第三話
サイスさんに連れられてやってきたのは、
真っ白いドーム型の建物の向こうにそびえる山だった。
白い建物は王宮だと教えてもらった。
その向こうにそびえる山は聖山と呼ばれるらしい。
その聖山をくりぬいて作られているのが神殿だという。
「これは、竜騎兵長」
見上げるほど大きな白い門をくぐった私たちは、
白い装束の人に出迎えらた。
「ウラヌス・ラーがお待ちでございます」
白装束の人はサイスさんに言いながら、横目でこちらを見た。
ん?
目を合わせようとすると、すっと目をそらす。
「こちらが、ウラヌス・ラーがお待ちかねの異国人ですね」
白装束の人がまたちらりとこちらを見た。
「そうだ。ご下問があるということで、連れてきた」
サイスさんの言葉に、白装束の人は黙ってうなずく。
そして、そっとこちらへと言って、私たちを促した。
ここは参道に続く道のようで、きちんと白い石が敷き詰められている。
近くで見た聖山に驚いた。
砂岩の断崖がくりぬかれ、削られて、装飾が施されている。
精巧に削られた神殿は、見上げなければ全景をとらえられず、
その荘厳さに驚いた。
「トゥヤ、ぼうっとするな。
何、神殿に圧倒されたか?
この神殿を初めて見る者は、皆一様にそういった顔をする」
くすくすと笑われ、恥ずかしくなって正面を向いた。
それじゃ地方から出てきたおのぼりさんと同じだよ。
通されたのは、神殿の中の一室だった。
白い装束の人はサイスさんに一礼すると、部屋から出て行った。
そして入れ替わり、部屋に現れたのは、金色の髪の女性だった。
「あ……!」
思わず声を上げた。
金色の髪の毛に、青い瞳。
その姿は、地球における白人種だ。
金色のまつ毛に縁どられた、アーモンド形の形の良い
青い瞳で、じっとわたしを見てる。
地球基準でいう、すごい美女だ。
北欧のモデルさんの写真を見たことがあるけれど、
そんなの目じゃないくらい、きれい。
全部のパーツが嫌味なく整っている。
青い瞳に吸い込まれてしまうって、こういうこと言うのかな。
じっと見られるとこちらが気恥ずかしくなってしまうくらい。
…………
それにしても、長時間、見られてるよ……、私。
すると、彼女の目からみるみる涙があふれてきた。
何が起きているのか、もはやわからない。
おろおろすると、彼女は顔を手で覆った。
涙を流している女性に、サイスさんが慌てて駆け寄った。
「ウラヌス・ラー、いかがなされましたか!?
ご気分でも悪いのですか!?」
女性を支えるように抱き留める。
女性はサイスに向かって何かを告げる。
私にはその言葉が分からなかった。
女性はサイスから腕を離し、また私を見た。
そして、すっと手のひらを差し出した。
「ウラヌス・ラーから御掌をいただくということは、
滅多にないことだ。心して、その手のひらを差し出せ」
今までとは違う、厳格な声を出してサイスさんが言う。
おずおずと手のひらを前に出すと、女性が微笑んだ。
そして、柔らかなその白い手を重ねた。
一呼吸おいて、彼女が私の目を見てふんわりとほほ笑む。
「あなたが、トゥヤ様ですね。
竜騎兵長から話は聞いています。
……ああ、本当になんて美しい……」
なにかのきき間違いだと思った。
この美しい人が、私に向かって何とも信じられないことを言った。
美しい……?
何が? 誰が?
全く言っている意味が分からなくて、思考回路が停止する。
「私は、神女であるアシュリアーナと申します。
おお、ケペリのご意思を表すその御髪、その瞳。
なんと美しい空の色でしょうか。
まるで空に君臨する偉大なるケペリそのものでございます……」
ひざまずかんばかりの美女の様子に、どうしていいかわからず
サイスさんと美女の姿を見比べる。
サイスさんは困ったような表情を浮かべ、
美女の様子を見守っている。
彼女がこれ以上何かしようとしたなら、
全力で止めるつもりだろう。
「ちょ、止めてください。
なんだかよく分からないけど、私、そんなじゃないです」
「いいえ! あなた様こそ、我ら神殿の者すべてが待ちわびた、
聖なるお方でございます。どうか、われらにお慈悲を……」
白い細い腕が目の前に差し出され、正面にこれまた
白魚という形容がぴったりな細い長い指をした手が
差し出される。
な、なにこれ?
どうしたらいいの?
困ってサイスさんに助け船を求めるが、サイスさんは
その人の様子を見て固まってしまっている。
「わ、私はただの日本人で、この国には間違ってきちゃっただけで、
なんかわからないけど、サイスさんですら敬語を使うような
偉い人に頭を下げられたりするような人間じゃないです!!
