第二十五話
すみません。
物理の詳しい知識は全くありませんので、あくまでもフィクションとして、読んでください。もう、ニュアンスだけで構わないんで。
そういうもんだってことでお願いします……m(__)m
ファン先生は開いた扉から普通に中に入っていく。
「おいで」
中に促され、あたりをきょろきょろ見回しながら扉をくぐった。
中に入ると、通路はやけに明るい。
やっぱり。
この扉の中は、熱源が全然違うみたい。
これ、電気の明るさだ。
ずっと電気文明で暮らしてた私だ。こっちの世界のろうそくや魚油のランプと、電気の明るさが全然違うのを知っている。
「ここ、なんですか!?」
驚いて、ファン先生の後ろ姿に尋ねた。
「中で詳しく教えよう」
ファン先生は面白そうに笑いながら言うと、そのまま中に歩いて行った。
正面にはさっきよりも小さな扉があり、手のひらをかざすプレートがまたあった。ファン先生はそれに手を乗せると、また扉が勝手に開いた。
ええー、自動ドアだよ、これ。
その中は、教室のようになっていた。
まるで、理科の実験室だ。部屋の中央に大きな机が置かれ、地球儀のようなものや、定規みたいなものが無造作に置かれている。そして、その合間には書類がたくさん積まれている。
「君が、例のお嬢さんか!」
机に向かい、書類を見ていた男性がこちらを見て、満面の笑みを浮かべ立ち上がり、大股でこちらへ向かってきた。
「いやー、会いたかったよ~」
そういうと、つま先から頭のてっぺんまでじろじろと見た。
「ほお~、こうしてみると猿人の可愛らしいお嬢さんだな。ちょっと日よけ布を取ってもらえんかね。その黒髪は地毛かい? ほお、黒目が光っておるね。光を映すと反射するのか。こりゃ、美しい。ガラス玉を入れてるようにも見えるな。いや、むしろ黒曜石か。これが天然ものだとしたら、本当にすごいもんだ」
じろじろと、人の前も後ろも観察して、つま先から頭の先まで眺めて、ほお~ともう一度言って、顎髭をしごいている。
な、なんだ、このおっさん。
「こりゃ、すごい。肌の色は少し、褐色気味なのだね。ん? これは、日焼けのせいか。髪の毛の生え際を見ると、そちらの方が本当の肌の色のようだね。どちらかというと、黄色みがかっているように見えるが……」
メガネのじろじろに、ファン博士が苦笑する。
「カフド、トゥヤが驚いているぞ」
笑いが口調ににじみ出ている。それから博士がこちらを見る。
「トゥヤ、これはカフド博士だ。少し変わり者だが、気にしないでくれ」
「おいおい、変わり者とはずいぶん失礼な言い草じゃないか」
ふんと鼻を鳴らして、おっさんが腕を組む。
「お前を変わり者と言わんで、誰が変わり者という??」
くいッと顎を傾けたファン博士を見て、思わず吹き出してしまった。
おっさんたち、仲いいんだね。
「おい、カフド。お前がうるさいから、トゥヤが苦笑している」
ファン先生が困ったように空を仰いでみせる。それからくるりとこちらを見ると、
「トゥヤ、すまないね。カフドはいつもこういった感じだ。気にしないでやってくれ」
と、苦笑しながら言った。
するとカフド博士は腰に手を当てる。
「まったく、人聞きの悪いこと言うな。つい興味があって、すまないね」
片手でがりがりと頭をかくと、反対の手を胸の前に出した。私はそれに答えるように手のひらを合わせる。
「えーと、佐藤桐耶です。こちらではみんなトゥヤって言います」
「私はカフド・クノー。こんなにかわいいお嬢さんになら、クノーと呼んでいただきたいもんだな。ここではみんなカフドと呼ぶからなあ。その方がいいかもしれん」
この人、猿人だからカフドが苗字で、クノーが名前ってことか。
あの、真顔で言わないでください。
このおっさん、真剣に言ってる気がするから、嫌だなあ……。
「率直に言おう。我々は君に興味がある。
この場合は、異国人ではなく、異世界人、異星人、とりあえずどういった範疇で括ればよいのかはわからないが、そういった未知の人類の生態に興味がある」
おっさん――もとい、カフド博士が真剣に私を見る。
まあ、そうなりますよね。研究対象だよね。
私の国でも、異星人がいたらNASA行きだし。
おお、宇宙人グレイですか!? わたし。
「研究対象――まあ、いいですけど。
協力する代わりに、真剣に考えてほしいです。私が帰れる方法を」
2人の顔を見て、まじめに言う。
すると、ファン先生とカフド博士が顔を見合わせる。
「帰りたいのかい?」
意外な言葉と言うようなファン先生の言葉に、目を丸くする。
はあ、今更そこからですかい!?
