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儚過ぎる夢

作者: 黒猫

「・・・死んだ?」

受話器からその言葉を聞いた瞬間、頭が白くなる。

『ああ・・・今、苅谷総合病院にいる。そこで・・・信也が眠っているよ』

淡々と告げてくるその声には、感情と言うものが感じられない。

−−夫が死んだ。

正確には元・夫。

離婚してまだ一週間も経ってはいない。

愛してなんかいない。むしろ嫌いだ。離婚したのだから・・・。

なのに何故・・・何故こんなにも悲しいのだろう?

私は溢れ出す涙を拭うことも出来ず、突如襲った喪失感に、足元が覚束なくなった。受話器からはまだ声がするが耳に入らない。

元・夫・・・信也と言う人物を私は知らない。

おかしいかも知れないけれど本当の事だ。

何故なら・・・私には記憶がない。正確に言えば、彼と出会ってから今までの二年間の記憶がない。

私と彼は半月前に結婚したらしい。

そして結婚式の翌日・・・私は記憶を失った。理由はわからない。今だ結婚していた事すら信じられないくらいだ。

朝起きたら、隣に見知らぬ男が裸で寝ている。

自分が何処にいるのかもわからない。

あれほどパニックになったのは初めてだ。震え・戸惑い、彼をひっぱたき罵倒し・・・泣き叫んだ。

彼は必死に私を慰めようとしたが、お人よしそうな優しい風貌が逆に恐ろしく見えてたまらなかった。

暫くして落ち着くと、左手の薬指にはめている覚えのない指輪に気付いた。私がそれを眺めていると、彼が話をし始めた。結婚していると。

信じられなかったが、二人の今までの写真や結婚式の写真を見せられて、最後には今の西暦まで言われれば観念するしかなかった。

念のために両親や友人にも確かめたが偽りはなかった。勿論病院の先生にも。

しかし、だからと言って到底受け入れられる話ではない。

見知らぬ男と知らない内に結婚し、これから一緒にいなければならないのだ。励まそうとしたのか、落ち込む私の肩を抱こうとした彼の腕を、私は叩いて拒否した。

冗談ではない・・・愛してもいない相手に触れらるなんてごめんだ。夫婦となれば性生活もある。

私の頭と心は、恐怖と嫌悪感でいっぱいになった。

大体・・・私は好きな人がいる。・・・二年経っているらしいけど、関係ない。なのに、なぜこんな奴なんかとッ!?

そう思った私は、彼にその事を告げたが、ただ笑っているだけだった。

それに腹がたち私がどれだけ、その人の事を愛しているか、どれだけ信也と違いかっこよくて素敵かを切々と語った。

それでもただ笑っているだけの彼に理解出来ないでいると、彼はただ一言

「愛している」

と言い、私を抱きしめた。その瞬間−−私は彼を突き放し、家を出て行った。

家を出た後、私は実家に戻る事にした。

行く宛てなどそこにしかないのだから。

両親は必死で私を諭し、説得しようとしたが、私は受け付けなかった。

あんな男の元へ戻るなどごめんだ。世間から見れば、私は単なる我が儘娘かも知れないけれど、そんなの関係ない。私には、片思いだけれど他に好きな人がいて、その人と結ばれる事を夢見ている。それが二年前の記憶だとしても、私にとっては、今の現実なのだから。馴れ馴れしく抱きしめ、愛を語る男の所へなんて、死んでも嫌だ。

そもそも、全然好みではないのだ。

確かに人は良さそうだが、顔はたいしたことはない。パッと見て、人が良さそうと言うだけで見知らぬ人と過ごせるわけがない。

性生活はおろか、触れるのも会話をするのも嫌だ。

キツイかも知れないが、私は変に潔癖な所がある。だから余計、性格上無理なのだ。両親の説得を無視し、部屋に閉じこもった私に諦めたのか、それ以上は何も言わず彼に謝りの電話を入れたみたいだった。電話の声を遠くに聞きながら、指輪を抜き適当に投げ捨てるとベットに倒れ込み眠りについた。

翌日、私の好きな人が結婚している事を知った。

落ち込む私に信也は、毎日のように実家に足を運んできた。もちろん私は相手にしない。すると携帯に電話やメールがくる。私は受着信拒否の設定をし、それを防いだ。なのに、しつこく足を運ぶ彼に私は我慢出来ず、ストーカーとして訴えると彼に叫んだ。

