第十五話
「イゾル、モウモウってなに?」
部屋へ向かう廊下で、私の先導をしているイゾルに尋ねた。
「は?」
イゾルが突然何を尋ねるのか、と思ったようで、廊下に反響するほど大きな声で尋ね返してきた。
こらこら、侍女がそんなはしたない声出しちゃダメでしょうが。
「モウモウですか?
――南の地方に住む、木から木へ移る小さな動物ですけれど、それがいかがいたしました?」
「あそう」
リスみたいなもんか?
確かに平均身長170センチくらいですか、みなさま??って程身長の高い竜族の女性からしたら、公称160センチの私は小柄な部類かもしれない。イゾルも175センチくらいあるんじゃないだろうか。私の身長が低いのを、モウモウって動物に例えたのか、姫君方は。
「それより、いかがでございました? お茶会は」
イゾルに聞かれ、なんて返事をすればいいか考える。
「――んー、まあ予想通りかな」
昨日の夜、無い知恵を絞って一生懸命考えた。
後宮の姫が望むことって言ったら、目障りな私をギャフン(古っ)と言わせたいってこと。
ここにいるなんて、ほんと生意気! どっか行けよ!! 王様独り占めしてんな!! ってことだよね。そしたら、私には返せないとんでもないものを吹っ掛けて、笑いものにするか、あんたがいなけりゃ王様は私たちのモノなんだから、こっから消えてよ的なことのどちらかを言われると思ったんだ。
ほんと、予想通りの反応でしたよ。
だから返しやすかったんだよね。王様の地位を利用させていただきますってことで。
王様を引き合いに出してきたら、「王様と比べられるものは他にないから、返せない~、無理~」って言っておけば、まあ正論になるかなと。
これ、裏を返すと「あんたたち、あのプライド高い王様と奴隷を比べたなんて言ったら、あいつめちゃめちゃ怒るぜ。誰が言ったか、王様に告げ口してやるからな。覚えとけよ」って脅し。
んで、お返しするものは「陛下と相談して」無難なものを普通に贈り返してやっからよ、この件はこれで蒸し返してくれんなよ。何返ってきても、王様の意向だぜ。文句はそっちによろ!っていう宣言をいたしました。
まあ、恋愛のライバルの行動は分かりやすいんだよね。
現代日本に溢れている恋愛関係の本(私の場合主にマンガだけどね!)の知識を、なめんなよ!!
現代高校生は常に恋愛脳な女の子も、結構いるんだぜぃ! それに太刀打ちする悲劇の主人公の修羅場は伊達じゃないんだよ!! ってことで。
こんなに上手く嵌ってくれるとは思わなかったけど。ブローチ姫は残念な人だったみたいだ。
それより、フィナ姫だよ。
……なんか、私が思っていたライバル登場! のテンプレお姫様とはちょっと違うようで……。
で、部屋に戻るとシャナヤが出迎えてくれた。さっそく窮屈な上着を脱いで、シャナヤが用意してくれた部屋着に着替える。
着替え終わって、シャナヤが入れてくれたお茶を飲みながら、ほっとして「ふう」と声が出た。その声で、イゾルとシャナヤが笑っている。
「お疲れのようですね。お茶会は大変でしたか?」
シャナヤがおかわりを入れてくれる。シャナヤの顔を見ると、純粋な好奇心で聞いてきたようだ。お茶会の様子に興味があるらしく、目がキラキラしている。
「……大変じゃないけど、ちょっと自分の立場を思い知ったかな」
みなさんにとって目障りなのは知ってたけどね。
「私が見た限りでは、お姫様たちはみんな王様の寵を得たがっているようだったよ。もちろん、純粋に愛情がほしいというよりか、寵を得ることで一族の栄とかを目指してる人もいるんだろうけど……」
口元に手を当てる。
それでも、自分が一生涯ここで過ごさなきゃいけないのなら、夫になる人からの愛情をもらえないというのは、ちょっと寂しいと思うんだよね。
それに、ざっと年を想像してみると、フィナ姫と私は同い年くらい。きっとそれほど変わらない。
ブローチ姫と花模様はもうちょっと年が上っぽいな。で、一番年長の女性は室妃候補だった人、20代中盤くらいだった。逆に一番年下は、側妃候補にいたな。ありゃ、小学生並みだったけどね。どちらも影は薄かった。
年下と年上はまあ置いといて、私と年の近い人たちは、家のためっていう大義名分を持って後宮入りしたとは思うけど、やっぱりどうせ夫になる人が決まっているのなら、その人に愛されたい、愛したいと思うんじゃないかな。
そしたら、あからさまに相手にしてもらえなかったり、他の人のところにばっかり行ってたら、やっぱり嫉妬して当然だもん。
それだけ、王様の事好きなんじゃないかな――。
だから私は邪魔者でも、仕方ない。
望んでここに来たわけじゃないけどさ。
「あんまり正妃に望ましいタイプの人はいなかったけど、フィナ姫は悪い人じゃなさそうだったよ。
とてもきれいで、王様と並んでも絵になるだろうし。性格も悪くなさそうだったケド」
ぽつりと呟いた。
最後に、わざわざ走って追いかけてくれたフィナ姫。
話をしていても、そんなに悪い子じゃなかった。
それに、サイスさんとも知り合いみたいだし……。
フィナ姫は、王様とお似合いだと思うんだけどな。
「王様は、なんでフィナ姫を正妃に迎えないのかな?」
「トゥヤ様、陛下のお心のうちは、我々には量ることはできませんよ」
イゾルにぴしゃりと言われる。
「そうなんだけどね……」
ライ家の当主が忠臣ならば、王はライ家の姫を王妃に据えて、王に次ぐ権力者となるライ家の当主と手を取り合って盤石の政治体制を敷けることになる。
それは王様にとっても後ろ盾を得ることになるから、悪いことじゃないと思う。
でもそうしないということは、王から見てライ家の当主は権力を握るにふさわしくない人物という事なんだ。
ん、待てよ。
もしかしたら、ライ家の人物が傑物で、暴君な王にとって目障りなだけかもしれない。
今、その考えがすっぽり抜けてた。
あれれ?
もしかして私、あの王様を信用できると思ってる……??
はっと顔を上げ、ぶんぶんと首を振る。
慌ててその考えを打ち消す。
あんな傲慢野郎、絶対信用なんかしない!
「ねえ、もしかして王様ってブス専?」
そう、こっち。
王様が結婚しない理由はたぶんこっち!
「……ブスセンとはなんですか?」
二人に怪訝な顔をされ、ブスとは何かを説明する。
すると二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。
「……トゥヤ様は、我々とは違う姿かたちをなさっておりますけれど、醜くはありませんよ」
おやや――二人に慰められて、ちょっと涙が出そうになった。
忠義を尽くしてくれるっていいもんだな。
お茶会を終えた感想。
もしかして……後宮って、私が思ってるよりも政治に結構近いところ?
今更、私、とんでもないことに巻き込まれてるんじゃないかという――嫌な予感がしてきたよ……。




