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悪役令嬢ざまぁシリーズ

婚約破棄された公爵令嬢ですが、現代社会で慰謝料をぶんどりざまぁします

作者: かんあずき
掲載日:2026/04/02

この作品は、「乙女ゲームの悪役令嬢に転生したので、攻略対象を犬にしてシナリオを全部バグらせます」のスピンオフ作品になります。

よかったら本編もご覧ください

ふと気づけば人だかりができていた。


「女性が歩道橋から落ちたぞ」

「しっかりしろ!今、救急車を呼んだからな!」


うるさいですわ


私は思いっきり眉を顰めた。


先ほど、学園で婚約者のアーサーに「平民の女リリーと真実の愛をみつけた」と言われた挙句、その取り巻きに詰め寄られて、階段から落とされたばかり。


学園の階段は絨毯が敷いてあったはずですのに?


痛いわ。


目を開けると──


何ですの?

この殺風景な階段は......


ん?外?

どこですの?ここは?



「君、名前は?病院に連れて行くからね」

「名前.....名前は...キャサリン=マグナカルタ。公爵家の娘ですわ」


なんとか、会話をする。

声も私のものではないわ?


しかも、目の前に白衣を着て、護衛官のようなまるい硬い帽子(=世にいうヘルメット)を被った男たちが騒いでいてよ。


「大変だ!意識が混濁しているから、頭を固定して担架に乗せよう」


何を言ってるのかわかりませんわ。

でも、私ではない女の記憶が勝手に流れ込んでくる。


「天谷千鶴......それが、名前。」



ああ、なるほどね

なんて不幸な馬鹿な女。


「突き落とされましたの。私の婚約者だった男に──」


私はそこで、記憶にある限りを話し続けた。




「被害届はもちろん出したまま。取り下げるつもりはなし。法廷でお会いしましょう」


私の体を突き落とした菅野の弁護士にそう伝える。


以前でしたら執事や侍女が全部してくれましたのに。


はぁー


どうやらアーサーの馬鹿に階段から落とされた時に、この「千鶴」という不細工な女と入れ替わってしまいましたのね。



千鶴の意識と、私、キャサリンの意識を統合した結果──


馬鹿じゃないけど、アホな男に引っかかった千鶴という女の後始末をさせられることになってしまいましてよ。

この千鶴は、キャリアウーマンだったらしい。


ああ、頭の中にいろんな仕事のノウハウが流れ込んでくる。

こんな賢くても、二股をかけられて、仕事の成果を奪われて、騙されるんですのね。


しかも女は同じ職場......


「じゃあ、君は菅野君から殺されかけたと.....」


「ええ、記憶が曖昧なところもありますが私の日記によるとそのようです。穏便に済ませたかったんですけどね」



目の前には私を殺そうとした男の使い物にならない上司がいる。

自分の部下が、他の部下を殺しかけて警察に連行されたのである。おどおどとして、私の顔を見るが、知らんがな。


私はスマホと言われるものから、その菅野という男が大量に送ってきたメッセージをみせた。


「結婚しよう」

「この仕事君なら出来るんじゃないかな?」

「早く仕事を済ませて、週末は結婚式の話をしよう」

「どうして、私に頼まれた仕事があなたの手柄になってるの?」

「入江さんとどうしてキスしてるの?」


それを見せると、上司は険しい顔をする。


「これなんですけどね。」


家に置いてあった探偵事務所の大量の写真を数枚見せる

そこには千鶴と二股をかけた「入江」と思われる女と菅野の熱烈なキスシーン、抱き合い、ホテルin、など、この入江と菅野のやり取りから、入江の服からポロリしている写真があった。


「この人と結託して殺そうとしたのか......は、わかりませんけど、この方と私の仕事の成果を奪っていったのは事実ですわ」


日記には、その仕事のプロジェクトの書類の作成日が残っており、どうやら発案は千鶴だと証明できるらしい。


早く最初からこの出来ない上司に言えばいいのに...


よくわからんけど......日記にそう書いている。

だが、その男を信じたかったそうな。


アホね

こんな気持ち悪い顔の男にキスされるなんてさぶいぼ!

外で、ポロンてあまりの貞操観のなさにびっくり。

こんな男でよく盛り上がれるもんだわ。


王子という取り柄しかない、安っぽい真実の愛を語るアーサーでも、顔だけは良かったわよ。

趣味じゃなかったけど。


ただ、この世界「ぶさお」しかいないのよね。


はぁ、みんな「ぶさお」なら、さぶいぼとでも結婚したいと思うのかしら?



目の前の上司は、衝撃を受けている。

どの部分が衝撃なのかわからないけど。


私は、千鶴の記憶の範囲のことを、この上司に事細かに伝えて、自分の席の荷物を片付ける。


「天谷さん、体大丈夫?」


隣の女が、いろいろ聞きたそうに目を輝かせている。

なんなのかしら?

私の取り巻きでももう少し、好奇心しかない顔を隠してましたわよ?


