表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

君が残したメロディー

作者: らぶ
掲載日:2026/03/07

「ごめん、そういうの重いわ」


そう言って、彼は部屋から出ていった。


――私が好きになったのは、バンドマン。


ステージの上の彼は、本当に輝いていた。一心不乱にギターを鳴らす姿、汗に濡れた髪。


曲と曲の合間に見せる無邪気な笑顔。


世界中の誰より、可愛くて、かっこよかった。


ライブ後にはよく感想をSNSでリプしたりした。

もちろん返信などはなかったし、別に期待もしていなかった。


その日は、思い切って「今日も素敵でした」メッセージを送ってみた。


するとまさかのDMの返信が――!?


「いつも見に来てくれてありがとう」


うそ……。


本物――!??

 

スマホを持つ手が震えて、一度、画面を閉じた。


そっと画面を開きよく見てみる。本当に!?


信じられない気持ちと高揚。


本物か?と何度も見返して確認しては、


「やっぱり、本人からだ!!」


と舞い上がって床に転がり続けた。


たった一言。


でも、すごく嬉しかった。

その一言だけで、一日を頑張れる気がした。


それから私は、彼のライブに足繁く通った。


できるだけ早く行って、前の方で見つめた。


気のせいかもしれないけど、


(今日はよく目が合う気がする……)


ライブ後、「今日もかっこよかったです!」とメッセージを送った。


そのまますぐに寝落ちして、翌朝。


寝ぼけたまま、SNSを開くと、驚きの奇跡がそこにあった。


「ありがとう」

「君のこと、ステージから見てたよ」


――……え!!!?――


「今度、よかったら会わない?」


「でも、バレたら困るから、このことは誰にも言わないでね。」


息が止まった。頭が真っ白になった。


夢かと思ってほっぺを両手でポンと叩いてみた。


痛い…。これは……夢じゃない!!


「きゃーー!!どうしよう!?」


心の中で何度も叫んだ。


――誰にも言えない、2人だけの秘密。


それが何より嬉しかった。


「バンドマンなんて、ろくな奴いないよ」


そんな言葉を、今まで何度も聞き飽きるくらい聞いた。


でも、私は信じたかった。


“彼だけは違う”

“私だけは違う“と。


――約束の日。


30分前に待ち合わせの居酒屋に着く。ソワソワと落ち着かなかった。


本当に来てくれるのだろうか。

心配で、一睡もできなかった。


いつもより念入りにメイクをしたけれど、もしかしたら、目の下にはクマが出来ていたかもしれない。


でも緊張でいっぱいで余裕がなかった私は、

何も考えられなかった。


期待と不安で胸が押しつぶされそうだ……。


一分一秒がこんなに長く感じるなんて、初めてかもしれない。


ついに待ち合わせ時間になり……何度もスマホをチェックする。


来ない……やっぱり来ない……。


うそだったのかなぁ……。


だってほら、こんなこと普通にあり得ないし…。


でももう少し、もう少しだけ待ちたい。

それでも来なかったら、帰ろう。


スマホとにらめっこする。

どれほどの時間が経っただろう……。


そろそろ帰ろうかな……と席を立とうとしたその時――。


「ごめん、遅くなっちゃって!」


慌てて走ってきたのか、彼は額に汗をかいていた。


「ほんっっっとごめんね」


と顔の前に手を合わせ申し訳なさそうに謝ってくる彼。


「い、いえ…大丈夫です!」

精一杯、声を絞り出す。緊張で声が震える。


怒りよりもまず先に、信じられなかった。


あの憧れの彼が、今、目の前にいるなんて。


遅れてでもちゃんと来てくれたことが、何よりも嬉しかった。


「おなか、すいたよね?」


彼は、固まった私の緊張をゆるく解くように、優しく話しかけてくれた。


終始、他愛もない話をしたのだろうが、ただただあの彼が、目の前で笑いながら喋ってる。


おつまみをつまんだりしているこの状況は現実味がなく、内容はあまり覚えていない。


一通り食べ終わって店を後にした。


「この後どうする?」

 

