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暴君と女神様  作者: maruisu
王宮編
18/69

ファン・タルゴの回想

 即位の大祭を間近に控え、町は浮足立っている。花売りの数はいつもの倍になり、露店の数も多い。建物に沿って出ている露店は活気を帯びて、人の足もいつもよりも多い。


 王都は華やいでいる。先王が堅実な王であり、どちらかというと商人よりも軍人を優遇してたので、市はそれほど賑わうことがなかった。しかし、新王は軍備と同等に経済にも力を入れるようになったので、以前よりも市がよく立つようになった。その分、当然治安も悪くなる。

 それと同時に以前はスラムがなかった王都パルムールに、半年前からぽつぽつとスラム街が形成されていった。住人達がどこから来たのかというと、王都の城壁の外に粗末な天幕を張っていた層が流れてきたのだ。


 露店の店先に置いてある樽を借りて、腰を下ろす。

 しばらく買った酒でのどを潤していると、声をかけられた。


「あの、これもらってくれません?」

 まだ子どものような小さな少女が、手のひらにつやつやと光った真っ赤なラッカを乗せていた。

「何だ?」

 いぶかしげに少女を見ると、少女はあどけなく笑ってみせる。


「少し先のお店で、ラッカというの? これを買いすぎてしまって。

 連れと一緒でも食べきれなかったから、おひとつどうぞ」

 にっこりと笑っている。


 ありがとう、と受け取る。


 すると、少女はにこにこと笑った。それからすぐに踵を返すと、あたりをきょろきょろと見回して、道行く人に声をかけまくっている。


 手のひらに乗せられたラッカを見つめ、ただでもらうのは気が引けた。

「1シェンでいいか?」

 動いている少女を呼び止めて、小さな銀の粒を一つ、見せた。

 

「え? 何、それ?」

 少女はきょとんとして、手のひらのシェンを見つめている。


「もしかして、お金?」

 銀の粒をまじまじと見つめてから、少女は顔を上げて呟いた。


「……大人をからかうもんじゃないが……」

 あたりを見回す。この街の子どもなら、シェンぐらい知っているのが普通だ。こんな露店の酒1杯が1シェン。食べ物と飲み物で4シェン。一晩の宿が10シェン。それが大体の相場だということは、子どもでも知ってることだ。


「お嬢様!」

 走ってきたのは、このお嬢さんの保護者と思われる女性だった。薹は立っているがかなりの美人だ。

 それにしても……。

 二人の組み合わせはおかしい。

 普通竜人というのは同じ竜族の連中を雇いたがる。しかし、この二人はちっさい方が猿人で、大きい方は竜人だ。


「申し訳ありません、うちのお嬢様が何か失礼なことを……」

「ああ、いや。ラッカをもらっただけだ。対価を払おうとしたら、シェンを知らんというから、とんだ箱入りお嬢さんだと思っただけさね」

 俺の説明に、女はぺこぺこと頭を下げた。


「うちのお嬢様は街に出たことが今までございませんで。無作法なことをしてしまい、申し訳ありません」

 穏やかな声で謝る女に俺は片手を振った。


「いや、もらったのはこっちだ」

「対価をいただくとは失礼に当たりますので、どうぞお召し上がりください。実は、大量に買ってしまったラッカを屋敷に持って帰ることもできませんので、どうしたものかと考えあぐねていたところです。よろしければいくらでもお持ちくださいませ」