でも、こういう女がいいのよ。

私はにっこり笑顔を見せた。


「それが、菅野さんに歩道橋から突き落とされて散々です。しっかり覚えているし、目撃者もいたので、そこはなんとかなったんですけどね」


目撃者なんて、あの救急隊員が来た時に、


「力強く、あの男に突き落とされましたのよ。

あなたも見てたわよね。ほら、こうやって!手を伸ばして...」


とか言ってるうちに、


「俺も見た」

「手を伸ばしてたわ」

「千鶴って言った声と、争っている様子がみえたわ」


ほらほら、みんな見た気になるのです。


「記憶が曖昧なんです。でも、私、どうやら殺されそうになる前に菅野さんと付き合ってたみたいで...」


さりげなく、菅野から送られてきたメッセージをその女に見せると、


「うっそ!あなたたち付き合ってたの?」

「はい。結婚しようって、何度もメッセージがきてて。それなのに.....」


私は悲しそうにうつむき、何十枚もある、もちろんポロリもある写真の数枚をそっと見せる。


「あ・な・た・だ・か・ら・見せるんだけど...」


「うわーっ!えっ?これ、入江さんと菅野君じゃない?どういうこと?」

「二人で結託してたみたい、ああ、でも、憶測はいけないわ。ただ二股かけてただけかも.......」


あなただけ攻撃!


これで、この女は100%みんなにまきちらかすわ


「で、でも入江さんって今年の新入社員でしょ?あなたたちいつからつきあってたの?」


「何年になるのかな......結婚...夢見て殺されかけるなんて思わなかった」


隣の女は、私を可哀想な女として認定したわ。

いいの。それで……

どうせ、私にはわからないことが多いから、退社するしね。


私は片付けるふりをしながら、さりげなく会社の全課回覧のバインダーの間に、菅野と入江の写真を挟む。

それを何個か仕掛けて、最後に課内の回覧にもホテルに入る、抱き合う、キスする写真を入れた。


さすがにポロンは見せるだけ。

外で盛るなっての。


それでもオーバーに伝わるわ。


入江は、新入社員なのね。

お局侍女の彼氏を新人侍女がとったら、どんな世界でもただでは済まなくてよ。

その仕打ちを甘んじて受けて体験するがいいわ。



私は記憶が戻らない部分があり、仕事に支障があって退社するのだ。

写真やスマホメッセージのことを周囲に漏らしたと責められようと、回覧に挟んだと言われようと、記憶がなく、なんとか職場に来たが混乱したを通すだけだ。




「記憶が戻らなくて社会生活を送れないことの慰謝料と治療費」

「貞操権の侵害」

「傷害を負わせたことの慰謝料」



こちらの出してきた証拠に、相手の弁護士が示談を持ちかけてきた。

どうやら、この世界でそこそこな金持ちの息子だったらしい。



これまた、はぁーっ?だわ。

私は、どんなに言い寄られようとも、前の世界で誰とも体の関係を持った男はいませんのよ。


だって、好きじゃないけど、アーサーが婚約者でいたんですもの。

アーサーと関係を持たなくて良かったとは思うけど、だからといって、結婚もしない男と関係なんて持ちたくなくて.......


それなのに、私はやってないのにやっている女の体を手に入れてしまった。

ああ!なんてことなの!天谷千鶴!!




そんなことをキィーッ!と考えていると、弁護士がいろいろな書類を出してくる。


ちらっとその額を見てふっと鼻で笑う。


「この程度で、私を懐柔しようと?」


私の一枚のドレス代?

宝石代にもならないわ。


この世界の住民は、平均的には良い暮らしだが、一人一人を見ると貧乏で驚く。


馬車と違い車や飛行機というとてつもないものになっているくせに、誰も魔法は使えないし、服も下着かしらというぐらい簡素で、みんな侍女のような安物服しか着ない。


ドレスもなければ、コルセットもなく、だらけた胸と腹を突き出して歩く。


初めて周囲の家を見た時に、馬小屋が乱立していると驚いたもの。

この千鶴の部屋だって、使用人の部屋だと思ったわ。


だから、慰謝料もその程度になるのね。

千鶴はともかく、私はそんな安金でうごく女じゃないわ


「とにかく、お話になりませんわ。戻ってあなたの主人に相談なさって。息子さんの将来はこれっぽっちなの?って。私の将来は彼に潰されたわけですし」


私はツンとして弁護士を追い返そうとする。

「ご再考を」

「人を馬鹿にするのも大概になさって。この男とそのご家族に伝えてくださる?だって、結婚詐欺みたいなものでしょ?」


ぴちぴち17歳から一気に27歳になった。

私の世界では、この年齢はとっくに行き遅れ。

後継を産まないといけないとかこの世界にもあるのかしら?


「女の人生舐めないで。結婚も子供も諦めないといけないかもしれない。その慰謝料がたかがそれ?」


「い、いや、まだお若いからそれは...」


「私の体は傷ものにされたの。さっさと帰ってくださる?」


私は弁護士を追い出し、玄関の扉を閉め、姿鏡で全身を見た。


「とはいえ、そもそもこれはひどいわ。肌はガサガサ、乳はないし、腹はボヨンじゃないの。足も短いし...ああ、服もダサすぎ」


私は、その姿にめまいを覚える。


クローゼットの服を全部ごそっと出して、ぽいっと捨てる。

そして、インターネットから必要なものを探し出した。



「侍女の代わりになりそうなものがあるわね。美顔器、パック、化粧品......なんだ?綺麗になれる武器がたくさんこの世界にはあるじゃないの。とりあえず、先行投資するわ」



どうやらこの千鶴という女は「結婚資金」を貯めていたらしい。

親は交通事故で亡くなって、頼れない。

だが、死亡保険金もいくらか残っている......



