ピンクデビル
「酒だ! 酒を持ってこい! 忘れねぇとやってられねぇ!」
冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれ、
新米冒険者が転がり込んできた。その顔は真っ青で、腰はガタガタと震えている。
「どうした新入り、ゴブリンにでも追いかけられたか?」
カウンターでジョッキを傾けていたベテラン冒険者が冷やかし半分に声をかける。
「ち、違う……出たんだ、森の奥に! ピンクの喋る蜂の悪魔が!」
「あぁ?ハニービーか。小物だろ?」
「小物なもんか!それに あれは小物じゃない。俺の脳内に直接、呪いの言葉を叩き込んできやがったんだ! 『貴様らの血を、今宵の茶菓子にしてくれようぞ……』って! しかも、殺さずにじわじわとなぶり殺しにするのが趣味らしい……ひ、ひぃぃ!」
ギルド内がざわつく。
「脳内に直接……? 念話を使う魔物だと?」
「ピンク色の蜂か。毒々しいな。変異種だな」
こうして、幸成の知らないところで、彼の二つ名は『お尻の神様』から『鮮血のピンク・デビル』へと華麗なる進化を遂げていた。
「ハッハッハ! そりゃあ傑作だ。茶菓子にされる前に逃げ帰ってこれたんだから、お前ら運がいいぜ」
ガハハと豪快な笑い声をあげたのは、ギルドの隅で一人、山のような空瓶に囲まれていた男だった。
無精髭に、使い込まれた大剣。身なりは適当だが、その胸元にはB級冒険者の証である銀のプレートが光っている。
「……ヤスオさん。笑い事じゃないっすよ、マジで怖かったんすから!」
「悪い悪い。だがよ、魔物がわざわざ念話で茶菓子の相談か? 律儀な悪魔もいたもんだ」
ヤスオと呼ばれた男は、最後の一滴までエールを飲み干すと、ふらりと立ち上がった。
「その『ピンクのちゃんねー』……じゃなかった、ピンクの蜂。俺がちょっと拝んできてやるよ。ちょうど酒代が尽きかけてたんだ」
「ヤスオさん、いくらB級でも相手は精神汚染スキルの使い手ですよ!? 呪われますよ!」
「呪い? ああ、そんなもん俺には効かねぇよ。忘れたか? 俺のスキルは【酒神の加護(状態異常無効)】だ」
ヤスオはニヤリと笑った。
この男、極度の飲んだくれである代わりに、アルコールが体内にある限り、あらゆる毒や呪い、さらには精神干渉すらも「酔拳」のごとく受け流してしまうという、異世界の医学が泣いて謝る体質の持ち主だった。
「呪いの言葉だろうが魔王の説教だろうが、俺の耳にゃエールの泡と同じよ。……さて、そのピンクのデビル様、どんな面してるか楽しみだぜ」
ヤスオは千鳥足でギルドを出ていく。
その後ろ姿を見送りながら、受付嬢が台帳に静かに書き込んだ。
『指名依頼:ピンク・デビル討伐。担当、ヤスオ。……備考:またツケが溜まっています』
その頃、森では幸成が「なんでポイントがまたマイナスなんだよぉ!」と、エマに八つ当たりしながらリンゴを投げ合っていた。
自分たちを「呪い」が効かないガチ勢が狙っているとは、露ほども知らずに。




