解決方法は
「お父様。勇者を倒せません」
「っっっなんだと!!!」
一応勇者を殺せる力量を持つ父・ジゼルグの元に行き、率直に報告してみた。
見事にテーブルを引っくり返す父は、久しぶりに魔物の姿を見せる。
白銀の髪、尖った耳。
本当に久しぶりで、本当に怖い。
「あらあら、どうなさったの?大きな声を出して…まぁまぁ」
妻が近付く気配に気付いて、瞬時に父は人間の姿に変わる。
未だに自分が魔物だと明かしていない意気地無し。
それにしても本当に、十六歳の子どもがいるとは思えない若さ。あたしと父が並んだら、兄妹に見えるのではないだろうか。
なんて思いつつも、継母が登場することはあたしの想定内のこと。先手必勝。
「お父様に好きな人ができたと、報告していたところなのです」
「!」
「まぁ、セレイナちゃんに好きな人?だからそんなに怒っているのね。大好きな娘を取られちゃうから、ふふふっ」
怖い元魔王に勝つ秘策は、今の妻を味方につけることだ。
夢見心地な微笑を浮かべる天然さんさえあたしの味方をしてくれれば、父も逆らえない。愛妻家だから。
前の妻のことを忘れ去ったわけではない父は、打倒勇者作戦を強く推している。
あたしが倒さなければ、自分で倒しにいってしまうだろう。
「どんな人なの?セレイナちゃん」
父が戻したテーブルに肘を置いて身を乗り出す継母・ユリーヌは嬉々として問う。
「とても優しくて可愛いところもありかっこよく…そして強いお方です。勇者なのです」
「!?」
「まぁ!噂に聞いているわ、あの勇者様に恋をしたのね!」
父は青ざめ震え上がり、継母は喜んで震え上がった。
嘘ではない。昔から好きだもん。
つまりあたしは、好きな人だから勇者を倒したくありません倒さないでください。とユリーヌを通して父に伝えた。
「はい、あのお方に恋をしました。ですが、彼は勇者。敵は大勢います…」
恋敵ではなく、命を狙う敵の方ね。
ユリーヌにはそう思わせておく。父には伝わっているはず。
勇者は命を狙われる。魔物とか魔物とか元魔王とかに。
「だからお父様とユリーヌ様…いえ、お母様に助言をいただきにきました」
「まぁ!」
ユリーヌを味方につけるのは簡単。前々からお母様と呼んで、と言われていた。
その義理娘から頼られて大喜びするユリーヌ。
利用して申し訳ありません。
「あなたっ!助言ですって!可愛いセレイナちゃんを取られるのは、悔しいと思う気持ちはわかるけど、セレイナちゃんが選んだ人よ。幸せになれるよう、助言をしましょう」
「あ、あぁ…そうだな…」
ユリーヌに手を握られて、父は顔をひきつらせた愛妻の頼みに頷いた。
怖いお父様を捩じ伏せました、やったね。
「………では」
少しだけ沈黙して考えた父が口を開く。
助言を適当に聞いてあとは帰るだけ。とりあえず父親が直接手を下さないように手を打ちにきただけだ。
今後は景くんと話し合いをして決めよう。うん。
「プロポーズしろ」
「……え」
父から告げられた言葉に、間抜けな声が唇から落ちた。
「まぁ…早すぎるのではなくて?先ずは恋人同士になる方がいいと思うのだけれど」
「いや、勇者は王の娘と婚約したという噂がある。早いに越したことはない。先に結婚してしまえばいい。…オレが君を手に入れたように」
「あら…あなたったら」
きらきらと甘い雰囲気に包まれて熱い眼差しで見つめあうまだまだ熱々なお二人。
いちゃつくのは構わないが、お父様。今なんと言いました?
プロポーズしろ?景くんが人間のお姫様と婚約?え?ちょ……ええ?
「セレイナが好きな相手だ、勿論相手もセレイナが好きだろう。それでもセレイナのプロポーズを断ったなら────オレが殺す」
わぁ、殺る気ですね、お父様。
その言葉は本気ですね、わかります。
「そうよね…セレイナちゃんよりいい娘なんていないものね!セレイナちゃん、頑張ってプロポーズしてね」
プロポーズ決定しちゃった!!
