第二十四話
朝、まだ誰も起きていない時間に部屋を出た。
イゾル達には申し訳ないけど、見つかったら絶対にダメだって言われるだろうし。
――それとも、もう侍女じゃなくなってるかもしれない。
もともと、王様の気まぐれでここにいるんだし。
私に興味がなくなったら、きっと捨てておくだろう。
後宮の門へ行くと、こんな時間でも後宮監督官がいた。
あれ? 後宮監督官って二人いたっけ?
毎日この時間から詰めてるの!?
私が帰る門限が夜の五の刻で、それまでいつも同じ人がいる。
しかも、監督官は門番だけじゃなくて、後宮内の諸事全般を司っているんだから、相当な重労働だよね。
なんつータフな人なんだ……。
「おや、トゥヤ様。こんな早朝に外出ですか? 供も連れずに……?」
「はい。えっと、王様からはたぶん、外出許可が出てると思うんですけど……」
昨日の、どこなりと行け――というセリフを思い出して、苦しくなった。
あれはきっと、もう帰ってこなくていいってことだ。
「……そうですね。外出許可は出ているようですが……」
後宮監督官が言いよどむ。
「帰城許可が出てなくても、驚かないけど……?」
「ああ、いえ、そういったわけではございませんが……」
後宮監督官が慌てて否定する。
すぐにそばにいた衛兵に何かを耳打ちした。
「……もしかして、私が外に出るのに、何かあるの?」
眉をしかめてみると、後宮監督官が慌てて否定した。
「いえ、何事もございません」
その言い方が、どことなく怪しくて顔を見つめた。
「まあ、いいけどね」
ため息を一つ落とす。
どんな理由や事情があっても、もう関係ない。
ここにいたことを夢だと思って、私はまた一から頑張るしかないんだ。
「あの、伝言とかってお願いできるのかな?」
ダメもとで聞いてみる。
「伝言でございますか?」
「うん。イゾル達に――」
言いかけてやめた。
「ごめん、やっぱり何でもないや」
そう言って片手をあげて、バイバイと手を振った。
監督官は恭しく頭を下げる。
「あ、トゥヤ様」
監督官が呼び止める。
「ん?」
振り返る。
「いってらっしゃいませ。門限までには、お帰り下さいね」
監督官は営業スマイルを張り付けて、ぺこりとお辞儀をした。
そういえば彼は、いつもそうやって送り出してくれてたっけ。
いってらっしゃいと、おかえりなさいって偉大なんだな。
しみじみとしながら「バイバイ」と手を振った。
門を出て、真っ白い城壁に囲まれたドーム型の王宮を見上げる。太陽が、遠い。地球の夜明けはもっと太陽がせりあがってくるような情景なのに、ここの太陽は遠くて、地球よりも二回り位小さいようだ。
建物の影が、糸のように長く伸びる。
そして、緑の空。
ああ、なんて美しいところなんだろう。
城壁の上に長い人影が見える。
はっと息を飲む。
こちらが見上げたことに気がついて、その人影は踵を返す。
さっとなびいた白銀の髪の毛はすぐに見えなくなった。
その人の顔を思い出す。
ああ、なんてきれいな人だったんだろう……。
私の、王様――。
こぼれるのは涙。
王都の中心にある王宮の背には、大きな山が広がっている。その山のふもとに神殿は立っていた。
山の名前は、竜紋火山というらしい。
なんでも、このケペリで一番大きい火山で、ケペリがこの星を竜人と猿人に授けた時に、降り立った場所だという。この火山はケペリの足跡だという。
こんな早朝、町はまだ静かだろうな、と思いながらパルムールを歩くと、朝から結構露店が出ていた。
みんな、早起きです。
パルムールは活気があっていい街だ。
人々の話声、行きかう荷馬車。
こういうのは、嫌いじゃない。
町の喧騒を聞きながら、のんびりと神殿に向かって歩いた。パルムールから神殿まではおよそ一時間くらいの道のりだ。
結構歩くな。てくてく歩いていくと、正面に見える竜紋火山がどんどん大きくなってくる。
……大迫力だ。
きれいだな。見上げると、緑の空と赤い山。すごいコントラストだ。
とりあえず神殿の前に着いた私は、この先どうするか悩んだ。
神殿の前には、岩をそのまま削って装飾した大きな門がそびえていて、これも、岩をくりぬいただけの城壁がぐるっとめぐらされている。
門の前には竜騎兵が左右に配置されている。
「あのー」
門に立っている衛兵に声をかける。衛兵は長槍を横にして、門の前で通行を塞ぐようにお互いの槍を交差させていたが、声をかけたら、その槍を立てた。
「ファン博士にお会いしたいのですが、どうすればいいですか?」
わからないことはすべて聞く、がモットーの私は、こういう時は全部聞いてしまえ、と思っている。
すると、右側の衛兵が私を見た。