 女が振り返った方には、なるほど、かごいっぱいのラッカがある。女性は困ったように頬に手を当てて渋い顔をしている。


「もし、差支えがないようならば、私がそのラッカを買い取らせていただこうか? 子どもたちが喜ぶ」

 かごのラッカを指差すと、女性は驚いたように私の顔を凝視した。


「――よろしいのでございますか?」

「ええ、もちろん。ラッカを持ち帰るには何やらお困りのご様子。私なら、帰宅した先にラッカを喜ぶ子供たちがたくさんいますから」

 戸惑いながらもほっとしている女性の声音に嘘が見えずに、思わず顔が笑ってしまう。


 きっとこの主従はよいところのお嬢様と教育係なのだろう。


 それにしても――と思う。活気あふれる王都パルムールとは聞いていたが、これほどまでとは。

 にぎやかな往来。市は立ち、物のやり取りが頻繁で、商業が活発なのが分かる。これほど栄えた街は、他のどこを見てもない。

 ラッカを大量に買って困っているようなのどかな貴族。これから何が流行るか人々の流れを確認している商人たち。

 本当にいろんな人々がいる。

 しかしそんなにぎやかな街並みも、脇にそれるとスラムが立ち並んでいる。

 ケペリが降り立ったとされるパルムール。この国最大で最古の街だ。建国されてから2000年と言われている。

 そのパルムールにスラムができるとは。


 女性にもらったラッカをかじりながらわき道にそれる。

 ラッカの残りのかごは、露店の女主人に預かってもらっている。女主人には、夕暮れまでに帰らなければ、ラッカは自由にしていいと伝えてある。

 スラムは下町にあるせいか、日が射さずに暗い。そんな暗がりの中でただ座り込む人、寝転がる人……。皆一様に痩せている。

「ひどいな……」

 ぽつりと呟いた。


 神の降り立った土地パルムール。

 はるか麗しい都パルムール。蜃気楼の中に浮かぶ、果てのない都市よ。

 吟遊詩人たちが砂漠に浮かぶ王都パルムールの美しさをこぞって謳った。

 それほど美しい街のはずが……。


 確かにはたから見れば美しい都だろう。

 しかし……この国は内面から熟れている。熟れて腐っていく果実のようにどろりとしたものが王都の中にも湧いているとしか思えない。




「やめろよ!!」

 天を仰ぎ、パルムールにそびえたつ自由民の住居群の脇から、突然大きな声が聞こえてきて、隣の女が振り返る。

「ああ、嫌。また始まった」

 隣を歩いていた女性が連れの男性と声を潜めて話す言葉が聞こえてくる。

「街の浄化というけど……」

徑民(けいみん)たちを狩っても、結局そのままだからね。その方がよっぽど、衛生的によくないよ」

 その言葉を聞いて、たまらず声のする方へ走り出した。


 声の主は、曲がり角を一つまがったところにいた。

 下町の大通りの中を一歩行くともう景色が全く違う。

 スラムの中は複数の悲鳴と、笑い声が聞こえた。

 その中で、

「やめろよ! みんなに手を出すな!!」

 と張り上げる切羽詰まった声が聞こえた。

 一瞬静まったその場に、どっと笑い声が沸き起こる。


「徑民どもが、何を言う!?」

 ハハハと笑い声が混じる。

「このパルムールに巣食う害虫どもが!! お前らなんかな、この王都に暮らす資格なんざねえんだよ。さっさと死ね!!」

 そういうと、男が持っていた太刀を振り上げた。

 そうだ、そうだ、という合いの手が入る。


 男たちの身なりは、整っている。裕福な商人か、貴族といったところではないか。商人はゆったりとしたシルエットの服を好み、貴族は体にフィットした服を選ぶ。したがって彼らを見てみると、間違いなく貴族の連中だった。

「うるさい! 子どもたちに手を出すな!」

 まだ少年ともつかない子供が、自身よりも小さな子供たちをかばいながら、中央の男を睨みつけている。

 どうやら、この貴族たちは子ども達に何かしようとしているところらしい。

「お前らなんか、この剣の切れ味を試すぐらいしか、使い道がねえだろうが。

 くっせえ徑民のガキどもが、いっちょ前の口きいてんな」

 がははと、笑い声がどんどん大きくなる。

「やめろ! だってよ」

 少年の真似をしながら大声で笑う。なんて浅ましい姿だろうか。

 貴族というのは、民の規範ではないのか。その様子を見ていて、吐き気がした。

 小さな子供たちが震えるほど、食って掛かる少年の顔が険しくなるほど、彼らは可笑しそうに笑っている。

 