「あんな馬鹿男、いつもの魔法が使えたら、腕と脚と局部を凍らせて割ってやるのに......

千鶴、あなたは馬鹿な女ですわ。

お金をかける場所は、男ではなくて、自分でしてよ!」


私と入れ替わったこの馬鹿女は、間違いなくアーサーやその取り巻きに一矢報いるのは無理でしょうね。


「ちょいと優しすぎましてよ」


私は、自分のお父様とお母様を思い出した。

二人は私を溺愛してくださったわ。

向こうの私が偽物だと、気づくかしら?


胸の奥がギュッと締め付けられ、この世界に来て初めて鼻がツンとする体験をする。


「とりあえずその資金を使って自分の美貌を作り上げましてよ。こんな不細工と付き合わなくてはいけないのは許されませんわ。」


世の中には失業保険というのもあるらしいし、半年はなんとかなる。


ここの世界の食べ物は我が家の馬に与える飼い葉よりも安い。

その割に、美味しいものも多い。


私は、スマホを操作して痩せるための道具を一式。

美顔器、化粧品など、ありとあらゆる美への投資をする。



部屋は、美顔器から視界が遮られるほどのスモーク。

身体中に巻かれるEMS

横になれば、ヨガマットでストレッチ


そして、ひたすらウォーキングマシンで走り続けて、エアロバイクを漕ぎまくる。


「この小さな板にはなんでも出てきますのね」


私は魔法の板であるスマホをじっくり眺める。

運動をしたいといえば、板の中でメニューが組まれる。

ご飯が食べたいと思えば、ぽちっとするだけで箱に詰めて送られる。


「便利ですわ。魔法要らずですわね」


スマホを見ながら、私は、筋トレを行い、カロリー計算した食事を食べまくる。


そのボディメイクに取り組む間に何度か、はした金で示談に持ち込もうとする弁護士がやってきては追い返すを繰り返していた。


段々、真実の愛のもと外で盛りまくった二人に亀裂が入ってるそうな。



「菅野さんは唆されただけで、全ては入江という女が首謀者なんですよ」


とかなんとか......弁護士が、男の言い分を主張し始める。


どっちも地獄に堕ちろ──



本当に、どの世界にもクズはいる。

よって平行線のままだ。

さて私はこれからどうするか?



「少し体が締まって、だらしない腹が引っ込みましたわ。そろそろ、外側を整える時期ね」


玄関前の鏡は毎日磨き、自分のスタイルの確認に使う。


まあ、及第点になってきたか?

スマホを取り出し、美容院の予約ボタンを押す。



「スマホ?この板は便利ですわ。これがあれば侍女もいらなくてよ。まずはこの髪ですわね。美容院というものに行ってみましょう」





国によって流行は違うのだけど......


なんかピンピン跳ねたり、一部分だけ色が変わったり、うねうねだったり??


「どのような雰囲気をお求めですか?」


わからないわねえ。

この子の髪は黒に近い茶色で、目もそんな感じ......


「先が傷んでいるのでそれをカットして、癖があるのをどうしましょう?カットで対応しましょうか?」


美容師は私にカットの見本を見せてくる。

なんか、森みたいな頭ね?

これで対応したと言われるのは...


「重すぎるのはダメ。軽く見せて、サラサラ......いや、ふんわりやわらか。あの平民女のような、ちょっと油断させる隙をビジュアルに反映させた方がいいかしら?」


「平民女??」


首を傾げる美容師にいちいち説明も面倒だわ。


「地下アイドルですかね?」

「そんな感じ」

「ああ、小悪魔系ですか?」


平民女の一覧が私の前に出される。


うーん?

なにかしら?このブロンドに似せて目と眉毛が茶色というビジュアルの悪さは?

髪を染め上げるなら眉も染めなさいよ


「やっぱり正統派で......」


侍女はいないから髪は短くしてしまいましょう。

この体は私のものではないのだから、淑女としてどうかなんて考える必要性も感じなくてよ。


「セミロング、つやつや、漆喰の黒。

ストレートパーマ.......これ一択。」


ここまでが妥協点。

髪をバサバサやられている間に、スマホで情報収集。

ぼちっとな。


「今、何使ってお手入れされてますか?」


何.....?

今までは侍女使ってたけど...


「べ、別に普通になにも...」

「自然乾燥ですか?それは髪に良くないのでドライヤーでしっかり乾かしてください」

「どれがいい?」


風量がよくて、傷まないのはコレ。

熱プレートがいいのはこれですかね?


美容師は自分の店のものを出して勧めてきたが、即座にスマホで内容物だけ確認して断る。


風魔法や火魔法を使わなくてもいいのはいいわね。

でも、似たようなものを探すわ。


なんか美容師が眉をピクピクさせてるわね?