だから、なんだかわからないけど、やめて~~!!」
思いっきり叫んでいた。
すると、女性がすっと居住まいを正した。
「これは、申し訳のないことを……」
鈴を転がすような声って、こういうことを言うんだろうな。
って聞き惚れるほど、アシュリアーナさんの声は耳に心地よかった。
彼女は真剣な顔をして私に向き合う。
「トゥヤ様は、ニホンという国からいらしたそうですね」
「え、ええ。はい、そうです」
「そこにいるサイスから聞きました。
サイスにも本当のことは告げておりませんでしたから、あなたも
驚いていることでしょう」
前半は私に、後半はサイスさんに語りかけていた。
それからまた私に向き合うと、真剣なまなざしで私を見つめている。
「この星、ケペリは二つの種族がいます。
猿族と龍族です。
猿族はその昔、猿から進化した人類と言われています。
我ら猿族は皆、私と同じように、金色の髪と青い瞳を持っています。
そして、龍族は、竜から進化した人類にあたります。
そこにいるサイスのように白い髪に緑の瞳を持っているのが特徴です。
ですから、我々二つの種族は、異なる容姿を持ち、
異なる言語を操るのです。
ですが、この二つの種族の容貌はその二つ以外に例外はございません。
ですからトゥヤ様、あなたのその黒い御髪に黒い瞳、
この色をお持ちになっているのは、この星でただ一人、トゥヤ様だけです」
それって、この目と髪を持っているだけで異星人ということがバレバレということですよね。
「そして、その御髪と瞳の色は、ケペリ・ラーの色なのです。
創世神話によると、この星を統べる神、ケペリ・ラーは夜の化身であり、
この世でただ一人だけ、黒い瞳と黒い髪を持っておられます。
黒というのはケペリ・ラーの象徴なのです。
ケペリ・ラーは創世神話で述べておられます。
この星に大きな厄災が現れるとき、私はこの地に足を下すだろう。
それは、この星の定め。
見よ、我の姿を。
聞け、我の声を。
我の意に従え。
神はこの星に大きな厄災が現れるときにお姿を現されると言います。
今この時に、ケペリと同じお姿を持って現れたあなたこそが、
ケペリ・ラーの御意志と言えるでしょう。
どうぞ、この星をお導き下さいませ」
どうぞ、と言われても、何を言われているのかさっぱりわからなかった。
ケペリという神がいて、その人が黒目の黒髪で……。
……で、私がそれだと……???
ちょ、昔の人!! 何考えてるのよー!
金髪と白髪しかいない星だからって、どっかで突然変異した子どもが
産まれないとも限らないでしょうが!!
黒髪、黒い瞳だからって、神様認定って、どういうこと!?
「力なんて、ありません。持ってません!!」
ぶんぶんと全力で首を横に振る。
すると美女は顔をゆがませた。眉頭がよって、
今にも涙をこぼさんばかりの顔をしている。
「この星は、間もなく大きな厄災に見舞われます。
それは、確実にやってくるのです。
多くの預言者や、学者たちが声を揃えて言っております。
この星の変動を。
それを生き延びるすべを我々は持たないと……」
美女が頭を下げる。
「お願いです。ケペリ・ラーよ。
この星を、人々を導いてくださいませ……」
すると、背後から人がかけてくる足音がした。
「ウラヌス・ラー!!」
その声に驚いて振り返ると、白装束の人々と、
そして長い槍を持った人々が
走ってこちらに近づいてきた。
「ウラヌス・ラー!
王の、龍騎隊でございます」
白装束の一人が声を上げる。
「何!?」
それに反応したのは、サイスさんだった。
「なぜ、王の龍騎隊が神殿に乗り込んできたのだ!?」
サイスさんが声を上げると、龍騎隊の一人と思われる人が、
サイスさんに敬礼をした。
「竜騎兵長、お忘れではございませんか。
わが国では、異国からの侵入者は罪人でございます。
即刻捕縛するのが習わし。
したがって、法に則り侵入者を拘束させていただきます」
龍騎隊の人がサイスさんに向かって言うと、片手をあげて
後ろに控えている人たちに合図をする。
龍騎隊の人たちはさっと私の腕を取った。
異国からの侵入者……
って、私の事か……!!
戸惑う暇もなく、両脇を抑えられ、腕を荒縄で縛り上げられた。
「サイスさん!」
思わず叫んだ。
「龍騎隊の方々!
この神殿で、無体は許しません!
神殿に王宮の権力は及びません!
ここは、龍騎隊が足を踏み入れてよい場所ではございません!」
アシュリアーナさんが叫ぶ。
しかし、龍騎隊の人々は黙殺した。
龍騎隊の一人、さっきサイスさんに敬礼した人が、
アシュリアーナさんに向かって手のひらを正面にあげた。
「ウラヌス・ラー、ご無礼をお許しください。
しかし、これは王命です。
我ら、龍騎隊は竜騎兵とは違い、王の指揮下にあります。
王命を撤回できるのは我らが王のみでございます」
それだけ言うと、すっと頭を下げた。
「行け、罪人を引っ立てよ!!」
他の龍騎隊の人達に向かって声を上げると、
皆一斉に右の手のひらを胸の前で見せるようなポーズをとった。
どうやらこれが、敬礼らしい。
なんて、のんきにみている場合じゃなかった。
私が、罪人!?
なんで?
この国に来ただけで、罪人になっちゃうの……?