「……そりゃ、帰れるものなら帰りたいですよ」
「へえ。そりゃまた……。
君は、王の想い人なんだろ? この世のほとんどのことは思いのままだと思うんだが」
カフド博士の言葉に、白目を剥きそうになる。
「――まず、王様とは何もありませんから。私、嫌われてるみたいだし。
そうですね、私がこの国に生まれた女性なら、素直にそう思うと思うんですけど。
私、異星人なんで。私が生まれた世界は、こことは全然違う生活水準でしたし、――たぶん、この世界よりも1000年は進んだ世界にいたんじゃないかな?」
思ったことを素直に返すと、ファン先生とカフド博士がまた顔を見合わせた。
王様のこと、そりゃ好きだけど……。
でも――それとこれとは違う。
帰る手立てがあるなら、きっと甘えちゃダメなんだ。
「1000年とは、思い切ったことを言うね」
カフド博士が笑う。
「うーん。だって、私がいた世界では、電気・ガス・水道は完備されていたしな」
何が違うって、いろいろ違いすぎるんだけど……。
ここの人たちにわかるように説明するには、どうしたらいいんだろう。
「例えばこれ、この照明は電気でしょ? これを知っている人は、神殿の人以外でたくさんいるの? 私の世界では、どこの家でも電気を当たり前に使う」
天井を指差して、明るい丸い電球、電球になるのかな~これ。を見る。
ファン先生が一緒になって天井を見上げていた。
「神殿でも、学問所でしか使わないな。電気は」
ですよね。
だって、一番最初に行った神殿の大きな広間も、ランプだった気がするし。
「とりあえず、お互い何から話しましょうか……」
ため息交じりにつぶやく。
「そうだね。お互いの情報を交換しようか。
トゥヤ、君は君のことを話す。私たちは、私たちのことを話す。
そこで相違点と、同意点を求めるということでいいのではないか?」
カフド博士が言う。
まあ、確かにお互いどこまで分かり合えるのかというのは、謎だしな。
その案に、乗らせていただきます。
「まず、帰りたいという君の言葉。
率直に言わせてもらうなら、申し訳ないが、それは無理だと思う。我々は空を飛ぶことはできない。君がこの星の人間でないのなら、帰る術はないと言える」
カフド博士にはっきりと言われた。
……やっぱり、そうなのか。
そうじゃないかとは思っていたけど……。
カフド博士が机の上の箱に手を当てる。
金属が擦れるような音が鳴り、目の前に映像が現れた。
「立体映像!!」
思わず叫んだ。現れたのは、緑色をした惑星を中心にした、太陽系のホログラムだった。
カフド博士がにっと笑う。
「すごいだろう。私も初めて見た時は、驚いたんだが……。
それはさておき、いいかい、これがケペリ」
指で緑色の星を指す。
「で、これが太陽」
一番外側の赤色の星。たぶん、これがここの太陽だろう。一番大きい。
「これがフォン」
ケペリの隣に灰色の星が映る。
そして、並んで灰褐色の星。
それに外側のラー・ヌダス。
カフド博士が一つ一つ指差して教えてくれた。
この太陽系にある星は、これだけのようだった。
「この中に、君が知っている星はあるか?」
フォン先生に尋ねられる。
うーん……。ラー・ヌダスと呼ばれる太陽ぐらいか?