でも、中間マージンをこの子にとらせてあげるほど親しくないわ。


ツンとして、座って出来上がりを見ていくとだんだんイメージ通りの髪に仕上がっていく。

その私の横に、新たな客がやってくる。


あら?

髪がブロンドで、ソフトクリームのような巻き巻き。


(今どき?)


私の中の千鶴がつぶやいてるわ。

何かしら?この巻き巻きは?


化粧も素敵じゃない。目はぱっちり。

まつ毛も長いし、肌も白い。

ちょっと露出が多いけど......


「あなた、綺麗な顔してるわ。どこの化粧品使ってるの?

なんの仕事?どうやってるの?教えてくださらない?」


横にいた女は「なに?」と目を見開く。

だが、悪い気はしなかったのだろう。

ニンマリ笑って微笑んだ。


「いいわ!教えてあげる」


その女の良い香水の香りと、爪に光るアートとストーンが私の目を釘付けにする。

思わず、その手を握りしめる。


「こ、これは?」


わなわな震えてその女の手を握りしめると


「ネイルアート?関心あるの?」


よっぽど私の反応がおかしいのか?

くすくす笑われる。


「それ、そのまつ毛はなんですの?」


「なんですの?って......やだ、ドラマに出てくる貴族みたいな話し方ね。この毛はミンクの毛なんだけど......」


「ミンク!!って...なんですの?」


私は首を傾けた。




クラブ「聖女」


この国にも聖女がいるのかと思ったら、ママの名前が「聖子」で、女だから「聖女」


「あら?磨けば光るんじゃない?問題は話術よね?」

「記憶が所々抜けて困ってますの」

「ねえ、ママ。この子男に歩道橋から突き落とされて大変なんだって。雇ってあげてよ」


先ほどの女は「みゆき」という名前でここで働いている。

そのみゆきに、ちょいと嘘泣き入れて、今までのことを話し、オシャレについて聞いたら同情されたのだ。


「私クラブで働いてるんだけど、うちで働かない?ついでに色々教えてあげる」


そう引っ張られて連れて来られたのだった。

聖子ママ??

聖女とは程遠いBBA。

なんか、呪われそうなお化けみたいな化粧ね?


わざと化け物メイクにしたのかしら?

そう思うほどしわの深い顔に長いつけまつげ。

派手な紫のドレスに、真っ赤な口紅。


これはなんて悪人顔──


「客を取るのよ。その客に、ガポガポ飲ませて、次も来たいと思わせるの。」


みゆきからは、サムズアップでドヤ顔される。


「次も?」


私飽き性ですのよ。

何度も来られてもウザいだけですわ。


思わずため息をつくと、不安に思っていると思ったのか、聖子ママは優しく言う。


「最初は、みゆきちゃんの横についたらいい。次にあなたに隣に座ってほしいと思わせたらそれが指名。その指名が増えたらお給料は増えるわ。体験してみない?」


メイクのことや、服のことが聞けたらよかっただけなんですけど?


ぐるっとみる。

多分、ドレスを着るだけならなんとかなるわ。

その体験というのをしてやろうじゃないの。



「体験...します」


流石に心配になったけど、ダメならダメで私は困らないわ。


「あら!素敵!みゆきちゃん!早速デビューだから磨き上げましょ♡」


店の侍女、ではなかったメイク担当にあっという間に変身させられる。

目はぱっちり、つけまつげに......


カラーコンタクト?

目が痛いけど、色が変わるのね。

これは、元の世界に伝えてあげたい技術。


それからしばらくして、気づけば、私の横には客がわんさか付いていた。


「なんか君をみてると娘を思い出すよ」


「わたしも、優しくて私に甘かったお父様を思い出しますの。娘さんとの思い出を話してくださる?」


ハゲちゃさんの目から落ちる涙をハンカチで拭いつつ、ガポガポ酒を注ぐ。


時代が変わっても世界が変わっても、お父様の愛は誰もが同じね。

似たところがあって、つい私も本気のもらい泣きしちゃう。


「ああ、キャサリン。泣かないで。娘が泣いているように思ってしまう」


「じゃあ、私が泣かないようにまた来てくれる?お父様とお呼びして待ってるわ」


私の源氏名キャサリンを優しく呼ぶ。

そんな偽のお父様が何人もいる。


最後に手を振り、時々得意の刺繍を入れてハンカチを贈ってみる。


(淑女の学びの刺繍がこんなところで役立つとはね)




「なかなか仕事が大変なんだよ」


「当然ですわ。社長は、その会社に一人しかいないんですもの。」


ビジネスの話は千鶴が勉強しているので助かるわ。

難しい話も、勝手に頭が動いて答えてくれる。

でも、千鶴は癒しとは無縁の女ね。

これでは社長はくつろげない。


「さあ、社長。少し休まれてはいかが?膝枕なんてどうかしら?」


一気に社長の目がトロンとする。

大体、そのあと更に密着したがるおバカが多い。


膝にゴロンしてお触りが始まりそうになったら......