と彼がふいに私の顔を覗き込む。どうするもなにもそれは……。


一緒にいたいに決まってる。


でも、何も言えず下を向きうつむいていると、見透かされたのか、


「……うち、来る?」


低くて落ち着いた声だった。私はただ、こくりと頷いた。


彼は私の手を取って、彼の部屋へと歩き始めた。


部屋に着くと、そこに座っててとベッドの横にあるクッションを指さした。


彼のステージカラーに似たブラックを基調にしたトーンの落ち着いた、質素な部屋だった。


「今お茶しかないんだけどいい?」

と小さな冷蔵庫からペットボトルのお茶をくれた。


横にちょこんと座る彼。距離が先ほどより近い気がした。


そして、私のことをステージから見えていたこと。


「前から、可愛いと思ってたんだよね」


など言って、私の髪を指でそっとすくって耳にかける。


電気を消して、甘い夜の闇に落ちていった。


――自分でもバカかと思うくらい軽い行動だって、分かってた。


でも――チャンスだと思った。


逃したくない。


だってもしかしたら、彼女になれるかもしれない、たった一度のチャンス。


それからは彼が日常の一部になった。


最初こそ緊張していたもののだんだんと慣れて、普通に接しれるようになっていった。


彼のためなら何でもできた。


料理を作り、欲しいと言ったものを買い、時間も気持ちも全部、彼に捧げた。


「好きだよ」って言われるだけで全て帳消しになるくらい。


彼の無防備な姿や、素のままの笑顔を見られるのは、私だけ。


それが優越感だった。


それは完全に、愛。

だと思っていた。


一緒にギターを弾いて、歌詞を書いた夜もあった。


“好き”と“依存”の境界なんて、知らなかった。


与えてばかりで、何も貰っていなかったことに、その時は気づけなかった。


――ある夜、彼に連れられて行ったバー。


そこには、元カノのユリサさんがいた。


ファンの間でも有名な名前。


彼女は、軽く彼と挨拶して私の方へチラッと目をやる。


私のてっぺんからつま先まで、じっと見ながら言った。


「あら、新しい子?なんか…タイプ違くない?」


「からかうなよ、こいつ真面目ちゃんだから」

咄嗟に彼がフォローした。


「よ…よろしくお願いします……」

私は居心地が悪そうに、頭を下げる。


彼がトイレへ立つと、彼女は私に顔を近づけ、耳打ちした。


「あんた真面目そうだから言うけど――」

「あいつ、他にも女いるから、気をつけな」

「私はもう、愛想つかしたけどね。」


その後、彼が席に戻ってもさっきの彼女の言葉たちが、頭の中でリフレインする。


今思えば、それは彼女からの警告だったと思う。

でも、その時はどうしても、信じたくなかった。


はっきりいってムカついた。

“あなたのときはそうだったとしても、私は違う!!”と。


しかし、無常にも彼女の言葉はすぐに現実のものとになった――。


彼からの返信はだんだんと遅くなり、

いざ会っても、どこか冷たくなっているように感じた。


「何か食べたいのない?」

「別にない」


素っ気ない返事にしょんぼりする日が多くなった。


――そんなある日。


「今夜、煮物が食べたいな」


珍しく夕飯のリクエストがきた。

彼のために材料を買いに走り、時間をかけて煮物を作った。


完成して、彼が喜ぶ顔を想像しながら、待っていた。


けれど、待てど暮らせど来ない。


夕飯時間は過ぎ、寝る時間も過ぎ、虚しい時計の秒針音だけが部屋に響く。


待つことなんて慣れていたはずなのに、胸が締め付けられる。


そして、やっと届いたのは、短いメッセージだった。


「やっぱごめん、今日行けなくなった」


時計の針は、深夜を指していた。


「おっそ……」


ぽつり呟くと目の前がぐらついた。


キッチンの床にへたり込んで、

泣きながら、とっくに冷めている煮物を見つめた。


それから、彼との距離は明らかに遠のいていった。

連絡も減り、会う頻度も落ちていた。


数日後、忘れ物を取りに彼の部屋に行った。


――ガチャっと玄関が開いた。


部屋からは、金髪のギャルが出てきた。


私とは全然違う女の子。似ても似つかない別の人。


瞬間――。


全てが音をたてるように崩れた。


問い詰めても、泣き喚いても、

彼は私を抱き寄せようともしなかった。


愛されたかった。

一番に、選ばれたかった。


だけど、貢いだ分の見返りなんて、どこにもなかった――。


それから数年が経ち、今でも、たまに彼の曲を耳にすると、ぎりっと苦い味がする。


ずっしりと重く、胸が痛む時がある。


それでも。

あの時一緒に過ごした日々は本物で、幸せに満ち、楽しい日々もあった。


それは嘘じゃない。

かけがえのないものだった。


軽やかなリズムが、耳を掠めながら、今日の私をまた1歩、前へと進ませてくれている

――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