どうしよう
「えー?せなっちが魔王?まじで?えぇー」
死んだあとこの世界に魔王の娘として生まれて、今魔王やっていることを簡潔に話せば、景くんは苦笑を漏らした。
「俺、神様に世界を救えって言われて、召喚されたんだよ。んで王様に魔王倒せって言われて一ヶ月前から準備して旅に出たんだ」
「あたしって、前世の前世で悪いことしたのかな………神様に会えない?ぶっ潰したいんだけど」
「怖いよ、せなっち。落ち着いて」
恋をした矢先に事故死して、魔王になって好きな人に倒される運命にされるなんて。一体あたしはなにをしたと言うんだ。
それともあたしの寿命は十六年と決まっているのか。
神様を潰させてください、神様。
「……それにしても、どうしてあたしだってわかったの?随分変わってる姿なのに」
「ん?あー、呼び方かな…景くんってせなっちのアクセント、他の女子と違うから。それに雰囲気も顔も、せなっちの面影があるよ」
笑いかける景くんの笑顔に懐かしさと安堵を覚えた。そんな違いに気付いてくれたことに嬉しさも感じる。
鏡を見ても前の自分とは違いすぎていると感じていたのに、あたしだってすぐに気付いてくれた。
「時間の流れが違うのかな…俺の世界とこの世界って」
どっしりと聳え立つ樹の根に並んで座っている。その樹に寄り掛かる形で上を見上げた景くんがぼやく。
「俺の世界、せなっちが死んで、まだ二年しか経ってないんだ」
時間の流れが異なっているらしい。
あたしはこの世界に十六年生きた。
でもあたしが死んだ景くんの世界は、二年しか経っていない。
「まさかこうして会えるなんて……喜ぶべきなのかな…喜んじゃだめなのか?」
薄く笑う景くんは、少しだけ悲しげだった。
再会できても、関係性は魔王と勇者。敵対する関係だ。
あたしは勇者を倒さなければならない魔王。
景くんは魔王を倒さなければならない勇者。
こうして二人で肩を並べている場合ではないのだが、互いに戦意はない。
「……今は、喜びたい、な…」
あたしはポツリと呟いた。
「じゃあ喜ぶ」
そうすれば、無邪気に景くんは笑みを浮かべて頷いてくれる。
それを見て、あたしも笑みを返した。
「二年後ってことはさ、高校三年だっけ。大学は決まった?」
「………ううん。進路に迷ってる最中にこの世界に呼ばれた」
「進路に迷ってる?サッカーの名門大学に入るんじゃなかったの?」
「……サッカーは、辞めた…」
もう少しだけ、こうして肩を並べて話していたかったから話題を出す。すると驚きな回答がきた。
「なんで?あんなに頑張ってたのに……」
苦笑して俯く景くんに強く問うことは出来ず、口を閉じる。
サッカーバカとも言われていた彼が、辞めたのだ。きっとあたしがいなくなった後、辞めなくてはいけない事情があったに違いない。
「どうしよっか」
気を取り直して、明るく振る舞い景くんは話題を変えた。
触れてほしくなさそうだったから、今は目の前の問題をどうするかを考えることにしよう。
「どうしよう」
戦って倒さなきゃならないようです。でも戦う気がありません、互いに。
さてどうしよう。
「…景くんは、なんて聞いてるの?あたし達魔物のこと」
「そりゃあ、悪い奴だって聞いてるよ。人間を滅ぼそうとしてるんだろ?人間食べるらしいけど…人間美味い?」
「人肉は不味いって情報をくれたのは君だよ」
「え、そうだっけ?…あー、テレビでやってたから話したっけ、教室で」
しょうもないことを思い出して笑い出す景くん。やっぱりそうかとあたしは肩を竦めた。
「人間を食べるのは魔獣だよ」
「マジュウ?」
「人間は獣型の魔物だと認識してるけど、あたし達魔物からしたら人間達にとっての動物。それも肉食の動物。魔獣は狂暴で人間も魔物も食べるんだけど、人間はその魔獣を魔物のペットだと勘違いしてるの」
手なづけた魔獣が、人間を襲うことはまずない。魔王の命令がある限り。
「魔物は人間を滅ぼす気はこれっぽっちもないんだよ、景くん。でも魔術を使いこなす魔物は人間を滅ぼす対象だと昔から認識されてしまって、前魔王であるお父様も何度も和解しようとしたんだけどその度攻撃されちゃって。でもね、お母様が共存を望んだから人間を滅ぼさないでいることにしたの。あたし達からすれば、人間は脅威じゃないし。そしたら神様が勇者が現れるってお告げをしたから、人間達の最後の希望である勇者を倒せば人間が諦めてくれるかなってお父様が考えたの。魔物は強い者に従うんだ、つまり魔王の言うことは絶対。魔物の中で最も強い者が魔王になる。だから勇者が魔王を倒せば魔物全てを倒したも同然になるんだ。つまり───魔物と人間の命運を背負っているのは、魔王であるあたしと、勇者である景くん」
「………んー、どうしようか」
うん、どうしようか。
難しい顔をして腕を組み俯く景くん。
戦って決着をつけるという選択肢はあたし達にはない。いや、あるんだけど。
元同級生同士で戦いたくない。
だから他の方法を考えるのだが、思い付かない。
勇者を倒せば一件落着になるとばかり思っていたのに、その勇者が同級生で想い人なんて。神様、一発殴らせてください。
「つまりは…んーと…人間が悪いのかな?」
「……んー、悪いと言えば悪いのかなぁ。でも人間も生き延びたいから、脅威を消したいだけなんでしょう?きっと。どっちが悪いとかじゃないと思う」
「……そっか」
んーと唸る景くん。
話し合いの場を作っても、魔物を警戒する彼らは話を聞いてもくれない。話し合いで済めばいいが、それは無理だ。
話し合いで済むなら、とっくの昔に父親が和解同盟を結んでいる。
「あ、陽が暮れちまう。せなっち、帰ったほうがいい。俺は宿に戻るわ」
「え?」
「魔王でも女の子なんだから、気を付けて帰れよ。また明日話し合おう」
いつの間にか空はオレンジ色。
また明日。
その言葉が胸に染みた。そう言えば、事故死する前日も、また明日って言って手を振り合って帰ったっけ。
「…景くんは大丈夫?魔獣に襲われないように送ろうか?」
「これでも強いぜ、俺。チートでセコいほど強いから心配しなくていーよ」
「じゃあ……また明日」
「うん、また明日」
もしかしたら、明日はまた会えなくなるんじゃないかって思ってしまったけど。
あたしも景くんはそんな心配は不要なくらい強いみたい。
だから夕陽を背にして手を振る景くんに、笑って手を振り返した。
────さて、どうしましょう。
次は、元魔王様にご報告




