より元気になったならば、それは王様のおかげだ。

 

 ちらっと王様の顔が頭に浮かんで、慌てて打ち消すように首を横に振る。


「ここに来たばかりの時は、どうすればいいのか何もわからなかったから」

 そうだ。そんな私にイゾルとシャナヤをつけてくれて、いろいろ教えてもらった。

 王宮のパーティもお茶会も、わからないことだらけだったけど、だからわかったことも多かった。


 そうやって一つづつ、王様は私にいろいろなことを教えてくれていた。

 街へ出ることも、世間知らずな私にこの街のことを教えたかったからじゃないだろうか。


 知ることで、私は今までの自分を取り戻した。

 王様はいつも無茶苦茶だったけど、そのたびに怒ったり、笑ったり、泣いたり、感情を素直に表すことができたんだ。

 たくさん可笑しかったことがあっても、王様は変な顔一つしなかった。

 私を当たり前に受け止めていた。


 私にとって王様は、何にも代えられない大切な人だ。


 大切な人だったのに……。


 膝に顔をうずめる私の頭に、暖かな掌が乗せられる。


 慰められているのかな……。


「トゥヤがいなくなって、心配だった。

 お前を一番初めに見つけたのが、私だったからな。お前が何も知らないのをわかっていたから。もう少し、一緒にいてやれたらと思ったよ。お前は、あの時のように怯えて泣いているんじゃないかと、心配したんだ」

 サイスさんの言葉が、風と一緒に流れていく。

 サイスさんは、通りすがりに倒れていた私の事を気にかけてくれていた。


 そっか。

 

 私、この星で一人じゃなかったんだ……。


「私ね、帰れないんだって。元の世界に。

 仕方ないよね……。

 わかってるんだ、どこから来たのかもわからない。どうやってきたのかもわからない。それで、帰る方法なんてわかるはずがない。

 でも、先生たちなら何か知ってるんじゃないかって、初めてファン先生に会ったときに思ったの。

 帰れるんじゃないかって期待した。その時ね、嬉しかったの。

 自分のこと、わかってくれる人がいるかもしれないって思ったら、やっぱり、嬉しかったんだ……。

 帰れるかもって思ったとき、自分のことしか考えてなかった」


「サイスさんもそうだけど、この国の人たちもいろいろよくしてくれたのにね。

 そんな親切、全部忘れて『帰れる』って喜んだの。だから、罰が当たったのかな……」

 顔を上げられなかった。

 

 しばらくそのままだった。サイスさんは、顔をうずめたままの私の頭に手を乗せたままだった。

 暖かい掌のぬくもりが流れてくる。


「こんなこと言われても、困っちゃうよね」

 ばっと顔を上げる。

 

 落ち込んでても仕方ない。泣いていても、どうしようもない。

 だから。


 笑いかけた私の顔を見て、サイスさんは顔を曇らせた。


「誰がお前に罰を与えられる? トゥヤはよくやっている。そんなふうに自分を責めてはいけない。

 お前はもっと頼っていいんだ。周りに頼って構わないんだよ。一人で全部抱えてはいけない」

 サイスさんが私の顔を両手で包んで上に向けさせた。

 私の肩を掴む。


「私が、抱えてる?」

「そうだ。寂しいときは寂しいって言っていいんだ。

 帰りたいのなんて、当たり前だろう? お前は知らないところに一人で放り込まれたんだ。元の世界に帰りたいのなんて、当然のことだ。それを、誰も責めたりはしない。責められるわけがないじゃないか。

 泣きたければ、思い切り泣けばいい。

 泣いた後に前を向いて、自分のやるべきことを考えればいいんだ」

 

 サイスさんの言葉が胸にしみる。


「泣いたら、慰めてやる。恋しくなったら、話を聞いてやる。それでは足りないか?」

 サイスさんが困ったように眉をしかめながら笑っている。

 黙って首を横に振った。


「そんなの、十分すぎるよ……」

 暖かい言葉に、涙がこみ上げてくる。

 俯いて、こみあげてくる涙を手の甲でぬぐった。


 サイスさんは何も言わずに頭を一つ、ポンと叩いた。

 そして、私の涙を見ないように横に立つと、夕日に染まる王都を見ていた。


「自分の故郷を嫌いな奴なんて、いない……」

 サイスさんが呟いた。

 

 私の今までの世界は、あまりいい思い出のない世界だった。

 だから、無意識のうちに考えなかったのかもしれない。帰りたい、という気持ちを。

 今更だと思ってた。

 だから、諦められる気がしていた。


 でも、やっぱり私、自分の生まれ育ったところが恋しかったんだ。

 ただ、それだけだったんだ……。

 

 しばらくしてから、サイスさんが振り返ってこちらを見た。

「そうだ。ウラヌス・ラーも、トゥヤにぜひ会いたいとおっしゃっていたよ」

 突然の申し出に、咳き込んだ。


 せっかく余韻に浸ってたのに……。


 ……いや、いいんですけど。

 でも、またケペリの化身として、この星を救ってほしいとか言われると困っちゃうんだよね。


「お会いしたときに、考えます」

 そういうと、サイスさんは声を上げて笑った。


「さあ、戻ろう」

 サイスさんが笑う。

 きっと、あの二人の先生が何やかや言いながら、待っているんだろうな――。

 

 



 




 




 

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