くいっ


ネクタイを引っ張り上げ、首筋を撫でる。


「誰が触っていいといいましたの?あらあら?」


ちらっと下半身に目を向ける。

それで十分。

社長は思わず身をすくめて、急いで起きあがろうとする。


「ち、ちがうよ。つい出来心だよ。」


「ふふっ、出来心でもよいのですわ。でも、一度来ただけの男に触らせるほど私、安い女じゃなくてよ。社長、私はあなたの将来の戦利品になる女なの。」


「戦利品......」


「そうですわ。何度もアタックして、私の心をときめかせてくださらない?その時は......ね?」


なんちゃって社長は、何人も自身の征服欲に火がついて、客になる。


「いつか私と......」

「燃え上がる日を楽しみにしてましてよ」


そんな日はこない──




「新規のお客様なんだけど...みゆきちゃんのお客が連れて来て、まだ若い子なの。ヘルプに入って」


聖子ママから声をかけられ頷く。

ちらっとみると、学生?社会人?

成人はしてるみたいね。

私の前世と実年齢が近い人と話すのは久しぶりだわ


クラブで、夢は見てもいいけど、ハマりすぎてもダメ。

でも、今後も来てほしいわ


若い子は金にならないし、なんでも許されると勘違いしてみんな嫌がるんだけど......



「はじめまして、キャサリンです」


鍛えられた体に、背丈は...アーサーぐらいだろうか?

170センチぐらい?


「よう、キャサリン。こいつ俺の息子なんだけどいい男だろう?」


ええと、みゆきさんの太客の「加賀屋さん」

みゆきさんはぎょっとしている。

たしか、客と言いつつ、みゆきさんとお付き合いしてるんではなかったかしら?


「息子さんと一緒に飲みにこられるなんて、仲がよろしいのね」


社交界のデビューのようなものでしょうか?

でも、息子はとても嫌そうな顔をしてましてよ。


「なんとお呼びしたら良いでしょう?」

「なんとでも。息子...と呼べばいい」


ツンとしている。

加賀屋さんは、奥様とは離婚されているから、不倫ではないはずだけど──


「では、お言葉に甘えて......息子!何を飲みますの?」

「は?」

「は?ではなく、息子が飲みたい物を聞いているのです。お酒?はお好き?ソフトドリンクもありますわ」


口をパクパクしていたが、諦めたように


「烏龍茶を」


そうボソリと言う。


「食事はされまして?軽食ですけどありますわよ」


「こんな高いところで食うかよ」


なるほど。

金銭感覚は正しい男ですわ。

でもなんでこんなに不機嫌?


息子はずっと加賀屋とみゆきの二人を睨んでいる。

ああ、嫉妬ですね。


「息子はお父様っ子なのですね」

「はあっ!何を」


かーっと顔を赤くしている。

何をってお父様と女性のいる店にやって来て、仲良くする女性を見て嫉妬するなんて分かりやすいでしょう?


でも、みゆきさんには借りがありますの。


すっかり、歩けば誰もが振り返るスタイル、顔になったのはみゆきさんのおかげ。


「あら?なぜ息子はそれを嫌がりますの?私はもうお父様とお母様には会えないので羨ましいですわ」


「えっ?」


「もし、お父様がお母様以外の女性に夢中になって、私の前でイチャイチャしたら私だって嫉妬します。」


私はちょっと口を尖らせて、軽く加賀屋を睨む。

すると、加賀屋は慌て出した。


「い、いや。もういい歳の息子だし...」


「ダメ。心配している息子さんの気持ちを考えないと......」


みゆきさんも、少しホッとしたように加賀屋にそう告げる。


「いや、お付き合いしてる人がこんなに可愛くて素敵な人だって息子に自慢したかったんだよ」


お店でかよ!


思わず加賀屋以外の3人は顔を見合わせる。


「みゆきさんが素敵で可愛いのは私も保証しますわ。でも、烏龍茶のみのシラフで父のデレ顔を見るのは、コメントに困ると思いますわ。ですから、わたしからのサービスで、おにぎりを用意させてくださいね」


私はボーイにおにぎりを頼む。


おにぎりはうまい。

素朴なのに、どれだけでも食べられる。

この世界で一番ハマった食べ物だけ。


「い、いや。その...両親のこと悪かった」


息子はおにぎりを受け取りながらぺこりと謝る。

あら?アーサーよりも素直だわ。


「そうだよ。すまなかった。キャサリンがそんな身の上とは知らなかった」


加賀屋も頭をかいている。


「ふふっ、それだけじゃありませんの。私、婚約者に歩道橋から突き落とされて、この間から大変ですのよ」


私はあったことを雑談のように話すと、加賀屋の目が光り始める。


「それ、弁護士をつけたのか?」

「相手はつけてますわ。でも、私も事件以外の普段の記憶が曖昧で仕事ができなくなってしまいましたし、なかなか弁護士費用まではだせませんもの」


私がため息をついたと同時に、加賀屋が胸元から名刺を取り出す。



加賀屋法律事務所......


加賀屋 たけし

加賀屋 みのる


「わたしも、そこの息子も弁護士だ。相談に乗るよ。みゆきから聞いてるが、君はとてもいい子だというし、身の上で相談にのってくれる人がいないのは心細いだろう」


あらあら?

