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暴君と女神様  作者: maruisu
王宮編
17/69

第十七話

 奴隷の子はイコと言った。お風呂に入って新しい服を着たら、それまでの泥まみれの顔が見違えてかわいらしかった。金髪はくるっとした巻き毛だし、瞳はブルーグレーで、垢を落とした肌は見事に真っ白だった。

 天使……?

 昔宗教画で見た天使のようだった。

 はあ、こりゃ私の趣味がそっち系ですかねと思われても仕方ないのかも……。

 

 イコはシャナヤに任せている。シャナヤに言わせると、自分は侍女のはずなのに、下女のやることもすべて担っていたのだから、これで少しは楽ができるらしい。

 侍女は本来なら私の話し相手、遊びの相手、私設秘書のようなスケジュール管理、交友範囲の把握、お買いものの付き添い、または代理、旅のお供などをするらしい。それが、なんともはや、朝は起床のお世話から、食事、着替え、お寝床の世話までかなりの広範囲をさせられている。


 ……普通なら下女がやるんですけどね、とため息をつかれるのは、このせいか。


 部屋の掃除や食事運び、洗濯物を出したり運んだり、お風呂の準備だの、身の回りの諸事全般というのはこの下女がやるらしい。ちなみに、後宮だから男の人は入れちゃダメなはずなんだけど、ここに入る人たちはみんな子どもを作る能力を失っているから構わないそうだ。入るときに、宦官にしちゃうんだって。

 こんな小さい子まで、恐ろしい……。


 んで、お部屋まわりの下女、下男は実家から連れてくるのが当たり前なんだって。

 

 二人とも、ごめんね……。愚痴る気持ちもわかりました。




 その日はそれで終わるかと思ったら、夕方、部屋に現れたのは王様だった。今日はまた、ずいぶんと早いお渡りだこと。


「今日は先日約束をした褒美を持ってきた」

 王様が振り返って、お付きのクアンさんに顎で指示する。すると、クアンさんが布をかけられた箱のようなものを持って、部屋に入ってきた。

「これは?」

 クアンさんから受け取ると、どうやら鳥かごみたいだ。布がかけられているけど、かしゃかしゃと中で音を立てているのが分かる。生き物だ。


「南の地によくいる種なのだが、まあ可愛がれ」

 王様はにっと笑う。布を取ると、かごの中に入っていたのは小さな猿だった。


「わ、かわいい!」

 小型のサルだ。これ、きっとテナガザル。


「……もしかして、私がずっとここにいて寂しいだろうと思って下さったのですか?」

 自分でも顔がぱあっと綻ぶのが分かる。目がくりくりして、長い手で一生懸命格子を掴んでいる。


 か、かわいい!


 王様、いいところある!!


 格子から手を入れて触ろうとしたら、猿が怯えてきっと歯をむき出して威嚇してきた。

 ふあ、そんな姿もちょっとかわいい。


「わあ、嬉しい! 私、大切にします」

 えへへ、とニコニコすると、王様は面食らったように眉をひそめている。


 あれ?

 なに、その反応。


 すると、王様はすぐに笑顔になった。

「――そうか、嬉しいか」

 少し驚いたような、予想外の反応だと言わんばかりに、確かめてきた。


「え、ええ……?」

 不思議に思いながらも、笑顔でうなずいてみせる。

 えっと、喜ばせようと思って贈り物をするんじゃないの? 普通……。


 すると、控えていたイゾルとシャナヤが猿を見て「あら、可愛らしい」と私と同じような反応をして顔を綻ばせている。


「陛下におねだりなさったのですか?」

 イゾルがにこにこと尋ねてくる。

 王様はソファに座ると、いつも通りふんぞり返っている。


「やだ、そんなことしないよ」

「あら、では陛下からの贈り物なのですね。

 それでは、大切に致しませんと。

 先日モウモウの事を尋ねていらしたので、てっきりトゥヤ様が可愛らしい動物を、陛下におねだりいたしましたのかと思いました」

 イゾルは王様から贈り物をいただいたことに喜んでいた。王様は私には冷たかったし、表面上の寵姫だというのを知っているから、王様が私を気にかけてくれることは素直に嬉しいみたい。


 ん?

