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暴君と女神様  作者: maruisu
墜落
1/69

死の向こう側

 ――お母さん! やめて!!


 痛い!! お願い、叩かないで!!


 毎日、懇願していた。

 

 そんな毎日だった。

 

 あんたが悪いのよ! 桐耶!!


 なんで桐耶が死ななきゃいけなかったの?!


 あんたが死ねば、よかったのに!!


 母がののしる声が、耳の奥に残っている。

 必死に逃れたくて、耳を塞いだ。


 私は、母が大好きな兄の身代わりでしかなかった。

 兄の身代わりなのに、兄のように出来がいいわけではない、私――。


 私はいつだって、――いらない子――だった……。


 

 そんな生活は、もう嫌だった。

 私、お母さんに叩かれたくない。

 お母さんのあんな顔、もう見たくない。


 ねえ、お母さん。

 私がいなかったら、笑ってくれる……?



 桐耶は黙って、流れる車の列を見ていた。

 10階建てビルの屋上。

 古いビルの立ち入り禁止と書かれたドアは鍵が壊れてて、

 簡単に入ることができた。

 鍵がかかっていれば誰も入らないと思ったのだろうか、

 屋上のヘリには、フェンスはなかった。


 よく、高いところから地上を見下ろすと、人も車も蟻のようだというけれど、

 本当だ、と、桐耶は思った。


 佐藤桐耶。


 自分の名前を呟いてみる。

 

 桐耶は、自分の名前が嫌いだった。


 借り物の名前。


 この名前は本当は、お兄ちゃんの名前。

 9歳で死んじゃった、お母さんの自慢の息子。


 やっぱり、嫌いだ。

 この名前も、お兄ちゃんも。

 写真でしか見たことのない、たった9才の子ども。

 私は、16歳なのに。

 お兄ちゃんの年なんて、7年も前に追い越して、

 一生懸命頑張っているのに――。


 お兄ちゃんだったら、こんな成績はとらなかった。

 お兄ちゃんだったら、もっと親の言うことを聞いた。

 お兄ちゃんだったら、もっといい学校へ進学できた。

 お兄ちゃんだったら……。


 一生懸命頭を振った。


 もう、考えたくなかった。


 死んじゃったら、最後位お母さん泣いてくれるかな……。




 だから、もう、いいや。



 ぽんと、一歩踏み出すだけだった。

 バランスを崩した体は、万有引力の法則で、あっという間に地面に近づいていく。


 私、死んじゃうんだ……。


 重力で落下していく体を受ける、風圧がすごい。

 

 意識を手放そうとした瞬間。

 下から押し上げられる風圧を感じた。


 え……?


 まるで、竜巻に体を持ち上げられるように、落下していた体が浮き上がった。


「嘘……、嘘、なにこれ!!」

 夢でも見ているのかと思った。

 死ぬということを頭が拒否して幻覚を見ているんだ。

 本当は、落下しているんだ。

 なのに、頭がそれを認めない。

 きっと、そういうことだ。


 まったく訳が分からない状態で、そう結論付けるしかなかった。


 だって、私、風に押し上げられて宙に浮いてる……。



 ――私の愛しい人よ――

 泣かないでおくれ――

 泣かないで――


「誰!?」


 頭の中で、声がはじける。


 ――おいで、私の元へ――



 体が風に包まれた。


 何が起きているのか、桐耶には全くわからなかった。


 だけど、体が風に吸い込まれて行く。


「何? なにこれ!!」


 戸惑っているうちに、頭上から大きな光が溢れ、はじけ飛んだ瞬間に、

 意識が無くなった。





――ぴちょん

――ぴちょん


どこかで、水の音がする。

ん……。

体を起こそうとすると、体のあちこちが痛んだ。


私……どうしたんだっけ。

そうだ、夢を見てたんだ。

ビルの上から……車が走って……。


車……


違う、私……


自分のしようとしていたことを思い出して、がばっと跳ね起きた。

そうだ、私、違う!

あの時、飛び降りようとしたんだ、ビルから。

あれは、夢……?


ううん。覚えてる。確かに私、ドアノブに手をかけて……、屋上から下をのぞいた。

確かに飛び降りた感覚は、はっきりと残っている。


じゃあ……、私、助かったの……?


てっきり、病院だと思った。

体中のあちこちが痛いから、きっと、助けられて病院に運ばれたんだ。

じゃあ、死ななかったんだ……。


自分の腕をふっと持ち上げてみると、外傷はまるでなかった。

いつも通りの腕が、目の前でブランと持ち上げられている。


あれ?