この子、童顔?


「息子?あなた何歳なの?」


驚いて聞く私に、おにぎりを食べながら息子は苦笑いする。


「27歳です。もういいです。名前で呼んでもらえたら」

「27歳?私とまさかの同じ歳?」


私は、千鶴と同じ歳というこの「加賀屋みのる」にへっ?と唖然とするのだった。





「示談はするな。むしろこっちから民事でがっぽりとってやろう。彼は刑事で裁いでもらったらいい」


加賀屋親子の提案に私は頷いた。

とりあえず、入江は会社で噂になって、退社したそうな。


「菅野の弁護士は入江が首謀で、私を突き落とす計画を立てた、彼は言われた通り動いただけだというのだけど...」


「もちろん、菅野と君は結婚の話が出ていた証拠もあり二股をかけていた事実を入江は知っていたのだろうし、仕事の成果を奪われたのだから、二人が共謀していたと考えて、共同不法行為で訴えよう」


二人にそれぞれ民事の訴状を送る。


二人は、お互いが責任をなすりつけあって破局──

うまくこの加賀屋親子が双方に、お互いの言い分を吹き込んで泥沼化。


探偵の書類には、写真以外にも、音声があったらしくて円盤のようなものに音が保管されていた。


「早くあの女と別れてよ」

「もう少しでプロジェクトの契約が締結しそうなんだ。そうすればあいつも用済みだからもう少し待っててくれよ」

「天谷さんどんな顔するんだろう?楽しみ!」

「なんかあいつ、俺との結婚の金を貯めてるらしいんだよ。せっかくだからそれも拝借するか?」

「いいわね。」


その後、仲良く二人の盛ってる世界の音が聞こえてくる。


「なんて下品なんだか......聞くに耐えませんわ」


私が眉を顰めると、息子のみのるが流れる音声を消した。


「探偵も優秀だね。十分な証拠だ。しかし、こんな話を迂闊に外ですることに驚くよ。彼らもお互いのスマホのメッセージを暴露しあって罪のなすりつけ合いをしているらしい」


みのるはそう言いながら、呆れたようにため息を漏らした。


「猿以下の知能ですわ。でも、それもあっさり破綻。なんて、安い愛なのかしら?とりあえずどっちがどうでも良いのでがっぽりお金をせしめてくださる?」


「せしめた後どうするんだい?」


「先日、競馬をテレビで見ましたの。あれ、やってみたいですわ。だって、あんなわかりやすいのにみんな、とんでもない馬にばかりかけて正しいオッズが出ていないのですもの」


あちらの世界では、馬がなくては日々が生活できませんし、騎士だって貴婦人だってみんな乗馬はするのですもの。

馬を見る目はあるわ


「すごい額になるよ。競馬も楽しんでいいとは思うけどね。今の仕事を辞めてみてもいいと思うけど......」


「あら?私の天職だと思っていますのに...」


みのるがそういうのは、水商売は周囲から軽んじられることがあるからだと分かってきた。


元々、天谷千鶴は、大きな会社に勤めてバリバリ働ける女だったらしい。それを知れば、本人に瑕疵はないし、元の職種に戻ることを勧めるのもわかる。


そして、みのるが、みゆきに良い感情を持てないのも、水商売の女ということもあるのだろう。


「あなたは、お父様とは違う性格ですのね?」


「悪い気持ちにさせたなら謝るが、酒場の女に良い記憶がないんだ」


かつて婚約者のアーサーもそうだった。

顔が良い王子だから、友人たちと市井に降りると色んな女に囲まれる。

私と不仲だったし、むしろ不貞でもしてくれたら婚約破棄してやると楽しみに待っていたのにしなかった。


そうかと思えば、突然平民女と真実の愛に目覚めたと言い出すし──

そういえば、私を責め立てたアーサーは、今頃平民女と幸せにやってるのかしら?

私の体に入った千鶴が酷い目にあってなければいいけど。



「いつでも良い記憶に上書きして差し上げるわ。さて、これから競馬場に繰り出しますの。今から行けばG1に間に合いますからね」


「ええっ!スマホで馬券を買うんじゃないのか?」


「まだ、慰謝料が入ってませんもの。馬を見に行くだけです」



どんなに便利になっても、元の世界を思い出すものは少ない。久しぶりに馬を見たい。


「それなら、良かったら一緒に行かないか?俺も付き合うよ。」


「あら?私と一緒に同伴したい男は多いのよ。でも......お世話になっているし、デートしても良くてよ」


私は、みのるの腕に手を回した。


「それは、うれしいな」


みのるはさりげなく、私の腰に手を回す。


実は、電車に一人で乗るのは苦手だ。

あの速さも揺れも恐怖だ。


歩いて行くと、ガラス張りのショーケースに飾られた服やバッグがライトに照らされている。


自分の姿を見て、かつての千鶴とは似ても似つかない美しい女性になったが、派手な装いになり、千鶴ともキャサリンだった自分とも違い少し寂しくなる。


その時──


「あれは......なんで...すの?」


電気屋の一角に、ゲームの宣伝が見える。


今、話題のゲーム 「大きな木の下で」

そう書かれた宣伝とポスターやキャラのぬいぐるみ。


そのポスターにあるのは、平民女とアーサー!