「お前ら徑民が俺たちの役に立つんだ。

 (ケペリ・ラー)に感謝して、さっさと御許に召されるんだな」

 ハハハと笑いながら男が振り上げた剣を下そうとする。少年がきゅっと目を閉じた。


「何をしている!!」

 思わず、声を出していた。

 ケペリの名を、あんなふうに辱めるなんて。

 われらが等しく頭上におわすケペリ・ラーがそのようなことを望むわけがない。

 貴族という階級にあるまじき行為に、吐き気がした。

「何だ?」

 男がこちらを見た。

「そんな小さな子供たちに、何をしようとしている?」

 その言葉に、男が笑い出した。

「何だ、お前? 知らないのか? こいつらは徑民だ。

 何しようと、俺たちの勝手だ」

「徑民をなぶり殺していいとは、このケペル国の法にあったか?」

 ため息交じりに言うと、男たちは笑い声を大きくする。


「法? 法だとよ」

 周りの男たちに確認するように言うと、皆が笑い出す。

「俺たちは貴族だ。いいか、お貴族様はな、特権階級って言ってな、何しても許されるんだ。

 徑民どもを狩ってもな、街の浄化政策の一端だ。建物を壊してもな、パルムールの混雑した下町の立て直しのための打ちこわしだ。

 俺たちにゃ、大義名分があるんだよ」

 じろじろとこちらを見る男は、振りかざしていた剣をいったん降ろした。

 そしてねめつける様にこちらを見ると、ふんと鼻を鳴らした。


「お前、ここら辺のもんじゃねえな?」


 汚い言葉遣いだと思う。

 これのどこが、貴族なのだろうか。

「ここら辺の奴らは、そんなことは十分熟知しているんだよ。よそもんだけだ。

 ぎゃあぎゃあ言い立てるのはよ。

 ま、そんなことはどうでもいい。

 お前、なかなか整った顔立ちをしているじゃないか」

 にやりと、男が笑う。

 ありがちなことだ。

 理性のない男ほど、己の欲望に忠実だ。堕落した貴族の見本ともいう男に、ため息をついた。


 いつからケペリの、パルムールの貴族たちはこんなに堕落したのだろうか。

 ケペリ・ラーは「身を慎め、戒めよ」と、その昔説かなかっただろうか。

 いや、御身はそのはるかな空におわすだけ。

 説き伏せるのは神殿の役目だ。

 神官達は、この現実を放っておくのだろうか。それならば、神殿の権威が失墜しても、仕方のないことだ。



「さっきから黙って聞いてれば、つべこべとつまんないこと言う男ね」

 突然割り込んできた声は、小さな少女の声だった。

 何だ――?

 声の方を振り返ると、可愛らしい声の主は、さっきのラッカの少女だった。


 誰もが一瞬、誰が声を発したのかわからず動きを止めた。

 その場がしん――と静まり返る。


 声の主が小さな少女だとわかった途端、割れるような笑い声が巻き起こった。

「何だ、この女?」

「俺たちにたてつくつもりか」

 げらげらと、さも可笑しそうに捲くし立てながら大声で笑っている。


「貴族が何さまだっていうのよ!?」

 少女の言葉に、その場の誰もが信じられないといったように口をぽかんと開け、それからまた笑い声に代わる。


「なんだ? この女。俺たちの歓心を買うつもりか?」

 白い馬に乗った中心の男が小さな少女を見た。


「このデケンス様がかわいがってやる。

 具合がよけりゃ、屋敷に置いてやってもいい」

 男が笑うと、少女はあきれ顔になった。

 

「あんた、やめなよ……こんな男ろくでなしだよ!

