第二十二話
「……やめて」
ファン先生と会って、嬉しかった。
私はこの星で、ようやく”私”のことをわかってくれそうな人を見つけた。
それが嬉しくて、王様に聞いてほしかった。
こんなつもりじゃなかったのに。
話をしている途中、突然、王様の顔色が変わった。
そんなに怒るとは、思わなかった。
神殿に行きたいっていうのも、王都に行くのを許してくれたように、すんなり連れて行ってくれると思ってた。王様が学問所に口をきいてくれればいいと思っていただけなのに。
帰りたいかって聞かれた。そりゃ、帰れるものなら帰りたい。
今なら、ここは夢の中のことだもん。不思議な世界で、不思議な出来事を体験したってくらい。
――全然引き返せる。
そう思っていたのに。
今、私は王様に組み敷かれている。机の上で。
ピーンチ!!
って、今はふざけている場合じゃなく……。
王様の顔が真剣だから、怖い……。
真顔で、私の顔にそっと近づいてくる。さらさらと流れる白銀の髪の毛が、首筋にそっと触れる。そのひんやりした感触がぞわりとする恐怖を感じさせる。
私だって、男女の仲(言い方ふる!!)がどういうものか知ってるけど、そういう事じゃない。
……こんな一方的なの、嫌だ。
体が勝手に震える。カタカタと歯の根が合わさる音が部屋に響いている気がする。
「……お願い……」
涙が、自然に溢れていた。耳の横に冷たい涙が伝わるのが分かる。自分の身に起きていることが自分のことじゃないような気がした。
王様は無言で、私と目を合わせようとはしない。
こんなの、ヤダ……。
こんなの……。
王様が両手を掴んで、右手で着ている衣装に手をかけた。麻だから、縦に裂け目を入れたら簡単に引き千切れてしまう。
怖い!!
ぐっと目を固くつぶった。
すると、ふっと掴まれていた両手の力がなくなった。
王様の体の重みがなくなって、離れたのが分かった。
恐る恐る片目ずつ開けてみる。王様はこちらに背中を向けていた。
左手を固く握っている。
体を起こして、胸元を掻き抱いた。特に何をされたわけじゃない。
震える必要はない。
そう思いながらも体が震えて、その場に座り込んだ。
「……あ」
声をかけようと思って、手を伸ばしかけた。
「……」
王様は黙って立ち尽くしていた。こちらを見てもくれない。
「王様……」
声を出そうと思ったけど、蚊が鳴く様な声しか出なかった。
「――よい。
どこなりと行くがいい」
王様から発せられたのは、冷たい、短いその一言だけだった。
違う、怒らせたいんじゃなかった。
そうじゃなくて……。
でも、どんな言葉を言えばいいのかわからない。
「や――」
首を横に振る。
王様が振り返った。
血の色の全く感じられない、表情のない顔だった。
こちらを一瞥すると、
「今日はそなたの部屋へは行かぬ。
好きにするとよい」
それだけ言って、扉の方へ歩き出した。
「違う――、違うの!」
引き止めたかった。
手を伸ばして、王様に向かって駆け出す。
腕を掴もうとして、ふり払われた。
「……行かないで――」
もう一度手を伸ばす。
だけど、王様は振り向かなかった。
一瞬動きを止める。
でも、振り返るでもなく、何か言うのでもなく、扉を開けて出て行ってしまった。
「や、やだ!」
扉に向かって手を伸ばそうとするけれど、その手は届くことなく、扉は閉じられた。
なんで、どうして?
どうして、怒るの……?
涙が溢れてきた。
あんなの、初めてだった。
そりゃ、初めはあんな感じだったけど――最近は、少し近づいたと思ったのに。
そんなの、初めから夢だったんだ。
思い上がったから、つけあがったから、切り捨てられた……。
王様はいつも、前を向いている。
自分のするべきことをやっている。
それなのに、私は自分ばっかりで、王様のことなんて何も考えてなかった。
怒られるのも、あきれられるのも当たり前だ。
私、甘えちゃいけなかったんだ……。