「太陽は、知ってます」
「ラー・ヌダスには、人は住めないぞ。典型的な主系列星で、この太陽系の中心だ。我々の星はこの太陽を中心に回っているんだが」
「ああ、天体の動きはある程度知ってます。
私がいた太陽系の星の数は、8個です。で、これが太陽から近い順に並んでいるとしたら、水、金、地、火、木、土、天、海だから……これじゃ有り得ないんです」
声のトーンが落ちているのは、自分でもわかった。
「……そうか」
ファン先生が確認するように言う。
どうやら、ケペリ系太陽系は、私の知ってる太陽系にも属してないようだ。
「では、君はどうやってきたか、だな」
ため息一つ落としながら、カフド博士が箱を操作すると、ホログラムが消えた。
「昨日から、私とファンで話していたのは、『念波』じゃないかと言っていたんだ。
まず、念波の説明からしようか。
我々の神、ケペリ・ラーはこの星に二つの種族を与えたとなっている。
では、どうやって与えたか?
それはね、君がいるこれなんだよ」
人差し指をぴっと下に向ける。ライトに照らされている銀色の床を、カフド博士が指差した。
「これはね、聖船なんだよ。
ケペリ・ラーはこの船に二つの種族と、あまたの動物を入れて空へ押し出した。
その空へ押し出す力が『念波』」
いたずらをした子どものように、カフド博士が笑いながら言う。
……荒唐無稽だ。
そう思わずにいられなかった。
ばかばかしい、首を横に振ろうとしてふと止めた。
いや、知っている。
その話。ノアの方舟にそっくりだ。
アスファルトで外壁を固めた船に、人類と地球に生きる生物を運んで、洪水をさまよった。
水が引いた大地でノアの子孫は栄えた。
だけど、ノアは超能力者でもなんでもなかったはず。洪水が来ることを予測して、船を作り備えていただけだ。洪水が始まった時に、船に入り、水に浮かんでいただけ。
飛び出しはしなかったはず……。
「トゥヤ、君が言葉を理解しているということは、感応力を知っているということだね」
話の舵取りが、ファン先生に変わる。
「はい、サイスさんから聞きました」
すると、ファン先生が笑顔で頷いた。
「太古の人々は、感能力より強い力を持っていたんだ」
「あ、それも、サイスさんから聞きました。なんて言ってたっけ……?」
考えるしぐさをすると、
「幻視覚能力、じゃないか?」
とファン先生が答える。
私はポンと、一つ手を叩いた。
「それだ! 感応力の説明を受けた時に聞いたんだった」
思い出して、独り言のようにつぶやいた。ファン先生は頷くと、そのまま説明を続けてくれた。
「幻視覚能力は、我々の先祖は当たり前のように使っていたんだよ。文献にも残っている。
かなり強い力のようでね、言語は思考で十分だったし、移動能力、千里眼、念動力なんかも使えたらしい。そうした幻視覚能力を駆使していた我々の先祖は、その能力のおかげで高い文明を築き、星の未来の姿をも予知することができたそうだ。
だから、自分たちが住んでいた星の寿命が尽きるのを知って、宇宙へ逃げ出した。それが、我々の先祖。神の選んだ二つの種族なんだ。
で、我々の先祖がどうやって聖船を打ち上げたかというと、『念波』と呼ばれる念動力だったらしい。一人一人の念波自体は、それほど大きい力ではない。私たちの身の回りのことを処理できるぐらいの力しかもっていなかったと思う。
しかしだ。
人はその潜在意識の奥で繋がっているという話を聞いたことはあるかい?
君の世界ではどうなんだろうか?
私たちの先祖は潜在意識のそのさらに奥で個としてではなく、種としての共通の無意識を共有していた。それを利用して、全員の無意識下で『念波』を共有してすべて聖船の打ち上げに使ったそうだ。
それはもう、膨大な力を必要としただろうね、これだけの船を漕ぎ出す力なのだから。
ただし、力には限りがある。
君だって、物を押し続けるには力が必要だろう? ずっとそうしていたら疲れて力尽きてしまう。それと同じだね。
そうして念波を使い切ってしまったか、微々たるものしか残らなかった。だから、子孫である我々はごくごく弱い感応力しか使えなくなったのだよ」
ファン先生の長い説明が終わり、私は何も言えなかった。
いや、何を言えばいいのかわからなかった。
正直、ファン先生の話についていけなかった。
いや、わかるんだけど――幻視覚能力は私たちが超能力と呼んでいる奴だよね。
潜在意識の奥に深層意識があるなんて話も聞いたことがある。
物が流行るしくみも、深層意識が関係しているっていう説だ。
でも、そんなことが、本当に有り得るの?