 ついて行ったら、ろくな目に合わないよ!!」

 後ろから先ほどの少年が、少女の服の裾を掴んだ。

 自分をかばってくれた女の身を案じているのだ。


 デケンス家のバカ息子と言えば、王都で知らない者はいない。


 少女は少年を安心させるように少し微笑んだ。

「私も、こんな男についていくのは気乗りしないかな。

 とりあえず、私も貴族みたいなものだから――何とかなると思う」

 後ろにいた少年に微笑みかけ、それから私の顔を見る。

 

「この人がこんなに居丈高なのは、後ろ盾があるからでしょ。あなたがすんごいお貴族様でこの人の拠り所のデケンス家よりも格上のおうちだったりする?」

 少女の顔は真顔だった。さすがにこの場で余裕を見せて笑ってられはしないらしい。

 私は首を横に振る。だいいち私は貴族でもなんでもない。


「だったら、私の方がまだ何とかできると思う」



「お前、なんだ!?」

 男たちが叫んだ。

 男爵デケンス家の3男の名前を出せば、皆が礼を取った。それこそ、徑民から貴族同胞まで。

 その自分に楯突くのだ。男はかっとなる。

「俺がデケンスだとわかってのことか!?」

 目の前の小さな少女を見下ろす瞳には、剣呑な色が宿っている。


「……あなたがデケンスさんだっていうのは、私は知らないけど、街の浄化政策がそんなふうに行われているのは、初耳だわ。王は、貴族のその傲慢な行いを許していて?」

 冷静な問いかけに、デケンスの三男坊の耳が真っ赤になった。


「何だと、この小娘が!」

 人間、本質を突かれるとかっとなる。この娘は分かっていて挑発しているのだ。

 この男の怒りを自分に向けるために。


 そして、このデケンスの三男坊はその挑発にまんまと乗った。


 白い馬の上から有無を言わさずに少女の目の前に剣を振りかざそうとした。

「俺を馬鹿にしたものは、死ね!」

 ふうふうと鼻息を荒くして、男が剣を抜いた。

 

 少女が目を固く閉じる。

 

 まるでその場の動きが、馬の駆け足から子どもが歩く速度に変わったようだった。

 私はゆっくり剣が振り下ろされるのを、黙って見ているしかなかった。


「やば……」

 小声で少女がつぶやいた。

 その呟きに、私は目を瞠る。

 