飛び起きた。

だって、10階の高さから飛び降りて、何ともないなんてありえない。

身動きできなくて、体中包帯だと思ってたのに。


って、起きられてる。

何の苦労もなく、ちょっと、肩とか背中とか痛いけど、どちらかというと、

寝すぎた後に体が固まってしまったような違和感だけ。


あれ……。


不思議に思って、自分の体を見まわしていると、扉が開いて男の人が入ってくるのが見えた。

口笛なんて吹きながら、ドアを閉めて、手に持っていたものをテーブルの上に置いている。


ん?


という声が聞こえてきそうなほど、物を置いてからこちらを見て怪訝な顔をしている。

私と目が合っていることが不思議でしょうがないといったようだ。


「$’())==&$#‘’+*><☆♪♡!!」


いきなり彼が大声を上げて叫んだ。額に手を当てて、驚いて後ずさってまでいる。


あのー、人の顔見てそんなに驚かないでよ。

……花も恥じらう乙女に、それはひどい……。


ショックで固まっていると、男の人は転びそうになりながら大慌てで外に出ていく。


な、何?? あれ。

もしかして、私、顔は包帯ぐるぐるだったりするのかな。

自分では気が付いてないだけで。


両手で自分の顔をまさぐってみたけれど、包帯は巻かれていない。

ヤダ、人のすっぴん見て、あんなに大騒ぎするなんて……。


ちょっと、ショックかも……。


しばらくしてから、急に扉があいて、さっきの人が入ってきた。

そのあとに、もう一人男の人がいる。


誰?


見たこともない人だった。


真っ白い髪をして、緑色の目をしている。

その瞳を縁取るまつ毛も眉毛も真っ白だった。


すごい……。


まるで、作り物みたい……。


じっと見ていると、その人もこちらをじっと見ていた。

驚いて、私を凝視しているような感じだ。


なんだろう……。

違和感を感じた。


彼らの風貌は、私が知っている物とは違う。

私、若い男の人でこんな真っ白な白髪の人、見たことない。

それに、こんな緑色の瞳……。


ここ、外国なのかな?


着ている物だって、私が知ってる服と違う。

チュニックみたいな服の上に、サリーみたいに布を巻きつけて、

金色の帯で結んでいる。

それに、片側だけ長い布をひっかけて、片腕を隠している。

これ、どこの民族衣装だろう。


男の人が、一歩こちらに近寄ってきた。

驚いて、思わず身をすくめる。


「¥$&’))&$(’%$#☆★&%%$#(%」


その人がなんか言ったけど、何を言っているのか、まるっきりわからなかった……。

思わず首を横に振る。

すると、男の人はこちらに近づいてくる。


驚いて後ずさりすると、何事かを私に言っている。

でも、全く意味が分からない。


嫌だ! 怖い!!

「来ないで! あなた、誰!?」

怖くて、叫んだ。

すると男の人はため息を一つ落とした。


「$%)()$#’&&%」


彼は困ったような表情を浮かべ、

言っていることなんてまるで分らないというように、

まっすぐに私のところへ近づくと、私の腕をつかんだ。

そして、自分の手のひらを私の手のひらに当てる。


な、何?


慌てて腕をひいても、彼の力は思いのほか強くて少し動いただけだった。

彼は忌々しげに舌打ちすると、さらに力を入れ、手のひらを当て続けた。


何をしているのか、わからない。

わからないのが、怖い。

だけど、彼の手のひらの暖かさに、彼が確かに生きている人間だって思った。


すると、彼は手のひらだけではなく、私の額にも手を当てた。

突然掌が目の前に来たので、体がこわばってしまった。

彼は、ふっと微笑むと、額にやさしく手を乗せる。


(……心を、開いてみろ)


突然、頭の中に声が響いて、驚いて目を見開いた。


彼は微笑んでいる。

(怖がるな。大丈夫だ)



頭の中に響いたのは、確かに日本語で何が何やらわからなかった。


何、これ?

どういうこと??


さっきから、そればっかりが頭の中をぐるぐるしている。

だって、わからない。

言っていることがさっぱりわからないのに、心の中に、声が響く。


その声は、確かに日本語だ!!


「やっと、繋がったな」

 彼はふうとため息をつくと、微笑んでいたその表情を真顔に戻した。


「……言葉が……」

彼から目を逸らして、自分の手を見つめた。

「わかる……」

それだけ、絞り出すのが精いっぱいだった。

さっきまで、全く何を言っているのかわからなかったのに……。


「お前は、異国の者か?」

「あなた、天使様?」

2人が声を発したのはほぼ同時だった。


「は?」

 何を言われているのか、見当もついていないようで、彼は首をかしげる。


「……ここは、天国?