 ……ちょっと、ちょっと待って。

 モウモウ……?

 今、モウモウって言った?


「イゾル、この子、モウモウっていうの?」

 恐る恐る、イゾルに尋ねてみる。


「え? 左様でございますよ?」

「モウモウって、小さい動物って……」

「そうですよ、南に住む、小さな動物ですよ。木の上に住んでいて、木から木へ器用にその手を使って渡る動物ですけれど……。いかがいたしました?」

 不思議そうに聞き返すイゾルの声に、頭が真っ白になった。


 だって、リスかと思ったよ、あの時の説明。

 木から木へ手を使って渡るなんて、あの時言ってなかったじゃん……。


 モウモウって……。

 猿じゃん!!


 しかも目がまん丸の、黒毛のサル……。


 モウモウみたいって……。

 モウモウって……。

 

 あんのブローチ姫と、花模様姫たちめ――!!


 私が黒毛のサルみたいってことかい!!


 ドカンと頭から火を噴きそうだった。

 私が反芻している後姿を見て、王様がくっくと笑い声をかみ殺している。


 ……こ、この男!!


 知ってて、知ってて贈ってきたな!


「……イゾル、モウモウってかわいいよね!?」

 ひきつった笑顔で問いかける私を見て、イゾルの顔がへ? と不思議そうに変わる。


「え、ええ。可愛らしい動物ですが……」

「じゃあ、モウモウみたいってほめ言葉!?」


 詰め寄るようにイゾルに聞いた私に、イゾルは動きを止める。

 視線を合わせないように、泳がせている。


「――さあ、こちらの方ではあまりほめ言葉では……」


 そうよね。そりゃそうだ。

 誰が黒毛のサルみたいだって言われて喜ぶもんですかい!!


 すると、王様がとうとう笑いをこらえきれなくなって吹きだした。


「モウモウとは、上手く例えたもんだ」

 バンバンとテーブルを叩きながら、大笑いをしている。

 

 こいつ……!


 なんか言い返してやろうと思って、王様を見ると、大笑いしている王様が見えた。そして、横にいるクアンさんまで笑いをかみ殺している。

 

 くっそ~~! この主従は……!!!


「ぷ。せいぜい可愛がれよ」

 王様が笑いをこらえながら言うが、もう声が笑っちゃってる。

 

 そんなに笑わなくてもいいじゃないのよ!


 イゾルにモウモウのかごを渡して、王様の正面に座る。すると、王様は人の顔を見てまた笑い出した。


 ……くわ~、むかつく!!

 むかつく、むかつく!!


 ――あれ?

 むかつくのはむかつくけどさ! ほんとに頭来るけどさ!! 

 でも、この人がこんなに笑ってるのって、初めて見た。


「あったまくるけど……せいぜい可愛がらせていただきますよ」

 べっと舌を出すと、王様はまだ笑っている。


「あの姫君たちにも、褒美を取らせた方が良いかな?

 こんなに余を笑わせたのは、初めてだ。なかなかに、うまい例えを申すな」


「私もこんなに人に笑われたのは初めてですけどね」

 すっかりふてくされてクッションを抱える。


「モウモウは、あんな姿だが、頭がいい。

 姫たちは姿かたちを嘲笑ったのだろうが」


 そうですよね。あからさまにそういう意図ですよね。


「――私はそなたを賢い娘だと思うぞ。

 賢いが、世間知らずだ。

 そこが面白い」


 くっくと笑いをかみ殺している。


「そなたの国の物語、あれはなかなかよくできていた。そして、あの膨大な話を覚えているそなたは、神殿の神学生たちにも劣らないくらい学がある。

 そして、奴隷の対価を何を吹っ掛けられても「当たり前の物」を誰にも責められない方法で贈ることにしたそなたはなかなかに賢い。

 