 この少女は、こんな状況になることに思い至らずに助け船を出したというのか――。

 だとしたら、なんて浅はかな子どもなのだろうか。


「――――!!」

 背後から叫び声が聞こえた。

 デケンスの三男坊がその声の方に顔を向けて、一瞬動きが止まった。


 そのまさに瞬間だった。

 横から何か素早いものが飛んできて、デケンスの三男坊の鼻に当たった。


 デケンスの三男坊は後ろに向けていた鼻をとっさに抑え、その場にうずくまった。 



「モイラス・デケンスだな。デケンス男爵の3男坊。バカなことをしたな。

 こんなことをしなければ、長生きできたかもしれぬのに」

 頭上から声がした――と思った。それと同時に、デケンスの体はどうっと音を立てて、馬上から転がり落ちていた。


「これは警告だ」

 やわらかい男性の声だけが響く。


 声の方を振り返ると、私の後ろには商人の格好をした男が六人、立っていた。


「お怪我はございませんか?」

 男のうちの一人が、少女に向かって膝を折る。


「――やっぱり」

 少女はふうっと男に向かってため息をついた。


「護衛をつけてたのね。そりゃ、一人で出させるわけはないと思っていたけど」

 口を真一文字に結び、憮然という少女に、男が微笑みかける。


「申し訳ございません」

 デケンスを倒した何かを鼻に当てたのは、きっとこの男だろう。


「な、なんだ!? お前ら!!」

 馬上から転がり落ちたデケンスの三男坊が、男たちを見据えて怒りをあらわにしている。


「引け。

 そして、このことは他言無用だ。さすれば今日のことは、不問に処す」

 男の静かな声に、デケンスの三男坊はうろたえていた。

 この男に逆らっていいのかどうか、考えているようだった。


 それでも、かなわないと知ったのか、一緒にいた取り巻きの連中に目くばせすると、一目散にその場を逃げ出した。


「……」

 何が起きた? とも問いかけられないでいる。

 とりあえず、目の前のこの少女のおかげで私も、徑民の少年たちも助かったということだった。


「……とりあえず皆さん、大丈夫でしたか?」

 少女が振り返る。

 少年たちはこくこくと頷くと、頭をぼりぼりと掻いた。


「あの、ありがとう」

 徑民の少年は少女と、そして私に振り向いて頭を下げた。

「どういたしまして」

 少女はにっこりとほほ笑む。


「結果助けたのはあの人たちだけどね」

 後ろに控えている男たちを見て、少女は腰に手を当てる。


「徑民政策ね。そんな名目で憂さを晴らしている貴族がいるなんて……。

 そういう不満が募ると、反乱がおきるってのに……」

 ぶつぶつと呟いているその少女が何者か、見当もつかずに立ち尽くしている。


「お前は、何者だ!?」

 ありがとうとか、大丈夫か、だとか、そんな言葉を告げるよりもまず、そんな疑問が頭に浮かんだ。

 

 少女はんー、とつぶやくと、顎に人差し指を当てながら考える。


「あなたこそ、何者?」

 逆に問い返される。


「一介の町人が、明らかに貴族、それもバカが服着て歩いてるみたいなボンボンに食って掛かったりしないでしょ。だから、あなたはただの都市の住民じゃない。

 それにその格好、そのしぐさからしても貴族ではありえない」

 くるりとこちらに体を向けると、にっこりと振り返った。


「あなた、誰?」

 恐れもせずに問いかけてくるこの少女こそ、一体何者だろうか。


 しばらく、お互いに見つめあった。お互いの正体を明かそうか、隠そうか。じっとその顔を見つめながら、考える。


「――――!」

 遠くから、切羽詰まった叫び声が聞こえてきた。


「ああ! お嬢様!!」

 かけてきたのは、先ほどの女性だった。

 主にまかれたのか。


「おひとりで遠くに行ってはいけませんとあれほど申し上げました」

 走ってきたので、ハアハアと意気が上がっている。

 それでもお説教するのは、教育係の鏡というのだろうか。


「あのお方へのお土産を買ってきてほしいと私に頼んで、その隙にお姿を消すとは……。

 これでは私は、お嬢様をお守りすることはできませんでしょう!?」

 女性が頭から火を噴かんばかりにお説教をしている。

 少女は項垂れながら、その説教を受け入れている。


「申し訳ありません、またもやお嬢様がご迷惑を……」

 はっとこちらに気が付いた女性が、私を見る。


「いやいや、助けられたのは私の方です」

 女性に頭を下げると、小さな少女の方が、それ見たことかと胸を張って見せた。


「お礼をいたしたいのですが、あいにく本日はもう時間がございませんで……」

 困ったような女性に、私は首を振る。


「いえいえ、本来ならばわたくしめがお礼をして差し上げたいくらいなのですが……」

 申し出ると、女性は首を横に振った。

「このお方は厄介ごとに顔を出すのがお好きなのです。お礼などとおっしゃっては、増長いたしますので、そんなことおっしゃらないでください」

 女性が頭を下げる。

 この様子だと、今までも同じようなことがあったのだろう。


 本当に変わった主従だ。


「イゾル殿、そろそろご帰城を……」

 少女につき従っていた男たちが小さな声で告げる。女性はなにかを思い出したように、ああ、とため息をつくと、私に頭を下げた。


「申し訳ございません。お嬢様の帰宅の時間になりましたので、失礼いたします。

 またどこかでお会い出来ればと思います。その時には、必ずあらためてお礼を……」

 申し訳なさそうな女性に、片手を上げて答える。


 礼には及ばない。


 こちらの方が面白いものを見せていただいたのだから。


 不思議な主従を見送りながら、ラッカを持って帰ったら子どもたちが喜ぶな。とぼんやり反芻した。

 のちに、この主従にまた遭遇するとは、この時は全く想像もしていなかった。


 しかし、この不思議な主従とはすぐに再開することになるのだった――。

 

 

 


 





 



 

   

 


 

 

  

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