そして、その取り巻きで、私を突き落とした奴ら


思わずぐっと握りしめる、

ゲーム?

ゲームってなんですの?


スマホで調べる手が震える。


「あれが......どうかしたのかい?」


「あれは?ゲームって何?なんでアーサーと平民女がここにいるのですの?」


「えっ?」


「あ、ああ!どういえば......ええと、ゲームの仕方が知りたいのです。あれを買えば出来るのですか?」


「いや、ゲーム機が......あのゲームは、仕事上必要なことがあって我が家にあるんだけど、良かったら貸そうか?というか、やってみるかい?

ええと、今日は親父はみゆきさんの家に行っているから誰もいないんだ。明日にでも、店に届けさせ.....」


「今からではいけませんの?誰もいなくてもかまいません。お願いです。すぐゲームをしたいのです」


思わず、私はみのるに詰め寄る。

私の前の世界が、このゲームにある。

でも......どうしてそんなことが?


その理由は、すぐに分かったのだった。





「平民女は、聖女として召喚されたのですね。アーサーはそれで、真実の愛を....」


私、キャサリンは姿は映らずシルエットだった。

でも、キャサリンが罵詈雑言を彼らに浴びせていたかつての言葉は、確かに間違いなく私の言った言葉だ。


わたし、酷い女だわ。


足元から崩れ落ちる気持ちだった。


私が、高飛車で色んな人を傷つけたから、お父様やお母様と別れなければならなかったのかしら?


確かに傲慢な女だった。

身分も、魔力も、お金も私の努力じゃない。

それなのに、それを傘に着せて彼らを痛めつけ、身分で縛り、お金で思い通りにした。


アーサーの友人たちを怪我させることもあり、アーサーとも争いが絶えなかった。


今、自分でお金を稼いで、自分で身支度をして...

それは楽しいけど大変だ。

それでも千鶴のおかげで恵まれている。


私は誰かに私のおかげで助かったなんて思ってもらえたことらない。


涙が頬をボロボロ伝った。


お父様、お母様、親不孝でごめんなさい。




「ええと......千鶴さん?キャサリンさんという方がいい?大丈夫?」


みのるは困惑している。


一方的に家に上がり込んで、ゲームを泣きながらやり続ける怪しい女。

それなのに、追い出すこともせず、お茶やお菓子を準備して、今も泣いている私の頬をハンカチで拭う。


「この世界にも...いい人がいるのね」


そう私は呟く。


「この世界にも?」


みのるは、目を見開く。

そして、少し考えて、恐る恐る口を開いた。


「もしかして...キャサリンか?」


「へっ?もしかしてって?あなた...誰なの?」


私は、目の前のみのるを見つめるが、全くあっちでも面識がない。


「アーサー...だ。王子の.......」


「はいいいぃぃぃぃ??」


なぜ、あっちの世界の私の婚約者のアーサー王子が、ここで私のように「みのる」という男と入れ替わってるのだ?


思わず私は目を見開いた。




「あなた、向こうで真実の愛を見つけたのでは?」


今までのあっちの世界の経過をきくと、この世界にいた病死の女の子が、このゲームのように召喚されたが、残念ながら聖女ではなかったそうだ。


「その子が、平民女で、天国と勘違いしてみんなをかき回してしまったってことですの?で、あなたはどうしたの?振られたんですの?」


勘違いでしたと連れてこられて、あの騒動なわけね。

私からすれば、やってないのことをやったと言われたり、階段から突き落とされたり散々だったわ。


てっきり、わたしがいなくなってアーサーは幸せにやってるのかと思ったのに......


「振られたというよりみんな洗脳状態だった。それを君と入れ替わった千鶴と魔術師団長が明らかにしてくれた。」


へぇ、さすが千鶴!やりますわね。

でも、魔術師団長?

誰ですの?それ?


「魔術師団長が国王と相談して聖女を召喚をしていたんだけどね。千鶴が本当の聖女で、君は二度目の召喚に巻き込まれて入れ替わってしまったんだ」


「千鶴が、聖女??」


「そう、そしてキャサリンの中にいる千鶴は、魔術師団長と恋仲になって結婚したんだよ」


「えええええええっ!私が!結婚!!あなたとでもなく、知らない人と?えっ?私の貞操は......あっちでもないわけ?」


「それは俺も一緒だ。このみのるっていう男、いわゆるインテリで親父や友達と遊び回っていたらしいんだけど、俺はキャサリンとそういう関係じゃなかっただろう、」


「あなたも心は清く、体は不潔なのね」


「風呂に入ってないみたいな言い方するな。」


みのるの中にあるアーサーは顔を顰めた。


「でもどうして、ここに?」


「簡潔にいうなら魔術師団長の嫉妬だ。見た目がキャサリンだし、入れ替わった彼女もいい子だったから、かつて、そのまま結婚しようと考えていたことがあったんだ。だが、彼女から断られた。それ以後は普通の友人のつもりだったんだが、結婚のお祝いに駆けつけた俺やみんなに、彼女はお礼のハグをしたんだよ。」


「ハグ......」


私が思わず顔を顰める。


「ああ、といっても、挨拶の軽いやつだ。だが、不運にも魔術師団長がやってきたその時にハグされてしまい......俺は吹っ飛ばされた」


「まさか!それで?」


「そう、こっちの加賀屋みのるは、5年前に親の離婚で荒れててね。バイクで事故って一命を取り留めた。目覚めたら俺だったってわけ。」


5年前??