「ファン博士ですか? 取次を頼みますので、お待ちください」
すると、左側の衛兵に何かを言うと、左の人が中に入っていく。右に立っていた衛兵は私と門の間に立ちふさがるようにしている。
しばらくすると、小さい少年が走ってきた。
「お取次ぎをしますので、お名前を」
「はい。トゥヤと言っていただければ、わかると思います」
そういうと、男の子は「少しお待ちください」と言って、中に消えていった。
門の前の衛兵はまた二人に戻り、槍を交差して立っている。
どうやら、巡礼の時間はまだらしい。ずっとこうしてるのも疲れるだろうな。と思っていると、しばらくして槍を立てた。
「トゥヤ! やはり君か!!」
中から大きな声で現れたのは、先日会ったファン先生だった。
「昨日の今日で、よく許可が下りたものだ」
「うーん。修羅場でしたけど」
「は?」
先生が首をかしげる。
「やや、こちらのことっていうことで。
先生のお話をもっと聞きたくて、伺ったんですけど……お忙しいですか?」
こちらの問いに、ファン先生が少し考える。
「講義があるのは毎日のことだから、忙しいと言えば忙しいかもしれん。しかし、君とはまた会いたいと思っていたのでね。君が訪ねてきてくれて、嬉しいよ」
慣れた手つきでポンと肩を叩かれた。
この人、絶対こういう風に生徒にやってるんだろうな。
「昨日、君の話をしたら、興味を持った男が他にもいてね。そいつの方が、君の話を聞きたがるかもしれん。少々うるさいかもしれんが、付き合ってやってもらえないだろうか?」
中に案内されて、二人並んで歩いた。
神殿の中は一度見たことがある。
町の建物は茶色い石組なのに、王宮と神殿は白い石でできている。
それにしても不思議なのは、神殿は切り立った崖をくりぬいて作られているのに、中はつるつるに石が貼ってあったりする。外見と中身が全然違うんだから驚くよ。
「それよりも、サイス殿が喜ぶな。君に面会を申し込んでも、王宮からは色よい返事がもらえないと愚痴をこぼしておったよ」
突然意外な名前を聞いて、驚いた。
サイスさん――そういえば、王宮のパーティであった時に、また来てくれるって約束した。
あれから一度も来てくれなかったけど、入れてもらえなかったのか。
てっきり、社交辞令なのかと思っていた。
だから、来てもらえなくても仕方ないかなと。
「きっと君がここに来ていることを知ったら、会いたがるんじゃないのかな。あとで声をかけておこう」
……ちょっと待った。
それって、サイスさんだけじゃなくて、恐ろしく美人のウラヌス・ラーまで着いてきちゃったりするんじゃないの……。
だって、あの人が一番最初に私の事を見つけたんだ。
ケペリの化身って言って……。
「あのー、できればウラヌス・ラーさんにはご内密にお願いしたいんですけど……無理ですかね?」
恐る恐る聞いてみると、ファン先生は握り拳を顎に当てて考えている。
「いや、お耳に入れないのはまあ構わないが……あの人はここのヌシみたいなものだから。他から伝わらないわけがないと思うが……」
「……そうですよね」
やっぱり。
王様も、全部把握してたもんな。
考えてみると、民のこと、街のこと、王宮のこと、後宮のことって全部網羅してて、あの人、半端ない仕事量だったんだな。報告聞くだけでも目が回る忙しさだろうに。
「じゃあ、会っちゃったら対処するんで、いいです」
がっくりと首を落とす。
「大丈夫だよ。君が妾妃という立場にいる以上、神殿としては君の同意なしでどうこうは出来まいよ」
そっか。
はっと顔を上げる。
……妾妃って、もしかして。
いや、慌てて首を横に振る。
妾妃にしたのは、きっと単なる思い付きだ。
だって、初めはとっても意地悪だったし、放置だったし……。
頭の中に浮かんだ、一つの推測を必死に否定した。
「……ところで、神殿ってかなり広いんですね」
さっきから案内されて歩いてるけど、おんなじようなところをぐるぐると……。
「ああ、学問所は最深部だから。少し驚くかもしれないがね」
そういうと、一枚の扉の前に出た。
あれ?
これだけ、なんか違う。
岩と石の神殿の、一番奥にあったのはステンレスによく似た銀色の大きな一枚扉だった。
その横には、指紋認証機械みたいなのが置いてある。
な、なにこれ?
ファン先生は中指をケースに嵌めるようにしてから、プレートに手のひらを乗せる。
すると、シュンっという空気の滑るような音がして、扉が開いた。
扉が開いた瞬間に、中から光が溢れだした。
あまりの眩しさに、一瞬目がくらむ。
え、ええ!!?
なんか、想定外のことが起こってますけど……。
これって、『電気』ですよね!!!??