物理法則、どうなってんの!?
白旗です。わかりません……。
高校生の知る物理法則までじゃ、それは理解できないな……。
だって、そんなこと地球で言ったら、「大丈夫?」とか言われちゃう。
テレキシネスとか、テレポーテーションとか、サイコメトラーってことでしょ?
いやいや、トンデモ話として笑われるのがオチだよ。
「えっと、私のいた世界では、それは荒唐無稽な夢物語、空想の中のお話としか受け取られないですね。
だから、ちょっと理解しがたいんですけど……。
私のいた世界には、幻視覚能力はなかったんで」
頭を掻きながら言うと、ファン先生は短く「そうか」と返事をした。
「幻視覚能力は、特別な力というわけじゃないんだが……」
そういうとファン先生がじっとわたしを見る。
「振動というのかな。声を発するには、声帯を震わせて音を出すだろう? 人間の言語は他の動物に比べてかなり複雑だ。それと同じように、我々の思念は周囲にごく細かい振動を起こす。それが時空に歪みを作ったり、平行に均したり、運動する力と変わる。それが幻視覚能力の原理なんだがね。
それにね、君の話し方を聞いていると、ものすごく違和感を感じるんだよ。なんというのだろう、音の調和がとれていないというのかな。すごく、酔ってしまうような感じだ。
だから、我々と君の種は振動の使い方が違うのではないだろうか」
眉をしかめながらファン先生が言う。
……荒唐無稽な説明なんだけど、そういう事なんだと言われると、そうだと思わざるを得ない。
だって、私は感能力を知っているもの。
そのおかげで、わけのわからない言葉を理解することができている。
だから、そういうことだと信じなきゃいけないんじゃないかな。
だって、私たちだって、未来の世界から不思議なロボットが現れて、いろんな不思議道具を出してくれたりして、「これどうやるの?」って聞いた時に、22世紀の知識でいろいろ説明されても、たぶんちんぷんかんぷんだろう。
きっと、それとおんなじなんだ。
そういうことにしておこう!
自分に言い聞かせた。
「それと、『念波』って、どういうつながりになるんですか?」
問い返すと、ファン先生が笑う。
「はは、話が逸れてしまったな。すまないね。
君は、この星に来ることになった時、何を考えていた?」
「何って……」
……死のうとしてました。生きていることに絶望していました、と伝えればいいのだろうか。
ビルから飛び降りました?
そんなこと、言いたくない……。
「『ここではないところへ行きたい』って考えてました――」
死んで、苦しむことのないところへ。
「ここではないところへ――か。
もしかしたら、太古の人々の『この星ではない、どこかの星へ』と願う念波が、君の願いとリンクしたのかもしれないな。
引き寄せた念波は君の世界に歪みを与えて、君をここへ連れてきたのではないだろうか」
まじめなファン先生の話に、頷いて見せるしかなかった。
いや、だって、反論する術を持ちませんから、私。
「や、もう、それでいいです」
諦め、とは違う。
とりあえず、原因が分かっても、私は帰れない。
念波でここに来たとしても、この世の中で念波を使える人はいない。
そしたら、考えていても仕方ないのだから……。
すると、しゅっと扉が開いた。
「あのー、ファン博士にカフド博士、講義の時間になりましたけど……」
覗き込むようにして顔を出してきたのは、まだ若い男の人だった。
「あー、すまない!」
カフド博士が額に手を当てる。慌てて近くにあった本を手に取る。
「もうそんな時間か」
ファン博士もあたふたしている。
「トゥヤ、君のことはお願いしている人がいる。彼がもうすぐ来るだろうから、ここで待っているといい。それと、あとで君のいろいろなサンプルを取らせてほしい。頼むよ」
ファン先生がそれだけ言うと、二人は慌ただしくその部屋を出て行った。行ってらっしゃいと二人に手を振って見送る。
よくよく見まわしてみると、来た時と同じような扉がいくつかある。
結構広い部屋だから当たり前か。
一人になった私は、さっきの二人の話を思い出しながら、頭を抱えた。
うん、難しい……。