まだ、私はここにきてそんなに経ってないけど──


「俺の方がこの世界の数年前に来たみたいだな。向こうでは、俺の方が後からやって来たのに」


思わず、口に手を当てる。

まさか、ここでアーサーに出会うとは.....


「あっちは大丈夫なのかしら?」


「大丈夫だろう。みのるは22才で司法試験に合格した賢さだし、親のせいで荒れてたといっても、理由は父親の浮気三昧な日々のせいだ。それよりは、みゆきさんによく忠告した方がいい。みのるの父は、今でも3人の女と付き合っているからな」


みのるは思いっきり顔を顰めた。


「なんですってぇ!」


あのおっさん!

ああ!でもみゆきさんになんて言えばいいのよ。


あわあわとしながら私は慌てる


「涙は引っ込んだようだな。キャサリンはその方がいい。結局、真実の愛かどうかはわからないけど、俺たちは腐れ縁らしいしな」


そう言われて、私は過去にいろいろしでかした悪役令嬢ぶりを思い出し、ぐすっと再び涙をこぼす。


「アーサー.....謝って済むことじゃない。でも、わたし、今まであなたや周りに酷いことをした」


そういうと、目を見開きアーサーは慌て始める。


「そんなこと言ったら、俺は真実の愛を振りかざして、君を追い詰めた。おれの友人が君に詰め寄って、行き場がなくなった君は足を滑らせて階段から落ちて召喚されてしまった。もし、あの時意識を失わなかったら召喚されなかったかもしれないじゃないか」


お互い、こっちが、いや自分が悪いと言い合い、前と逆だなとぶっと笑う。


「今度、一緒に馬を見に行こうか。俺も久しぶりに馬を見たくなった」


「ええ、絶対この世界の人たち、馬を見る目がないわよ。私、絶対に当てる自信があるの」


お互い顔を見合わせ、ふふっと笑う。





それからまもなく、6000万という慰謝料が入って来た。

もちろん菅野と入江は、刑事事件でも殺人未遂で有罪。


私とアーサーは、お互い婚約者だったのに、今更のように付き合い始めている。


「本当に全額かけるのかよ?」


「だって、別にクラブでNo. 1ホステスとしてがっぽり儲けているもの」


オロオロする「みのる」こと「アーサー」に、私はパドックを見ながら狙いの馬を決めて行く。


「それだけどさ。俺としては、やっぱり嫉妬するんだよな。」


「私としては嫉妬させたいから大成功だわ。ねえ、アーサー、やっぱり自らハミを咥えにいっているこの馬がやる気があると思うの」


競馬新聞に赤鉛筆でチェックを入れて、わざと会話を逸らしてみる。


「はぁ、俺としては、早く結婚したいんだけどな。」


ため息をつく横で、私は「えっ?」と聞き返す。

あっちの世界で、婚約者でも結婚する日はお互い地獄ぐらいに思っていたのに......


「なあ、キャサリン。この世界で俺たち二人だけになってしまったけどさ、結婚しないか?ホステスは夢を売る商売だから、結婚はしない方がいいだろうけどさ。」


「だ、だけど、私たち......その...いわゆる大人の関係はないじゃないの。それなのに、結婚?」


「だからだよ。お互い清くない体だけど、婚前交渉不可の文化で育ってるから、心だけ未経験だろ。結婚して、先に進まないか?」


アーサーは、ポツリとつぶやくように話す。

そんなこと......


そう言われても...そんな......


でも、アーサー以外、今までの人生に男はいない。

アーサーのいう通り、頭はあっちの世界の常識が育ってて、結婚前に関係を持つのも無理。


お店に来る男で、結婚したい人、未来の夫?

いないな。


結局、加賀屋さんの浮気はみゆきさんにバレて破局した。

家で鉢合わせたんだそうな。

その時にアーサーは、血を見る争いに巻き込まれそうになったらしい。


「そうね。じゃあ、この競馬に全額慰謝料をかける。それが当たったら......私はクラブを辞めて、結婚する。そして、何か、この世界で新しい趣味と仕事を探すわ。」


「全額!」


「あら?アーサー王子、こんな金、我が家でははした金でしてよ」


私は、1位から5位までを当てるビクトリー5に申し込む。


「さあ、6000万賭けたわ。ふふっ!楽しみ」


アーサーの手が震える。


「ええと、それは俺と結婚はしてもいいと?それともダメなのか?」


「さあ、どっちかしらね?」



爽やかな風の中、競馬場にファンファーレが鳴り響く。

まもなくゲートに入った馬が、ゲートが開く音と共に一斉に駆けていった。


《完》


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