 それとも、え? 死後の世界ってやつ??」

 また自分の手のひらを見つめる。


「でも、私、生きてるよね……?」

 誰にともなく、問いかけている。


「……」

黙って私の様子を見ていた彼は、

「ここは、ケペル国だ」

と呟いた。


ケペル国?

彼が何を言っているのか、全く分からない。

そんな固有名詞には、聞き覚えがない。


「お前、名は?」

名前を聞かれた。ここで、本名を名乗っていいのかな。

名前を言ったところで、わかるのだろうか。


「佐藤桐耶……」

「サトゥ・トゥヤ??」

聞き返された発音が、なんだかおかしい。


……な、なんか、発音がおかしいよ……。


「なんか、違う―――!!」


「えーっと、ここは外国なんだから…。

 ファーストネームが前になるってことは」

考える。


「トウヤ・サトウ」

これだ。こうなるはずだ。


「トゥヤ?」

聞き返される。

やっぱり、違う……。


「違うの、トゥヤじゃないの――!」

「知らん。お前の国の名前の音は、こちらでは、

 トゥヤになるんだ。仕方ないだろう」

 頭をぼりぼりを掻きながら男が言う。


ああ、そうか。じゃあ、もういいや。

「……もう、トゥヤでいいよ」

 と呟いた。


「おい、トゥヤ。

お前はどこの国のものだ? 辺境国(カラ・ジャール)の者か?」

尋ねられても、カラ・ジャールもケペルもわけがわからない。

黙って首を横に振る。


「日本」  

「ニホン? 聞いたことのない国名だが……」

「私だって、ケペルなんて……」

 聞いたことないよーと言いかけて、口を閉じた。


「ここは、どこなの?

それに、あなたは誰?

外国の人? 

ここは、病院じゃないの??

ねえ、どういうことなの?」


何が何だかわからなくて、矢継ぎ早に話す。

話しながら、背中がうすら寒くなった。


通じなかった言葉。

見たこともない人たちと、見たこともない格好。

よくよく見れば、この部屋の中だって、明らかに私の知っている部屋とは違う。


ここは、私が知っている世界では、ない。


彼は黙って聞いていたが、私の言葉の切れ目に、すっと口を開いた。


「まず、落ち着け。

ここはケペル国の王都パルムールだ。

お前はなぜ、この国に来た?」


「私にもわからないよ。

私、死のうとしてビルの屋上から飛び降りたの。

そしたら、風に包まれて、気を失って、気が付いたら、ここにいたの……」

死という言葉に、彼の目が一瞬見開かれた。

「だから、どうしてここにいるのか、なんでここにいるのか、

さっぱりわからないよ! 私にもわからないんだよ!!」

叫びだしたかった。

自分がなぜここにいるのか、どこにいるのか、わからない。

わからなくて、わからなくて、感覚がマヒしているようだった。


「わかった。わかったから、泣くな」

すると、彼は私の目元を指でぬぐった。

いつの間にか、涙がこぼれていたようだった。


「泣かせて済まない。トゥヤといったな? 

トゥヤ、お前が偽りを話しているわけではないことは、わかった。


お前は、神殿の泉の横に倒れていたんだ。

私はこの神殿の警護責任者で、お前の身柄を預かっている。

警護の責任上、素性を知っておかねばならず、いろいろ尋ねさせてもらった。

私は、サイス・カラル・テズという。


お前が何者かわからない以上、どうするかはウラヌス・ラーの裁定を仰がねばならぬ。

もう少し、ここにいてもらうことになる」

サイス・カラル・テズ……その人が言っていることの半分くらいがよく分からない。

とにかく、ここで大人しくしていろということなのだろうか。


竜騎兵長(ケト・カラル)神官長(マーホル・ラー)がお呼びです」

さっき、一番初めに部屋にいた人がサイスとか言う人に話しかけた。

「神官長が? この、トゥヤのことだろうか。

では、アンナム、トゥヤの側に付いていろ」

サイスさんは話しかけたアンナムさんにそういってから、私の方を向いた。


「トゥヤ、済まない。少し席を外す。

戻ったら、また尋ねたいことがある。

それまで、少し休んでいるといい。身の回りのことで何かあったら、

そこにいるアンナムに言え」

それだけ言うと、サイスさんは部屋を後にした。


残されたアンナムさんは、サイスさんが出ていくのを見届けてから、

私に微笑む。

それから、側にあった椅子に腰を掛けた。

「サイス様が戻られたら、お食事にいたします。

それまで、お休みください」

にっこりとほほ笑まれ、ただうなずいた。


とりあえず、頭が混乱している。

少し考えを整理したかった。

というかもう、深いことは考えたくなかった。

もう一度寝て、目が覚めたら夢だったらいいのにと、ぼんやりと思った。





















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