呆然とする彼だったが、知った事ではない。

毎日毎日恐いのだ。あまりのしつこさに嫌悪感しか浮かばない。

八つ当たりかも知れないが、信也のせいで大好きな彼と結ばれなかったと思うと余計に嫌になる。

悪口雑言を浴びせ掛けていると、立ち直ったのか、また薄ら笑いを浮かべ

「ごめん」

と言い彼は去って行った。何を言っても笑う彼は正直理解出来ない存在だ。

三日後−−手紙と一緒に離婚届けが届いた。

手紙の内容は、私への謝罪と身の回りの物・・・彼にとっての思い出の品を処分したと言う内容だった。

私にとっては嬉しい報告だ。離婚できるし、何より写真とか処分してくれたのだ。私の知らない所で、私の写真等が彼に見られるのは気持ち悪い事なのだから。

とにかく、こうして離婚した。

結婚して半月。一緒にくらしたのは僅か一夜だけ・・・しかも記憶がないのだから零に等しい。

落ち着くと、少しだけ罪悪感が生まれたが結局何も知らない相手だからと気にしないことした。

そして今日。今−−

『泣いてるのか?・・・なんで泣くんだよッ!?裏切り者がッ!!』

受話器から聞こえる罵倒に、意識を取り戻す。

−−そう裏切り者だ。私は彼を裏切った。

「うう・・・うわあぁぁぁッ!!!!」

頭に溢れ出す、彼との記憶。同時に涙と声も溢れ出す。

『まさか・・・思い出したのか・・・?』

戸惑いかけられるその声に、更に涙が溢れる。

どうして忘れていたのだろう・・・。

こんなにも愛しているのに。

切なくて苦しくて痛くて、私はおかしくなりそうだ。涙を止める事なく私は受話器を下ろすと、病院に駆け込んだ。

信じられないくらいおだやかな顔。ただ寝ているだけみたいな。

死因は交通事故。

子犬を助けようとしたらしい。

優し過ぎる彼らしい最後。どんなに辛くても悲しくても、笑顔を絶やさない彼。そんな彼を愛しく想い、素顔を知りたくて・・・私に甘えて欲しくて。

・・・なのに、私は裏切った。

彼には身寄りがない。

天涯孤独だ。

笑いの絶えない家族を持つのが夢だと言っていた。

今まで付き合った恋人は、皆浮気をするなりして彼を裏切り離れて行った。

私は絶対裏切らない、貴方を守ると誓ったのに・・・守ると言った時の貴方の嬉しそうな笑顔が頭から離れない。

愛している。愛している。愛しているのに・・・。

「ごめんなさい。・・・ごめんなさい」

彼の寝顔に、それしか言えない。他に何が言えると言うのだろうか?

崩れ落ちる私を、追い掛けて来た両親が優しく抱きしめた。両親もまた泣いていた。

私のせいだと、泣き叫ぶ私を両親は、ただただ優しく抱きしめるだけだった。

家に帰り、私は部屋を掻き回す。探し物は結婚指輪。もうこれしか信也との間にある物はない。他は全て処分したのだから。

中々見付からず、また泣き出した私の目に光りが写る。ベットの下に腕を伸ばすと見付かった、今の私にとって命より大切な指輪。

指輪の裏に彫られてある彼の名前を見て、胸が張り裂けそうになる。

・・・いっそうの事張り裂ければ良いのに。

指輪を定位置に嵌め私は思う。

彼の人生は何だったのだろう・・・?

身寄りはなく、愛する人にことごとく裏切られ、やっと夢見ていた家族を手に入れたのに・・・一夜で失った、儚過ぎる夢。なのに、彼は最後までやはり笑顔で・・・。

幸せってなんだろう?

どうして私が生きていて、誰より優しくて、幸福にならなければならない彼が死んだのだろう・・・?

どうして記憶を失った?

何故彼から離れた?

彼は不幸な人生だったのだろうか・・・?

あの笑顔の下で涙を流してたのだろうか?

きっと流していた。素顔を私に見せる事なく。

−−もうどうでも良い。彼がいない世界など・・・

泣きつかれた私は、ベットに寝転がる。

すぐに訪れる睡魔に、意識を奪われる瞬間−−

この記憶こそ偽りであるようにと、神様に祈り眠りについた。


目が醒めると、当たり前のように彼との生活が始まる事を信じて−−

どうも黒猫です。めちゃくちゃ暗い話です。書いててヘコミました(>_<)連載してる「らぶ・ぱら☆」は、馬鹿みたいに下品なギャグものなのに。とにかく感想下さい!お願いします。マジで・・・では待ってます(^0^)/

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― 新着の感想 ―
[一言] 暗くていい!しかも、ドラマっぽくて。私はこういうのは大好きです。記憶喪失の理由が明らかにされておらず、記憶の覚醒が唐突かな?と思ったので、少し辛口評価にさせていただきましたが、気を悪くなさら…
[一言]  黒猫様、すてきな物語ありがとうございます。すてきな着想ですね。僕も精神異常者の物語を書いてますが、こんな風には書けない……。これからも頑張ってください。                 大…
[一言] 「25才以上のための携帯小説」でレビューしました。ドラマチックで面白かったです。
2006/06/07 21:07 オーバッサン
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