まさか勇者は
十四歳で魔王になりました。
歴代最強の魔王から歴代最弱の魔王に変わり、その座を奪おうと立ち上がる輩が大勢いた。
その大勢を返り討ちにして、半年後は歴代最小年の魔王と認められました…。
伊達に歴代最強の魔王の血を継いでません。
伊達に歴代最強の魔王の腹心に鍛えられてません。
腹心達は鼻を高くして満足げ。。期待に答えることができて嬉しいです。
父親は新しい妻とラブラブ生活を境界線付近で送っております。幸せならいいです。ええ、まぁ。
一度、人間の王と話し合おうと向かった。だが、門前払いを食らう。大砲やら銃弾の嵐。
話し合いすらできねー…。
話し合いは早々に諦めて、勇者が現れるのを待つことにした。
十六年+十六年が経ったある日。
ついに勇者が現れたそうだ。
「何でも神が異世界から召喚した人間の少年だそうです」
「ほう…?異世界からか…」
玉座の膝掛けに頬杖をついて、報告してきた右腕である宰相を見る。
異世界から。
もしかして地球からだろうか。
神様ってなんでもありなら、何故自分で魔王を倒さないのだろうか。この世界に生まれたのが神様のせいなら、喜んで戦ってぶっ潰してやる。
「特徴は黒い髪にダークブラウンの瞳をした顔立ちのいい少年。名前はケイ・サトウ」
「……ケイ・サトウ?」
宰相の口から出た名前に反応して、あたしは目を丸めた。
佐藤景───サイウ・ケイ。
橙色の夕日を背に、手を振って笑いかける想い人が浮かんだ。
そんなまさか、とその可能性を忘却する。
あれから十六年だ。少年とは言えない。彼のはずはない。
そうそう、平凡な名前だ、ありがち。偶然よ、偶然。たまたま偶然、同姓同名の人が召喚されただけだ。彼なんかじゃないわ。彼なんかじゃないわ。彼なんかじゃないわ…。
自分に言い聞かせた。
黒髪にダークブラウンなんて、ありがち。そうそう、ありがちなの。十六年前だから、絶対に違う。絶対に違うわ。
「顔色が優れませんね、魔王様。どうかなさいましたか?」
「………」
誰かが声をかけてきたが、あたしは応えることが出来なかった。
過った可能性が捨てられない。
嘘だろ、そんな、まさか…。
倒さなければならない勇者が、前世の想い人なんて、なんの因果だ。
偶然のはずがない。
ただの偶然のはずがないのだ。
「勇者を見に行ってくる!!!」
あたしは玉座を立ち上がり、窓から城を飛び出した。
十一年前と違い、あたしを確保する者はいない。人間の姿に変えて、既に魔物の大陸に足を踏み入れているという勇者───ケイ・サトウを捜す。
蝙蝠の翼で飛び、境界線の森へ入る。
人間の匂いを嗅ぎ付けて、数時間で見付け出した。
平然と森の中の道を歩いていた勇者。右手はポケットに、左手は頭の後ろに置いていた。その背には身の丈のほどの剣を背負っている。
この世界の服に着替えていて、一見異世界から来たとは思えない。
でもその顔は、間違いなくあたしの知る佐藤圭だった。同じくらいだった背が、少し伸びたように見える。顔立ちもほんの少しだけ違っていた。
でも鮮明に記憶に残っている彼と酷使している。
胸が締め付けられて苦しかった。
「────景くん?」
久しぶりに呼ぶ名前。泣きそうになってしまい、声が震えた。
本当に、本当に、君なの?
あたしが恋をした、君なの?
「…え?…えっと…」
突然目の前に現れて名前を呼ばれて、戸惑いつつも彼は一歩歩み寄った。
声も少しハスキーになってる。
違う人なのかな?と過った。
別人、なのかな?
不安に思いつつ、知り合いかどうかを確かめるように顔を覗いてくる彼を見つめた。
彼が目を見開く。
「─────せなっち?」
懐かしい響きで呼ばれた。
もう堪えられなくなって、涙が落ちていく。
景くんだ。
あたしの知っている景くんだ。
あたしの好きな景くんだ。
感極まってあたしは景くんの胸に飛び込んで、抱きついた。
───倒すべき勇者は、好きな人でした。
勇者はまさかの、好きな人。
神様の仕業、と思ってください。