父が直接手を下さないようにしにきたのに、結婚しなきゃ景くんが死ぬって決まっちゃった!!
お父様は上手でしたっ…!
満足げな父とはしゃぐ継母は、プロポーズの言葉を考え始めた。
人間の最後の希望である勇者と、魔物の絶対君主の魔王が結ばれれば、それはそれで和解表明になるかもしれない。どちらにしろ勇者は魔物側に寝返ったも同然となり、人間達は意気消沈するだろう。
うん。倒す以外の解決方法だね。
でも、ちょっと、待って。
告白するつもりでいたけど、何ステップも飛ばしてプロポーズさせるなんて…鬼ですねお父様。いいえ、元魔王様。
結婚しなきゃ、景くんはこの元魔王に殺される。
それを話して脅迫紛いに結婚を申し込まなきゃいけないのか。
なにこれ、お父様を捩じ伏せようとした罰?自業自得ですか?
「!」
少し遠くで魔力がぶつかりあう気配がして振り返る。父も気付いてそちらに目を向けた。
戦っているようで、激しくぶつかり合っている。
「どうかしたの?セレイナちゃん」
きょとんと首を傾げるユリーヌには、魔力を察知する能力がないため気付いていない。
「いえ、別に…」
顔を戻したが、複数がぶつかり合う気配にもう一度振り返る。あの方角は、昨日景くんと会った森。
まさか。
「申し訳ありません。急用を思い出しました、お父様。お母様。また後日改めて来ます」
「あら、もう行ってしまうの?次はゆっくりしていってね」
立ち上がり深々と頭を下げてから、二人の住まいを後にする。
森の中に入ってから本来の姿に戻り、蝙蝠の翼で気配の元に向かった。
昨日景くんと会った道。
そこに景くんを見付けた。
魔物の襲撃に遭ったようだ。
「魔王様…!」
見覚えある魔物は、城に仕える騎士だった。腕前は一流なのに、騎士三人は地面に横たわっている。
本当に景くんは強いようだ。
さて、あたしどうしよう。
あたしの立場は魔王だ。そして対峙する勇者を倒さなくてはならない。本来ならば。
でも勇者と戦う選択肢は取らない。
だからと言って部下である魔物の騎士達を殺せない。
うん、どうしよう?
「貴様が魔王か!我は勇者!貴様を倒し、この世界を平和に導く!!」
困って立ち尽くしていたら、景くんはキリッと眉間にシワを寄せて剣を構えた。
いきなり景くんに怒鳴られて剣を向けられて内心でショックを受ける。だって景くん、怒らない子だもん。
「ふんっ!お前が勇者か、小僧。わらわの部下を可愛がってくれたようだな」
昨日会ったのに、貴様が魔王か!って変だと思いとりあえず調子を合わせてみた。どうやらあたしに助け船を出してくれたようだ。
「この雑魚のことか、三人束になって襲ってきたが弱かったぜ!」
「少しは手応えがあるようだな、勇者よ」
勇者よ、顔の筋肉が痙攣している。
ちょ、我慢してよ景くん!
君が始めた芝居で、君が堪えられなくて笑い出すのだけはやめて!付き合ったあたしも恥ずかしいからね!!
頬をひくつかせている景くんは、真面目な顔ができないタイプ。キリッとした表情は崩壊寸前だ。
「くっははははは!!!」
笑っちゃったー!!!
しかも悪役さながらに笑ってる!
「魔王よ!今決着をつけるか!?それとも可愛い部下を連れて帰るか!?選べ!」
涙が落ちるほど笑う景くんが選択肢を与えてくれた。
ああ、よかった、助かった。ありがとう、景くん、と心の中で告げる。
「ふん!貴様を倒すのはこの場所では味気ない。わらわの城で待っているぞ、勇者よ!」
調子を合わせて嘲笑い、魔術を使って部下と共に城へと帰った。
─────選択肢は結婚か死かになりました、なんて言えない。
脅迫プロポーズの行方はいかに!?