 そして、余が夜毎の話の褒美は何がいいか尋ねた時、自分は何も知らないから何でもいいと言った。

 もしも図太い女ならば、余が贈れるもので最高のものをよこせと言えば済んだだろう。

 しかし、そなたはそういわなかった。

 知らないから何をもらえばいいかわからない。

 

 そこには、自分で知りたいという意図があった。知ったうえで選びたいという欲だ。

 その欲は、物に対する欲ではない。知識に対する欲だ。


 余は、そのような女を初めて見る――」


 王様はそういうと、もう笑っていなかった。まっすぐに私を見据えている。

 ふっと空を仰いでから、視線を私に戻す。


「余が知っている女は、誰もが余に従順だった。

 余は次代の王になるべく育てられた。したがって、余に逆らうものなど誰もいなかった。


 皆、従順で面白みのない女たちだった。

 余の寵愛を望むべく、余の言うことは何でも聞いたぞ。

 

 どんなに気位の高い女でもだ。


 足をなめろと言えば、進んで足をなめ、叩かれても蹴られても、歯を食いしばり耐えている。

 それでも、微笑みかけ、体を開いた。


 ひどいと言う女もいたが、そう言いつつ、余が鞭で打てば黙って耐える。


 そんな女どもは、掃いて捨てるほどいる。

 美しい者も、豊満な者も、賢しい者も」

 王様が一つ、小さく息を吐いた。その眼は遠くを見ている。今まで王様に諂った人たちを思い出しているのだろう。


「――誰も自分の意見を述べることも、余に逆らうこともなかった」

 私をじっと見ている。


「そなたが初めてだ――

 だから、そなたは面白い」

 にやりと、王様が笑う。

 

「もっと私を喜ばせろ。


 ――そのために、そなた城下に降りてもよいぞ」

  

 話の前後が通じず、王様の顔を直視したまま固まってしまう。

 王様はその力強い笑顔のままで続けた。


「この国を知って、そなたがどう思うのかが知りたい。

 この国の様々なことを知って、それでもそなたが変わらぬのか、

 それとも、ただのこの国の女に成り果てるのか。それを知りたい」


 私に、この国を見て来いと……?


「私に、スパイになれってこと?

 城下を見て回って、王様に報告するってこと?」


「そんな役目の者は、掃いて捨てるほどいる。

 これは純粋に余の好奇心だ。

 私はただ、知りたいだけだ。そなたの目に、この世界がどう映るのか」

 王様の言葉に、息をのむ。

 

「そしてそなたがどのように成長するか」

 王様は私の手を取った。そして、ひっくり返して手のひらを上に向ける。


 何をされるかわからないまま固まっている私を一目見て、視線を手のひらに落とした。

 そして目を伏せて、手のひらに口づけをする。


「余のモウモウは愛嬌があって可愛らしい。

 そのモウモウが、どのように成長するか、見ものだ」


 ……びっくりして、びっくりして、身動きできなかった。

 王様にされるがままになって、石のように固まっていた。


 今、この人何したの?

 素で口づけしたよ……。


 どうなっちゃってんの……。


 王様が部屋から出て行った後も、放心状態だった。

 あ、あんなことされて眠れるわけがない。

 

 どういうことなの、あのセリフ。

 あの、口づけ……。


 ……。


 つか、あいつ、最後に人のこと猿だって言って帰りやがった……。



 翌日、後宮監督官(怒)が来て、城下におりる許可が陛下から出ている旨を伝えに来た。

 門限は夜の五の刻まで。地球の時間に換算すると、大体夜十時くらいだ。

 おっと、かなり自由だな。

 ただし、パーティや妾妃が主席する国事、公務がある場合は事前に連絡があるそうで、そういったときは外に出てはいけない。また、王様の許可が下りない日はだめだという。

 なるほど。

 必ず侍女を一人つけること。自分付のなら下女、下男も連れて行ってもかまわないそうだ。

 うちにはイコしかいないけどね。


 王様、本気だったんだ……。

 もしかして、城下に出してくれる方が、本当のご褒美だったり……するのかも。


 

 

 

 

 


 


 





 

 

 


 



 



 




 


 

 




 


 


  





 

 

 

 

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