バカ
---ヤスオ視点---
夜中に目が覚めた。
また、あの夢だ。
俺は天井を見つめ、短く息を吐いた。寝返りを打って、目を閉じるが眠れない。
「……仕方ねえ」
起き上がり、廊下に出る。水でも飲もうと思って。
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俺が転生したのは、まだガキの頃だった。
前の世界の記憶は、ぼんやりとしか残っていない。気がついたら見知らぬ村にいて、見知らぬ両親に育てられた。そのうち転生だのチートだのという概念も思い出した。
「……ヤスオ。また稽古してる」
声がした方を振り返ると、木陰にミレイがいた。
同じ村の幼なじみだ。俺より少しだけ背が低くて、少しだけ気が強くて、なぜか俺の後ろをついてくる。妹みたいなやつだと思っていた。
「お前こそ、こんな時間に何してんだ」
「ヤスオが心配だから」
「余計なお世話だ」
「どうせ一人で無茶するんだもん」
ミレイはそう言って、俺の隣に座った。空を見上げて、それから少し照れたように笑った。
——あの笑い方だ。
眉の端がほんの少し下がって、口元だけが笑う。癖みたいなものだと思っていた。
それからしばらくして、俺たちは冒険者になりパーティを組んだ。
ミレイ含め同い年の仲間5人で組んだ。みんな弱くて、俺だけが強かった。自分を特別だと思っていた。
今思えば、それが間違いの始まりだった。
俺は強かった。だから守れると思っていた。
——だが、守れなかった。
ある日、奴隷商の討伐依頼を受けた。
情報では小規模な組織のはずだった。実際は違った。
「ヤスオ、カイが!」
ミレイの声で振り返ると、仲間の1人が腹を押さえて膝をついていた。すでに2人やられていた。まずい、と思った時にはもう、敵の第二陣が来ていた。
「……ヤスオ。カイを連れて逃げて」
ミレイが剣を構えながら言った。
「お前は——」
「私が引き付ける。早く」
「ミレイ——」
「早くしてよ!」
俺はカイを抱えて走った。
一度だけ。振り返った。
ミレイが斬られる瞬間を……
結局カイも逃げる途中で死んだ。
俺は一人生き残った。
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---ミレイ視点---
切られて、私は動けなかった。首から下の感覚はもう無い。生きているのが不思議なくらい血が出ているのも分かる。
「ヤスオは……大丈夫かな」
それだけを考えていた。
意識がだんだん遠のいていく。そして真っ暗になりかけたとき。
「かわいそうに」
声がした。
目を開けると、白い服を着た男が立っていた。端整な顔をしていた。笑っていた、その笑顔がどこか怖かった。
「助けてあげましょう」
「……あなたは」
「通りかかっただけです。ですが——このまま死なせるのも惜しい」
男は片膝をついて、ミレイの傷に手を当てた。温かい光が広がる。痛みが引いていく。
「お礼に、一つお願いがあります」
「……何を」
「私の聖女になってください」
私は答えなかった。
「あなたには力がある。私のそばにいれば、もっと大きな力になる。……悪い話ではないでしょう?」
「……ヤスオもみんなも…たすけてくれるなら」
「他の皆さんは…私がもっと早く来ていれば……すみません」
私は夜空を見上げ寄り添う2つの月を見た。
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何年が経っただろう。
私は聖女として生きのびた。アザゼの隣に立ち、笑い、祈り、従った。
最近になって、あれが罠だったと気づいた。聖王アザゼが「偶然を装って」現れたことも、「助ける」ことで契約に縛るつもりだったことも。全部、仕組まれていた。
ヤスオは私を死んだと思っているはず。
私もヤスオは死んだと思っていた。
不義の魔王、その名前を聞くまでは。
会いに行かなきゃ。そう思っていると、フェイタル・ガーデンがアザゼを倒してやって来た。なのに……。
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2人は廊下でばったり鉢合わせた。
「……眠れないのか」
水の入った器を持っていたヤスオが聞いた。
「……はい。少し」
「そうか」
それだけ言って、ヤスオは通り過ぎようとした。
その時、ミレイは少しだけ笑った。
緊張をごまかすような、癖みたいな笑い方だった。眉の端が少し下がって、口元だけが笑う。
ヤスオの足が、一瞬だけ止まり。
「……どっかで会ったことある気がするな」
独り言みたいに言って、すぐに首を振った。
「いや、なんでもねえ。おやすみ」
そのまま自分の部屋に戻っていく。
ミレイはその背中を見送った。
しばらくして、小さく息を吐き。
「……バカ」
静かな廊下に響いたその声は、
誰にも届かなかった。




